CAFC Update34

2006.7.20 


IN RE ECHOSTAR

秘匿特権及び作成資料免責はどの範囲まで主張できるか?


1.
概要

 Tivo社(以下、T社)はU.S. Patent No. 6,233,389(以下、389特許)を有しており、Echostar社(以下、E社)を特許権侵害で訴えた。提訴される前にE社は、特許侵害有無の判断を仰ぐべく社内弁護士の意見(opinion)を求め、また提訴された後には社外のMerchant & Gould(法律事務所、以下、M&G)に意見を求めた。
 地裁の審理においてE社は、故意侵害でないことを立証するために社内弁護士の意見を地裁に提出した。
 地裁は、E社は弁護士-クライアント間の秘匿特権(attorney-client privilege)、及び、M&G弁護士の作成資料免責(attorney work product immunity)を放棄したと判断し、ディスカバリにおいてM&Gに対し数々の書類を提出するよう命じた。E社はこの命令を不服としてCAFCへ控訴した。
 CAFCは、作成資料免責の判断の一部に誤りがあるとして、地裁の決定を一部破棄した。

2.背景

 T社による389特許の訴訟を受ける前に、E社は特許侵害か否かを判断すべく、社内弁護士の意見を求めた。さらに提訴された後にはには、社外のM&Gに対し特許侵害の意見を求めた。地裁においては、特許侵害であると判断され、その後E社の行為が故意侵害であったか否かが争われた。E社は、故意侵害でないことを立証するために、地裁に社内弁護士の意見を提出した。このとき、E社は、社外弁護士(M&G)の意見は提出しなかった。
 地裁は、故意侵害があったか否かを判断すべく、M&Gがなした意見その他一切の文書の提出を命じた。E社は、弁護士-クライアント間の秘匿特権、及び、作成資料免責を根拠にこれらの文書の提出を拒んだ。地裁は、E社が故意侵害を回避するため に、弁護士の意見(社内)を提出した以上、弁護士-クライアント間の秘匿特権、及び、作成資料免責は全て放棄したものとし、提出していない社外弁護士がなした意見を含む全ての文書の提出を命じた。

3.CAFCの争点

第1の争点:秘匿特権の放棄は、社外弁護士にまで及ぶか?
 秘匿特権は、弁護士-クライアント間の通信の開示を保護するものである*1。すなわち、侵害者は秘匿特権に基づき、特許侵害に関する意見等の弁護士-クライアント間でなされた文書の提出を、拒むことができる。しかし、故意侵害の主張に対する反論等において弁護士意見を、一旦当事者が裁判所に提出した場合、秘匿特権は放棄されたものとみなされる*2。
 この場合に、社外弁護士の意見に係る文書まで、秘匿特権が放棄されたとみなされ、提出する必要があるのか否かが争点となった。
第2の争点:作成資料免責の放棄範囲はどこまでか?
 作成資料免責の法理について簡単に説明する。秘匿特権とは異なり、作成資料免責は、訴訟前において用意される、秘匿性がなく(non-privileged)かつ関連性ある(relevant)「文書及び有形物(tangible things)」を保護する法理である*2。
 文書または口頭を問わず全ての通信を保護する秘匿特権とは異なり、作成資料免責は、メモ(memorandum)、手紙または電子メール等の「文書及び有形物」の提出を免責するものである*3。作成資料免責の法理は、「弁護士の思考プロセス及び法的アドバイス」を相手方の詮索から保護するために、公平の観点から認められるものである*4。
 かかる作成資料免責も秘匿特権と同じく、その免責を放棄した場合、当事者によるディスカバリが可能となる*5。しかしながら、どの範囲にまで作成資料免責の放棄が及ぶのか従来明確ではなく、本事件では作成資料免責に対する放棄の範囲が争点となった。

4.CAFCの判断

(1)秘匿特権の放棄は、社外弁護士にまで及ぶ
 E社は社内弁護士及び技術者の意見と、社外弁護士の意見とは異なると主張した。しかし、CAFCは、弁護士の意見自体が重要であって、弁護士がクライアントに雇用されているか、または社外契約により雇用されているかどうかは、意見自体の法的性格に影響を与えるものではないと述べた。従って、CAFCは、秘匿特権の放棄が社外弁護士まで及ぶとした地裁の判断を支持する判決をなした。
(2)クライアントへ提供されていない弁護士の心理的印象を反映する分析文書は放棄の対象とならない。
 CAFCは、弁護士の作成資料は以下の3つに分類される*6と述べた。
@ 一般的な鑑定書(opinion letter)等の事件の主題に関する弁護士及びクライアント間の通信を含む文書
A クライアントへは提供されていないが、弁護士の心理的印象を反映した法律、事実、訴訟戦略等の分析文書
B それ自身はクライアントから、またはクライアントへ通信されていないが事件の主  題に関する弁護士-クライアント間の通信を記録した文書
 CAFCは、@及びBの文書に係る免責は放棄されたものとされるが、Aに関しては作成資料免責を主張し得ると判示した。
@に関しては、秘匿特権と同様の根拠により放棄したものとされる。すなわち、当事者が故意侵害に対する防御として弁護士の意見を頼った場合、当事者は、鑑定書、レター及びmemoranda等の弁護士-クライアント間でなされた文書に係る免責を放棄することになる。
 しかし、Aに関しては、免責を主張し得る。この文書は例えば、弁護士が侵害の有無を分析する場合に記述したメモ等の文書が該当するであろう。これは、この文書がクライアントに通知されていない以上、故意侵害の有無を裁判所が判断する場合に、かかる文書は何ら有益な情報を提供するものではないからである。
 Bに関しては放棄したものとされる。Bは、文書自体はクライアントに通信されていないが(手渡されていないが)、弁護士-クライアント間の通信に言及する文書がこれに該当する。例えば、ある弁護士が、クライアントの潜在的侵害を議論したことを示すクライアントとの電話についてのメモ、または、侵害に関する電子メールを同僚へ書いた場合、そのようなメモ及びメールはディスカバリの対象となる。かかる資料は、Aの文書と異なり、どのような通信が弁護士-クライアント間でなされたかを把握することにより、裁判所が故意侵害を判断するにあたり有益な情報となるからである。
 従って、CAFCは、@及びBの文書に関しては地裁の判断を指示し、Aの文書に関しては地裁の決定を無効とした。

5.結論    

 CAFCは、Aの文書に関し、地裁の決定は裁量の乱用であると判示し、その範囲内で命令を破棄するよう命じた。その他の範囲については地裁の決定を支持した。その結果、T社は本判決の範囲内において、M&Gの文書のディスカバリ権を持つ。

6.コメント

 秘匿特権の放棄は、社内弁護士または社外弁護士の別を問わず及ぶと判示された。また従来明確でなかった作成資料免責の放棄範囲についても明確となった。弁護士が、侵害の有無を分析した文書であってクライアントに渡していないものは免責を主張しうる。
 米国特許侵害訴訟においては、評決または決定においてなされた損害額の3倍までの増額が認められる(米国特許法第284条)。この増額が認められるためには侵害者に故意があったことを立証する必要がある。特許権者側は増額を図るべくあらゆる文書の提出を裁判所に要求するであろうし、敗訴が濃厚で傷口を浅くしたい侵害者は出来るだけ故意との認定を回避しようとするであろう。本判決はどの範囲まで文書提出が要求されるか明確となった。
判決 2006年4月20日
以 上

【関連事項】

判決の全文は下記の連邦巡回控訴裁判所から閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.fedcir.gov/opinions/Misc-803o.pdf


【注釈】
*1 United States v. Zolin, 491 U.S. 554, 562 (1989); Upjohn Co. v. United States, 449 U.S. 383, 389 (1981)
*2 Fed. R. Civ. P. 26(b)(3)
*3 Judicial Watch, Inc. v. Dep't of Justice, 432 F.3d 366 (D.C. Cir. 2005).
*4 Hickman v. Taylor, 329 U.S. 495, 511-14 (1947)
*5 Thorn EMI N. Am. v. Micron Tech., 837 F. Supp. 616, 621 (D. Del. 1993).
*6 Thorn EMI, 837 F. Supp. at 622-623


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