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Means Plus Functionクレームにおける最低限の記載

Biomedino, LLC.,
v.
Waters Tech. Corp. et al.,

執筆者 弁理士 河野英仁
2007年8月20日

1.概要
  米国特許法第112条パラグラフ6(以下、112条P6)は、所謂ミーンズプラスファンクションクレーム(以下、MPFクレーム)の記載に関し、以下のとおり規定している。
「組み合わせにかかるクレームにおける構成要素は,具体的構造,材料,または行為を明記せず,特定の機能を果たすための手段または工程として表すことができ,かかるクレームは,明細書に記載された対応の構造,材料,ないし行為,またはそれらの均等物をその範囲として解釈される。*1
 すなわち、クレームに具体的な構造等を記載することなく、機能的・作用的な記載を認め、その代償としてその権利範囲を、明細書に記載された構造及びその均等物に限定解釈するものである*2。クレーム中では、「means for 〜ing:〜する手段」と記載する。
 MPFクレームを記載したものの、明細書中に対応する構造を記載していない場合、米国特許法第112条パラグラフ2(以下、112条P2)*3により記載不備であるとして出願拒絶または特許無効となる*4
 本事件では、「control means for automatically operating valves」(弁を自動で操作する制御手段)とクレームに記載されており、これに対応する構造として明細書には「公知の差圧、弁、及び制御装置により自動で制御される。」としか記載されていなかった。被告は112条P2により記載不備であるとして特許無効を主張し、地裁は被告の主張を認めた。またCAFCも地裁の判決を支持する判決をなした。

2.背景
 Biomedino(以下、原告)は精神活性薬品等の免疫分析に関するU.S. Patent No. 6,602,502(以下、502特許)を有している。原告は502特許の侵害であるとしてWaters Technologies及びGeneral Electric等(以下、被告)をワシントン州連邦地方裁判所に提訴した。
 問題となったのはクレーム13及び40*5
control means for automatically operating valves」(弁を自動で操作する制御手段)
である。地裁は、明細書中に十分に対応する構造が記載されていないとして、112条P2によりクレーム13及び40は無効であると判断した*6。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。

3.CAFCでの争点
公知の方法及び公知の装置の記載でMPFクレームをサポートできるか?
 クレームには「control means for automatically operating valves」(弁を自動で操作する制御手段)が記載されており、これに対応する事項として、明細書には
「抗体再生の全体的な処理は公知の差圧、弁、及び制御装置により自動で制御される。」と記載されており、また下記に示す図1には「CONTROL」のブロック図が記載されていた。

502特許FIG.1
図1  502特許のFIG.1

 原告は当業者であれば明細書の記述から構造を理解することが可能であると述べ、これを立証すべく、2つの先行技術を提示した。これらの先行技術には空気圧弁、油圧弁、水圧弁、機械弁又は電気弁等を用いた多くの公知の弁操作方法が開示されていた。
 このように自動制御弁が公知である場合にも依然として、112条P2の要件を満たさないのか否かが問題となった。

4.CAFCの判断
公知の技術または方法が使用されるという最低限の記載では、構造を開示したことにならない。

  CAFCは明細書中の公知の方法または公知の装置等の記載だけでは不十分であるとして、112条P2により無効と判断した地裁の判断を支持した。
 CAFCは当該結論に至るに当たり、Atmel事件*7を挙げた。
 Atmel事件におけるクレームの争点は、
「低電圧電力供給部から高電圧を生成する前記半導体回路に設けられた高電圧生成手段」
である。これに対応する実施例の記載は以下のとおり。
「本発明は、高電圧生成回路34を含む。公知の回路技術が高電圧生成回路34に用いられる。公知の文献『On-Chip High Voltage Generation in NMOS Integrated Circuits Using an Improved Voltage Multiplier Technique, IEEE Journal of Solid State Circuits, Vol[.] SC-11, No. 3, June 1976』を参照せよ。」
 Atmel事件においては、公知の回路技術と記載するにとどまらず、さらに公知の文献を記載していた。そして専門家は当該文献を参照することによりMPFクレームの高電圧生成回路の構造を当業者は理解できると証言した。以上のことからCAFCは、当該MPFクレームは無効でないと判断した。
 Atmel事件と本事件とは顕著な相違が存在する。すなわちAtmel事件においては、公知技術の構造を示す文献のタイトルが明細書に明確に記載されている点で、クレームされた制御手段に対応する構造を何ら示唆ない本事件と相違する。
 112条P6は「明細書に記載された対応の構造,材料,ないし行為」と規定しており、クレームされた手段に対応する構造を明細書中に記載することを明確に要求している。特許権者は公知の構造の詳細までをも記述する必要はないが、幾分かの構造を開示しなければならない*8。以上の理由によりCAFCは、公知の技術または方法が使用されるという最低限の記載では、構造を開示したことにならないと判示した。

5.結論
  CAFCは、502特許のクレーム13及び40が112条P2により無効であると判断した地裁の判断を支持した。

6.コメント
  MPFクレームに対する明細書の記載要件は厳しく判断される点が判示された。少なくとも、文献名を記載しておくことが必要で、公知の装置・方法等の記載だけでは不十分と判断される。112条P6では権利範囲の広い機能的・作用的な記載を認める代償として、明確に対応する構造を記載することを要求し、またその権利範囲も実施例に記載の構造等及びその均等物に限定解釈される。
 日本の実務では「手段」の記載を多用するため、米国へ出願する場合、MPFクレームから他の形式へ記載を改める必要がある。MPFクレームをクレーム中に残すことを希望する場合、MPFクレーム以外の対応するクレームを作成しておくと共に、実施例中の対応する構造が、本判決に照らし、具体的に明記されているか十分に再確認することが必要であるといえよう。

判決 2007年6月18日

以 上

【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.fedcir.gov/opinions/06-1350.pdf

【注釈】
1 ヘンリー幸田著「米国特許法逐条解説 第3 版」社団法人発明協会p.104
2 Valmont Industries, Inc. v. Reinke Manufacturing Co., 983 F.2d 1039, 1543 (Fed. Cir. 1993)
3 「明細書は,出願人が自己の発明とみなす主題を特定し,明白にクレームする1 又は2 以上のクレームで終わらなければならない。」
特許庁HP http://www.jpo.go.jp/shiryou/index.htm
4 In re Donaldson Co., 16 F.3d 1189, 1195 (Fed. Cir. 1994) (en banc).
5 クレーム13及び40は以下のとおり。
13. A device comprising a passage; binding means in said device for binding a species substantially specifically, said binding means being in fluid communication with said passage; exposure means in said device for exposing said species to said binding means and for preventing said binding means from leaving said device; closed regeneration means for separating said species from said binding means for reuse of said binding means in said device; valving for selectively connecting said closed regeneration means in fluid communication with said binding means, and control means for automatically operating said valving.
40. A closed regeneration device for separating a molecule bound substantially specifically to a binding species for reuse of said binding species said regeneration device comprising a first reagent, a first valve selectively connecting said first reagent in fluid communication with said molecule bound to the binding species to separate said molecule from said binding species, a second reagent, a second valve selectively connecting said second reagent in fluid communication with said binding species to return said binding species to a regenerated condition, and control means for automatically operating valves.
6 Biomedino v. Waters Techs. Corp., No. CV05-0042 (W.D. Wash. Mar. 15, 2006)
7 Atmel Corp. v. Info. Storage Devices, Inc., 198 F.3d 1374, 1378 (Fed. Cir. 1999)
その他、CAFCはMedical Instrumentation事件を挙げた。この事件については拙稿「米国判例にみるコンピュータ関連発明の機能的記載における諸問題とその有効的活用」パテント2004年4月号p54-56を参照されたい。
http://www.jpaa.or.jp/publication/patent/patent-lib/200404/jpaapatent200404_050-057.pdf
8 Default Proof Credit Card Sys., Inc. v. Home Depot U.S.A., Inc., 412 F.3d 1291, 1302 (Fed. Cir. 2005)

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