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特許権侵害と差止請求権

~230億円の損害賠償と永久差し止め~

i4i Limited Partnership, et al.,
Plaintiffs- Appellees,
v.
Microsoft Corp.,
Defendant- Appellant.

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年2月10日

1.概要
 特許権者は特許権侵害行為に対し米国特許法第283条の規定に基づき、差し止め請求権を行使することができる。米国特許法第283条は永久差し止めに関し、以下のとおり規定している。

本法に基づく訴訟についての管轄権を有する個々の裁判所は,特許によって保障されている権利についての侵害を防止するため,衡平の原則に従って,その裁判所が合理的であると認める条件に基づいて差止命令を出すことができる。*1

 第283条に「衡平の原則に従って,・・できる」と規定されているように、侵害が認定された場合でも、必ず永久差し止めが認められるということはない。どのような場合に、永久差し止めが認められるかは、2006年のeBay最高裁判決*2により明らかとなった。最高裁は永久差し止めが認められるためには原告が以下の4要件を立証しなければならないと判示した。

(1)回復不可能な損害の存在
(2)損害賠償等の法による救済が不十分であること
(3)両当事者に生ずる不利益のバランス
(4)公共の利益が害されないこと


 本事件では、Microsoft社Wordの一機能であるソフトウェアが特許権を侵害するか否かが問題となった。地裁は特許権侵害を認定し、永久差し止め及び$240million(約230億円)の損害賠償を認めた。Microsoft社はこれを不服としてCAFCへ控訴した。CAFCは、原告がeBay4要件を立証したことから、地裁の判決どおり、永久差し止めを認めた。


2.背景
 i4i(以下、原告という)はソフトウェアコンサルティング会社として1980年代に設立された。原告は一般ユーザ向けのソフトウェアを販売するのではなく、特定の企業向けにカスタマイズされたソフトウェアを制作及び販売していた。

 1994年原告は、電子文書構造についての情報処理及び記憶方法について特許出願を行い、4年後にU.S. Patent No. 5,787,449(以下、449特許という)を成立させた。449特許は、カスタムXML(extended markup language)に関する技術である。

 XMLとは拡張可能なマークアップ言語の一つであり、Web上で構造化された文書を取り扱うための言語をいう。マークアップ言語は、テキストにタグを関連づけることによって、コンピュータにテキストの属性または表示形態を認識させるものである。タグはデリミター”<>”内に記述でき、テキストを2つのデリミター間に挟むことによりXMLは完成する。

 例えば住所(address)が“717 Madison Pl. NW”である場合、
< address >717 Madison Pl. NW< /address >
と記述すればよい。カスタムXMLはユーザ自身にタグを生成・定義させるものである。

 原告は、449特許に係るカスタムXML技術をWord内の一機能として組み込むソフトウェアをユーザに提供し、ビジネスを展開していた。

 一方、被告は2003年頃から、WordにXML編集機能を搭載させた。2007年原告は被告のカスタムXML機能付きWord(以下、イ号ソフトウェアという)が、449特許のクレーム14,18及び20を侵害すると主張して、テキサス州東地区連邦地方裁判所へ提訴した。

 449特許のクレーム14*3は以下のとおりである。

14. 第1メタコードマップ、及び、マップコンテンツに関連し識別マップ記憶手段に記憶されて使用するメタコードのアドレスを生成する方法であり、
マップコンテンツ記憶手段にマップコンテンツを提供し、
メタコードのメニューを提供し、 メタコードを検索し、検出し、アドレス指定することにより、前記識別マップ記憶手段にメタコードのマップをコンパイルし、
文書コンテンツ及び文書メタコードマップとして文書を提供する。

参考図1
参考図1

 参考図1は449特許の概要を示すブロック図である。130はメタコードマップ及び関連するマップコンテンツを有する新たな文書を生成するシステムである。システム130はコンテンツの使用のために、コンテンツを生成しメタコードを選択する入力処理部132を有する。入力処理部132はモニタ及びキーボードである。システム130はメニュー提供手段136にて提供されるインストラクションの中から、選択用メタコードメニューを生成する。

 入力処理部132から入力されたコンテンツはマップコンテンツストレージ138に記述され、主ストレージ140に記憶される。入力処理部132にて選択されたメタコードはコンパイル処理部142に供給される。コンパイル処理部142は、メタコードを選択、検索及びアドレス指定することにより、選択されたメタコードをコンパイルする。このコンパイル処理の出力がメタコードマップとなる、このメタコードマップはメタコードマップストレージ146に記述され、主ストレージ140に記憶される。

 被告は特許非侵害及び特許無効を主張したが、地裁は特許権侵害を認め、イ号ソフトウェアの永久差し止め、$200Mの損害賠償、さらに、故意侵害を認定し追加で$40Mの損害賠償を認めた*4。被告はこれを不服として、CAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
争点1:永久差し止めは妥当か
 永久差し止めが認められるためには、原告が上述したeBay4要件を立証する必要がある。また、イ号ソフトウェアは世界的に数多くのユーザに使用されており、永久差し止めによる影響は非常に大きい。また、原告には損害賠償額としてすでに巨額の$240Mが認められている。このような状況下で、永久差し止めが必要か否か問題となった。

争点2:永久差し止めの効力発生日はいつか?
 地裁は判決日である2009年8月11日から60日経過後に永久差し止めの効力が発生するとの判決をなした。この60日の期間が、妥当か否かが問題となった。


4.CAFCの判断
争点1:イ号ソフトウェアは永久差し止めの対象となる。
 CAFCは、eBay4要件を全て具備することから、イ号製品の永久差し止めを認めた。以下各要件のポイントについて説明する。

(1)第1要件 回復不可能な損害  特許権者が回復不能な損害を被ったか否かを決定する場合、特許権者のマーケットシェア、収入、及び、ブランド認識等が考慮される*5。カスタムXMLの分野において被告及び原告が直接的な競合にあり、イ号ソフトウェアによる侵害に起因して原告製品は陳腐化し、原告マーケットシェアは大きく低下した。原告は事業を存続すべくビジネス戦略を変更せざるを得なかった。CAFCは以上の状況を総合的に勘案して、原告は被告により、回復不可能な損害を被ったと認定した。

(2)第2要件 法による不十分な救済
 本事件においては、原告が製品を投入した前後において、被告もイ号ソフトウェアの販売を開始した。原告は特許製品の独占を希望しており、以前に他社にライセンスを認めていない。

 また、大企業である被告の実施により、小企業である原告は、マーケットシェア、ブランド認識及び顧客へのグッドウィルの喪失を蒙った。原告はイ号ソフトウェアにより、カスタムXML市場の80%を失い、ビジネス戦略を変更せざるを得なかった。このような侵害行為に基づく原告の損失は定量化することが困難であった。CAFCは、金銭損害額を定量化することが困難な場合、法による十分な救済が不十分であることの裏付けになると判断し、第2要件をも満たすと結論づけた。

(3)第3要件 両当事者に生ずる不利益(困難)のバランス
 第3要件における当事者間のバランスは、当事者間の規模、製品及び財源を総合的に勘案して判断される。CAFCは、原告のビジネスはほぼ449特許に係る製品に依存していると判断し、その一方で、被告が実施しているカスタムXMLは、イ号ソフトウェア内の数千もある機能のうちの一つに過ぎないと判断した。

 イ号ソフトウェア内のカスタムXMLは、449特許に基づいていることから、原告のマーケットシェア、収入及びビジネス戦略は、イ号ソフトウェアに大きく結びつく。その一方で、カスタムXMLは被告の大きなビジネスのごくわずかなものに過ぎない。CAFCは、被告がXML市場を買い占め、侵害によって市場を食い物にしたことから、侵害行為を継続する権利はないとした。そして不利益のバランスは原告の方が大きいと結論づけた。

(4)第4要件 公共の利益
 第4要件は、特許権者の権利を保護することと、差し止めの逆作用によって公共が受ける不利益とのバランス、及び、差し止めの範囲を総合的に考慮して判断される。差し止めの範囲が限定的であれば、実質的に公衆に対する影響は低減され、差し止めが肯定される。

 差し止めの対象を差し止めの効力発生日以降とし、それ以前にイ号ソフトウェアを購入したユーザを排除することで、公衆への影響を低減することができる。CAFCは、差し止め効力発生前のイ号ソフトウェアの購入者・ライセンス者を含むユーザを対象外とすることで、マーケット及び公衆に対する混乱を低減できることから、第4要件をも満たすと判断した。

争点2:永久差し止めの効力発生日は判決日から5ヶ月後である
 CAFCは、2009年8月11日から、60日としていた地裁判決を取り消し、5ヶ月後の2010年1月11日に効力が発生すると判示した。被告従業員Tostevinは、Word製品から、カスタムXML機能を除去するために、5ヶ月は必要であると主張した。CAFCは、地裁が60日としたことに根拠がないことから、被告従業員の証言に基づき、2009年8月11日から5ヶ月後の2010年1月11日に効力が発生すると判示した。

 CAFCは、原告がeBay4要件を立証したことから、2010年1月11日以降被告に以下の行為の禁止を命じた。

(1)カスタムXMLを含むXMLファイルを開く機能を持つWord製品の販売、販売の申し出、及び/または、米国への輸入禁止
(2) カスタムXMLを含むXMLファイルを開くWordの使用禁止
(3) カスタムXMLを含むXMLを開くWordを使用する第三者へのインストラクションまたは推奨禁止
(4)カスタムXMLを含むXMLを開いてどのようにWordを使用するかを説明するサポートまたは補助の禁止
(5) カスタムXMLを含むXMLファイルを開いてWordでできることのテスト、デモ、または、マーケティングの禁止

5.結論
 CAFCは、差し止めの効力発生日だけを修正し、それ以外は地裁の判断を支持する判決をなした。

6.コメント
 本事件では、巨額の損害賠償に加えて、原告・被告間の事業規模の相違、侵害行為に起因する原告事業の衰退、及び、公共への影響を総合的に考慮して被告に対する永久差し止めを認めた。

 2006年にeBay最高裁判決がなされてから、いくつかの事件において、永久差し止めの要否がCAFCにて争点となった。永久差し止めを否定した事件としてVoda事件*6及びInnogenetics事件*7があり、永久差し止めを認めた事件として他にAcumed事件がある。以下にポイントをまとめる。

事件名 判決日 永久差し止め 理由
Innogenetics事件 2008年1月17日 否定 回復不可能な損害存在
せず(第1要件)
Voda事件 2008年8月18日 否定 回復不可能な損害存在せず、
(第1要件)
損害賠償による救済で十分
(第2要件)
Acumed事件 2008年12月30日 肯定 4要件立証
i4i事件 2009年12月22日 肯定 4要件立証


判決 2009年12月22日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます
[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/09-1504.pdf

【注釈】
*1 特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm

米国特許法第283条の規定は以下のとおり(なお、日本語条文中の下線は筆者において付した)
「35 U.S.C. 283 Injunction.
The several courts having jurisdiction of cases under this title may grant injunctions in accordance with the principles of equity to prevent the violation of any right secured by patent, on such terms as the court deems reasonable.」
*2 eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388, 394 (2006)
*3 449特許のクレーム14は以下のとおり。
A method for producing a first map of metacodes and their addresses of use in association with mapped content and stored in distinct map storage means, the method comprising:
providing the mapped content to mapped content storage means;
providing a menu of metacodes; and
compiling a map of the metacodes in the distinct storage means, by locating, detecting and addressing the metacodes; and
providing the document as the content of the document and the metacode map of the document.
*4 i4i Ltd. v. Microsoft Corp., No. 2009-1504 (Fed. Cir. Sept. 3, 2009)
*5 Acumed LLC v. Stryker Corp., 551 F.3d 1323, 1327-31 (Fed. Cir. 2008)、
詳細は、拙稿「米国特許判例紹介第20回永久差し止めの要件」知財ぷりずむ2009年3月号p111-p115経済産業調査会知的財産情報センター参照 http://www.knpt.com/contents/cafc/2009.2/2009.2.html
*6 Voda v. Cordis Corp., 536 F.3d 1311, 1329 (Fed. Cir. 2008), 拙稿「米国特許判例紹介第16回均等侵害と故意侵害」知財ぷりずむ2008年11月号p56-p63経済産業調査会知的財産情報センター参照
http://www.knpt.com/contents/cafc/2008.10/2008.10.html
*7 Innogenetics, N.V. v. Abbott Labs., 512 F.3d 1363, 1379-80 (Fed. Cir. 2008)

◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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