ソフトウェアの特許の事なら河野特許事務所

閉じる
一覧  |   トップ  


ソフトウェア特許に対する共同侵害

~黒幕が管理・指示を与えたか否か~

Golden Hour Data Systems, Inc.,
Plaintiff-Appellant,
v.
emsCharts, Inc., et al.,
Defendant-Cross Appellants.

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年10月12日

1.概要
方法発明についての特許権侵害は、被告のイ号方法がクレームに記載された全てのステップを充足する場合に、成立するのが原則である。では、被告Aのロ号方法がクレームに記載された一部のステップのみを実行し、残りのステップを被告Bのハ号方法が実行する場合、被告A及び被告Bの共同侵害としてロ号方法及びハ号方法に対する差し止め請求が認められるであろうか。

 本事件における特許は、ヘリコプターを用いて患者を病院に搬送し、医療情報を収集し課金を行う方法である。被告Aのソフトウェアは本特許方法の一部の処理を実行し、被告Bのソフトウェアが残りの処理を実行する。被告Aのソフトウェアと被告Bのソフトウェアとは統合ソフトウェアとして販売された。

 原告は被告A及び被告Bの共同侵害が成立すると主張した。CAFCは、被告Aの被告Bに対する管理または指示があったとはいえないとして、原告の主張を退ける判決をなした。


2.背景
(1)特許発明の内容
 Golden Hour Data Systems(以下、原告という)は「統合緊急医療搬送データベースシステム」と称するU.S. Patent No. 6,117,073(以下、073特許)を所有している。073特許はヘリコプターを用いた緊急医療搬送に関する情報管理システム及び方法に関する。


統合緊急医療搬送データベースシステムの構成図

参考図1 統合緊急医療搬送データベースシステムの構成図


 参考図1は統合緊急医療搬送データベースシステムの構成図である。搬送及び医療サービスを行う業者は、輸送人員の派遣、患者の治療(臨床サービス)及び請求を行うために多くのデータを収集・追跡する必要がある。073特許は派遣、臨床サービス及び請求データを統合したシステムである。

 派遣モジュール、臨床モジュール、管理モジュール及び請求モジュールを統合することにより、緊急医療チームの派遣、チームの事故現場までの追跡、臨床診断・治療管理、及び、患者への請求を包括的に行う。

(2)クレームの内容
 クレーム1,6-8,10,12-14はシステムクレームであり、クレーム15-22は方法クレームである。うちクレーム1,10及び15は独立クレームである。

 システムクレーム1は派遣及び課金データを統合することを規定している。クレーム1*1は以下のとおり。
1.患者事変追跡用のコンピュータ化された統合データ管理システムにおいて、 派遣に関する搬送追跡情報は記録されており、
緊急搬送クルーにより緊急医療が要求される患者事変特有の緊急搬送クルーを派遣することの可能な第1モジュールと、
前記第1モジュールから情報を受信することが可能であり、患者に適切に搬送費を含む前記患者事変に係る料金を請求することが可能な第2モジュールとを備える。

 方法クレーム15は派遣及び医療サービスデータを統合することを規定している。クレーム15*2は以下のとおりである。
15.患者が遭遇した履歴を生成するコンピュータ化された方法において、
緊急搬送クルーの派遣に関するフライト情報を収集するステップと、
緊急搬送クルーにより緊急医療が必要とされる患者事変に関する臨床の遭遇から患者情報を収集するステップと、
患者の臨床遭遇を示す遭遇履歴を生成するために、前記フライト情報とともに患者情報を統合するステップとを含む。

(3)被告のソフトウェア
 emsCharts(以下、C社)はemsChartsと呼ばれるウェブベースの医療記録プログラムを製造している。C社のプログラムは患者情報を記憶し、統合された請求を行う。一方Softtech(以下、S社)はフライト情報(患者の送迎及びフライトの追跡情報等)を統合するフライトベクターと称するコンピュータ支援フライト派遣ソフトウェアを製造している。

 2社はこれら2つのプログラムを同時に動作させるべく戦略的パートナーシップを形成し、これら2つのプログラムを一つのユニットとして販売するようコラボレートした。

(4)訴訟の開始
 2006年9月原告は、C社及びS社が073特許を侵害するとしてテキサス州連邦地方裁判所へ提訴した。原告は、C社及びS社がクレーム1,6-8、15-22を共同で侵害していると主張した。陪審員は、C社及びS社は共同でクレーム1,6-8,15-22を侵害していると判断し、350万ドル(約3億円)を支払うべき評決をなした。

 しかしながら地裁はC社がなしたJMOL(Judgment as a matter of law:陪審員の評決とは異なる判決)の申立を認め、C社及びS社による共同侵害には該当しないとの判決*3をなした。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
C社のS社に対する管理または指示があったか否か
 複数当事者の組み合わせによる行動が方法クレームの侵害であると主張するためには、特許権者は、一の当事者が全体の方法を実施する上で他の当事者を「管理control」または「指示direction」していることを証明しなければならない。すなわち、一の当事者が黒幕であることを立証しなければならない*4。本事件においてはC社がS社を管理または指示する関係にあったか否かが争点となった。


4.CAFCの判断
C社がS社を管理または指示していたとはいえない
 CAFCは、C社がS社を管理または指示する関係にあったとはいえず、共同侵害は成立しないと判断した。

 共同侵害の成立要件としての「管理または指示」要件は2007年のBMC事件*5において判示された。以下BMC事件の概要を説明する。

(1)BMC事件
 BMC事件で問題となった特許はU.S. Patent No. 5,870,456(456特許)である。これらは暗証番号を入力することなく、金融決済を可能とするビジネスモデル特許である。参考図2は298特許の決済システムを示す説明図である。


298特許の決済システムを示す説明図

参考図2 298特許の決済システムを示す説明図


 298特許のクレーム6*6は以下のとおり。
6.(a)被支払人の代理人のシステムを介して、少なくとも一つの遠隔支払いカードネットワークに接続された電話回線網を用いた料金支払い方法であって、発話人は被支払人への自発的な支払い取引を開始すべく、前記電話機回線網を用いてセッションを開始するものであり、以下のステップを含む:
(b)発話人に対し、クレジットまたはデビットのいずれかの支払い番号を入力するよう促進する;
(c)発話人に支払い取引のための支払金額を入力するよう促進する;
(d)前記入力された支払い番号に関する遠隔支払いネットワークにアクセスする;
(e)前記アクセスされた遠隔支払いネットワークはセッションの間に下記決定を行う、
(f)支払い取引を完了するために、十分に利用可能な信用または金額が支払い番号に関する口座に存在するか否か;
(g)十分な信用または金額が存在すると判断した場合、
(h)入力された支払い番号の口座に対し入力された支払金額を課金する;
(i)入力された口座番号に関する口座(被支払人の口座)に入力された支払金額を加算する;and
(j)口座番号、支払い番号及び支払金額をシステムの取引ファイルに記憶する.

 BMC事件における被告は全てのステップを実施しているわけではない。被告、及び、金融機関を含むデビットネットワークにより共同で方法クレームを実施しているのである。例えば、
クレームの一部の構成要件(e)~(h)
(e)前記アクセスされた遠隔支払いネットワークはセッションの間に下記決定を行う、
(f)支払い取引を完了するために、十分に利用可能な信用または金額が支払い番号に関する口座に存在するか否か;
(g)十分な信用または金額が存在すると判断した場合、
(h)入力された支払い番号の口座に対し入力された支払金額を課金する;
はデビットネットワークが実施する行為である。

 BMC事件においては、複数の当事者が共同で方法クレームを実施している場合に、共同侵害が成立するか否かが問題となった。

 侵害が成立するためには、被告が方法クレームの全ての構成要件を実施していることが必要とされるのが原則である。その一方で、当該原則を貫くと、ある構成要件を、意図的に第三者に実施させることにより、直接侵害の責を逃れ得るという法の抜け穴が生じてしまう。

 CAFCは直接侵害に係る当該原則と、これに対する例外との法バランスを考慮した上で、被告及び第三者による共同実施に基づく直接侵害が成立するためには、
被告が第三者に対し方法クレームの各ステップの実施に関し管理または指示
を行っていることが必要とされると判示した。

(2)本事件における戦略的パートナーシップ
 本事件においては、C社及びS社間で「戦略的パートナーシップを契約」していた。このパートナーシップは2つのプログラムを協同させ、一つのユニットとして2つのプログラムを販売することをコラボレートするものである。

 CAFCはこのような関係があることを認めたものの、C社がS社に対し管理または指示を行っていたとはいえないと判断し、共同侵害の成立を否定した。


5.結論
 CAFCは、共同侵害が成立しないとした地裁の判断を支持する判決をなした。


6.コメント
(1)Newman判事の反対意見
 これについてNewman判事は反対意見を述べている。C社とS社とは「戦略的パートナーシップ契約」を行った。そしてC社とS社とは双方のソフトウェアプログラムの機能を統合し、一つのパッケージとして販売したのである。プレスリリースでは、2つのソフトウェアがシームレスに移行することも述べられており、C社のS社に対する管理または指示があったことは明らかであるから、共同侵害の成立を認めるべきであると述べている。

 以下、本事件で得られた教訓を元に実務上注意すべき点について言及する。
(2)単独当事者の実施行為のみをクレームする。
 共同侵害の成立要件「管理または指示」を満たすためのレベルは相当高いことが本事件で明らかとなった。共同侵害に頼ることなく一の被告の直接侵害となるようクレームを作成する必要がある。クレーム作成の際には、他の当事者または一般ユーザの行為が、クレームの構成要件に含まれないよう十分に注意する。

(3)できるだけ多くのカテゴリーについてクレームを作成する。
 あらゆる侵害形態が考えられるため、極力多くのカテゴリーのクレームを作成しておくことが望まれる。本事件ではC社とS社との組み合わせソフトウェアを「使用」するのはエンドユーザであり、方法クレームをもってエンドユーザを権利行使することはできない。

 しかしながら本事件において、この組み合わせソフトウェアを販売しているのはC社である。C社に対してはシステム、装置、または記録媒体クレームで直接侵害による権利行使が可能である。なお、本事件においてCAFCはシステムクレームによりC社の「販売」行為について直接侵害を問えることを示唆している。以上のとおり、クレーム数は増加するが、極力様々なカテゴリーについて権利化しておくことが望まれる。

(3)間接侵害(寄与侵害)の適用
 共同侵害が成立しない場合、米国特許法第271条(b)(c)*7に規定する間接侵害(寄与侵害)を主張することも一つの手段である。しかしながら、米国においては米国特許法第271条(a)*8に規定する直接侵害の存在が前提*9となり、直接侵害が存在しない限り間接侵害の主張が認められない点に注意すべきである。

(4)日本の共同侵害について
 日本国特許法には共同侵害についての規定は存在しないが、民法719条*10に規定する共同不法行為に基づき、両当事者に対する特許権侵害を主張し得ると解されている。例えば、スチロピーズ事件*11では、以下のとおり判示されている。

「他人の特許方法の一部分の実施行為が他の者の実施行為とあいまつて全体として他人の特許方法を実施する場合に該当するとき例えば一部の工程を他に請負わせ、これに自ら他の工程を加えて全工程を実施する場合、または、数人が工程の分担を定め結局共同して全工程を実施する場合には、前者は注文者が自ら全工程を実施するのと異ならず後者は数人が工程の全部を共同して実施するのと異ならないのであるから、いずれも特許権の侵害行為を構成するといえるであろう」

判決 2010年8月9日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/images/stories/opinions-orders/09-1306.pdf

【注釈】
*1 073特許のクレーム1
1. A computerized integrated data management system for tracking a patient incident, comprising:
a first module capable of dispatching an emergency transport crew specific to a patient incident requiring emergency medical care by the emergency transport crew, wherein transportation tracking information relating to the dispatch is recorded; and
a second module capable of receiving information from the first module and billing the patient appropriately for costs indicative of the patient incident, including transportation costs. (下線は筆者において付した。)
*2 073特許のクレーム15
15. A computerized method of generating a patient encounter record, comprising the steps of:
collecting flight information relating to an emergency transport crew dispatch;
collecting patient information from a clinical encounter associated with a patient incident requiring emergency medical care by the emergency transport crew; and integrating the patient information with the flight information to produce an encounter record indicative of the patient’s clinical encounter.
*3 Golden Hour Data Systems, Inc. v. emsCharts, Inc., et al., No. 2:06-CV-381 (E.D. Tex. Apr. 3, 2009)
*4 Muniauction, Inc. v. Thomson Corp., 532 F.3d 1318, 1329 (Fed. Cir. 2008)
(citing BMC Res., Inc. v. Paymentech, L.P., 498 F.3d 1373, 180-81 (Fed. Cir. 2007))
*5 詳細は、拙稿「ビジネスモデルと特許侵害」、知財ぷりずむ、財団法人経済産業調査会、平成19年12月号参照
*6 456特許のクレーム6
6. A method of paying bills using a telecommunications network line connectable to at least one remote payment card network via a payee’s agent’s system wherein a caller begins session using a telecommunications network line to initiate a spontaneous payment transaction to payee, the method comprising the steps of:
prompting the caller to enter a payment number from one or more choices of credit or debit forms of payment;
prompting the caller to enter a payment amount for the payment transaction;
accessing a remote payment network associated with the entered payment number, the accessed remote payment network determining, during the session, whether sufficient available credit or funds exist in an account associated with the payment number to complete the payment transaction,
and upon a determination that sufficient available credit or funds exist in the associated account,
charging the entered payment amount against the account with the entered payment number,
adding the entered payment amount to an account associated with the entered account number, and
storing the account number, payment number and payment amount in a transaction file of the system.
*7 米国特許法第271条(b)(c)は以下のとおり
(b) 積極的に特許侵害を誘発した者は,侵害者としての責めを負うものとする。
(c) 特許を受けている機械,製品,組立物若しくは合成物の構成要素,又は特許方法を実施するために使用される材料若しくは装置であって,その発明の主要部分を構成しているものについて,それらが当該特許の侵害に使用するために特別に製造若しくは改造されたものであり,かつ,一般的市販品若しくは基本的には侵害しない使用に適した取引商品でないことを知りながら,合衆国において販売の申出若しくは販売し,又は合衆国に輸入した者は,寄与侵害者としての責めを負うものとする。
*8 米国特許法第271条(a)の規定は以下のとおり。
(a) 本法に別段の定めがある場合を除き,特許の存続期間中に,権限を有することなく,特許発明を合衆国において生産,使用,販売の申出若しくは販売する者,又は特許発明を合衆国に輸入する者は特許を侵害する。
*9 Aro Mfg. Co. v. Convertible Top Replacement Co., 365 U.S. 336 (1961)
*10 民法719条の規定は以下のとおり。
(共同不法行為者の責任)
第七百十九条  数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
2  行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。
*11 大阪地判昭和36年5月4日


◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

◆『米国特許判例紹介』のバックナンバーは河野特許事務所ホームページ よりご覧頂けます。
http://www.knpt.com/contents/cafc/cafc_index.html

◆『中国特許判例紹介』のバックナンバーは河野特許事務所ホームページ よりご覧頂けます。
http://www.knpt.com/contents/china/china_index.html

◆ 特許関連News『出願済書類の取り扱いに注意を ~「極秘」の記載だけで大丈夫か~』は河野特許事務所ホームページよりご覧頂けます。
http://www.knpt.com/contents/news/news00128/news128.html

閉じる

Copyright 2010 KOHNO PATENT OFFICE