五 裁判での争点は次の3点であった。

1.被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか

2.被告装置は、本件発明の実施にのみ使用する物に当たるか。被告は被告装 置全体を販売していると言えるか、その一部である再来患者受付機及びその付属 機器のみを販売しているに過ぎないか。

3.被告が支払うべき、原告に生じた損害金額 

1.については次の2点が争われた。

(一)被告方法は、本件発明の構成要件「管理装置」の構成を具備しているか 。「管理装置」はホストコンピュータと別体のものに限られるか。

(二)被告装置は、本件発明の構成要件「ホストコンピュータから会計を終了 した患者の情報を前記管理装置側へ送る」の構成を具備しているか

この(二)をさらに詳しくみると 

(1)「会計を終了した患者」とは、「本人負担分の支払いまでを完全に終了 した患者」と、「会計計算を終了した患者」の、いずれを意味するか。

(2)被告装置は、「送る」の構成を具備しているか。

となる。

判決では争点1につき、被告方法は本件発明の技術的範囲に属しない、との結 論が出され、2、3については判断されなかった。争点1についての原告、被告 の主張は次の通りである。

@争点1(一)

原告Xの主張1

「管理装置」の意義

 本件発明の構成要件の「管理装置」は、ハードウェアとして見た場合、必ず しもホストコンピュータと別体のものに限定されるものではない。両者が一体化 されたもの、即ち、ホストコンピュータに内蔵された、患者情報記憶機能、各診 療科毎の現在の受付番号記憶機能、右受付番号をもとにする各診療科の新たな受 付番号設定機能を果たすコンピュータプログラムによって、本件発明の構成要件 の「管理装置」と同一の機能を実現し得る装置も、右「管理装置」に該当する。 その理由は次のとおりである。

 ハードウェアとしてのコンピュータは、その動きを制限したり、作業をさせ るための指示を与えるソフトウェアがなければ「ただの箱」であり、ハードウェ アとしてのコンピュータは、プログラムと一体となって初めて使用用途のある装 置として完成する。

 コンピュータのハードウェア及びソフトウェアの両面におけるそれぞれの機 能及び相互の関係に照らして考えると、コンピュータにある複数の情報の処理を 行わせる場合、見かけ上の構成としては種々のものが考えられ、そのこと自体は コンピュータ技術上さして重要な事柄ではない。したがって、コンピュータ装置 の異同の判断に際して、見かけ上の装置の異同にのみとらわれるのは適当ではな く、むしろ、それらによって実現される機能に着眼して対比判断をすべきである 。この点について、特許庁の「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明につ いての運用指針」には、「ソフトウェアにより働かされるマイクロコンピュータ によって実現される情報処理又は制御は、マイクロコンピュータ応用技術全体か らみると、種々の機能の集まりにより実現されていると考えることができる。そ して、上記種々の機能に対応してそれぞれの機能実現手段が存在するものと考え 、マイクロコンピュータ応用機器に関する発明は、これらを構成要件とする装置 発明としてとらえることができる。」と記載されており、また「マイクロコンピ ュータにより果たされる機能に着目して、対比判断を行う。例えばi) マイクロ コンピュータにより果たされる複数の機能が、「マイクロコンピュータ」等でく くって記載されている場合でも、各機能が個別の手段により実現されているもの としてとらえ、機能に着目して対比判断を行う。ii) ある機能が個別のハードウ ェアにより実現されている場合でも、実現手段によってもたらされる効果が普通 に予測される効果をこえるものでなければ、その実現手段の差異に捕らわれるこ となく、機能に着目して、対比判断を行う。」と記載されている。

 したがって、上記観点からすると、本件発明の構成要件の「管理装置」は、 ホストコンピュータと別体の装置に限定されるものではない。

2 被告装置の管理装置の構成及び作動態様 

被告装置の管理装置の構成及び作動態様は、これを本件発明の構成要件に即し て整理すると、図2のとおりである。

3 本件発明の管理装置と被告装置の管理装置との対比 

1、2において述べたところに従い、本件発明の管理装置と被告装置の管理装 置とを対比すると、被告装置の管理装置は、ハードウェアとしてのホストコンピ ュータと一体に構成されてはいるが、ホストコンピュータとコンピュータ内に組 込まれたコンピュータプログラムにより本件発明の管理装置と同一の機能を実現 しているのであるから、本件発明の管理装置に該当するとみるべきである。

 したがって、被告装置が本件発明の構成要件の「管理装置」の構成を具備し ていることは明らかである。

 被告Yの主張

 1「管理装置」の意義

 本件発明の「管理装置」は、ハードウェアとして見た場合、ホストコンピュ ータとは別体のものに限られる。
 特許請求の範囲の記載に照らすと、管理装置がホストコンピュータとは別体 の機械装置として構成されていることは明らかである。また、実施例の説明及び 添付図面を見ても、管理装置は、一貫してホストコンピュータとは別体の機械装 置の趣旨で説明されており、管理装置をホストコンピュータと一体に構成しても よい旨示唆する記載は全く見当たらない。 本件特許の出願経過に照らして考え ると、受付器だけでは特許の対象とはなり得ないし、管理装置において受付番号 を設定し、その設定された受付番号を受付器において受付票に印字して排出する という方法だけでも特許査定され得ないことは明らかである。また、管理装置に おいて、初診患者及び再診患者を総合してこれらに受付番号を設定することも、 特許庁審査官の拒絶理由にもあるように、「従来病院の受付けシステムにおいて 人手で行われていた事柄を、コンピュータによる自動化システムに置き換えると いうに相当し、その手順においても従来のマニュアルによる手順に倣ったものに すぎない」から、その点を特許請求の範囲の記載に加えただけでは、本件特許出 願は特許査定されなかったものと考えられる。結局、本件発明の特徴点は、管理 装置をホストコンピュータのような大型の装置とは別体の装置として設け、かつ 、この管理装置に患者情報の記憶機能と受付番号の設定機能を持たせるとともに 、右各情報と会計終了情報とを連繋させた点にあり、その点に新規性及び進歩性 を認められて特許査定されたものというべきである。したがって、このような発 明の要旨からみて、本件発明において、管理装置を独立の構成とせず、それと同 一の働きをするプログラムをホストコンピュータに組み込み一体のものとして構 成することはおよそ考えられず、両者が別体の装置として構成されることは本件 発明の必須要件というべきである。

 2 被告装置の構成及び作動態様

 第一、第二被告装置の構成及び作動態様

 第一、第二被告装置のシステムでは、共に受付番号はホストコンピュータで 管理され、被告販売の再来患者受付機は、ホストコンピュータから指示される受 付番号を、その指示どおり何の加工も加えず受付票に印字して排出しており、い かなる意味においても受付番号の記憶手段及び管理手段を有していない。

 3 被告装置と本件発明の管理装置との対比

 以上で明らかなとおり、被告装置には、本件発明の管理装置に相当する装置 が存在せず、右装置が備えている、患者情報記憶手段、各診療科毎の現在の受付 番号の記憶手段、その受付番号記憶手段によって記憶された受付番号をもとに各 診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段による機能は、コンピュ ータプログラムという全く別個の手段によって実現されている。

 被告販売の再来患者受付機は、ホストコンピュータからの指示を実現するた めの装置であり、ホストコンピュータが初診患者及び再診患者を総合して受付番 号を設定していようが、再診患者にだけ受付番号を設定していようが、或は両者 ともに受付番号を全く設定していなくとも、それらのことに関係なく接続可能な 装置であると同時に、ホストコンピュータと接続し、それと連動して使用されな い限り何の機能も果たし得ない、単なるホストコンピュータの端末にすぎない。

 これに対し、本件発明の管理装置及び受付器は、ホストコンピュータとは別 体の装置であるだけでなく、ホストコンピュータに接続されなくとも、それら自 体で完結して独自に受付番号の設定とその設定された受付番号を付した受付票の 発行という、受付番号管理機能を果たすことが可能な装置であり、本件発明にお いて、ホストコンピュータは、初診患者の受付と会計処理の必要上システムに付 随的に付加された装置にすぎない。結局、被告方法と本件発明では、システム中 に占めるホストコンピュータの位置づけに関する設計思想を根本的に異にしてお り、被告装置が本件発明の構成要件の「管理装置」の構成を具備していないこと は明らかである。

 原告は、コンピュータ装置の異同の判断に際して、見かけ上の装置の異同に のみとらわれるのは相当ではなく、むしろ、各機能を実現する手段の異同に着眼 して判断すべきであり、見かけ上別体の装置であろうと、一体の装置であろうと 、両者の技術的思想は同一と考えるべきである旨主張する。しかしながら、たと え実現される機能が同一であるとしても、それを実現するための手段の工夫こそ が発明の要素であるから、被告方法と本件発明は、この「管理装置」の機能を実 現する手段において全く相違しているのであるから、原告主張は当たらない。

 A争点1(二)

 この争点についての判決での判断には法律的、技術的に見るべきものがない ので簡単に紹介する。

 原告Xの主張

 1「会計を終了した患者」の意義

 本件発明の構成要件の「会計を終了した患者」とは、「会計計算を終了した 患者」を意味し、「本人負担分を支払った患者」を意味しない。

 通常、大病院における診療報酬の会計処理は、診療を終えた患者が会計書類 を受取り、これを会計窓口まで持参し、病院の事務担当者が患者から受け取った この書類に従って診療報酬情報をホストコンピュータの端末装置に入力し、ホス トコンピュータが会計計算を行い、その計算結果に従い支払窓口で患者が支払い を済ませ、計算書及び領収書を受領するシステムとなっている。しかし、患者が 書類をそのまま持ち帰ってしまうか、或はそれを破棄してしまうと、会計計算そ のものができず、病院側としては、社会保険給付分の診療報酬の支払いも受けら れないという事態が生じるのを避けられない。これに対し、先に会計計算さえ済 ますことができれば、たとえ右のような事態が生じても、病院側としては診療報 酬の大半を占める社会保険給付分を取得することができるし、本人負担分を支払 わなかった患者については、計算書と領収書が手元に残っていることになるので 、次回の診察時に請求することもできる。したがって、このように見てくると、 受付患者の情報をホストコンピュータから管理装置に送るのは、病院側において 当該患者が会計計算を終了したか否かを把握するためにこそ必要なことである。 以上の本件発明の目的から考えても、本件発明の構成要件の「会計を終了した患 者」が「会計窓口へ出頭して会計計算を受けた患者」を意味することは明らかで ある。

 2 「送る」の意義

 本件発明の構成要件の「送る」とは、「会計計算終了情報を、ホストコンピ ュータ内の会計計算終了情報が存在する特定メモリ上の記憶域から、管理装置の メモリ上に存在する受付番号情報記憶域に送り出す」という意味である。コンピ ュータがプログラムを実行する際、CPUは、必要により、データをメインメモ リから取り出し、それらを解読して処理するのであり、メインメモリはCPUの 要求に応じて随時該当番地のデータをCPUに送り出すのである。したがって、 情報の送信とは、メインメモリ上の特定番地の記憶域の情報がデータ信号線を介 して別のメインメモリ上の特定番地に送られることを意味し、本件発明において 、ホストコンピュータから管理装置へ受付患者情報を送るとは、このようにメイ ンメモリ上の特定番地の記憶域に記録された受付情報を、同じメインメモリ上の 特定番地の記憶域へ送り出すことをも含んでいる。

 3 被告装置における「会計計算終了情報」の送信

 被告装置では、ホストコンピュータの「管理装置以外の部分」から、会計の 計算を終了した患者の情報がホストコンピュータ内の「管理装置の部分」へ送ら れている。

 4 「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側 へ送る」の構成と被告装置の構成との対比

 本件発明の構成要件の「会計を終了した患者の情報を管理装置側へ『送る』 」の要件について、本件発明と被告方法とを対比すると、被告装置でも、ホスト コンピュータ内で2項で述べたのと同一の手順で処理が進行しており、ホストコ ンピュータ内の会計計算終了情報が、その特定のメモリ上の記憶域から別の特定 のメモリ上の受付番号情報記憶域に送信されている点において本件発明の「送る 」の要件が充足されるのである。

 被告Yの主張

 1「会計を終了した患者」の意義

 本件発明の構成要件Fの「会計を終了した患者」とは、「本人負担分の支払 までを完全に終了した患者」を意味する。その理由は次のとおりである。

 (一) 診察を終了した患者が会計窓口に出頭し、そこで会計計算を受け、 本人負担分の支払をすると言うのが、病院における一般的な会計処理の流れであ る。したがって、本件発明の「会計を終了した」とは、右会計処理が総て終了し たこと、すなわち患者が本人負担分の支払までを完全に終了したことを意味する 。用語の普通の意味から考えて、明細書の記載にある「費用を支払わないで」と の表現を原告の主張するように「会計計算を受けないで」の意味に解するのは到 底無理である。

 (二) 病院は、たとえ、診察を終えた患者が会計窓口に出頭しなくとも、 診察行為さえ終了していれば、社会保険給付分の診療報酬を請求受領することは 可能であるから「会計計算を受けていない患者」をその日の内に把握することは 重要な事柄ではない。会計を終えないで帰宅した患者をその診療科で容易に把握 できるようにするという本件発明の目的に照らせば、病院側で本人負担分の支払 をしない患者を容易に把握できるようにすることこそ、本件発明の重要な技術的 課題となるはずである。そうとすれば、本件発明の目的との関連では、「会計を 終了した患者」とは、「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」を意味す るものと解釈すべきである。

 2「ホストコンピュータから会計を終了した患者の情報を前記管理装置側へ 送る」の構成との対比

 (一) 1において述べたとおり、本件発明の構成要件の「会計を終了した 患者」とは、「本人負担分の支払までを完全に終了した患者」を意味するが、第 一、第二被告装置のシステムでは、本人負担分未払患者の情報と受付番号情報そ の他の患者情報は連繋して利用されていないから、被告装置が本件発明の構成要 件の、「本人負担分の支払を終了した患者の情報を『送る』の構成を具備してい ないことは明白である。

 (二) 仮に、本件発明の構成要件の「会計を終了した患者」を原告主張の ように「会計計算を終了した患者」という意味に解釈しても、被告装置には管理 装置がないのであるから、そもそも会計計算終了情報を「管理装置」へ「送る」 という構成もあり得ない。


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