CAFC Update2

2003.11.20 

E-PASS TECHNOLOGIES, INC.
vs.
3COM CORPORATION and PALM, INC.,
「PDAは電子多機能カードである」とした事例
1. 背景
(1)E-Pass Technology(E-Pass)は複数のクレジットカードの使用を単純化する方法及び装置に関する特許5,276,311(311特許)を有している。この発明は、複数のクレジットカードを一の電子多機能カードで代用するというものである。この電子多機能カードはカードの個人データを記憶するストレージとディスプレイを有しており、ユーザに複数のクレジットカードを持たせる代わりに、セキュリティの高いこの一の電子多機能カードを提供する。

(2)2000年2月、E-Passは3Com及びPalm(以下、3Com)に対し311特許の侵害であるとして損害賠償及び差止請求訴訟を北カリフォルニア地裁へ提訴した。このとき3Comは「Palm Pilot」の商標でPDA端末を販売していた。

(3)地裁で問題となったのはクレーム1(*1)の「electric multi-function card」(電子多機能カード)の文言である。地裁ではこの文言を、複数のクレジットカードの機能を変換する埋め込み回路を備え、業界規格のクレジットカードの幅・寸法を有するデバイスと判断した。なお、この規格は1971年にANSI(American National Standards Institute)により決定されている。そしてこの解釈に基づき地裁の略式判決では文言上の観点及び均等の観点からも、3comのPalm Pilotは311特許の侵害にはあたらないとした。つまり、PDAであるPalm Pilotはクレジットカードの58倍の容積、25倍の幅を有するので、Palm Pilotがクレジットカードサイズであるとは言えず、陪審員は311特許の文言上の侵害に該当しないと判断した。また電子多機能カードは複数のクレジットカードを排除してこの代わりに使用されるものであり、3comのパームPDAがこの電子多機能カードと均等であるとする解釈は、そのサイズを無効化するものなので、均等の観点からも陪審員は311特許の侵害にはあたらないとした。E-Passはかかる略式判決を不服としてCAFCへ控訴した。

2. 争点
 争点となっているのはクレーム1の「electric multi-function card」(電子多機能カード)の解釈である。この電子多機能カードの範囲がPDAのようなデバイス、またはその他多様なサイズのカードにまで広く及ぶのか、あるいは地裁が判断したように業界規格のクレジットカードサイズに限定されるのかが問題となった。

3. CAFCの判断
(1)クレームの文言解釈にあっては、業界標準規格に依存した解釈ではなく、辞書により文言本来の意味を解釈すべきである。
 クレームの文言解釈にあたってCAFCは、その文言本来の意味を検討する必要があるとし(Tex. Digital Sys. v. Telegenix, Inc., 308 F.3d 1193, 1202 (Fed. Cir. 2002))、まず辞書での意味を検討した。辞書によるとカードはフラットで堅く一般に紙、プラスチック等の物質からなる小さく長方形状のものと定義されている。しかも複数の辞書のいずれにもサイズ、業界標準寸法等は記載されていなかった。
 地裁ではカードの解釈を業界標準のクレジットカードの定義に求めた。業界標準ではANSI、ISOがクレジットカードのサイズ、エンボスする文字のサイズ・位置などを定義する。しかしながら、ANSI及びISOのいずれにもクレジットカードの規格範囲外(すなわちクレジットカード以外のカード、電子多機能カード)については何ら定義されていない。
 以上のことからCAFCは、電子多機能カードにおけるカードの定義を業界標準のクレジットカードに求めた地裁の判断を誤りとし、本来の意味、すなわち堅い物質からなるフラットで長方形状のものと解釈するのが妥当と判断した。

(2)明細書中に辞書学的な定義として記載されているのか、あるいは単なる好ましい形態として記載されているのか
 被告である3Comは明細書の発明の利点に、「特別な利点は通常のクレジットカード、チェックカードの外形寸法を持つ電子多機能カードのシンプルな形態によってもたらされる。」、「クレジットカードは一般に規格化された寸法を有する。」と記載されていると主張した。つまり、かかる記載によればクレームの電子多機能カードは規格化されたクレジットカードと同じサイズであると解釈されるべきと主張した。
 CAFCでは、この点について、特許権者は明細書においてクレームの文言の意味を決定することができるところ、クレーム文言に対して明細書中に辞書学的な定義として記載されているのか、あるいは単なる好ましい形態として記載されているのか判断する必要があるとした(Tex. Digital, 308 F.3d at 1204; see also Inverness Med. Switz. Gmbh v. Princeton Biomeditech Corp., 309 F.3d 1365, 1371-72 (Fed. Cir. 2002))。CAFCは明細書の「シンプルな形態」及び「一般に」の記載から、これらは発明の好ましい多面性を意味するものであるとした。つまり、本明細書の上述した記載は、クレームの文言の正確な定義というよりも、むしろ発明の好ましい多面性を記載しているものであるとし、この記載により直ちに「電子多機能カード」が、規格化されたクレジットカードのサイズであると解釈されるべきではないとした。

(3)特別なデバイスを排除してクレームの文言を限定解釈すべきではない
 「発明の目的」には電子多機能カードは特別な単一のカードとして機能すると記載されていることから、地裁ではもし本発明の電子多機能カードがクレジットカードサイズと異なるものであれば、カード読取端末のスロットにカードを挿入できず、ユーザはATMを使うことができず、ガソリンも買うことができないので、発明の目的からすれば、電子多機能カードとクレジットカードとの互換性が必要であり、電子多機能カードは業界規格サイズのカードであるべきであると判断した。
 これに対し、CAFCは、明細書中には「通常のクレジットカードに存在する磁気ストライプは不要であり、その代わりカード読取端末と情報を送受信できる手段(例えば赤外線)が存在すればよい」との記載を根拠に、本発明の電子多機能カードが通常のクレジットカードとの互換性が必要であるとした地裁の解釈は誤りとした。
 さらに、地裁は、異なるサイズの電子多機能カードを持つことは、クレジットカードの使用を単純化することはできず、発明の目的にそぐわないと判断した。しかしCAFCは、裁判所は特別なデバイスを排除するために、クレームの文言を限定解釈すべきではないとした。特許権者がクレームの文言のために明細書中に辞書編集上の定義をしているか、または審査経過において明確にその範囲を排除している場合を除き、裁判所はクレームの文言そのものに従って解釈すべきであるとした(See Inverness, 309 F.3d at 1371-72)。

4.結論
 以上のことから、CAFCは電子多機能カードが業界規格のクレジットカードのサイズに限定されるとした地裁の判断を誤りとした。そして、これを前提にPalm Pilotがクレーム1の文言上侵害にあたらないとした地裁の判断を誤りとした。また均等でないとした地裁の判断は、電子多機能カードが業界規格のクレジットカードのサイズに限定されるとの前提に基づくものであるから、その判断も妥当ではないとした。CAFCは文言上及び均等の観点からも非侵害であるとした地裁の略式判決を無効とし、差し戻し判決とした。

5. コメント
 本件ではクレーム中にキーとなる文言としてカードを用いたため権利範囲が不明確となった。クレームの文言選択が如何に重要か理解させられる事例である。明細書を作成する際、つい現実の製品、実施例を思い浮かべより現実的な文言を用いることが多い(本発明では電子多機能カード)。しかし、○○装置等の文言を活用し、できる限りクレームの文言を広く、換言すればぼかして、記載することが重要であろう。

判決 2003年8月20日
以 上
【関連事項】
判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます。
http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/02opinions/02-1593.html
E-Pass Technology社Home Page
http://www.e-pass.com/

【注釈】
*1 Claim 1
   A method for enabling a user of an electronic multi-function card to select data from a plurality of data sources such as credit cards, check cards, customer cards, identity cards, documents, keys, access information and master keys comprising the steps of:
   transferring a data set from each of the plurality of data sources to the multi-function card;
   storing said transferred data set from each of the plurality of data sources in the multi-function card;
   assigning a secret code to activate the multi-function card;
   entering said secret code into the multi-function card to activate the same;
   selecting with said activated multi-function card a select one of said data sets;and
   displaying on the multi-function card in at least one predetermined display area the data of said selected data set.

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