CAFC Update6

2004.3.19 


PSC COMPUTER PRODUCTS, INC.,
vs.
FOXCONN INTERNATIONAL, INC.
and HON HAI PRECISION INDUSTRY CO., LTD.,

明細書に開示されているがクレームされていない事項は
均等論を主張できない


1.概要

 PSC Computer Products, Inc(以下、PSC)はヒートシンク用の固定装置のクリップに関するU.S. Patent 9,061,239(以下、239特許)の権利者であり、競業社であるFoxconn International, Inc等(以下、Foxconn)を特許権侵害であるとして中央カリフォルニア地裁へ訴えた。地裁では、PSCが明示的に金属製クリップをクレームしているが、イ号部品であるプラスチック製クリップについてはクレームせず、明細書において開示されているだけなので、均等論下での侵害は成立せず、Foxconnが求めた非侵害とする略式判決*1をなした。
 PSCはこれを不服としてCAFCへ控訴したが、CAFCは非侵害とする地裁の略式判決を支持した。

2.背景

(1)239特許の内容
 239特許は集積回路のヒートシンク用固定装置クリップに関する。多くの電子部品と同じく集積回路は熱を発生するため、この熱を放散させるためのヒートシンクが必要となる。239特許は集積回路をヒートシンクに固定するカム型固定装置クリップである。ヒートシンクにクリップを用いて集積回路を固定することにより熱放散を起こさせ、集積回路及び周辺部品の故障防止及び長寿命化を可能とするのである。

(2)争点となったクレームの文言
 239特許のクレーム1*2の問題となった文言は、
an elongated, resilient metal strap
「伸張されており、弾力のある金属製ストラップ」である。

(3)Foxconnを提訴
 PSC及びFoxconnはヒートシンク用のカム型固定装置のクリップを製造する競合会社である。PSCのクリップは金属製である一方で、Foxconnのクリップの材料はプラスチックである。PSCは地裁に239特許の侵害であるとしてFaxconnを訴えた。PSCは、クレーム1は「伸張されており、弾力のある金属製ストラップ」を権利範囲としているため、Foxconnは文言上239特許を侵害していないが、Foxconnのプラスチック製クリップは均等論上239特許を侵害していると主張した。Foxconnは、PSCがプラスチック製のクリップを公衆に提供した(つまり権利化せずにクレームを放棄した)と反論し、非侵害との略式判決を求めた。

(4)地裁の判断
 地裁は近年CAFCから判示されたJohnson事件*3を根拠に挙げた。Johnson事件では、明細書には開示しているがクレームしていない事項は公衆に提供され、均等論下で均等を主張することはできない旨が判示された。239特許の明細書にはプラスチック製クリップが開示されているが、これがクレームされていないことから地裁は、プラスチック製クリップは公衆に提供されたと判断し、均等論下での侵害に該当しないと判断した。
 地裁は明細書の下記の記載に着目した。
他の弾力性のある材料はストラップに適しているかもしれないが、伸張されたストラップはステンレススチールのような弾力性ある材料でできている。」
他の先行技術の装置は、モールドされたプラスチック、または、金属形成工程が高価な鋳造または鍛造された金属製パーツを使用している。」
 地裁は、これらの文章は、発明者がプラスチックを含む他の材料を知っていたことを示すものであり、また発明者が先行技術を越える点として239特許では金属製クリップを権利として主張していることを示すのものであると述べた。さらに地裁は、239特許はプラスチック製部品をクレームしておらず、しかも、明らかに金属製の限定を加えていることから、クレームされていない部材の開示は、これらの部材を公衆に提供するものであるとした。そして、この公衆へ提供したものについては均等論を主張できないと結論づけた。そして、非侵害の結論を求めるFoxconnの略式判決を認めた。PSCはCAFCへ控訴した。

3.CAFCの争点

(1)開示がどの程度明確である場合に、どのような基準で明細書の開示事項が公衆へ提供されるのか
 PSCは、Johnson事件を本事件に適用するのは妥当ではないと主張した。つまり、Johnson事件では、公衆に提供される事項が明細書に明確に開示されているのに対し、プラスチック製の先行技術を記載した239特許における開示は、間接的なものであり、また付随的なものであるので、プラスチック製クリップは公衆に提供されるものではないと主張した。特許のクレームと明細書との関係において、これらの開示がどの程度明確である場合に、どのような基準で明細書の開示事項が公衆への提供されるのかが問題となった。

(2)「開示−提供」ルールは衡平法に反するか
 また、PSCは239特許の「金属製」としたクレーム限定は不注意によるものであり、プラスチックを公衆へ提供するというのは衡平法上不公平であると主張した。「開示−提供」ルールが衡平法に反するか否かが問題となった。

4.CAFCの判断

(1)関連する判例
 本事件に関連する判例として以下の事件が取り上げられた。以下にその概要を説明する。
@Johnson事件*3
 Johnson & Johnston Associates(以下、 Johnson)はプリント回路基盤の製造に関するU.S. Patent5,153,050(以下、050特許)の所有者であり、R.E. Service Co(以下、RE)を特許権の侵害であるとして訴えた。050特許はアルミニウム製のシートをクレームしている一方で、その明細書には、アルミニウムは好ましい材料であるが、ステンレススチールまたはニッケル合金等の他の部材も使用されると記載されていた。これに対し、REのイ号製品はステンレススチール製であった。CAFCは、050特許は代替部材、すなわちステンレススチールを公衆へ提供したので、被告のステンレススチール製の製品は050特許の侵害とならないと判示した。

AMaxwell事件*4
 Maxwellは陳列用の一足の靴を取り付けるシステムに関するU.S. Patent4,624,060(以下、060特許)を有しており、J.Bakerを特許権の侵害であるとして訴えた。060特許は陳列用の一足の靴が散らからないように、靴に穴があいたタブを取り付け、この穴にループ状の紐を通して左右の靴をひとまとめにするアイデアである。このタブの取り付け方が問題となった。
 クレームには、このタブを靴のインナーソールとアウターソールとの間に取り付ける(接着、縫いつけ、ステープル止め等)ことが記載されていた。その一方で、明細書には代替手段として、「タブは靴の横面または背面で、靴の裏地縫い目に縫い込んでもよい」と開示していた。
 一方、イ号製品は靴の裏地縫い目にタブを縫い込んでいた。CAFCは、060特許は靴の横面または背面にて、靴の裏地縫い目にタブを縫い込む方法を公衆へ提供したので、被告の製品は060特許を侵害しないと判示した。つまり、クレームでは明確に、タブがインナーソールとアウターソールとの間に、すなわちタブの取り付け部分が外部から見えない部分に取り付けられると記載されている。これに対し、明細書中の代替手段及びイ号製品は、靴の横面または背面にて、靴の裏地縫い目に、すなわち取り付け部が外部から見える部分にタブを縫い込む。このことからCAFCは、明細書に開示されているがクレームしていないイ号製品を非侵害と判断したのである。

(2)Disclosure-Dedication「開示−提供」ルール:業界における一般当業者が、明細書を読むことによりクレームされていないが明細書に開示された事項を理解することができる場合、その開示された代替手段は公衆へ提供される
 PSCは、Johnsonの050特許の開示は明確であるのに対し、PSCの239特許の開示はそうでない事を理由に、本事件にJohnson事件を適用するのは妥当ではないと主張した。すなわちPSCは、Johnson事件及びMaxwell事件の開示と同じく明確な記述のみが、公衆に提供されるのであり、プラスチック製の先行技術を記載した239特許における開示は、間接的なものであり、また付随的なものであるので、プラスチック製クリップは公衆に提供されるものではないと主張した。
 CAFCはこの主張を認めなかった。CAFCは、明細書の重要な目的は、特許の法定主題を公衆へ通知することにあり、またクレームの目的は発明の権利範囲を公衆へ通知するものであところ、先行技術がプラスチック製クリップの部品を含むというPSCの開示は正確でありかつ明確であることから、PSCの主張を退けた。
 最高裁判所において、@政府は何が登録され、独占期間が消滅するとき何が公衆の財産になるかを知るため、A発明を実施することを希望するライセンシーが権利期間中にどのようにして発明を製造でき、組み立て、使用することができるかを知るため、及びB他の発明者が、発明のどの部分が占有されていないかを知るために、正確な発明の説明が法(米国特許法112条)により要求されている判例*5をCAFCは挙げ、これらの特許法の基本的原則は125年以上も不変であると述べた。

 CAFCは、どの法定主題が明細書において開示され議論されているか識別するために、またどの法定主題がクレームされているかを認識するために、その業界における一般当業者が、特許を把握できなければならないと判示した。
 そして、CAFCは、明細書及びクレームの基本機能は公衆に、どの製品、どの方法が特許を侵害するか否かを通知することにあり、特許権者が均等論下で開示されているがクレームされていない事項を主張することを許可するとすれば、公衆はどの開示された事項が侵害となるか否かを知る余地が無くなり*6」、特許の公衆への通知機能を骨抜きにし、ひいては法を不安定にすると述べた。

 CAFCは、Disclosure-Dedication「開示−提供」ルールとして、業界における一般当業者が、明細書を読むことによりクレームされていないが明細書に開示された事項を理解することができる場合、その開示された代替手段は公衆へ提供されると判示した。

 CAFCは、239特許は一般的な開示及び明確な開示から構成されていると述べた。一般的な開示は、「他の弾力性のある材料はストラップに適用可能である。」であり、明確な開示は「他の先行技術の装置は、モールドされたプラスチック製パーツ、または、金属形成工程が高価な鋳造または鍛造された金属製パーツを使用している。」である。上述した「開示−提供」ルールにおいて、CAFCは、一般当業者は明細書のこの文言からプラスチック製クリップ部品は金属製クリップ部品の代替手段として用いられると合理的に結論づけるであろうと述べた。そして、ヒートシンク用カム型保持装置クリップの製造においてプラスチック製部品の使用は公衆へ提供され、均等を主張できずFoxconnのプラスチック製クリップは侵害を構成しないと結論づけた。

(3)「開示−提供ルール」は衡平法及び公衆の利益に沿うものである
 PSCは、「開示−提供」ルールに関する衡平及び公衆の利益についての多くの論点を主張した。その中でPSCは239特許の「金属製」としたクレーム限定は不注意のものであり、プラスチックを公衆へ提供するというのは不公平であると主張した。
 CAFCは「クレーム文言の著者である特許権者は容易に知られる均等物を含むクレームを記載するよう期待されるかもしれない。」と判示した最高裁判例*7を挙げ、特許権者は特許において不注意(不注意による提供を含む)に対する負担に耐えなければならないと判示した。つまりCAFCは、特許権者は不注意な行為をしないよう一定の責務を負うべき旨を判示した。またその不注意を救済する手段として特許法が継続出願及び再発行出願について規定している点も挙げた*8

さらに、PSCは、「開示−提供」ルールは、不注意により特許権者が公衆へ何かを提供することがないよう、特許権者に希薄な明細書を作成することの動機を与えかねないと主張した。CAFCはこの点について同意しなかった。
 「開示−提供」ルールは特許権者に特許性があると考えられる最も広い範囲のクレームを記載させ、その範囲でPTOでの審査を受けることについての動機付けになると判示した。そして「開示−提供」ルールは、公衆に対して、何がクレームされた発明の対象であり、何が公衆への提供の対象であるかを理解するのに重要な機能を果たすと述べ、この「開示−提供ルール」は衡平法及び公衆の利益に沿うものであると結論づけた。

5.結論

 CAFCは、地裁がプラスチック製部品を開示しているがクレームしていないため均等を主張できないと正しく判断したので、非侵害とした地裁の略式判決を支持した。

6.コメント

 権利範囲解釈の一つである「開示−提供」ルールが、Johnson事件及びMaxwell事件と同じく判示された。出願当初は広い範囲をクレームしていたが、先行技術の存在により権利範囲を限定せざるを得ない場合がある。この場合、クレーム範囲から除外された事項はたとえ明細書に開示されているとしても、公衆に提供されたものであるとの考えにより、均等を主張できないことになる。本事件では、その提供のための開示が明確であったか否かが問題となり、その判断は業界における当業者の観点から判断される旨が判示された。

判決 2004年1月20日

以 上
【関連事項】
判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます。
http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/03opinions/03-1089.html

【注釈】
*1 PSC Computer Prods., Inc. v. Foxconn Int’l, No. 01-CV-6414

*2 239特許のクレーム1
In a heat sink assembly providing cooling to an electronic semiconductor device wherein the device is mounted in a module, the module having means for engagement with a retainer clip, and the heat sink having a generally flat bottom surface and heat conducting engagement with the semiconductor device upper surface and a plurality of fins on the upper surface defining at least one channel, the improvement comprising a heat sink retainer clip including:
an elongated, resilient metal strap received in one of the channels of the heat sink having holding means at each end engaging the engagement means on the module, the center portion of the strap spaced a pre- determined distance above the upper surface of the heat sink base when the strap is not in tension; and
a cam-type latch pivotally mounted in the center portion of the strap and including a cam with a bearing surface, the distance from the pivot access to the bearing surface of the cam being greater than the distance between the pivot access and the upper surface of the base of the heat sink when said strap is not in tension, and an arm fixedly mounted to said cam, said arm, when rotated, causing said bearing surface of said cam to be forced against the surface of the base of the heat sink placing the strap in tension so as to force the heat sink into heat conducting engagement with the module.

*3 Johnson & Johnston Associates v. R.E. Service Co., 285 F.3d 1046 (Fed. Cir. 2002) (en banc),

*4 Maxwell v. J. Baker, Inc., 86 F.3d 1098 (Fed. Cir. 1996)

*5 Bates v. Coe, 98 U.S. 31, 39 (1878)

*6 Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co., 344 F.3d 1359, 1369-70 (Fed. Cir. 2003) (en banc)

*7 Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co., 535 U.S. 722, 741 (2002)

*8 Johnson & Johnston Associates v. R.E. Service Co., 285 F.3d 1055 (Fed. Cir. 2002)

Copyright 2004 KOHNO PATENT OFFICE