1.概要
Teleflex, Incorporated(以下、原告)は、自動車に用いられるペダル位置可変(adjustable
pedal)部品に関するU.S. Patent No.6,237,565(以下、565特許)を所有している。原告は、KSR
International Co.(以下、被告)に対し565特許の侵害であるとして、ミシガン州東地区連邦地方裁判所に提訴した。被告は争点である565特許のクレーム4が米国特許法103条(a)*1に規定する非自明性の要件を満たさず、特許は無効であると主張した。2003年12月12日、地裁は565特許のクレーム4は自明であるとして無効との判断をなした*2。原告はCAFCへ控訴した。CAFCは、クレーム4の全ての構成要件は複数の先行技術文献に開示されていると認めた上で、これら先行技術中に、クレームされたとおりに発明を組み合わせるための教示(teaching)-示唆(suggestion)-動機(motivation)が存在しないことから、自明であるとした地裁の判断を無効とし、地裁に対しさらなる審理を行うよう命じた。
2.背景
(1)特許発明の概要
565特許のクレーム4は、自動車用のペダル位置可変(adjustable
pedal)部品に関する。これは電子スロットル制御装置と共に電子的に制御されるものである。クレーム4のペダル位置可変部品は、電子ペダル位置センサー(クレーム中では電子制御装置として記述されているので、以下電子制御装置)と協調して動作する。電子制御装置は、ペダル旋回軸に反応し、これにより、アクセルペダルの通常位置と踏み込み位置との相対位置に関する電気信号を生成する。
クレーム4は特に、電子制御装置がペダル位置可変部品のサポートブラケットに据え付けられている点を特徴としている。この配置により、ペダル位置調整中にペダル位置可変部品上で電子制御装置が動いてしまうことを防止するのである。
(2)地裁の判断
原告は、被告が565特許クレーム4を侵害するとして、ミシガン州東地区連邦地方裁判所に提訴した。被告はクレーム4が米国特許法103条(a)に規定する非自明性の要件を満たさず、特許は無効であると主張した。
地裁は、565特許のクレーム4と先行技術とを比較し、クレーム4の構成要件は全て先行技術に開示されていると判断した。先行技術U.S.
Patent No.5,010,782(以下、Asano特許)は、電子制御装置を除く全てのクレーム4の構成要件を開示している。一方、電子制御装置はU.S.
Patent No.5,819,593(以下、Rixon特許)に開示されているように先行技術としてよく知られている。
地裁は、これら先行技術を組み合わせることの示唆または動機が存在するか否かについて、565特許クレーム4の「解決すべき課題」に着目した。クレーム4は、低コスト化、シンプル化、コンパクト化を課題としている。一方、地裁は、Rixon特許が、複雑化した装置に対する課題を述べていると判断した。Rixon特許には、「ペダル位置センサーはペダルハウジング内に存在しており、ペダルの調整に伴う前後の動作によりワイヤ破損という問題が生じる。」と記載されていることから、地裁は、ドライバーのペダルアーム調整中に、ペダルアームと共に移動することのない電子制御装置が必要とされていたことが課題となっていたと判断した。このことから、地裁は、Asano特許及びセンサーの知識を持つ当業者であれば、Rixon特許が持つ課題を解決するためにこれら先行技術を組み合わせることの動機になるであろうと判断し、特許は自明であるとして特許無効の判決をなした。
3.CAFCの争点
解決課題が、教示-示唆-動機テストにどのように適用されるか?
本事件では、電子制御装置(ペダル位置センサー)を除く全ての構成要件が、一の先行技術に開示されており、電子制御装置が他の先行技術に開示されている。この場合、先行技術中に、クレームされたとおりに発明を組み合わせるための教示、示唆または動機が存在するか否か(いわゆる教示-示唆-動機テスト)が争点となる。地裁は565特許の解決課題に着目したが、控訴審では教示-示唆-動機テストにおける解決課題の取り扱いが問題となった。
4.CAFCの判断
複数の先行技術が、特許発明の解決課題に正確に言及している場合、組み合わせることの動機が存在する
CAFCは、教示-示唆-動機テストに関し、
「解決すべき課題、先行技術中の開示、または当業者の知識に基づき、クレームされたとおりに、Asano特許を電子制御装置に組み合わせるための示唆または動機が存在しているかどうかに関し特別な判断が要求される*4」
と述べた。すなわち電子制御装置をAsano特許のサポートブラケットへ取り付けるための示唆または動機に関して特別な判断が要求される。
CAFCは、地裁が、「解決すべき課題は先行技術に開示された事項を組み合わせる示唆または動機の根拠となる」と判断した点を支持した上で、Ruiz事件*5を挙げた。
Ruiz事件では、同様に2つの先行技術に特許発明の構成要件が開示されていた。それぞれの先行技術には特許発明の解決課題と同じ基礎構造の支柱に関する問題点が、正確に記載されていたことから、これら2つの先行技術を組み合わせることの動機が存在すると判示された。
CAFCはRuiz事件を引用し、2つの先行技術が、特許発明の解決しようとする問題に正確に言及している場合、組み合わせることの動機が存在すると判示した。
565特許の課題は、より小さく、より簡素で、より安価な電子ペダル部品を提供することにある。これに対し、Asano特許はコンスタントレシオ問題を解決することが課題であり、565特許と同じ問題点に言及していない。また、Rixon特許も565特許の問題点に言及していない。以上のことから、CAFCは、地裁が、非自明性の判断に当たり、誤った教示-示唆-動機テストを適用したと結論づけた。
5.結論
CAFCは、地裁の決定を無効とし、非自明性の議論に関しさらなる審理のため差し戻し判決をなした。
6.コメント
クレームの構成要件が、複数の先行技術文献にそれぞれ開示されている場合、米国特許法103条(非自明性の要件)を理由とする拒絶を受けることが多い。米国特許庁に対するprosecutionで頻繁に直面する問題である。審査官に後知恵が働くことから(hindsight-based
obviousness analysis)、反論に窮することが多い。当業者が組み合わせることが可能といえるためには、先行技術中に示唆、動機または教示が存在していることが必要とされる*6。本事件では教示-示唆-動機の根拠として解決すべき課題が用いられ、先行技術文献のそれぞれに同様の問題点が正確に開示されている場合は、当業者がクレームされた発明を組み合わせることの動機になると判示された。非自明性の判断は数々の判断基準*7が存在するが、一基準として意見書(remarks)作成時に本判決は参考になる。
判決 2005年1月6日
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【関連事項】
判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/04opinions/04-1152.pdf
【注釈】
*1 米国特許法103条(a) 発明が第102条に規定された如く全く同一のものとして開示又は記載されていない場合であっても,特許を得ようとする発明の主題が全体としてそれに関する技術分野において通常の技術を有する者にその発明のなされた時点において自明であったであろうような場合は特許を受けることができない。
*2 Teleflex Inc. v. KSR Int'l Co., 298 F.Supp.2d
581 (E.D.Mich.2003).
*3 565特許のクレーム4
A vehicle control pedal apparatus (12) comprising:
a support (18) adapted to be mounted
to a
vehicle structure (20);
an adjustable pedal assembly (22) having
a pedal arm (14) moveable in force
[sic]
and aft directions with respect to
said support
(18);
a pivot (24) for pivotally supporting
said
adjustable pedal assembly (22) with
respect
to said support (18) and defining a
pivot
axis (26); and
an electronic control (28) attached
to said
support (18) for controlling a vehicle
system;
said apparatus (12) characterized by
said
electronic control (28) being responsive
to said pivot (24) for providing a
signal
(32) that corresponds to pedal arm
position
as said pedal arm (14) pivots about
said
pivot axis (26) between rest and applied
positions wherein the position of said
pivot
(24) remains constant while said pedal arm (14)
moves in fore and aft directions with
respect
to said pivot (24).
なお、クレーム中の番号は、FIG.2に対応している。
*4 In re Kotzab, 217 F.3d 1365, 1371 (Fed.Cir.2000),
In re Rouffet, 149 F.3d 1350, 1357
(Fed.Cir.1998)
*5 Ruiz v. A.B. Chance Co., 234 F.3d 654, 665
(Fed.Cir.2000)
*6 C.R.Bard, Inc. v. M3 Systems, Inc., 157 F.3d
1340 (Fed. Cir. 1998)
*7 Graham最高裁判決Graham v. John Deere Co.,
383 U.S. 1(1966)で示された基本的4基準に加え、商業的成功等が考慮される。
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