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中国における均等論の解釈

~均等論と従来技術の記載~

上海麗雨光電有限公司
上訴人-原審被告
v.
鶴山麗得電子実業有限公司
被上訴人-原審原告

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年5月11日

1.概要
 特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づき判断される(専利法第59条第1項)。具体的には、イ号製品が、請求項に係る各構成要件の文言を充足するか否かにより判断する。

 しかしながら、文言解釈を徹底させれば僅かな文言の相違により、イ号製品が特許発明の技術的範囲から外れてしまうこととなる。出願当初からあらゆる侵害の形態を想定して請求項を策定することは困難であることから、特許権の保護を強化すべく、請求項に記載された事項と均等な事項についても技術的範囲に属するとする均等論が存在する。

 本事件では、ソフトチューブ灯内のLED及び電流制限抵抗の設置方向が縦横相違していたところ、人民法院は均等であるとして特許権侵害を認めた。


2.背景
(1)特許の内容
 鶴山麗得電子実業有限公司(以下、原告という)は、「ソフトチューブ灯の改良構造」に関する特許第ZL200410032066.5号(以下、066号特許という)を所有している。原告は2004年3月31日、中国知識産権局に発明特許出願を行い、2007年1月17日に特許を成立させた。参考図1はソフトチューブ灯の使用状態を示す説明図である。


ソフトチューブ灯の使用状態を示す説明図

参考図1 ソフトチューブ灯の使用状態を示す説明図


 内部にLEDを搭載するソフトチューブは自由に折り曲げて壁またはガラスに取り付けることができ、ネオンサインとして使用することができる。参考図2は従来技術を示す説明図である。


従来技術を示す説明図

参考図2 従来技術を示す説明図


 160a~160cはLED、170a~170bは電流制限抵抗であり、透明プラスチック製の内芯110に設けられた横孔150a~150eに挿入される。内芯110の手前側には導線130、奥側には導線120がそれぞれ貫通しており、LED160a~160cに電力を供給する。

 このような、ソフトチューブ灯には、2つのタイプが存在する。一つは、参考図2に示す如く横孔150a~150eに挿入されるLED160a~160cの設置方向が、チューブの長手方向に対して垂直なタイプ(垂直型)である。

 もう一つは、チューブ長手方向に沿って内芯に縦孔が形成され、光源の設置方向がチューブの長手方向に対して水平なタイプ(水平型)である。すなわち、内芯110に形成される孔の方向が垂直型とは90度相違するものである。参考図4は水平型ソフトチューブ灯を示す説明図である。


水平型ソフトチューブ灯を示す説明図

参考図4 水平型ソフトチューブ灯を示す説明図


 参考図2に示す如く従来の導線130と導線120とはそれぞれ別の芯線110に分離して設けられていたため、ネオンサインの如く光を均等に射出できないという問題があった。

 本発明はこのような問題を解決するために、2つの導線を一の芯線内に設けたものである。参考図5は本発明を示す代表図である。


本発明を示す代表図

参考図5 本発明を示す代表図


 ソフトチューブ灯は、芯線02、LED電球04a,04b、散光体08、コーティング層09、コネクタ14、撚り合わせ線01a,01b、電流制限抵抗06、横向き孔03a,03b,03c,03d及び引き線07を備える。

 一の芯線02内には上下方向にそれぞれ銅製の撚り合わせ線01a,01bが、芯線02の長手方向に沿って設けられている。芯線02には等間隔にて垂直方向に向けて横向き孔03a,03b,03c,03dが形成されている。LED電球04a,04b及び電流制限抵抗06は、引き線07を介して撚り合わせ線01a,01bに接続されている。

 LED電球04a,04b及び電流制限抵抗06は横向き孔03a,03b,03c,03dにそれぞれ挿入される。LED電球04a,04b上部にはLED光線を散光するための散光体08が形成される。散光体08の周囲には、コーティング層09が設けられる。

 請求項1は以下のとおりである*1
ソフトチューブ灯の改良構造であって、芯線02、複数のLED電球04a,04b、散光体08、コーティング層09、コネクタ14を備え、
 前記芯線02は、柔軟性プラスチックにより絞り出し成形された所定長を有する細長体であって、該細長体の横断面の一側においては、該細長体と同じ長さを有する少なくとも2つの銅撚り合わせ線01a,01bが間隔を開けて上下に設置され、前記細長体の横断面の他側においては、複数の横向き孔03a,03b,03c,03dが前記銅撚り合わせ線01a,01bに平行して、かつ前記細長体の長方向にわたって所定の間隔で均等に分布されており、
 前記複数のLED電球04a,04bは、LED電球04a,04bの電導線脚上に接続された引き線07を通じて相互に直列接続され、また少なくとも一つの電流制限抵抗06と直列接続されており、当該LED直列ライト列の首端と尾端の引き線が前記芯線02における銅撚り合わせ線01a,01bに電気接続され、前記複数のLED電球04a,04bと、電流制限抵抗06と、その引き線07との直列接続点が前記芯線02における複数の横向き孔03a,03b,03c,03dに対応的にそれぞれ埋め込まれており、
 前記散光体08は、LED04の光線を拡散するための、所定の高さと所定の幅を有する乳色不透明体であって、前記複数のLED04の上方に設けられ、その長さが前記芯線02の長さと同じであり、
 前記コーティング層09は、柔軟性プラスチックにより絞り出し成形され、前記芯線02、散光体08及び複数のLED04をコーティングし、前記芯線02と同じ長さを有するものであって、当該コーティング層09のLED04の照射上方にある部分は、ネオンサインガラス管状発光面を模擬した半円形曲面であり、
 前記コネクタ14は、前記芯線02及びコーティング層09の首端と電源供給線13との接続点に設けられ、前記銅撚り合わせ線01a,01bと電源供給線13の電気接続をコーティングするプラスチックカバーである。


 参考図6は実施の形態2に係るソフトチューブ灯を示す説明図である。


実施の形態2に係るソフトチューブ灯を示す説明図

参考図6 実施の形態2に係るソフトチューブ灯を示す説明図


 実施の形態2は、19で示す如く、実施の形態1の散光体08とコーティング層09とを一体成形したものである。これに対応する請求項10及び13は以下のとおり。

請求項10
 請求項1に記載のソフトチューブ灯の改良構造であって、
 前記散光体08は、前記コーティング層09と同じ長さで一体的に絞り出し成形され(19)、前記コーティング層09と一体化されている。

請求項13
 請求項10に記載のソフトチューブ灯の改良構造であって、
 前記散光体08においては長方向の貫通孔20が設けられている。


(2)イ号製品
 上海麗雨光電有限公司(以下、被告という)は2008年8月26日に設立され、ライトの生産、加工、販売等を行う企業であり、資本金は50万元である。参考図7は被告が製造する製品の一つを示す説明図*2である。


製造する製品の一つを示す説明図

図7は被告 製造する製品の一つを示す説明図


 被告もソフトチューブ灯(以下、イ号製品という)を製造及び販売していた。イ号製品は請求項1に係る発明とほぼ同一であるが、電流制限抵抗06の設置方向が異なっていた。

(3)訴訟の経緯
 原告は特許権侵害であるとして被告を上海市第一中級人民法院へ提訴した。被告は対抗手段として、復審委員会に無効宣告請求を行った*3。2008年6月30日、復審委員会は、無効宣告請求審査決定書を作成した*4。当該決定によれば、請求項1,2,4-9,11,12は特許無効、請求項3,10,13は有効とするものである。

 原告は請求項10及び13が技術的範囲に属すると主張した。上海市第一中級人民法院は特許権侵害を認め、イ号製品の製造及び販売の即時停止、6万元の損害賠償と合理費用7800元の支払いを命じる判決をなした*5。被告はこれを不服として上訴した。


3.人民法院での争点
LED及び電流制限抵抗の設置方向が相違する場合に均等侵害が成立するか否か
 本事件における最大の争点は、電流制限抵抗06の設置方向である。請求項1に係る発明は、参考図5及び参考図6に示す如く、LED04及び電流制限抵抗06は、チューブ長手方向に対して垂直に設置されている。

 これに対しイ号製品のLEDも同様にチューブの長手方向に対し垂直に設置されている。しかしながら電流制限抵抗だけが、参考図4に示す如くチューブの長手方向に対して水平に設置されている。

 請求項1では、LED04及び電流制限抵抗06が、垂直方向に形成された複数の横向き孔03a,03b,03c,03dに挿入することを規定していることから、イ号製品は明らかに文言上、請求項1に係る発明の技術的範囲に属さない。この場合、均等論により技術的範囲に属する旨の主張が認められるか否かが問題となった。


4.人民法院の判断
イ号製品は均等侵害である。

 上海市高級人民法院は、原告の主張どおり均等侵害を認め、中級人民法院がなした判断を維持する判決をなした*6

 中国においては司法解釈において均等論の主張が認められている。2009年12月28日に公布された最新の司法解釈*7第7条は均等論に関し以下のとおり規定している。

第七条 人民法院は、権利侵害と訴えられた技術方案が特許権の保護範囲に属するか否かを判断する際、権利者が主張する請求項に記載されている全ての技術的特徴を審査しなければならない。
 権利侵害と訴えられた技術方案が、請求項に記載されている全ての技術的特徴と同一または均等の技術的特徴を含んでいる場合、人民法院は権利侵害と訴えられた技術方案は特許権の保護範囲に属すると認定しなければならない。権利侵害と訴えられた技術方案の技術的特徴が、請求項に記載されている全ての技術的特徴と比較して、請求項に記載されている一以上の技術的特徴を欠いている場合、または一以上の技術的特徴が同一でも均等でもない場合、人民法院は権利侵害と訴えられた技術方案は特許権の保護範囲に属しないと認定しなければならない。


 具体的な均等論の適用要件は2001年に公布された最高人民法院「特許紛争事件の審理に適用する法律問題に関する若干の規定」*8第17条に規定されている。第17条の規定は以下のとおりである。

第17条
 ここで均等の特徴とは記載された技術的特徴と基本的に同一の手段をもって、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果を達成し、かつ当該分野の通常の技術者が創造的な労働を経ることなしに十分想到できる特徴をいう。


 すなわち、イ号製品が請求項に記載された技術的特徴と実質的に同一の手段・機能・効果を有し、かつ、当該技術的特徴からイ号製品に容易に想到できる場合に均等と判断される。この判断は米国におけるFunction-Way-Resultテスト*9と、日本の均等論解釈における置換容易性*10とを組み合わせたものに近いと考えて良い。

 本事件において人民法院は、明細書の従来技術欄にソフトチューブ灯におけるLEDの設置方式として2つの形式が存在することが記載されている点を挙げた。

打ち孔型ソフトチューブ(垂直型):横向き孔に設置された光源の設置方向が、チューブ長手方向に対して垂直のもの
槽型ソフトチューブ灯(水平型):槽空間に設置された光源の設置方向が、チューブ長手方向に対して水平のもの

 前者が本件特許の形式であり、後者がイ号製品の形式である。人民法院は、明細書に垂直型と水平型の2つが存在すると記載されていることから、当業者であれば、容易に垂直型にて設置された電流制限抵抗06を、水平型にて設置することが可能であると判断した。

 また、電流制限抵抗06を縦向きから横向きに変えることにより達成する手段、機能及び効果は全て基本的に同一であることから、イ号製品は均等であると結論づけた。


5.結論
 高級人民法院は、均等侵害を認め、イ号製品の製造及び販売の即時停止を認めた中級人民法院の判断を支持する判決をなした。


6.コメント
 中国における均等侵害成立には、手段・機能・効果と、容易想到との4要件が必要とされる。本事件は具体的にどのような場合にこれらの条件を満たすかを理解する上で参考となる判決である。

 本事件において、人民法院が、当業者が「容易に想到」と判断したその根拠は、明細書の先行技術の記載にある。すなわち明細書に先行技術として本件特許が文言上カバーする垂直型と、イ号製品が採用した水平型とが記載されていたことから、容易に想到と判断したのである。

 しかしながら、権利者自身が明細書に記載していながら、請求項にあえて記載していない事項を権利侵害として主張することは、貢献説の観点に反するものと解される。本事件の判決前に公布された司法解釈第5条*11は以下のとおり規定している。

第5条 明細書または図面においてのみ表され、請求項に記載されていない技術方案について、権利者が特許権侵害紛争案件においてこれを特許権の保護範囲に加えた場合、人民法院はこれを支持しない

 司法解釈第5条は、明細書には開示したが請求項に記載していない事項は、広く第三者に当該事項を貢献したものと擬制し、権利主張を認めないものである。被告製品の水平型は、まさに明細書のみに表され、請求項に記載されていない技術方案そのものであって、均等侵害は否定されるべきであったと解される。

 権利者は水平型をも権利範囲に含めることを希望するのであれば、当然に明細書に開示した水平型をもカバーし得るよう請求項を作成すべきである。本事件において被告側が貢献説に基づく抗弁を主張していれば結果は変わっていたかもしれない。

判決 2010年1月18日
以上
【注釈】
*1 請求項に対する符号は筆者において付した。
*2 2010年4月18日 上海麗雨光電有限公司HPより
http://shliyuled.cn.alibaba.com/
*3 中国では、人民法院において特許の無効を主張することはできず、復審委員会に無効宣告請求を行う必要がある。専利法第45条は無効宣告請求について規定している。
専利法第45条 国務院特許行政部門が特許権を付与することを公告した日から、いかなる機関又は組織又は個人もその特許権の付与が本法の規定に合致しないと認めたときは、その特許権に対して特許復審委員会に無効審判請求を提起することができる。
*4 無効第11842号
*5 (2009)沪一中民五(知)初字第109号
*6 (2009)沪高民三(知)终字第123号
*7 法釈(2009)第21号
*8 法釈(2001)第20号
*9 Function-Way-Resultテストとはイ号製品が、クレームされた発明に対し、実質的に同一の機能(Function)を果たし、同一の方法(Way)で、同一の効果(Result)をもたらす場合に均等と判断する手法である。 Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. Co., 520 U.S. 17, 39–40 (1997)
*10 無限摺動用ボールスプライン軸受事件(最判平成10年2月24日 最高裁判所民事判例集52巻1号113頁)
*11 法釈(2009)第21号


◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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