禁反言の効力とその適用限界

河 野  英 仁
<知財管理 2004年11月号 に掲載>

抄 録 

重要発明であればあるほど、発明者/譲渡人は多くの国へ出願を行い、また米国では継続出願
(日本国では分割出願)を繰り返し特許権の取得、権利範囲の拡張を試みる。特許権者は、このようにして拡張した複数の特許権を基に権利侵害を主張する。一方、特許侵害訴訟において被告は禁反言の法理を抗弁として主張し得る。最近米国の連邦巡回控訴裁判所で争われたMicrosoft Corporation v. Multi-Tech System,Inc.(1)では、後の継続出願の審査過程で生じた禁反言が、すでに成立した特許の権利範囲解釈にまで影響を及ぼすと判示された。米国及び日本の判例をもとに、このようにして派生した複数特許間における禁反言の効力とその適用限界について考察すると共に、訴訟に携わる実務者が注意すべき点についても言及する。


目 次

1. はじめに

2. 禁反言の法理
2.1 基本的原則
2.2 実例

3. 先の出願の禁反言が後の継続出願にも及んだケース
3.1 Elkay事件
3.2 Jonsson事件
3.3 後の継続出願に対する禁反言

4. 技術的に関連する別出願の禁反言が他出願に及ぶか
4.1 事件の概要
4.2 審査経過
4.3 CAFCの判断
4.4 後に主張した関連出願の禁反言は及ばない

4.5 日本の関連する判例

5. 外国において生じた禁反言の効力
5.1 Caterpillar事件
5.2 Tanabe事件
5.3 対応する日本の判例
5.4 考察

6. 後の継続出願で生じた禁反言をすでに発生した先出願に係る特許にまで及ばせるべきか
6.1 Microsoft事件の背景
6.2 審査経過
6.3 地裁の判断
6.4 CAFCの判断
6.5 反対意見
6.6 考察

7. まとめ


1. はじめに

 裁判所におけるクレーム解釈のうち重要な法理として禁反言の法理(2)(prosecution history estoppel)が存在する。均等論(doctrine of equivalents)が、特許権者にとって文言上の範囲をこえて広く権利範囲を主張し得る点で、被告側が権利範囲を限定するために抗弁として主張し得る禁反言の法理と鋭く対立する。米国におけるFesto判決(3)においては、審査経過中になされた補正により生じた禁反言と均等論との関係が明確にされた。クレーム解釈を巡っては、被告は必ず審査経過を閲覧し、禁反言の法理を主張することができるか否かを検討し、一方Festo事件以降、権利者側も審査経過において禁反言が生じないよう細心の注意を払うようになった(4)
 ところで、発明が重要案件であり、競合他社の製品が存在する場合、米国出願人としては、他社製品の開発状況をにらみながら、他社製品が権利範囲に属するよう継続出願(日本国においては分割出願)を多数行い、幅広く権利範囲を取得することが特許戦略上重要となる。このようにして発生した親子(兄弟)特許間で禁反言の効力がどこまで及ぶのかが問題となる。すなわち、一の特許出願の審査経過で生じた禁反言が、他の特許出願に係る特許の権利範囲解釈に影響を及ぼすのか否かが問題となる。
 また重要発明である場合、本国のみならず、外国へも出願がなされるが、この対応外国出願の審査過程で生じた禁反言が、本国特許の権利範囲解釈に影響を及ぼすのか、さらには、継続出願ではないが互いに独立した関連出願同士において、一の関連出願の審査経過にて生じた禁反言が、他の関連出願に係る特許の権利範囲解釈にまで影響を及ぼすのか否かも問題となる。本稿では裁判所における禁反言の解釈が進んでいる米国の判例を主に取り上げ、日本の関連する判例をも交えつつ、複数の特許間における禁反言の効力とその適用限界について検討を加える。


2. 禁反言の法理

2.1 基本的原則
 禁反言の法理とは、法の世界におけるfair playの現れであり、過去の行為と矛盾する主張を禁ずる英米法における重要な原則をいい(5)、特許法上は、審査過程において、引例を回避するためにクレームを補正した場合、その限定事項は禁反言の原則に従い、クレーム構成の確定において回復することは許されなことをいう回復することは許されなことをいう(6)
2.2 実例
 例えば、クレームが構成要素A及びBからなり、審査官によりA及びBが開示された先行技術を理由に拒絶されたとする。この拒絶に対応するために、出願人がBの下位概念であるbに限定する補正を行うことにより権利取得が可能となった場合、特許権者はA及びbの範囲でしか権利範囲を主張することができず、A及びBの権利範囲については、禁反言が生じ、もはや権利を主張できないことになる。


3. 先の出願の禁反言が後の継続出願にも及んだケース

 米国では、審査過程において拒絶を受けた場合、一部継続出願(continuation-in-part application)または分割出願(divisional application)等の継続出願(CA出願:continuing application)を行うことが多い。米国判例においては親出願の審査経過において主張した事項は、子出願の権利範囲解釈においても参酌され、禁反言の効力が子出願にまで及ぶ判決が多数なされている。以下にその事例を説明する。
3.1 Elkay事件(7)
(1) 事件の概要
 Elkay社はボトルと冷水器との結合部に設けられる「漏れ防止」アダプターに関するU.S. Patent5,222,531(以下531特許)及びU.S. Patent5,289,855(以下、855特許)を所有している。本発明のアダプターにより、ボトルを冷水器に挿入する際、水の漏れ及び汚染を防止することができる。Elkay社は531特許及び855特許の侵害であるとしてEbco社を北イリノイ地方裁判所に提訴した。地裁ではElkay社の訴え通り特許権の侵害を認める判決(8)がなされたが、Ebco社はこれを不服として連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit, 以下CAFCという)に控訴した。
(2) 特許発明とイ号システムの内容
 531特許のクレーム1(9)は逆さにされた容器(ボトル)から冷水器の貯水タンクへ水を供給し、貯水タンクから容器へ空気を供給する直立供給管(an upstanding feed tube)からなるアダプターを有している。つまり飲料水が格納された容器と冷水器の貯水タンクとの接続部分に特徴があり、容器の水が直立供給管を通じて貯水タンクに流れ込み、貯水タンクの空気が直立供給管を通じて容器に流れ込むのである。なお、855特許は直立供給プローブ(an upstanding feed probe)と記載しているだけで実質的に権利内容は同じである。
 一方被告であるEbco社のイ号システムの漏れ防止アダプターは、2重管により構成される。すなわち、水が内側の管を通じて容器から貯水タンクへ流れ落ちるよう構成されており、空気が水とは異なる外側の管を通じて、貯水タンクから容器へ流れ上がるよう構成されている。被告Ebco社は、イ号システムのアダプターは、水と空気との供給管がそれぞれであり、権利範囲に属さないと主張したのに対し、原告であるElkay社は実施例には供給管が空気と水とで共通のものを開示しているが、そのような限定はクレームにおいてなされていないため、権利範囲に属すると主張した。すなわちクレーム1の権利範囲が、水及び空気の通り道が別々である複数の管を含むのであれば、侵害となり、権利範囲が、水及び空気の通り道が共通である一つの管と限定されるのであれば非侵害となる。
(3) 審査経過
 531特許及び855特許は親特許出願684,642(以下、642親出願)を基礎とするCA出願でありいわば兄弟関係にある。図1に531特許及び855特許の審査経過を示す。531特許は642親出願のCA出願898,570(以下、570CA出願)であり、199211月に審査官から拒絶を受けた後、これをクリアして19936月に成立した。一方、531特許が成立した後、642親出願のCA出願58,639(以下、639CA出願)がなされ、19943月に855特許が成立した。



(4) CAFCの判断
 CAFCは、米国特許商標庁(以下、USPTOという)に対してなされた531特許の審査経過に着目した。審査官はKrug(U.S Patent 2,057,238)等を先行技術として米国特許法第103条(自明性)を理由に570CA出願を拒絶した。Krugは一つが圧縮空気、一つがビール用の分離した供給チューブをもつビールつぎ器を開示していた。Elkay社は拒絶を回避するために、「液体を供給し、かつ、空気を入れるための“a”流路(a flow path)」と主張し、特許を取得した。かかる審査経過における主張から、CAFCは、Elkay社は審査の過程において水と空気とが分離した管からなる構成を否定し、ひとつの管と主張したので、禁反言の法理により、分離した管の構成は531特許の権利範囲には含まれず、水及び空気両用の一つの流路をもつ管に限定解釈されると結論づけた。
(5) 弟特許の権利範囲解釈
 ここで問題となるのが、もう一方の855特許の権利範囲解釈である。上述したように、855特許のクレーム1の関連部分は供給プローブとなっている以外は実質的に兄特許である531特許のクレーム1と同一であり、また855特許の明細書の説明は531特許と基本的に同一である。
 この点に関し、CAFCは以下のように判示した。「複数の特許が同一の基礎出願から派生している場合、成立したいかなる特許のクレーム構成要素に関する審査経過も、同じクレーム構成要素を含むその後に成立された特許に対しても、同様の効力が生じる。」兄特許の審査経過を弟特許の審査経過に適用することの根拠についてCAFCは、「639CA出願(後の出願)では、531特許でクレームしていた供給管(feed tube)を供給プローブ(feed probe)と変化させたクレームをパターン化して(まねて)追加しており、この追加したクレームは531特許のクレームに明確にリンクしていることが分かる。Elkay社のかかる主張は競合社にそのリンクを通知するものであるから、兄特許の審査経過を弟特許に適用することは正しい。」と判示した。
3.2 Jonsson事件(10)
 Elkay事件よりも以前に判示されたJonsson事件についても簡単に紹介する(11)
(1) 事件の概要
 Jonsson社は発散ビームを生成する放射エミッタを用いた自動ドア開閉システムに関するU.S. Patent4,467,251(以下251特許)及びU.S. Patent4,560,912(以下912特許)を所有しており、これらの特許の侵害であるとしてStanley社を訴えた。
 (2) 審査経過
 251特許及び912特許は共に155,008出願(以下、008出願)を基礎としている。図2251特許及び912特許の審査経過を示す。19811月、審査官は008出願の全てのクレームを拒絶した。これに対して、Jonsson社はクレームを、「供給された電気信号に対応して、放射エミッタは拡散(diffuse)放射の発散ビームを生成すると補正した。また明細書を、「エミッタは複数のオーバーラップした発散光ビームを使用し、放射焦点ビームよりむしろ拡散光線を形成する」と補正した。
 さらに、先行技術Scoville(3,852,592)との相違を主張するために意見書にて、「本願とScovilleとの重要な相違点は、本発明が多くのスペースを照らすために、多くのソースから発生する拡散ライトを使用しているという事実だ。」と述べた。つまり、先行技術が焦点ビームを使用している点で拡散ビームを使用する本発明と相違すると主張したのである。
 審査官はJonsson社の主張を認め、008出願のCA出願に係る251特許は19848月に成立した。また、Jonsson社は008出願の一部継続出願(continuation-in-part application 以下、CIP出願)をした。このCIP出願では251特許よりもさらに広い範囲をクレームされている。そして、198512CIP出願に係る912特許が成立した。
(3) CAFCの判断
 251特許に関しては審査経過において先行技術Scovilleとの相違を主張するため「焦点」ビームではなく、「拡散」ビームであると主張された。よってCAFCは、251特許の審査経過において禁反言が生じたことから、エミッタに焦点ビームを用いているStanley社のイ号システムは251特許を侵害しないと結論づけた。


 CIP出願により251特許よりも権利範囲が広くなった912特許についてCAFCは、251特許の審査経過により生じた禁反言を同様に適用し、Stanley社のイ号システムは912特許を侵害しないと結論づけた。その理由としてCAFCは、「251特許のように912特許は「拡散ビーム」の使用を要求していることについて論争の余地はない。912特許は251特許に通ずる008出願のCIP出願である。従って、251特許の審査経過及び251特許に含まれる「拡散ビーム」の解釈は、912特許に使用されている「拡散ビーム」の解釈に関係するのである。」と判示した。
3.3 後の継続出願に対する禁反言
 以上のことから、同一出願を基礎とする継続出願(CIP出願を含む)にあっては、一方の特許で生じた禁反言が、他方の特許においても同様に生じることが理解できる。なお、禁反言の効力範囲は後掲の表1に示すとおりである


4. 技術的に関連する別出願の禁反言が他出願に及ぶか

 前節では、親出願を基礎として派生した継続出願間の禁反言の効力について述べた。商品の開発段階においては関連する技術が別出願として相互に出願される場合が多い。この場合、一の出願で生じた禁反言が、同一出願人による技術的に関連する他の出願にまで及ぶのだろうか?本節ではこの点についてGeorgia-Pacific事件(12)を取り上げて考察する。
4.1 事件の概要
 Georgia-Pacific(以下GP社)は繊維ガラス強化マット石膏及び外装用断熱システム(ESIシステム)に関するU.S. Patent 4,647,496(以下、496特許)を有しており、当該特許権の侵害であるとしてUnited States Gypsum Company等(以下、USG社)をデラウェア地区地方裁判所に訴えた。地裁ではGP社の訴えを認める判決がなされ、USG社がCAFCに控訴した。
 発明は、家の外装に用いられる石膏板に関し、石膏板に特殊な繊維ガラスを適用している。繊維ガラスは多孔性であるため、石膏のスラリー(泥・粘度・セメント等の懸濁液)が繊維ガラスを通じて製造ラインを汚すことになる。本発明はこの特殊な繊維ガラスを用いることにより、このような問題を解消するものである。
 裁判では、クレーム1(13)の文言「ガラス面をもった(glass mat-faced)」石膏支持表面の文言解釈が問題となった。USG社は、「ガラス面をもった」の解釈が、繊維ガラスが石膏板上に露出していると限定解釈されると主張し、繊維ガラスが石膏板に完全に埋め込まれ、またはコーティングされているものは含まれないと主張した。つまり、石膏板上に繊維ガラスが露出しているのか、それとも、完全に繊維ガラスが石膏板中に埋め込まれているのかが問題となった。USG社がこのような反論をしたのは、496特許とは異なる他の関連出願の審査経過において、GP社が先行技術Pilgrim(U.S Patent 4,378,405)との相違点を主張するために、「ガラス面をもった(glass mat-faced)」の解釈につき、「繊維ガラスが露出している」と主張したからである。
4.2 審査経過
 ここで、496特許の審査経過に着目する。図3は、496特許及び他の関連出願の審査経過を示す図である。496特許は1984年2月に出願がなされ、1987年3月に成立した。一方、USG社が反論の根拠としたGP社の関連出願(496特許のCA出願ではない)は、Pilgrimを先行技術として拒絶された。GP社が関連出願において先行技術との相違点を意見書にて主張したのは、496特許の成立9ヶ月後、すなわち、198712月である。ここで注意したいのが、関連出願において審査官に対して意見を述べた時期である。この時点においては、すでに496特許が成立している。


4.3 CAFCの判断
 CAFCは結論として、関連出願の審査経過による禁反言は496特許の権利範囲解釈に影響を与えないと結論づけた。その理由として、クレーム及び明細書等の内的証拠が曖昧でない場合に、裁判所がクレームの意味を反対解釈するために他の外的証拠(本事件では他の関連出願)に頼ることは誤りであるとした過去の判例(14)を挙げた上で、「GP社の特許を別特許の後の審査経過に関してUSPTOに対してなされた主張と結びつけるには、その主張が(先の)特許の登録時に審査官が、クレームを許可する際に依拠したものでなければならない」と述べた。つまり、他の関連出願で主張された時期は496特許成立9ヶ月後であり、496特許の登録時に審査官は、特許を付与するか否かにあたって、かかる主張に全く依拠していないのであるから、496特許の権利範囲解釈に、後で主張された他の関連出願の禁反言を及ぼすというのは誤りであると判示したのである。
4.4 後に主張した関連出願の禁反言は及ばな
 以上説明したように、特許成立後になされた他の関連出願の禁反言は本特許の権利範囲解釈にまでその効力が及ばないといえよう。この結論は上述した継続出願における禁反言の効力とは明確に区別できる。一方、特許成立以前に他の関連出願においてある主張がなされており、審査官がそれを考慮した等の事情がある場合に、先の出願の禁反言が後の特許にまで及ぶのであろうか
 Georgia-Pacific事件で判示された理由により、先の関連出願の禁反言の効力が後の関連出願にまで及ぶと考える。これは、先の関連出願における主張が、後の特許登録時に審査官が依拠したものである場合、禁反言の効力が生じるとしたGeorgia-Pacific事件と軌を一にするからである。例えば、後の出願が先の基本発明の改良発明であり、先の出願の審査過程において先行技術が発見され、先行技術との相違を明確にするために、意見書にて相違点を主張したとする。この場合、後の関連出願に係る特許の権利範囲解釈において、基本発明部分の権利範囲解釈にあたっては、先の出願の審査経過で主張した相違点が考慮されるべきであると解する。特に、これらの関連出願を同じ審査官が審査した場合、先の出願の審査において認識した先行技術との相違点を認識しながら、後の関連出願の審査を行って権利が成立することから、少なくとも基本発明部分の権利範囲解釈に関しては、禁反言の効力が生じると考えるのが妥当である。
4.5 日本の関連する判例
 これに直接対応する日本の判例は存在しない。しかし、先行明細書または後行明細書の記載を考慮して関連特許に係る発明の技術的範囲が解釈されたケースがある(15)。可変漸進収束力を有する光学レンズ事件(15)では、先行特許明細書と本件特許明細書との強い関連性を認めた上で、「ほぼ円形の曲線」の意義について先行特許の明細書の記載を参酌することができると判示された。また、写真・スクラップ用台紙事件(17)では、「前記不乾性粘着剤の粘着力より小さい不乾性粘着剤」の意義を解釈するにあたり、後行明細書の記載が考慮された。すなわち、本件明細書の用語の意味が明瞭でない場合に、先行または後行明細書の記載が参酌される旨が日本において判示されている。しかし、先行または後行特許の審査過程で生じた禁反言が本件特許に係る発明の権利範囲解釈にまで及ぶという日本の判例は筆者の知る限りにおいては存在しない。


5. 外国において生じた禁反言の効力

 重要発明に関しては、日本国内のみならず、外国にもパリ条約による優先権を主張して出願することが多い。この場合、一国の審査経過で生じた禁反言が、他国の特許発明の権利解釈にまで影響を及ぼすのであろうか本節ではこの点につき、米国のCaterpillar事件及びTanabe事件、並びに日本のチャック事件を取り上げて検討する。
5.1 Caterpillar事件(18)
(1) 争点
 原告Caterpillar社はトラクター車軸のシール部材に関するU.S Patent3,841,718(以下、718特許)を有しており、Berco社等を特許権侵害で訴えた。Berco社は、Caterpillar社の米国特許に係る発明と同一の発明がドイツ及びイギリスにおいても出願されている事実を挙げ、ドイツ及びイギリスの審査経過中における(i)Caterpillar社のドイツ及びイギリス代理人に対する米国代理人の指示、及び、(ii)先行技術との相違を記したドイツ特許庁に対するドイツ代理人の主張を証拠として提出して禁反言の主張をした。つまり、外国代理人への指示または外国特許庁に対してなした主張により生じた外国での禁反言が、本国特許発明の権利範囲解釈に参酌されるか否かが問題となった。
(2) CAFCの判断
 CAFCは、外国において特許を取得するための要件が異なるということを述べた上で、外国代理人に対する指示及び外国特許庁に対する主張は、関連する証拠を含むのであれば、考慮されるべきであると判示した。すなわち、外国代理人に対する指示及び外国特許庁に対する主張により生じた外国での禁反言は、本国の権利範囲解釈にまで効力が及ぶ旨が判示されたのである。
5.2 Tanabe事件(19)
(1) 背景
 Tanabe社はジルチアゼム塩酸塩を製造するための方法及び工程であるU.S. Patent4,438,035(以下、035特許)を有している。本発明により製造された薬品は心臓血管病の治療に用いられる。ところで、合衆国法典19巻第1337(a)は、有効でかつ権利行使可能な米国特許のクレームによりカバーされるプロセスにより生成等される物の米国への輸入を禁ずる旨を規定している。
 Tanabe社は、米国国際貿易ITCUnited States International Trade Commission以下、ITC)へ、035特許のクレーム1を侵害する工程により製造されたジルチアゼム塩酸塩及びジルチアゼム製品の、Fermion社等の販売・輸入行為は、同法1337条に反するものであると申し立てた。
 ITCTanabe社の申し立てを認めない決(20)をなしたため、同社はCAFCへ控訴した。
(2) 争点
 035特許は塩基溶媒化合物としてアセトンを用いており、その一方でイ号工程は塩基溶媒化合物としてブタノンを用いていた。双方の間で、イ号工程の塩基溶媒化合物の使用が035特許クレーム1の文言上の侵害に該当しない点については同意に至っている。問題は、イ号工程が均等論上の侵害に該当するか否かであり、より詳細には、イ号工程のアセトンに代わるブタノンの使用が、035特許との間の「本質的」または「非本質的」相違を構成するか否かにある。もしその相違が本質的な相違である場合、均等論上非侵害となり(21)、その相違が非本質的である場合侵害となり、その工程により製造された製品の輸入及び販売は、合衆国法典19巻第1337条違反となる。
(3) ITCの判断
 ITCは、アセトンとブタノンとの相違は本質的であり均等論上の侵害に該当しないと判断した。その理由のとして、フィンランド、イスラエル及びEPO出願について各特許庁に対してなしたTanabe社の審査経過手続きを根拠とした。
 035特許に対応する出願は、上記3つの特許庁全てにおいて拒絶された。先行技術として、U.S. Patent3,075,967(以下、967特許が引用された。この拒絶に対応して、Tanabeは、以下の主張をなした。「本特許における、5つの固有の塩基溶媒化合物は、他の化合物と比較して予期できない良い結果を生む。」そして、Tanabe社は比較テスト報告書を各特許庁に提出した。それによると、035特許に係る5つの固有塩基溶媒化合物(アセトン等)は、他の塩基溶媒化合物(ブタノン等)よりも優れているとしている。
 クレームの文言解釈及び審査経過として外国特許庁に対してなされた主張に基づき、ITCは、Tanabe社が、特定のクレームされたもの(均等物と一般的に考えられるものをも含む)以外の全ての塩基及び溶媒を排除する意図があったことを示すと結論づけた。なぜなら、アセトン等の固有の塩基・溶媒化合物だけが高収率でジルチアゼムを製造することの要件を実現化できるからである。すなわち、ITCは外国の特許庁の審査経過で生じた禁反言を用いて、米国特許の権利範囲を解釈したのである。
(4) CAFCの判断
 Tanabe社は、ITCが均等論の適用を制限するために外国の審査経過を誤って適用したと主張したが、CAFCITCの判断を支持する判決をなした。その根拠として、均等論下での侵害を判断するにあたって、「それらが関連する証拠を含む場合、外国特許庁に対する主張は、考慮される。」と判示した上述のCaterpillar事件を挙げた。CAFCは、本事件において、外国特許庁に対してなされた主張は、当業者がブタノンまたは他のケトンを、クレームされたN-アルキル化反応におけるアセトンに置換可能であるかを決定するのに関連すると述べた。そして、その関連性が認められる理由としてTanabe社が、「その特有の塩基溶媒化合物」は先行技術からその工程を差別化するものであると主張したからであり、Tanabe社の外国特許庁に対する主張は、当業者にとってブタノンを含む他の溶媒が、アセトン等のクレームされた溶媒とは置換可能ではないことを示すものだからであるとした。すなわち均等論における置換可能性の判断にあたっても、外国特許庁に対する主張に関連性が認められる場合、置換可能性の判断、ひいては均等論上の権利範囲解釈において外国で生じた禁反言の効力が及ぶことが理解できる。
5.3 対応する日本の判例
 日本においても、米国と同様の解釈がなされていると考えて良い(22)。この議論に関連するチャック事件(23)を以下に説明する。
(1) 背景
 原告は1965年に米国でなした特許出願の優先権を基礎として日本及び西ドイツに特許出願を行い、日本においては特許518,085号(以下、085特許)が成立した。原告は被告のイ号製品が085特許を侵害するとして大阪地方裁判所に訴えた。
(2) 裁判所の判断
 裁判所では、特許請求の範囲の文言「融通」及び「間隙」の文言解釈が問題となった。この文言解釈にあたり、裁判所は米国特許出願に基づき西ドイツ国に対してなした特許出願の審査過程において、先行技術であるドイツ実用新案第1,907,655号に対する相違点の主張を参酌した。つまり裁判所は権利範囲の解釈にあたり、原告が西ドイツ特許庁に対して示した見解を採用したのである。
5.4 考察
 日本のチャック事件においては、なぜ外国特許庁に対する主張が参酌されるのかについて具体的な理由は述べられていなかったが、米国における解釈と同じく、外国特許庁においてなした主張に関連性がある場合、その審査経過が日本国においても考慮され得ると考えられる。
 以上では、外国において生じた禁反言の効力が本国の権利解釈にまで及ぶ事例を説明した。しかしながら、全てのケースにおいて一律にこれらを当てはめるのは妥当ではないと考える。なぜならば特許性の要件及び基準が国毎に大きく相違するからである。特許要件は国際的に統合される機運がみられるが、基準、特に進歩性のレベルに関しては大きく相違する。特に筆者は実務において日本国における進歩性(日本国特許法第29条第2項)と、米国における非自明性(米国特許法第103条)とはその基準において大きく相違し、またその概念も相違すると理解している(24)。米国及び日本国に出願した場合、一般的に日本国における審査過程の方が進歩性を巡って米国よりも多くの主張がなされる傾向がある。具体的には、米国においては米国特許法第103条の対象となり得ない先行技術が日本国特許法第29条第2項の対象となり、意見書で反論を試みる事が想定される。
 ここで主張される意見及び補正はあくまで、日本国における進歩性をクリアするためになされるものであり、米国における非自明性とは無関係のものである。このような場合にまで一律に日本国で生じた禁反言の効力を米国にまで及ぼすのは適切ではないと考える。禁反言の法理の根底にあるのは、fair playである。それがfairか否かである。米国における特許権発生までの過程において、米国の特許性基準に従ってfairに権利が発生している場合にまで、特許性の基準が異なる他国の禁反言を無用に適用すべきではない。
 Tanabe事件で判示されたように@外国で引用された先行技術及びそこでの主張と、権利範囲解釈の争点となっている事項との関連性の強弱、A各国間における特許性の基準の相違、及びBfairであるか否か等を総合的に勘案して外国における禁反言の効力を検討すべきであろう。


6. 後の継続出願で生じた禁反言をすでに発生した先出願に係る特許にまで及ばせるべきか

 第3節では先の出願で生じた禁反言が後の継続出願にまで及ぶ事例を説明した。最後にこれと逆の場合、すなわちすでに先出願に係る特許が成立しており、これより後の継続出願の審査経過において生じた禁反言が先出願に係る特許にまで及ぶのか否か、Microsoft事件(1)をもとに検討する。結論からいうと、CAFCは「効力が及ぶ」と判示した。しかし、判事の一人であるRader判事はこれを痛烈に批判している。Microsoft事件はすでに判示された禁反言の効力の限界につき、再考の余地を与えるものとして非常に興味深い。以下にその内容を説明する。
6.1 Microsoft事件の背景
 Multi-Tech Systems, Inc.(以下、Multi-Tech)は電話回線を通じて遠隔地へ音声データまたは/及びコンピュータデータを同時に送信するシステム及び方法に関する5つの特許を有している。それぞれの特許は基本となるU.S. Patent5,452,289を基礎とするものであり明細書の主な部分を共有している。そのうち問題となったのは、U.S. Patent 5,600,649(以下、649特許)及びU.S. Patent5,764,627(以下、627特許)である。649特許は、音声及びコンピュータデータの同時送信用モジュール及び方法であり、627特許は、ハンズフリースピーカ電話装置及び方法であり、あるローカル地と遠隔地との間におけるパケット化された音声データを送信するシステム及び方法に関する。
 2000215Multi-tech社は649特許及び627特許の侵害であるとしてNet2Phone,Inc.(以下、Net2Phone)をミネソタ地区地方裁判所へ提訴した。一方、Microsoft Corp(以下、Microsoft)は200069日、Multi-tech社を相手取り、同裁判所に特許の非侵害、無効及び権利行使の不可能を求めて提訴した。Multi-Tech社は反対にMicrosoft社を他の特許を侵害するものとして反訴した。
6.2 審査経過
 ここで、649特許及び627特許の審査経過に着目する。図4に649特許及び627特許の審査経過を示す。649特許及び627特許は基礎出願を同じくし、それから派生した継続出願である。649特許の成立(972月)後、627特許の審査において、審査官はLewenU.S. Patent5,341,374ほかを先行技術として米国特許法第103(a)により拒絶した。
199759Multi-Tech社はLewenとの相違を主張した。Lewenは、単一の送信接続路により音声、画像及びデータ情報を統合するLAN(Local Area Network)を開示している。Multi-tech社の反論では、「クレームされた音声パケットは、通信システムから直接電話回線を通じて、回線の他の終点における受信通信システムへ進む」と主張した。Multi-tech社はさらに627特許の明細書に「それぞれの回線の終端における電話機間のpoint-to-point接続を確立する標準電話回線上で稼働する通信システム」と開示されている点をあげた。
 Multi-Tech社の主張にもかかわらず審査官は再度上記先行技術で拒絶した。1997114