1.概要
BANCORP SERVICES, L.L.C.(以下、Bancorp)は、「安定金額保護投資プランを管理するシステム」であるUS
Patent 5,926,792(以下、792特許)を所有している。2000年1月Bancorpは792特許の侵害であるとして、HARTFORD
LIFE INSURANCE COMPANY等(以下、Hartford)をミズーリ東地区地方裁判所に提訴した。地裁は2002年2月に、792特許におけるクレーム*1の文言「解約返戻金保護投資クレジット」の意味が不明確であることを理由に、特許無効・非侵害とする略式判決をなした*2。Bancorpはこれを不服としてCAFCへ提訴した。CAFCは上記文言は明確であると判断し、地裁に対し差し戻し判決をなした。
2.背景
(1)792特許の内容
792特許は異なる口座における生命保険の金額を管理・追跡するシステムである。特許における生命保険の種類は会社所有型生命保険(以下、COLI:
Corporate Owned Life Insurance)及び銀行所有型生命保険(以下、BOLI:
Bank Owned Life Insurance)により発行された口座の保険を含む。
連邦税法の下では、死亡給付金に対して課税されず、また、生命保険が最終的に解約されたとしても、その投資による利益は課税猶予される。銀行及び会社は税法上有利であることから、資金、つまり雇用者の退職時給付金を得るために、雇用者を生命保険に加入させている。
会計規則においては、通常BOLI及びCOLIのオーナに4半期会計毎に所有する保険の解約返戻金(surrender
value)、つまり保険を放棄した場合にオーナが受け取る金額を報告するよう規定している。しかしながら、この解約返戻金は市場の変動により大きく変動する。本発明は、銀行及び会社が会計上より正確にこれを予測し、安定した金額を報告できることを可能にするシステムである。
本発明の安定金額保護投資*3システムは、第3者保証人を介して生命保険の報告金額を安定化させるメカニズムであり、生命保険の基準金額及び市場金額を追跡するコンピュータ化された手段、及び、生命保険が早期に支払われる場合に、第3者保証人が保証し、支払わなければならない額を示すクレジットを算出するコンピュータ化された手段を含む。
(2)地裁の判断
2000年1月Bancorpは792特許の侵害であるとして、Hartfordを地裁に提訴した。地裁は、独立クレームの「解約返戻金保護投資クレジット(surrender value protected investment credits)」という文言の意味が不明確(米国特許法第112条パラグラフ2*4)であるから、特許を無効とする略式判決をなした。その理由として、「解約返戻金保護投資クレジット」という文言が内的証拠である明細書に定義されておらず、さらに外的証拠である専門家の証言を考慮しても不明確であることを挙げた。
3.CAFCの争点
(1)同一クレームに異なる文言が極めて近接して用いられているとき、これらの文言を同意語として解釈できるか
Bancorpは、同一クレームに存在し、かつ明確に明細書に定義されている文言「安定金額保護(stable
value protected)」と、争点である「解約返戻金保護」とは同様の概念をもつ同意語であり、その意味は明確であると主張した。
地裁は、「安定金額保護投資」は保険全体に係る金額のうち一部の投資部分を意味する点で、保険全体を構成する全ての投資部分を意味する「解約返戻金保護投資クレジット」とは相違すると述べた。また「安定金額保護投資」と「解約返戻金保護投資クレジット」との文言が極めて近接して用いられていることから、同一クレームにおけるこれらの文言は同意語ではないと判断し、Bancorpの主張を退けた。つまり、同一クレームに異なる文言が極めて近接して使用されている場合に、これらの文言を同意語であるとして解釈することが可能であるか否かが問題となった。
(2)会社内部で争点となる文言を使用していたという事実が証拠として採用されるか
地裁は、「解約返戻金保護投資クレジット」という文言は当業者にとって良く知られた意味ではないとするHartford側の証人の意見を採用し、その一方でBancorp側の証人の証言は採用しなかった。Bancorpは下記の証人[1]の主張または証言、及び、証拠[2]を提出したが、以下の理由により採用されなかった。
[1]Mr. Mylnechuk:解約返戻金の専門家
彼は安定金額保護投資の専門家ではあったが、生命保険における専門家ではない。
[2]優先日より前にHartford及びその関連会社内で「解約返戻金保護投資」の文言が使われていたという証拠
そのような会社内部での使用は、産業界において広く理解されている意味を示唆せず、公衆における使用を構成しない。
クレームの文言解釈においては専門家の外的証拠も考慮されるが、会社内部での使用事実が証拠として採用されるのか否かが問題となった。
4.CAFCの判断
(1)異なる文言がクレーム中に極めて近接して用いられていても、これらが同意語と認められる場合がある
CAFCは、「解約返戻金保護投資クレジット」の文言は合理的に識別できるので、792特許は不明確を理由として無効にはできないと結論づけた。その理由として
理由@「解約返戻金保護投資クレジット」を構成する各文言の意味が明確である
理由A明確に定義されている文言「安定金額保護投資」と同意語である
ことを挙げた。
理由の詳細は以下のとおりである。
@CAFCは、特許において「解約返戻金保護投資クレジット」という文言が全く定義されておらず、またこの文言が定義された刊行物をBancorpが提示していないという点を認めた上で、「解約返戻金保護投資クレジット」を構成する各文言は、合理的に「解約返戻金保護投資クレジット」全体の意味を読み手に推測させるのに十分認識された意味を持つと判断した。
まず、「解約返戻金」という文言は当業者にとって良く知られている。地裁が述べているように、「解約返戻金」とは一般に、「生命保険全体全ての構成部分の金額−解約費用及び/または未払いの負債」を意味する*5。第2に、明細書及び外的証拠から、「保護投資」という文言が、返還金が、時がたつにつれ安定化される生命保険の基礎的な投資部分を意味していることは明らかである。最後に、明細書が「クレジット」の文言を明確にしている点をあげた。そしてクレームの各構成部分を見ると、「解約返戻金保護投資クレジット」が、現実の保護投資金額と、生命保険が解約された時点の投資の目標返還金額との差を意味することは明らかであると述べた。
かかる分析から、CAFCは「解約返戻金保護投資」は不明確ではなく、また代わりに、この文言が、792特許及び安定金額投資分野*3で使用されている「安定金額保護投資」と基本的に同じ意味をもつと判断した。
AHartfordは、「解約返戻金保護投資クレジット」という文言が定義されておらず、またクレームに使用されているにしても明細書のどこにも存在せず、また独立クレームに、「安定金額保護投資」及び「解約返戻金保護投資」の双方が用いられており同意語とは言えないと反論した。
この点に関し、CAFCは、もし特許から文言の意味が公平に推論できるのであれば、文言を定義していないことはもちろん致命傷ではなく、明確な定義は必ずしも必要とされない*6と述べた。
問題は明確な定義がない状況で、近接して用いられている2つの文言「解約返戻金保護投資クレジット」が「安定金額保護投資クレジット」と同一の意味であることが合理的に明らかであるか否かにある。
Hartfordは、同一クレームにおける極めて近接した2つの文言の使用は、それぞれに異なる意味が付与されると言う推測が生じる*7という判例を挙げた。例えばEthicon Endo-SurgeryInc.事件では、「もし2つの文言が1つの要素を説明している場合、クレームにおいて、常にこの要素が2つの文言の、両方ではなく、どちらか一方を表すと予期されるであろう。特に2つの文言が同一の構成要素にある場合なおさらである。」と判示された。CAFCは、Hartfordの当該主張は正しいが、しかしながらその推論は決定的なものではないとした。
そして、CAFCは「たとえ明細書・クレームがお粗末であったとしても、異なる文言が同一概念で表現されて使用されるということ自体、よくあることである」と判示した。
CAFCは、2つの文言の意味が文意から同意であると認定し*8、地裁が問題となっているクレームの2つの異なる文言が相互に同意語ではないとした判断を誤りとした。
(2)被告の会社内で争点となる文言が使用されている場合、クレーム解釈においてその事実が外的証拠として採用される
CAFCは、地裁が、「解約返戻金保護投資クレジット」が当業者に理解されていることを示すBancorpの外的証拠を採用しなかった点を誤りであると結論づけた。
Bancorpの主要証人はMr. Mylnechukである。Mylnechukは、「解約返戻金保護投資クレジット」は当業者にとって理解できる文言であると述べた。しかし、地裁はMr.
Mylnechukが安定金額投資の専門家であるが生命保険の専門家でないため証言を採用しなかった。この点に関し、CAFCは特許が生命保険に関係しているが、発明のタイトル(「安定金額保護投資プラン管理システム」)から、特許がまた安定金額保護投資の分野をも含むことは明らかであり、証言を採用しなかったのは誤りであるとした。
また、特許有効性を判断する上での関連技術を決定する上で、裁判所は発明者が対峙している問題を見なければならない*9とした判例を挙げた。発明者が本事件において対峙している問題は、安定金額保護投資を含む変動性ある生命保険を管理するシステムを創作することである。それゆえ、本事件における関連技術は生命保険だけではなく安定金額保護投資をも含む。そして、Mr. Mylnechukのような安定金額保護投資の専門家は、証言する資格があり、彼の証言を採用しなかった地裁の判断は誤りであると判示した。
さらに、Bancorpは、優先日以前にHartford及びその関連会社内で安定金額保護製品を「解約返還金保護」投資、またはSVPと呼んでいた証拠を提出した。地裁は、「解約返戻金保護」の文言が公衆において用いられていないことを理由に上記証言を採用しなかった。
CAFCは、この業界で当該文言が公衆に利用可能な形態で存在していたという証拠は存在しないが、Hartford及びその関連会社により取り引きされている安定金額保護投資を扱う人物が、「解約返戻金保護投資」の文言を用い、理解していたことから、地裁の判断は誤りであるとした。
CAFCは、地裁が、問題は原告及び被告が知っていることにあるのではなく、当業者が知っていることにあるとした判断は正しいが、被告の知識及び特許以前のその文言の使用は、その文言がその業界で幾人かの人物にとって使用され、識別できる意味であることを示すものであると判示した。すなわち、公衆に「解約返戻金保護投資」という文言が広く理解されていたとは言えないが、被告が会社内で当該文言を使用していたという事実は、その業界で当業者がその文言を理解・識別していたということを示し、クレームの文言解釈にあたり外的証拠としてこれらの証拠が考慮される旨が判示された。
5.結論
CAFCは不明確を理由とする無効の判断を地裁へ差し戻し、地裁に特許の有効性及び特許の侵害に関する他の争点を審理するよう命じた。
6.コメント
本発明は、生命保険に関する特許であることから、当該分野における専門用語が頻出した。争点となった文言「解約返戻金保護投資クレジット」はその専門家であるBancorp及びHartfordの間でさえ問題となった。本事件では他の文言が定義されており、この文言と実質的に同意であることから不明確ではないとされた。しかし、この文言は複数の文言を組み合わせた造語であることから、明細書中に明確に定義しておいた方が良かったのではないかと思われる。数年前ビジネス関連発明の出願が増加し、これに伴い金融・保険などの新規分野の出願も増加した。新規分野の明細書を作成する場合、文言等の活用に不慣れな場合もあることから注意したい。
判決 2004年3月1日
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