CAFC Update9

2004.6.20 


SCANNER TECHNOLOGIES CORPORATION
vs.
ICOS VISION SYSTEMS CORPORATION N.V

単数に限定解釈される基準は何か

1.概要

 Scanner Technologies Corp(以下、Scanner)は、ボールグリッドアレイ(BGA)等の電子部品を、ビデオカメラを用いて検査する技術及び方法に関するU.S. Patent6,064,756(以下,756特許)及びU.S. Patent6,064,757(以下、757特許)を所有している。なお、756特許は装置発明であり、757特許は方法発明であり実質的に同一である。
 2000年7月7日、原告(控訴人)Scannerは756特許及び757特許の侵害であるとしてICOS Vision Sys Corp.(以下、ICOS)を南ニューヨーク地方裁判所に訴えた。地裁は、文言上も均等論上も756特許及び757特許をICOSが侵害していないとする略式判決をなした*1。Scannerはこれを不服としてCAFCに控訴した。CAFCは、地裁が756特許の「照明装置(an illumination apparatus)」及び757特許の「照明する(illuminating)」の文言を誤って解釈したことを理由に略式判決を無効とし、差し戻し判決をなした


2.背景

(1)756特許及び757特許の内容
 756特許及び757特許は、照明装置を用いて物体を照らし、複数のカメラを用いて画像を取り込み、プロセッサにより物体の3次元位置を計測する装置及び方法である。ここで問題となったのが、756特許クレーム1*2「照明装置(an illumination apparatus)」及び757特許クレーム1*3「照明する(illuminating)」である。この照明源が単数であるか、あるいは複数であるかが問題となった

(2)地裁の判断
 地裁において、被告であるICOSは756特許及び757特許に係る発明製品、つまり1つまたは2つの照明源を含む検査システムを販売していることを認めていた。そして当事者間において、1つの照明源しか持たない製品については侵害の有無を問わないとする合意に達していた。地裁は、文言侵害の観点から、ICOSの2つの照明源をもつ製品は文言上侵害しないと判断し、さらに、1つの照明源を用いる製品と2つの照明源を用いる製品とは明確に相違するので均等論上の侵害にもあたらないと判断したのである。


3.CAFCの争点

単数に限定解釈される基準は何か?
 過去CAFCは繰り返し、特許文言における不定冠詞(a, an)はcomprisingを含むオープンエンドクレーム(他の追加要素を含まないconsistとは対極をなす)においては1またはそれよりも多い(複数)を意味すると強調してきた。特許権者がその冠詞を限定する明らかな意図を明示するときにおいてのみ、冠詞「a」は単数と解釈される*4。しかしながら、被告であるICOSは抗弁として、過去にCAFCが冠詞「a」または「an」を用いたクレームを単数に限定解釈したInsituform事件*5及びNorth American Vaccine事件*6を抗弁として用いた。如何なる場合に、単数と限定解釈されるのかその基準が問題となった。


4.CAFCの判断

(1)クレーム及び明細書が単一であることを強く示唆している場合、単数に限定解釈される
 Insituform事件ではクレームの文言「カップa cup」が複数を含まず、単数に限定解釈された事件である。Insituform事件では、クレームの文言及び明細書が単一のカップだけを含むことを強く示唆していた。すなわち、登録時のクレームにおいては、「真空適用範囲region of vacuum application」の文言を、「ただ一つのそのような領域が、与えられた時間に存在する事を示す意味」で用いており、そのようなカップはそれ自身に関連する真空適用範囲を作り出すので、与えられた時間に複数のカップを使用するということは矛盾すると判断された。また、明細書及び図面のどちらも複数のカップの使用を開示してなかった。以上のとおり、クレームの文言及び明細書が単数であることを強く示唆していたことから、CAFCはInsituform事件において、単数に限定解釈したのである。

(2)争点以外の他の構成要素に、単数に限定する明確な意図が存在するか否か?
 CAFCはInsituform事件とは異なり、本事件においては、クレームの文言または明細書のいずれかに「照明装置an illumination apparatus」の文言を一つの照明源に限定する特許権者の意図を見いだせないと述べた。
 ICOSは、756特許クレーム1及び明細書が、他の構成要素、例えば「第1の画像」を取得するための「第1カメラ」、「第2の画像」を取得するための「第2カメラ」を記載しているが、照明装置については何ら記載されていないと反論した。そして、複数と解釈するためには、クレーム、明細書または図面に「第1照明装置」及び「第2照明装置」を明示的に言及すべきであると主張した。
 しかし、CAFCはかかる記載の不備により、その文言を一つの照明源に限定するという特許権者の明確な意図は見いだせないとした。この点につきCAFCは、『冠詞「an」の幅広い使用は、少なくとも推定的に、特許権者が、クレームの文言「照明装置」を一又は複数の照明源と意図しており、また暗黙のうちに存在する「第1の照明装置」及びこれに続く「照明装置(複数)apparatuses」をカバーする意図があることを示すものである。』と述べた。そして、クレームの文言「照明装置」を一つの装置に限定するためには、他のクレーム構成要素において特許権者により記述された文言から、こじつけの推定を超えるより強い特許権者の意図を要求する」と判示した。
 すなわち、本特許の明細書及び図面にはクレームの構成要素である照明装置が記載されておらず、単数か複数かを判断しかねたのである。ところが、記載していなかったために複数をも含むと推定され、またクレームの他の構成要素をも併せて考慮した結果無理に単数に限定する程の意図が見いだせないと判断したのである。

(3)従属項が単数に限定していたとしても、1実施例にすぎない場合はその独立項は複数をも含む
 また、ICOSは756特許のクレーム11(クレーム1の従属項である)が「照明装置an illumination apparatus」を、単数と解釈すべき根拠になると主張した。CAFCは、確かにクレーム11は照明源が1つであることを強く示唆するものであると認めた。しかしながら、「全てのクレームされた発明の実施例が一つの照明源に限定されるわけではない」と判示した。つまり従属項に対応する一実施例が、単数に限定していたとしてもそれはあくまで一実施例にすぎないので複数の照明源を権利範囲から排除する根拠にはならないとした。

(4)a」「an」を含むcomprising節は、その冠詞が一又は複数の要素またはステップを意味するものと推測される
 さらに地裁及びICOSは「照明装置an illumination apparatus」を単数に限定解釈するためにNorth American Vaccine事件を持ち出した。North American Vaccine事件において、CAFCは、まず「特許の文法世界において、「a」は一つまたは複数を意味するということが一般に受け入れられている」と示した。しかし、特許権者は明細書において、複数の「連鎖linkages」ではなく、繰り返し単数である「連鎖a linkage」と言及していたことから、CAFCは冠詞「a」を単数に限定解釈した。
 CAFCはこの点につき、本事件にNorth American Vaccine事件を用いるのは妥当ではないとした。本事件と異なり、North American Vaccine事件のクレームは「comprising」を含んでいなかったからである。AFG事件*7においてCAFCは、「クレームがオープン移行フレーズを用いている場合、その範囲は記述されていない追加要素を備える装置をカバーするのである。我々は「comprising」の文言が、’open’ transit phraseであると首尾一貫して判断してきた。」と判示した。すなわち、クレームを単数または複数に限定するという明確な意図を示す証拠がない限り、「a」「an」を含むcomprising節は、その冠詞が一又は複数の要素またはステップを意味するものと推測されると判示した。756特許及び757特許クレームはcomprising節を含むことから、North American Vaccine事件を持ち出した地裁及び被告ICOSの主張は誤りであると結論づけた。


5.結論

 CAFCは、756及び757特許のクレームの文言「an illumination apparatus」及び「illuminating」がそれぞれ、一または複数の照明源を含むと判断した。そして、非侵害とする地裁の略式判決はそれらの文言の誤った解釈を前提とするものであるので、CAFCは略式判決の命令は、無効であり差し戻されると判示した


6.コメント

 一般に、冠詞「a」または「an」をcomprising節で用いた場合、それは単数のみならず複数をも含むと推定されるものと了解されている。分かり切っていることであるが、裁判になるとそれほど単純な問題でないことがわかる。現に地裁では単数に限定解釈され、Insituform事件においても限定解釈された。本事件では、明細書及び図面に照明装置を記述していなかったことが幸いして単数に限定解釈されることを免れた(クレームの構成要素を図面に明記していないというのは、それはそれで問題ではある。)。しかも、当事者間で単数については権利侵害を問わないと合意している程、照明装置が単数か複数かはキーポイントとなっているのである。
 日本の明細書を記載する場合、言語の問題上単数か複数かを意識することは少ない。しかし、明細書及びクレームの他の構成要素から単数であると強く示唆されると判断された場合、権利範囲が単数に限定解釈されるおそれが高いことが判示された。企業側が弁理士に明細書作成を依頼する場合、なるべく米国出願の可能性があることを明確に伝えると共に、弁理士も米国出願が予定されている場合、単数か複数かを意識しつつ明細書を作成することが重要であろう。

判決 2004年4月23日

以 上

【関連事項】

判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます。
http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/03opinions/03-1465.html

【注釈】
 *1 Scanner Techs. Corp. v. ICOS Vision Sys. Corp., N.V., No. 00 Civ. 4992 (S.D.N.Y. May 29, 2003)
略式判決は当事者間に事実関係の争いがない場合、請求することができる。これにより公判審理に入ることなく紛争解決を図ることができる。
 *2  756特許のクレーム1
1. A three dimensional inspection apparatus for ball array devices having a plurality of balls, wherein the ball array device is positioned in a fixed optical system, the apparatus comprising:
a) an illumination apparatus positioned for illuminating the ball array device;
b) a first camera disposed in a fixed focus position relative to the ball array device for taking a first image of the ball array device to obtain a characteristic circular doughnut shape image from at least one ball;
c) a second camera disposed in a fixed focus position relative to the ball array device for taking a second image of the ball array device to obtain a side view image of the at least one ball; and
d) a processor, coupled to receive the first image and the second image, that applies triangulation calculations on related measurements of the first image and the second image to calculate a three dimensional position of the at least one ball with reference to a pre-calculated calibration plane.
 3  757特許のクレーム1
1. A three dimensional inspection process for ball array devices having a plurality of balls, wherein the ball array device is positioned in a fixed optical system, the process comprising the steps of:
a) illuminating the ball array device;
b) taking a first image of the ball array device with a first camera disposed in a fixed focus position relative to the ball array device to obtain a characteristic circular doughnut shape image from at least one ball;
c) taking a second image of the ball array device with a second camera disposed in a fixed focus position relative to the ball array device to obtain a side view image of the at least one ball; and
d) processing the first image and the second image using a triangulation method to calculate a three dimensional position of the at least one ball with reference to a pre-calculated calibration plane.
 *4 KCJ Corp. v. Kinetic Concepts, Inc., 223 F.3d 1351, 1356 (Fed. Cir. 2000)
 *5 Insituform Technologies, Inc. v. Cat Contracting, Inc., 99 F.3d 1098 (Fed. Cir. 1996)
 *6 North American Vaccine, Inc. v. American Cyanamid Co., 7 F.3d 1571 (Fed. Cir. 1993)
 *7 AFG Indus. Inc. v. Cardinal IG Co., Inc., 239 F.3d 1239, 1244-45 (Fed. Cir. 2001)
ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。


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