CAFC Update10

2004.7.20 


IN RE AMERICAN ACADEMY OF SCIENCE TECH CENTER

特許成立過程においてクレームは最も合理的に広く解釈される


1.概要

 American Academy of Science Tech Center(以下、AA)はユーザアプリケーションの処理を複数のコンピュータ間で分配する方法に関するU.S. Patent 4,714,989(以下、989特許)を所有している。1991年AAは、989特許の侵害であるとしてカリフォルニア北地区地方裁判所にNovell Inc.(以下Novell)を訴えた。これに対してNovellは1994年6月再審査(Reexamination)請求を行った。地裁は訴訟手続を再審査のため中断した。再審査において審査官は拒絶の決定をなしたため、AAは特許審判インターフェアレンス部(以下、審判部)に対して審判請求を行った。審判部においても審査官の拒絶決定が維持された*1。AAは審判部の決定を不服としてCAFCに控訴した。CAFCはクレームの文言「ユーザコンピュータuser computer」の文言が先行技術に記載されたメインフレームを含むよう解釈した審判部の決定を支持する判決をなした。


2.背景

(1)989特許の内容
 現在のようにパソコンが普及する前は、メインフレームコンピュータが多用されていた。メインフレームはダム端末*2を通じてユーザからの入力を受け付け、アプリケーションを実行し、ユーザに出力を供給するものである。
 これとは対照的に、989特許は、ユーザアプリケーションの処理が複数のコンピュータの間で分配されるネットワークを記述している。989特許のシステムにおいて、ユーザアプリケーションはユーザステーション(ユーザコンピュータ)において実行される。その一方で、データベースはデータベースコンピュータ上に存在する。複数のユーザステーションはデータベースコンピュータに接続されている。
 989特許は、ユーザステーションのアプリケーションプログラムが、まるでユーザステーションに存在するデータベースからのデータを要求しているが如く、データセンタ(データベース)からデータの記憶または検索を要求することを可能にするデータベースシミュレータを使用することを記述している。

(2)再審査における審査官
 再審査において、審査官は4つの引例により989特許を拒絶した。これら4つの引例は所謂バックエンドシステム(タンデム結合形態のコンピュータシステムに使用される処理装置の一つ。メイン処理を担当するCPUの後方に位置し、ファイル、データベースのアクセスなどを担当する処理装置等*3。)を開示している。バックエンドシステムにおいては、複数のメインフレームコンピュータが単一のデータベースまたはバックエンドコンピュータに連結する。
 再審査におけるクレーム1*4は「データセンタコンピュータ」に接続される複数の「一般用ユーザコンピュータ(general purpose user computer)」と記載されている。再審査において審査官は引例中のメインフレームは「一般用ユーザコンピュータ」と実質的に同一であり、クレーム1は先行技術から予期できるものであるとして拒絶した。拒絶に対してAAは989特許のクレームはそれぞれが単一ユーザに用いられるパーソナルコンピュータ等のユーザコンピュータに限定されるべきとの意見書及び宣言書を提出した。それにもかかわらず審査官は拒絶を維持した

(3)再審査における審判部の判断
 AAは審判部に不服を申し立てた。審査官は審判部への不服申し立ての前までに、特許はシングルユーザコンピュータに限定されると了承したが、審判部は「ユーザコンピュータ」の文言を広く解釈した。つまり、ユーザのためのアプリケーションプログラムを実行できる如何なるコンピュータをも含むと判断したのである。この解釈は先行技術たるバックエンドシステムをも含むのである。そこでAAは審判部の決定を不服としてCAFCに控訴した。


3.CAFCの争点

(1)クレームの文言「ユーザコンピュータ」の解釈はどうあるべきか
 クレーム1の文言「ユーザコンピュータ」がシングルユーザ向けのパーソナルコンピュータ等に限られるのか、あるいはマルチユーザ向けのメインフレームコンピュータをも含むのか問題となった。すなわち、先行技術はメインフレームに係るシステムであり、クレーム1の文言「ユーザコンピュータ」がパーソナルコンピュータに限定されるのであれば、先行技術との相違が認められ特許は有効であるが、先行技術と同じメインフレームをも含むのであれば特許は無効である。

(2)審判部のクレーム解釈と、地裁のクレーム解釈との間で齟齬があっても良いのか
 AAは、「ユーザコンピュータ」の審判部の解釈と、侵害訴訟における地裁の解釈との矛盾を指摘した。審判部は「ユーザコンピュータ」はマルチユーザ用のメインフレームを含むと解釈したのに対し、地裁は「ユーザコンピュータ」を一のユーザに提供するコンピュータと解釈した。つまりこの矛盾を反論の根拠として控訴審で主張することができるのか否かが問題となった。


4.CAFCの判断

(1)クレームは最も広く合理的に解釈される
 AAは、明細書が、「ユーザコンピュータ」を先行技術たるマルチユーザコンピュータから差別化するよう記載していると議論した。AAは明細書の以下の部分を根拠とした。
 「本発明のシステムは、ユーザに提供するために用いられる複数のユーザステーション*5である。そしてユーザは人(a person)、他の装置(another device)、または機械(machine)であってもよい。」
 AAはこの記述が、「ユーザコンピュータ」または「ユーザステーション」はシングルユーザに用いられるコンピュータでなければならないことを示すものであり、マルチユーザ用のメインフレームではないと主張した。
 これに対し、審判部は、明細書が「ユーザは、人(a person)、他の装置(another device)、または機械(machine)であってもよい」と述べており、これは「ユーザコンピュータ」がメインフレームであっても良いことを示唆するものであると判断した。そして、その根拠として明細書の以下の記述を指摘した。
 「図2にユーザステーション4及びデータセンタ8が示されるが、ユーザステーション4をユーザに対するインターフェースとして機能させ、またアプリケーションプログラム116を処理することを可能にするために、様々な構成が利用されてもよい。・・・ユーザステーションはオペレータとやりとりするために、給与総額情報を生成するために、会計報告を生成するために、・・・利用され、一般に様々なアプリケーションプログラムによるデータを処理する。・・・その一方で、データセンタは例えば会社の人事、給与総額情報等に関するデータを記憶する。」
 審判部は、明細書はこのように、「ユーザコンピュータ」がユーザアプリケーションを実行することにおいて、コンピュータの機能に言及するために用いられているのであって、メインフレームに対立するパーソナルコンピュータとしてユーザコンピュータの識別に言及するために用いられているのではないことは明らかであると指摘した。
 CAFCは審判部の決定に同意した。CAFCは、それぞれ個別に見た場合、明細書のいくつかの文言は読み手に、「ユーザコンピュータ」がシングルユーザにだけ提供されるコンピュータを意味すると思わせるかもしれないが、明細書全体としてみれば、広い解釈を示唆していると述べた。CAFCは明細書の記述は、発明が、「ユーザ」が人、他の装置または機械である「様々な構成」を含むことを意図していると判断した。
 CAFCは、このように審判においてクレームの文言を広く解釈する根拠として過去の判例を挙げた。Bond事件*6においては、「審査において、クレームは明細書に矛盾しない最も広い合理的解釈を与えられる。またクレームは当業者により解釈されるので、クレームの文言は明細書の観点から読まれるべきである」と判示された。またBass事件*7では、「PTOは、明細書に記述された定義を考慮してクレームの文言に対し最も広い合理的意味を付与しなければならない。」と判示された。なお、この「最も広い合理的解釈」ルールは審査のみならず再審査にも適用される*8
 このように審査において「最も広い合理的解釈」ルールが適用されるのは、審査において最も広い解釈を文言に付与しておけば、その後の権利侵害における文言解釈において不当に文言が拡大解釈される可能性が低減されるからである。
 また、このように文言をメインフレームまで含んで広く解釈したが、CAFCは、このことは特許権者にとって不公平ではないと判示した。その理由として、「出願人には、より正確なクレーム範囲を得るためクレームを補正する機会が与えられているからである。」とした過去の判例を挙げた*9
 以上のとおりCAFCは、明細書全体の記述及び「最も広い合理的解釈」ルールを根拠にクレームの文言「ユーザコンピュータ」を先行技術に開示されたマルチユーザ向けのメインフレームを含むと結論づけたのである。

(2)審判部はクレーム解釈のため裁判所とは異なる基準を用いることが要求される
 最後にAAは「ユーザコンピュータ」の審判部の解釈と、Novellに対する侵害訴訟における地裁の解釈との矛盾を指摘した。地裁は、「ユーザコンピュータ」を一のユーザに提供するコンピュータと解釈しており、審査官及び審判部の解釈と異なるのである。
 この点につきCAFCは、審判部はクレーム解釈のため裁判所とは異なる基準を用いることが要求されると判示した。その根拠として、「特許の侵害及び有効性の決定に関して特許のクレームを解釈する場合、審判部が、裁判所により用いられているクレーム解釈の方法を適用することは誤りである。」と判示した過去の判例*10を挙げた。特に、Morris事件*11では、裁判官は特許が有効であるとの前提で判断しており、裁判所と同じ解釈を要求するのは特許権を付与する米国特許商標庁(USPTO: United States Patent and Trademark Office)の役割に反すると判示された。
 そうして、CAFCは、USPTOは審査において最も広い合理的解釈をクレームに付与する義務を負い、その基準の下、「ユーザコンピュータ」を、先行技術に記載されたメインフレームを含むよう解釈した審判部の判断は正しいと結論づけたのである。

5.結論

 CAFCはクレームの文言「ユーザコンピュータuser computer」の文言が先行技術に記載されたメインフレームを含むよう解釈した審判部の決定を支持する判決をなした。


6.コメント

 989特許を分析すると、「ユーザコンピュータ」がメインフレームまでをもカバーするのか否かは明確ではなく、実施の形態に記載された装置を見るとむしろシングルユーザ向けのパーソナルコンピュータを記載しているように思われる。しかしながら、再審査で発見されたメインフレームを含む先行技術が存在しなかった場合、裁判所において特許権者はおそらく逆に、メインフレームコンピュータをも含むべく均等論を主張したかもしれない。つまり、特許権者は「ユーザコンピュータ」の文言を広く解釈するために、文言上は含まれないメインフレームにまで、均等論を用いて権利範囲の拡張を試みたかもしれない。このような主張を制限すべく、裁判所の基準とは異なるUSPTOの「最も広い合理的解釈」ルールが適用されたと理解できる。

判決 2004年5月13日

以 上

【関連事項】

判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます。
http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/03opinions/03-1531.html

【注釈】

*1 Appeal No.2003-0349
*2 ダム端末とは、自力では何も処理できない端末をいう。端末上で動作するプログラムは他のコンピュータからダウンロードされ、処理自体も他のコンピュータに頼っている。入力や表示だけを行うユーザサイドのハードウェアで、コマンドの解釈や計算などの処理は全てサーバ側で行う(標準パソコン用語辞典 秀和システム編集部)。
*3 デジタル用語辞典(日経BP社出版局編)
*4 989特許のクレーム1の一部

1. A method of operating a distributed data processing system including a plurality of independent, not necessarily uniform, general purpose user computers to run respective user application programs to process user data and a data center computer to store, retrieve, and update user data, said user computers being selectively interconnected with said data center computer by respective data communication hardware over data communication network means, said method comprising the steps of: ・・・

*5 このユーザステーションの文言はクレームの文言「ユーザコンピュータ」と同義である。
*6 In re Bond, 910 F.2d 831, 833 (Fed. Cir. 1990)
*7 In re Bass, 314 F.3d at 577 (Fed. Cir. 2002)
*8 In re Hiniker Co., 150 F.3d 1362, 1368 (Fed. Cir. 1998); In re Yamamoto, 740 F.2d 1569, 1571 (Fed. Cir. 1984)
*9 In re Yamamoto, 740 F.2d at 1571-72(出願人の利益は損なわれない。なぜなら、発明に対する適切な範囲を取得することを排除されていないからである。先行技術を回避するためにクレームを補正する出願人の能力は、PTOに対する法的手続を、成立した特許に関し連邦地方裁判所における法的手続から識別するもの(顕著にするもの)である。出願がPTOに継続している場合、出願人は、クレームにおける誤りを訂正する能力を持ち、また必要とされているクレーム保護範囲をアジャストする能力を持つ。)及びIn re Zletz, 893 F.2d 321 (Fed. Cir. 1989) (クレームを補正できる特許審査過程で、曖昧さは認識され文言の範囲及び幅は探られ、明白化が強要される。)
*10 In re Zletz, 893 F.2d 319, 321 (Fed. Cir. 1989)
*11 In re Morris, 127 F.3d 1048, 1054 (Fed. Cir. 1997)

ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。


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