CAFC Update16

2005.1.20 

BILSTAD
Appellants,

vs.
WAKALOPULOS
Appellees.

記述要件における3基準とは何か

1.概要

 2002年3月30日Bilstad等の出願と、Wakalopulous等の特許との間でインターフェアレンス*1が宣言された。インターフェアレンスの準備申立期間において、Wakalopulousは、Bilstadの明細書が特許要件(米国特許法第112条パラグラフ1*2)を満たしていないと主張した。
 2002年9月27日特許審判インターフェアレンス部(Board of Patent Appeals andInterferences:以下、審判部)はWakalopulousの準備申立てに対する審理を行い、2003年3月31日、当該主張を認める決定*3をなした。つまり、Bilstadのクレームには、複数の方向において対象物を操作する可動部」
a moveable member manipulating objects in a plurality of directions
と記載されているところ、明細書には「少数(a small number)の方向において」対象物を操作することのみが記載されているのみで、「多数(a large number)の方向において」対象物を操作する記述はなされていないことから、審判部はBilstadの明細書は記述要件を満たしていないとして112条パラグラフ1を理由に特許を受けることができないと判断した。
 Bilstad(以下、控訴人)はこれを不服としてCAFCに控訴した。CAFCは、クレームの記載が上位概念で明細書の記載が下位概念である場合における明細書の記述要件について、(1)出願時に出願人が発明を所有していたことを合理的に当業者に伝えているか否か、(2)技術分野において予測可能であったか否か、及び(3)出願人が明示的に排除しているか否か、の3基準を明示した。審判部ではこれらの3基準を考慮していなかったため、CAFCは審判部の決定を無効とし、正しい基準下で再考するよう差し戻した。

2.背景

(1)控訴人Bilstadは、1999年4月20日に特許出願(Application Serial No.09/294,964)を行ったところ、Wakalopulous(以下、被控訴人)の特許(U.S. Patent No. 6,140,657(以下,657特許)、1999年3月17日出願、2000年10月31日成立)との間で、2002年3月30日インターフェアレンスが宣言された。クレームされた発明は、電離放射線を用いた3次元物体の滅菌装置に関する。問題となったクレームの文言は、
a moveable member manipulating objects in a plurality of directions
複数の方向において対象物を操作する可動部
であり、これに対応して明細書には、「少数(a small number)の方向において」対象物を操作する技術が記述されていた。なお、明細書には2,3の方向において対象物を操作する技術しか開示されていなかった。
(2)インターフェアレンスの準備申立(preliminary motion)期間において、被控訴人は規則1.633(a)に基づき控訴人のクレームは特許要件を備えないと主張した*4
(3)2002年9月27日審判部は被控訴人の準備申立てに対する審理を行い、2003年3月31日、被控訴人の主張を認める決定をなした。
 審判部は、まず「複数(plurality)」の文言解釈に着目した。そして「複数」とは、2またはそれ以上(上限はない)の範囲を意味すると判断した。そして審判部は、クレームの「複数の方向において」に対する記述として明細書には「少数(a small number)の方向において」対象物を操作することのみが記述され、「多数(a large number)の方向において」対象物を操作する記述はなされていないと結論づけた。このように審判部は、控訴人の明細書は記述要件を満たしていないとして112条パラグラフ1を理由に特許を受けることができないと判断した。
(4)この決定に対し控訴人は再審議を求めた。控訴人は、明細書に2または3方向における動作を開示していることに鑑みれば、クレームの「複数の方向」をサポートするのに112条パラグラフ1のもと適切であると主張した。再審議においても控訴人の主張は認められなかった*5。控訴人はこれらの決定を不服としてCAFCに控訴した。

3.CAFCの争点

(genus上位概念)クレームに対し、種(species下位概念)がどの程度明細書に記載されていれば112条パラグラフ1の記述要件を満たすか
 控訴人は、審判部が「複数」を「2またはそれ以上(上限はない)」と解釈した上で、控訴人の出願は、「複数の方向」と記載されたクレームをサポートするためには2またはそれ以上の範囲内における全ての実施例を記述しなければならないと判断した点は誤りであると主張した。
 すなわち、クレームの「複数の方向において」に対する記述として、「少数(a small number)の方向において」対象物を操作することのみを記述するだけでは不十分で、「多数(a large number)の方向において」対象物を操作することまでも記述する必要があるのか否か問題となった。
 これは、種(species下位概念)だけが明細書に開示された場合に、属(genus上位概念)クレームをサポートするための記述要件に関する問題点である。つまり属のクレームに対し、種がどの程度明細書に記載されていれば112条パラグラフ1の記述要件を満たすかについての基準が争点となったのである。

4.CAFCの判断

112条パラグラフ1における記述要件を判断するための3基準
(1)第1基準(原則)
 CAFCは記述要件に関するこの問題点は、「出願時に出願人がクレームされた発明を所有していたということを当業者に、明細書の開示が合理的に伝えるものであるかどうかを考慮しなければならない*6」との原則を述べた。つまり、記述要件を判断する基準の1つとして、「出願時に出願人がクレームされた発明を所有していたことを当業者に対し合理的に伝えているか否か」という基準を示した。これを本事件に当てはめると、明細書が、出願時に「多数(a large number)の方向において」対象物を操作する技術を、出願人が所有していたということを当業者に合理的に伝えているか否かを、第1基準として検討しなければならない。
(2)In re Curtis*7(第2基準―例外)
In re Curtis事件でCAFCは、歯科用フロスに関するクレームを記述要件に反するとして拒絶した審判部の判断を支持した。親出願には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のフロスに付着する「微結晶ワックス」の使用だけが開示されていた。しかし、CIP(Continuation-In-Part)出願のクレームは、PTFEのフロスに塗布される「摩擦増加被覆剤」からなる広い属のクレームであった。CAFCは、出願時にPTFEのフロスに付着する「微結晶ワックス」以外の素材を誰も知らず、予測不能であったと判断し、後のクレームが先の特許出願に対する優先権を有さないと判断した。
 すなわち、記述要件に関する第2の基準として当該技術分野における予測不能性(unpredictability)を挙げた。これを本事件に当てはめると、「多数の方向において」対象物を操作する技術が当該技術分野において予測不能であったか否かを検討しなければならない。
(3)Tronzo v. Biomet Inc.*8 (第3基準―例外)
 Tronzo事件においては、クレームに「一般形状の臀部補綴」が記載されており、明細書にはそれが台形型とだけ記載されており、特に先行技術との差異を出すために、円錐型の利点を繰り返し述べていた。このことから、CAFCは、589特許の明細書は円錐型だけを開示しており、これよりも広いものを開示していないと判断した。つまり、記述要件に関する第3の基準として出願人が明細書内で特定の技術を明示的に排除(expressly disclaimed)しているか否かを挙げた。これを本事件に当てはめると、控訴人の明細書の開示が「多数の方向」における操作を明示的に排除しているかどうかを検討しなければならない。

 このようにCAFCは112条パラグラフ1の記述要件を判断するには
(1)出願時に出願人が発明を所有していたと合理的に当業者に伝えているか否か
(2)技術分野において予測可能であったか否か、及び
(3)出願人が明示的に排除しているか否か
を検討しなければならないと判示した。審判部は控訴人の明細書が、出願時に控訴人が発明を所有していたと合理的に当業者に伝えるかどうかを議論しておらず、当該技術分野において予測不能であったか否かの検討をも行っておらず、さらに控訴人の開示が明確に「多数の方向」における操作を明示的に排除しているかどうかに関して検討を行っていないことから、CAFCは審判部の決定を無効とし、この基準下でさらなる審理を行うよう差し戻した。

5.結論

 112条パラグラフ1の記述要件を判断するに当たり、審判部は判示された3基準に従っていなかったことから、CAFCは控訴人の主張を認め、審判部の決定を無効とし、正しい基準下で再考するよう差し戻した

6.コメント

 審査においては112条パラグラフ1による拒絶理由を受けることが多い。出願人は発明を他の発明及び技術と区別できるよう明確に記載する必要がある*9。本事件ではこれを判断する基準が明示された。
 それによると、出願時に出願人が発明を所有していたと合理的に当業者に伝えているか否かが原則となる。具体的には明細書が、出願時に「多数(a large number)の方向において」対象物を操作する技術を、出願人が所有していたということを当業者に合理的に伝えているか否かを判断する必要がある。そしてこの原則を示した上で以下の予測不能性の例外基準及び明示的排除の例外基準を判示した。
 1の例外として、技術分野において予測可能であったか否か。つまり、「多数の方向において」対象物を操作する技術が当該技術分野において予測不能であったか否かを検討しなければならない。
2の例外として、出願人が明示的に排除しているか否か。つまり控訴人の明細書の開示が「多数の方向」における操作を明示的に排除しているかどうかを検討しなければならないことが判示された。

判決 2004年10月4日

以 上

【関連事項】

判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます。
http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/03opinions/03-1528.html

【注釈】

*1 インターフェアレンスは、同一発明について2以上の出願人が存在する場合に、発明日の先後を争う手続きである。
米国特許法135条(a)「特許出願が、継続中の特許出願または有効期間内の特許と競合すると長官が認めるとき、インターフェアレンスが宣言され、長官は、状況に応じ両出願人または出願人と特許権者に対し、その宣言を通知しなければならない。」ヘンリー幸田著「米国特許法逐条解説 第3版」社団法人発明協会p146
*2 米国特許法第112条パラグラフ1
「明細書には、当業界における技術者が、発明を生産、使用しうる程度に、発明及びその生産、使用方法を十分に、明瞭に、簡潔に、そして正確な用語をもって明記するものとし、発明者が最善と信ずる発明の態様を記載しなければならない。」ヘンリー幸田著「米国特許法逐条解説 第3版」社団法人発明協会p103
*3 Bilstad v. Wakalopulos, Inter. No. 104,832, Paper 62 (Bd. Pat. App. & Inter. Mar. 31, 2003) (“Original Decision”).
*4 規則1.633により、当事者は3ヶ月の申立て期間内に準備申立てを提出することができ、「相手方のクレームは特許要件(新規性、非自明性、明細書の記載要件)を備えていない」点等を主張することができる。高岡亮一著「アメリカ特許法実務ハンドブック 第2版」中央経済社p237
*5 Bilstad v. Wakalopulos, Inter. No. 104,832, Paper 69 (Bd. Pat. App. & Inter. May 23, 2003) (“Reconsideration Decision”);
*6 Eiselstein v. Frank, 52 F.3d 1035, 1039 (Fed. Cir. 1995)
*7 In re Curtis, 354 F.3d 1347 (Fed. Cir. 2004)
*8 Tronzo v. Biomet, Inc., 156 F.3d 1154 (Fed. Cir. 1998). 
*9 112条パラグラフ1における記述要件”written description requirement”はMPEP2163に詳述されている。


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