CAFC Update20

2005.5.20 

EOLAS TECHNOLOGIES INCORPORATED,
Plaintiffs-Appellees
vs.
MICROSOFT CORPORATION,
Defendant-Appellant

ブラウザ特許訴訟

1.概要

 Eolas Technologies Inc.等(以下、原告)はWebブラウザに関するU.S. Patent No. 5,838,906(以下、906特許)を所有している。本発明は、Webページ内に特定のインタラクティブ・プログラムを組み込んで自動的に起動させる技術である。1999年2月2日、原告は、Microsoft Corporation(以下、被告)のインターネットエクスプローラが906特許のクレーム1及び61)を侵害するとしてイリノイ州北地区連邦地方裁判所に提訴した。地裁では、(i)新規性・非自明性(米国特許法第102条,103条)、(ii)不公正行為、(iii)文言解釈、及び(iv)米国特許法第271条(f)の解釈について争われた。地裁は被告の主張を全て退け特許侵害との判決をなし、約550億円の損害賠償を認めた2)。被告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。(i)新規性・非自明性及び(ii)不公正行為に関してCAFCは地裁の判断を無効とし、差し戻し判決をなしたが、(iii)文言解釈及び(iv) 米国特許法第271条(f)の解釈に関しては地裁の判断を支持した。以下では争点(i)新規性・非自明性に着目して解説する。なお、争点(iv)米国特許法第271条(f)の解釈に関しても重要な判例が確立されたため、この点については別途解説する。

2.背景

 原告はWebブラウザに関する906特許を所有している。本発明は、Webページ内に特定のインタラクティブ・プログラムを組み込んで自動的に起動させる技術である。例えばWebページのHTML(Hypertext Markup Language)内に動画またはFlash等のプログラムを組み込んで記載しておき、Webページの表示と共にこれらのプログラムを自動的に起動させる。906特許は1994年10月17日に出願され、1998年11月に特許が成立した。
 1999年2月2日、原告は、被告のインターネットエクスプローラが906特許のクレーム1及び6を侵害するとしてイリノイ州北地区連邦地方裁判所に提訴した。被告はWeiにより発明されたWebブラウザが原告の発明前一年以上前に公然用いられていたという証拠を提出し、906特許は米国特許法第102(b)を理由に無効であると主張した。被告はまた、102(a)、(g)及び103条を理由とする無効を主張した。
 Weiは1993年5月7日、ブラウザが組み込まれた自動起動インタラクティブ・プログラムを処理することが可能なプログラムを開発し、サンマイクロシステムの2人のエンジニアに説明した。このプログラムは?版*3でありコードネームはDX34と名付けられた。WeiはさらにDX34の改良版であるコードネームDX37を開発し、同様に同年5月27日、これをサンマイクロシステムの2人のエンジニアに説明した。また改良版DX37をインターネットのサイトにアップロードし、ダウンロードが可能であることをエンジニアに伝えた。
 地裁は、Weiはプログラムをサンマイクロシステムのエンジニアだけに開示したにすぎないので、開発されたWebブラウザは、Weiにより放棄、隠蔽または秘密にされたと判断し、米国特許法第102条(g)の適用は無いと判断した。またこの判断を米国特許法第102条(b)にも拡張し、公然使用には該当しないと結論づけた。また同条(a)及び米国特許法第103条の主張も退けた。

3.CAFCの争点

特定の者にだけ発明を開示した場合、102条(g)に規定する放棄、隠蔽または秘密に該当するか否か
地裁は、米国特許法102(g)の意味において、DX34が放棄、隠蔽または秘密されたと判断した。102(g)は以下のとおり規定している。
次の各号の何れかに該当する場合を除き,誰でも特許を受けることができる。
・・・特許出願人による発明前にその発明が米国において別の発明者によって行われており,かつ,これが放棄,隠蔽または秘密されていない場合。・・・*4
Weiは?版であるDX34を2人のサンマイクロシステムのエンジニアに説明し、後日その改良版DX37をエンジニアに説明すると共に、インターネットのサイトからプログラムをダウンロードすることが可能であることを伝えた。この行為が、102条(g)に規定する放棄、隠蔽または秘密に該当するか否かが問題となった。また、この行為が同条(b)に規定する公然使用に該当するか否かが問題となった。

4.CAFCの判断

(1)故意・無期限・排他的に発明を開示していない場合、または、公知段階において不合理な遅延が推定される場合に、放棄、隠蔽、秘密と判断される。
 102条(g)に規定する放棄、隠蔽、秘密は判例により以下の2つに分類される*5
(i) 発明者が公衆に対して、発明を積極的に秘密にした場合*6
これは積極的秘密といわれ、発明者が自身の利益のために、故意、無期限、排他的に公衆に対して発明を開示しない状況をいう。
(ii) 発明を公知にする段階において、発明者の不合理な遅延が推定される場合*7
例えば、特許出願または公衆に対する公開を合理的期間内に行わない場合に該当する。
 CAFCは、本事件は上記のどちらにも該当しないと判断した。Weiは故意に公衆に対してDX34を秘密にしておき、また、不合理に特許出願または公衆に対する公開を遅らせてはいないからである。つまり、Weiは1993年5月7日に守秘義務なしに、2人のサンマイクロシステムのエンジニアにDX34を説明している。さらに、改良版であるDX37を公衆がアクセス可能なインターネットのサイトにアップロードし、DX37がダウンロード可能であることをサンマイクロシステムのエンジニアに伝えていた。以上の証拠からCAFCは地裁の判断を無効とし、DX34及びDX37を先行技術として含めて新規性・非自明性を考慮するよう命じた。

(2)トレードシークレットの場合公然使用に該当しない。守秘義務が存在しない場合公然使用に該当する。
 CAFCは、Weiの二人のサンマイクロシステムのエンジニアに対する守秘義務のない説明(1993年5月7日)が、102(b)のもと公然使用を構成しないとした地裁の判断を誤りとした。CFACはこの結論に至るためにNetscape事件*8を引用した。Netscape事件において、被告Konradは3つのコンピュータ関連特許を所有していた。しかし、被告Konradは、カリフォルニア大学において2人の従業員に対し守秘義務なく、発明を説明したことから、公然使用に該当し、特許は無効であるとの判決をなした。同様に、本事件において、WeiはDX34を守秘義務のない2人のサンマイクロシステムのエンジニアに説明した。サンマイクロシステムのエンジニアにはWeiに対する守秘義務が課されていないことから、CAFCはその説明は公然使用に該当すると判断した。
 原告はこれに反論すべくGore事件*9を挙げた。Gore事件においては、第三者が特許出願日の1年以上前に発明を使用していたが、CAFCは公然使用でないと判断した。しかしGore事件において、この第3者は発明をトレードシークレットにより発明を保護しており、特許出願による開示は行っていなかった。CAFCは発明をトレードシークレットにより開示していない場合は公然使用に該当しないと判断したが、本事件とは異なると判示した。本事件においてWeiはDX34の秘密状態を維持することもなく、また故意に開示を避けようともしていなかった。CFACは以上の理由により原告の主張を退け、Weiの行為は公然使用に該当すると結論づけた。

5.結論

 CAFCは、Weiの行為は102条(g)のもと放棄、隠蔽または秘密に該当せず、また102条(b)にいう公然使用に該当すると判断し、争点(i)に関し、地裁の決定を無効とし差し戻し判決をなした。

6.コメント

 原告Eolasはカリフォルニア大学からスピンオフした会社である。マイクロソフト社に対するブラウザ特許訴訟としてその裁判の行方は各メディアで大きくとりあげられた。多額の損害賠償額もさることながら、世界中で使用されているWebブラウザに大きな影響を与えることから注目された。なお、争点(i)及び争点(ii)不公正行為に関しては差し戻しとなったが、争点(iii)文言解釈、争点(iv)271条(f)の解釈については支持判決がなされた。

判決 2005年3月2日

以 上

【関連事項】

判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます[PDFファイル]。

http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/04opinions/04-1234.pdf

【注釈】

*1 906特許のクレーム6は以下のとおり。
A computer program product for use in a system having at least one client workstation and one network server coupled to said network environment, wherein said network environment is a distributed hypermedia environment, the computer program product comprising:
           a computer usable medium having computer readable program code physically embodied therein, said computer program product further comprising:
           computer readable program code for causing said client workstation to execute a browser application to parse a first distributed hypermedia document to identify text formats included in said distributed hypermedia document and to respond to predetermined text formats to initiate processes specified by said text formats;
           computer readable program code for causing said client workstation to utilize said browser to display, on said client workstation, at least a portion of a first hypermedia document received over said network from said server, wherein the portion of said first hypermedia document is displayed within a first browser-controlled window on said client workstation, wherein said first distributed hypermedia document includes an embed text format, located at a first location in said first distributed hypermedia document, that specifies the location of at least a portion of an object external to the first distributed hypermedia document, wherein said object has type information associated with it utilized by said browser to identify and locate an executable application external to the first distributed hypermedia document, and wherein said embed text format is parsed by said browser to automatically invoke said executable application to execute on said client workstation in order to display said object and enable interactive processing of said object within a display area created at said first location within the portion of said first distributed hypermedia document being displayed in said first browser-controlled window.

*2 5)Eolas Techs., Inc. v. Microsoft Corp., No. 99 C 0626 (N.D.III. Dec. 29, 2000)
*3 ソフトウェアの開発途上版のこと。特に、製品版(無償ソフトウェアの場合は正式配布版)の直前段階の評価版として関係者や重要顧客などに配布され、性能や機能、使い勝手などを評価される版を言う。「IT用語辞典」http://www.itmedia.co.jp/dict/
*4 ヘンリー幸田著「米国特許法逐条解説 第3版」社団法人発明協会p55
*5 Apotex USA, Inc. v. Merck & Co., 254 F.3d 1031, 1038 (Fed.Cir.2001)
*6 Fujikawa v. Wattanasin, 93 F.3d 1559, 1567 (Fed.Cir.1996)
*7 Dow Chem. Co. v. Astro-Valcour, Inc., 267 F.3d 1334, 1342 (Fed.Cir.2001)
*8 Netscape Communications Corp. v. Konrad, 295 F.3d 1315 (Fed.Cir.2002)
*9 W.L. Gore & Association, Inc. v. Garlock, Inc., 721 F.2d 1540, 1550 (Fed.Cir.1983)


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