CAFC Update24

2005.9.20 

ALFRED SALAZAR, Plaintiff-Appellant
vs.
PROCTER & GAMBLE COMPANY,
Defendant-Appellee
審査官の許可通知に対して応答すべきか

1.概要

 Alfred Salazar(以下、原告)は歯ブラシに関するU.S. Patent No.5,535,474(以下、474特許)を所有している。原告はProcter & Gamble社(以下、被告)を474特許クレーム1の侵害であるとしてオクラホマ連邦地方裁判所に提訴した。被告は、イ号製品に係るブラシ部分はナイロンであり、「弾性」ではないとして、特許非侵害との略式判決を求めた。2003年9月8日地裁は、イ号製品は文言上及び均等論上も474特許を侵害していないとして、被告の求めた略式判決を認めた*1。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。CAFCは、地裁が、「弾性のある」というクレーム文言の範囲からナイロンを排除するために審査官の許可通知(Notice of Allowance)を誤って用いたことを理由に、略式判決を無効とし、差し戻し判決をなした。

2.背景

 原告は、ブラシ基部上に設けられた弾性刺激ロッド及び弾性研磨ロッドを備える歯ブラシに関する474特許を所有している。この474特許クレーム1は「elastic(弾性のある)」ロッドを有することを特徴としている。審査官は、特許を認める際の許可通知において次のように述べた。
「先行技術に対して本特許は同様の構造を持つが、先行技術のロッド22はナイロン、すなわち弾性体でないものからなる。先行技術のロッドは、明らかに可撓性はあるが、本特許の如く弾性ではない。」
 出願人はこれに対してなんら応答せず、その後特許が成立した。原告はその後、被告のイ号製品が474特許クレーム1を侵害するとして訴えた。被告は、イ号製品のロッドはナイロンで弾性ではないため、文言上及び均等論上も474特許を侵害しないと主張した。
 地裁は被告の主張を認めた。地裁は、審査官がなした許可通知での言及に着目し「弾性のある」を「ナイロン以外の物質」で、変形の後、元の状態に戻る性質のものと解釈した。また、地裁は、審査官の許可通知での言及は、「弾性のある」の定義からナイロンを排除するというクレームの補正に該当すると判断した。すなわち、これにより、禁反言が生じ、権利者は「弾性のある」について均等論を主張できないと判断した。原告はこれを不服として控訴した。

3.CAFCの争点

許可通知に応答しないことにより、権利範囲が限定されるか?禁反言により均等論の主張が妨げられるか?
 審査官の許可通知において、弾性体はナイロン以外の弾性体と述べられ、出願人はこれに応答しなかった。これにより、権利範囲からナイロンは除外された。また、これは補正と同様に扱われ、禁反言が生じることにより、均等論の主張が妨げられると判断された。禁反言の法理は、出願人が特許性に関する減縮補正または審査官に対する補正により法定主題を明確かつ明白に放棄した場合に、均等論の主張を制限するものである*2
 つまり、この控訴では、許可通知における審査官の一方的な言及が、明確かつ明白なクレーム範囲の放棄となるか、またこれにより禁反言が生じるか否かが争点となった。

4.CAFCの判断

審査官の許可通知における一方的言及に対する黙認により、権利範囲が限定されることはない。また均等論の主張も妨げられない。
 過去の判例においては、審査官の許可通知によりクレームが限定される場合*4と、されない場合*5がある。
 米国特許法規則1.104(e)は次のように規定している。
審査官が,審査手続の記録全体からみて,1又は複数のクレームを特許付与する理由が明らかでないと信じるときには,その理由を記載することができる。その理由は,その出願又は再審査中の特許の他のクレームを拒絶する審査官通知,又は出願人若しくは特許権者への別の通知に記載する。出願人又は特許権者は,審査官が指定した期間内に特許付与の理由に対する陳述書を提出することができる。特許付与の理由を記した陳述書に審査官が応答しないことには,如何なる含蓄もない*3
CAFCは、この規則は出願人に、審査官の一方的な許可理由に対して反論する機会を付与するものであると同時に、出願人が反論することを拒否した場合、出願人がこれらの理由に従わないということを意味すると述べた。「弾性のある」について審査官が言及したのは、許可通知のときだけである。審査官は「弾性のある」限定を含むクレームを米国特許法第103条により拒絶しておらず、また許可通知のとき以外、審査過程において、「弾性のある」限定に関し何ら議論しなかった。
 このように、出願人は何ら権利範囲を放棄していないことから、CAFCは、本事件において出願人が黙認によりクレーム範囲を放棄したとする地裁の判断を無効とした。
 また、クレームの文言は許可通知に対する応答において何ら補正されていないが、地裁は、審査官の言及は、クレームの「弾性のある」を補正したことに等しいと判断した。しかしながら、この点に関しても同様に、CAFCは出願人は審査経過において何ら明確に放棄していないことから、審査官の一方的言及によってクレーム範囲が変わるものではないと結論づけた。

5.結論

 CAFCは、文言上及び均等論上侵害にならないとした地裁の略式判決を無効とした。またクレームの「弾性のある」からナイロンを除外した地裁のクレーム解釈もまた、無効とし、差し戻し判決をなした。

6.コメント

 本判決が示すように、許可通知において権利範囲を限定するかのようなコメントがなされていても、これには応答せず放置しておくのが賢明であろう。黙認した場合でも、審査官のコメントにより権利範囲が限定され、また、禁反言が生じるということはないからである。Festo判決以降、審査過程における意見書での反論及び許可通知に対する反論には、禁反言が生じないよう十分に注意する必要があるといえる。

判決 2005年7月8日

以 上

【関連事項】

判決の全文は下記のジョージタウン大学Law Centerのライブラリから閲覧することができます[PDFファイル]。

http://www.ll.georgetown.edu/federal/judicial/fed/opinions/04opinions/04-1013.pdf


【注釈】

*1 Salazar v. Procter & Gamble Co., No. 02-CV-590-C (N.D. Okla. Sept. 8, 2003)
*2 Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co., 535 U.S. 722, 736 (2002) (narrowing amendment for purposes of patentability); Eagle Comtronics, Inc. v. Arrow Communication Labs., Inc., 305 F.3d 1303, 1316 (Fed. Cir. 2002) (argument-based estoppel); Elaky Mfg. Co. v. Ebco Mfg. Co., 192 F.3d 973, 979 (Fed. Cir. 1999)
*3 特許庁HP (http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/aippi/usa/pr/chap2-4.htm#law1.104)
*4 ACCO Brands, Inc. v. Micro Sec. Devices, Inc., 346 F.3d 1075, 1079 (Fed. Cir. 2003)
*5 TorPharm Inc. v. Ranbaxy Pharmaceuticals, Inc., 336 F.3d 1322, 1330 (Fed. Cir. 2003)、Elkay Manufacturing Co. v. Ebco Manufacturing Co., 192 F.3d 973, 979 (Fed. Cir. 1999)


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