1.概要
原告であるShuffle Master社はカジノで用いられるトランプカードのシャッフル機に関するU.S.
Patent No. 6,655,684(以下,684特許)を取得すると共に、これを製造販売している。被告のVendingData社もこれに対抗してPorkerOne(以下、イ号装置)というシャッフル機を市場に投入した。原告のビジネスはこのシャッフル機に50%以上依存しており、さらに被告の市場参入により価格も急落した。たまらず原告は被告に対し684特許の侵害であるとして提訴し、地裁はすぐにイ号装置の販売停止を認める仮処分
(Preliminary Injunction) 命令をなした。
仮処分は即応性に優れる反面、被告にとっては甚大な損害を被る場合もある。本事件においてはどのような場合に仮処分が認められるか問題となった。
2.背景
原告は684特許「無作為に分類されたカードの組から持ち札を生成し配布する装置及び方法」を所有している。この特許は、(52枚)一組のカードから装置内にて少なくともカード1セットを生成し、この生成したカード1セットをプレーヤに配布するものである。原告は被告のイ号装置が、684特許のクレーム20*1を侵害するとして、ネバダ州連邦地方裁判所へ提訴し、さらに、直ちにイ号装置の販売停止を求める仮処分の動議申し立てをなした。地裁は、原告の申し立てを認め、被告に対しイ号装置の販売停止を求める仮処分判決*2をなした。
被告はこの判決を不服としてCAFCへ控訴した。
3.CAFCの争点
権利者勝訴の蓋然性がどの程度であれば仮処分が認められるか?
(1)米国特許法第283条は、
「本法に基づく訴訟について管轄権を有する裁判所は、特許により付与された権利侵害を防止するため、衡平の原則に従って、裁判所が合理的と認める条件に基づいて差止め命令を下すことができる。」
と規定されている。そして仮処分は、権利者勝訴の蓋然性、回復不能な損害、侵害差止の緊急性及び公益の4要素を考慮した上で、裁判官の裁量により下される*3。これらの4要素のうち重要なのは権利者勝訴の蓋然性及び回復不能な損害であり*4、本事件では権利者勝訴の蓋然性が存在するか否かが問題となった。
(2)本事件において被告は、イ号装置は684特許のクレーム20の技術的範囲に属さないと主張した。問題となった箇所は、
「forming at least one set of cards within
the apparatus from the at least one
deck
of playing cards(少なくとも(52枚)一組のカードから装置内にて少なくともカード1セットを生成する)」
である。イ号装置のシャッフル機の動作は以下のとおりである。
(i)イ号装置は、装置内に「内部積層部internal
stack」を備える。
(ii)未シャッフルの(52枚)一組のカードから、無作為にカードが内部積層部へ引き抜かれ、内部積層部内のカード枚数が21枚となるまで積層される。
(iii)その後イ号装置は、カードゲームをプレーするのに必要な持ち札handを内部積層部のカード下側から一つずつ出力トレイへ排出する。
(iv)第1の持ち札handが出力トレイから取り除かれた場合、処理は再び開始され、新たなカードが内部積層部のカード下側から一つずつ取り出されて、第2の持ち札handが出力トレイへ排出される。
原告は被告のイ号装置の内部積層部にカードが積層されることから(上記(ii)参照)、クレーム20の「装置内にて少なくともカード1セットを生成する」に該当し、技術的範囲に属すると主張した。これによると文言上の侵害に明らかに該当する。
一方、被告は明細書の記載及び審査経過から、「カード1セットの生成」はゲームに必要な持ち札handを装置内部で生成するものと限定解釈すべきと主張した。この解釈によると、イ号装置は装置外部の出力トレイへ排出された時点で持ち札handを生成するので(上記(iii)(iv)参照)、技術的範囲に属さない。
かかる場合に裁判所は裁量により、権利者勝訴の蓋然性が高く仮処分を認めることができるか否か争点となった。
4.CAFCの判断
裁判所は権利者勝訴の蓋然性を決定するにあたり、争点の重要度に応じて仮処分であっても、幾ばくかのクレーム解釈を提供しなければならない。
CAFCは、争点である「カード1セットの生成」の解釈は、本事件において重要で中心的な役割を果たすことから、地裁は何らかの解釈を提供すべきであるとして、仮処分の決定を取り消す判決をなした。CAFCは、
「裁判所が、仮処分手続において完全かつ最終的なクレーム解釈をなす必要は必ずしもないこと*5、及び、争点が単純で分析が不要または争点に合理的理由がない場合、明確なクレーム解釈を必ずしもなす必要はない*6」
ことを認めた上で、本事件においては、「カード1セットの生成」の解釈は、権利者勝訴の蓋然性を決定するにあたり中心的なものであり、地裁は、たとえ仮処分だとしても、幾ばくかのクレーム解釈を提供しなければならないと判示した。
5.結論
CAFCは、地裁がなした仮処分決定を取り消し、本判決に従ったさらなる審理を行うよう地裁に命じた。
6.コメント
本判決においてはMayer判事が反対意見を述べている。特許侵害は原告及び被告の主張いずれをとっても明らかで、また原告の回復不能な損害を考慮すれば、地裁の仮処分を認めた裁量は妥当であり、差し戻す必要はないとするものである。すなわち被告は、イ号装置は装置内部の内部積層部において持ち札handを生成しないと主張している。しかし、第1の持ち札の枚数を内部積層部から排出した後に第2の持ち札の枚数をさらに排出することから、イ号装置においても結局は装置内部にて持ち札handを認識しており、装置内部でのカード生成に該当するのである。このように、原告及び被告の解釈いずれをとっても技術的範囲に属し、かつ回復不能な損害(原告のシャッフル機に対するビジネス依存度及び価格下落)を考慮すれば、地裁の裁量は妥当で、仮処分決定を取り消す必要はないと反論した。
裁判所は仮処分を認めることに消極的であり*7、本事件においても仮処分は認められなかった。地裁において文言解釈がなされ、差止(Injunction)請求が認められるか否かが決定されるであろう。
判決 2005年12月27日
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【関連事項】
判決の全文は下記の連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.fedcir.gov/opinions/05-1203.pdf
【注釈】
*1 684特許のクレーム20は以下のとおり。
20. A method for delivering hands of randomly
mixed cards from an apparatus comprising:
providing at least one deck of playing
cards;
forming at least one set of cards within
the apparatus from the at least one
deck
of playing cards;
delivering to a delivery tray from
the at
least one set of cards within the apparatus
a first individual set of randomly
mixed
playing cards for a game;
delivering the first individual set
of randomly
mixed playing cards from the delivery
tray
of the apparatus, with all cards in
the first
individual set delivered at the same
time,
and then providing a second individual
set
of randomly mixed playing cards into
the
delivery tray.
*2 Shuffle Master, Inc. v. VendingData Corp.,
No. CV-S-04-1373-JCM (LRL) (D. Nev.
Dec.
7, 2004).
*3 ヘンリー幸田著 米国特許逐条解説第3版p295-296 社団法人発明協会
*4 Reebok International Ltd. v. J. Baker, Inc.,
32 F.3d 1552 (Fed. Cir. 1994)
*5 Sofamor Danek Group, Inc. v. DePuy-Motech,
Inc., 74 F.3d 1216, 1221 (Fed. Cir.
1996)
*6 Toro Co. v. Deere & Co., 355 F.3d 1313,
1322 (Fed. Cir. 2004)
*7 Donald S. Chisum “Elements of United States
Patent Law” §4331.1 (2d ed. 2000)
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