CAFC Update30

2006.3.20 

NCUBE CORPORATION,
Plaintiff-Cross Appellant,
v.
SEACAHNGE INTERNATIONAL, INC.,
Defendant-Appellant.
独立クレームの権利範囲が、明細書及び従属クレームの
記載によって限定解釈されるか?


1.概要

 nCube(以下、原告)はU.S. Patent No. 5,805,804(以下、804特許)を所有しており、特許権の侵害にあたるとして、SeaChange(以下、被告)を訴えた。
 804特許は、クライアントに接続される上流マネージャ(upstream manager)及び下流マネージャ(downstream manager)を介して、独自の物理アドレススキームを持つ異なるネットワークからサービスの提供を可能とする技術である。本発明の特徴は、異なるネットワーク間での通信を可能とすべく、機器が有する物理アドレス(physical address)に代えて、独自のアドレス空間を形成する論理アドレス(logical address)をパケットのヘッダーに付与した点にある。
 804特許の独立クレーム1中の「上流マネージャ」の解釈が争点となり、地裁では被告のイ号システムは文言上技術的範囲に属すると判断された。イ号システムを構成する機器は上述した、「論理アドレス」を使用していない。
 独立クレーム1では、「論理アドレス」に関する限定はなく、これに従属するクレーム2、5、11で「論理アドレス」に関する限定が付加されている。
 クレーム1を文言どおり解釈した場合、「論理アドレス」・「物理アドレス」には全く言及していないので、イ号システムは文言上技術的範囲に属する。しかし、クレーム1が、明細書及び従属クレームの記載から「論理アドレス」を含むものと解釈された場合、イ号システムは「論理アドレス」を用いていないので、文言上技術的範囲に属さない。
 CAFCでは、このクレーム1をどのように解釈すべきかが問題となった。

2.背景

 804特許は、ネットワーク上のマルチメディアデータの検索・送信方法及び装置に関する。クレーム1*1の内容及び概要は以下のとおりである。

クレーム1:ネットワークシステムにおいて、マルチメディアデータを記憶し、検索し、クライアントへ送信する拡張性広帯域幅サーバであって、サーバは以下の構成要素を含む:
1ネットワークに接続され、前記クライアントからメッセージを受信し、前記サーバ上で適切なサービスへ前記メッセージを経路指定する上流マネージャ
2ネットワークに接続され、前記サーバ上で、前記サービスから前記クライアントへ、前記マルチメディアデータストリームを送信する下流マネージャ;
サーバ上で、前記クライアント、前記上流マネージャ、前記下流マネージャ、及び前記サービスを接続するための情報を保守する接続サービス

概要:804特許の図6に示すように、クライアントは、クライアント装置110を用いて、システムに対し要求を出す。上流マネージャ220は、クライアント装置110からメッセージを受け付け、サービスを提供するメディアサーバサービス322に対して、メッセージを経路指定する。なお、クライアントは、双方向ショッピング、ニュース、ゲーム、教育または映画等のサービスを要求できる。
 下流マネージャ210は、クライアント装置110へデータ(例えば要求されたサービス)を送信する。接続マネージャ230は、クライアントの「物理アドレス」に「論理アドレス」を付与する。論理アドレスと物理アドレスとの関係は、接続サービステーブル320に記憶されている。



原告は、被告が804特許を侵害するとして、デラウェア連邦地方裁判所に提訴した。地裁は、被告のイ号製品は文言上、804特許のクレーム1を侵害すると判断した*2。被告はこれを不服として控訴した。

3.CAFCの争点

独立クレームの権利範囲が明細書及び従属クレームの記載により、「論理アドレス」を含む範囲にまで限定解釈されるのか

 被告は「上流マネージャ」の解釈について争った。被告は、クレーム1の「上流マネージャ」によるメッセージの送受信は、「論理アドレス」だけを用いて行わなければならず、「物理アドレス」は用いられないと主張した。その結果、「論理アドレス」を使用しないイ号システムは、文言上クレーム1の技術的範囲に属さないと反論した。

 明細書の実施例には、
全ての経路指定は、論理アドレスによって達成され、物理アドレスによるものではない。」また
「パケット(メッセージ)は、送信者及び受信者の論理アドレスのみを含む。クライアントの論理アドレスは、クライアントと接続するための独自の「仮想回路」を確立するために用いられる。」と記載されている。
 この「仮想回路」は、クレーム2に記載され、「論理アドレス」は、クレーム5に記載され、クレーム1には「仮想回路」及び「論理アドレス」に関する記載はない。
 このような場合に、独立クレーム1の権利範囲が明細書及び従属クレームの記載から、「論理アドレス」を含む範囲にまで限定解釈されるのか否かが問題となった。
 つまり、独立クレームだけを見ると、「論理アドレス」について何ら限定していないのであるから、イ号システムは文言上侵害となる。しかし、実施例の、全ての経路指定は物理アドレスではなく、論理アドレスによって達成されるとの記載及び従属クレームの記載を根拠に、クレーム1が限定解釈されるとすれば、「論理アドレス」を使用しないイ号システムは文言上非侵害となる。

4.CAFCの判断

実施例の記載は、一例でありこれに限定解釈されない。
従属クレームによる限定は出願人の意図であり、これをもって独立クレームを限定解釈することは認められない。
(i)CAFCは、実施例中に「全ての経路指定は、論理アドレスによって達成され、物理アドレスによるものではない。」と記載されていることを認めつつも、これはあくまで一実施例にすぎず、クレーム1はこれに限定されないと判示した。
(ii)また、従属クレーム2の内容をもって独立クレーム1を限定する解釈は、これらのクレームを重複させる事態を招き認められるものではない*3と判示した。その根拠として、クレーム1の「上流マネージャ」を解釈するにあたり、実施例の記載を参照する程、この文言は不明確ではないことを挙げた。
(iii)さらに、クレーム5に記載された「論理アドレス」の限定をクレーム1に含めていないのは、出願人の意図であり、これをもってクレーム1を限定することは認められない*4と判示した。
 審査経過にも、クレーム1を限定解釈する理由が存在しなかったことから、CAFCは、クレーム1は「論理アドレス」の使用に限定解釈されず、イ号システムがクレーム1の文言侵害にあたると解釈した地裁の判断を支持した。

5.結論

 CAFCは、実施例及び従属クレームにより、クレーム1が、「論理アドレス」の使用に限定解釈されるとした被告の主張を退け、イ号システムが文言上クレーム1の技術的範囲に属するとした地裁の判断を支持した。

6.コメント

 独立クレームの権利範囲は、従属クレームにより限定されるものではなく、また一例にすぎない実施例の内容に限定されるものではない、という原則どおりの判決がなされた。しかし、804特許明細書の記載を考慮すれば、被告が主張したように限定解釈される虞がある。
 本判決については、Dyk判事が反対意見を述べている。
Dyk判事は明細書の以下の記載に注目した。
 「本発明のポイントは、どのようにして上流データ及び下流データが、各データ受信側に対しアドレス付けされるかにある。コンピュータネットワークにおいて、データは、それぞれの送り先アドレスを含むデータパケット方式で、クライアント・サーバ間を送受信される。本発明はデータパケットの受信側の物理アドレスを利用しないアプローチを提供するものである。
 データパケットが、異なる物理アドレススキームを用いるタイプのネットワーク間で送受信される場合、物理アドレスのトラッキングを続けることは複雑化を招くことになる。本発明は、独自の独立アドレス空間を定義(すなわち論理アドレスを定義)することによりこの問題を解決するものである。
 サーバ・クライアント間を送受信されるデータパケットは、論理アドレススキームを用いて経路指定される。全ての経路指定は論理アドレスによって達成されるということが重要であり、物理アドレスにより達成されるのではない。」
 Dyk判事は、804特許のどこにも、上流マネージャが論理アドレスとは異なる物理アドレスを用いてメッセージを経路指定する技術が開示・示唆されていないと指摘した。また、イ号システムの上流マネージャが、サーバ上で他のサービスに対しメッセージを送信する場合に、論理アドレスを使用していることを示す証拠を原告が提出していない点をも指摘した。
 Dyk判事が反論しているように、明細書の記載全体を考慮すると、「論理アドレス」を必須とすることが本発明の目的に沿うものである。そうすると、804特許クレーム1の権利範囲は、この目的に添う「論理アドレス」を使用する点に限定解釈され、これを使用しないイ号システムは文言上非侵害となる。このように、804特許明細書には、相手方に限定解釈を主張させ得る隙が存在する。
 明細書を作成する場合、独立クレームの記載をもとに、実施例の青写真を描き、そして限定要素である従属クレームをカバーするよう細部へストーリー展開していく。発明の内容にもよるが、従属クレーム及びこれに付随する実施例に限定解釈されないよう、独立クレームには含まれるが、従属クレームには含まれない部分についてまで、権利範囲に含まれるよう留意して記載する必要があるといえよう。

判決 2006年1月9日

以 上

【関連事項】

判決の全文は下記の連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.fedcir.gov/opinions/03-1341.pdf

【注釈】

*1 804特許のクレーム1

1. A high bandwidth, scalable server for storing, retrieving, and transporting multimedia data to a client in a networked system, said server comprising:
an upstream manager receiving messages from said client and routing said messages to an appropriate service on said server, said upstream manager being coupled to a first network;
a downstream manager sending a stream of said multimedia data from said appropriate service on said server to said client, said downstream manager being coupled to a second network; and
a connection service for maintaining information to connect said client, said upstream manager, said downstream manager, and said appropriate service on said server.

*2 nCube Corp. v. SeaChange Int’l, No. 01-11-JJF, slip op. at 9 (N.D. Del. May 23, 2002)
*3 LizardTech, Inc. v. Earth Res. Mapping, Inc., 424 F.3d 1336, 1344 (Fed. Cir. 2005)
*4 E.I. du Pont de Nemours & Co. v. Phillips Petroleum Co., 849 F.2d 1430, 1433 (Fed. Cir. 1988)

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