CAFC Update(37)
■2006.10.20■
Ormco Corporation et al., Plaintiff/Counterdefendant-Appellant, v. Align Technology, Inc., Defendant/Counterclaimant-Appellee, 先行技術に開示されていない事項に対する 自明性の判断と商業的成功 |
1.概要 クレーム発明が自明であるか否か(米国特許法第103条(a))の判断は、特許取得時及び権利行使・防御時のいずれにおいても、問題となる。実務においては欠かせないテーマである。 クレームがA,B及びCの構成要件を有しており、先行技術1がAを、先行技術2がBをそれぞれ開示している。この場合自明といえるか?またCを追加することに阻害要因がある場合にCを追加して自明とすることが妥当か?本事件ではこの点が争点となった。 さらに、商業的成功を収めた場合、自明性の判断に影響を及ぼすが、本発明はマーケットにおいて多大な成功を収めた。この場合、自明性の判断をどのように行うのかも問題となった。 2.背景 Align Technology(以下A社)はU.S. Patent No.6,554,611(611特許)の特許権者である。611特許は歯科矯正システムを開示している。これは従来のブレース(金具の固定器)を用いるのではなく、弾性のある透明のプラスチックを用いるものである。図に示すように特定形状に形成された矯正具を歯全体にかぶせ、徐々に歯を矯正するのである。 本発明は形状の異なる複数の矯正具を用いる。第1矯正具は患者の歯を当初の位置から第1中間位置まで徐々に動かすよう設計されている。第2矯正具は、第1中間位置から第2中間位置まで患者の歯を動かすよう設計されている。これを繰り返し最後の矯正具は最終中間位置から目的位置まで歯を移動させ矯正が終了する。 611特許クレーム1*1の矯正システムは、第1矯正具、1または複数の中間矯正具、最終矯正具、説明書(instructions)及び包装(single package)を備える。 説明書は患者へ複数の矯正具の使用順序を記したものである。 また包装には第1矯正具、中間矯正具及び最終矯正具が入れられ、患者にはこの一つの包装が渡される。以上の点をクレーム1に記載していた。 競業者であるOrmco Corporation(以下、O社)も歯科矯正に関する類似特許を有しており、最初にA社を特許権侵害でカリフォルニア連邦地方裁判所に訴えた。逆にA社は上述の611特許の侵害であるとしてO社を反訴した。O社の訴えは特許非侵害との判決がなされ、逆にA社の訴えは認められ、地裁はO社がA社の611特許を侵害すると結論づけた*2。 O社は自明性の判断に誤りがあるとしてA社を相手取りCAFCへ控訴した。 3.CAFCの争点 (1)全てのクレーム構成要件が複数の先行技術に記載されていなくても、自明と判断されるか? O社はA社の出願前にTruax医師が類似の方法を用いて治療を行っていたこと及びFDA(Food and Drug Administration食品医薬品局)の規制書を根拠に、611特許のクレーム1は自明(米国特許法第103条(a))であり特許は無効であるとの主張をなした。 Truax医師の治療法(先行技術1) 歯科矯正医であるTruax医師は類似の矯正具を用いて矯正を行っていた。Truax医師の矯正具は3つの厚みの異なる矯正具を用いる。最も薄い矯正具は最初に用いられるものであり、歯に負担がかかりにくい。矯正が進むにつれ矯正具の厚みが増し、徐々に歯にも負担がかかるようになる。Truax医師は、患者の歯形を取った後、最終の型を作成すると共に、上述した矯正用の3つの矯正具を同時に作成する。この点は611特許のクレーム1と同様である。 しかし以下の点で異なる。 まず、患者に矯正具の使用順序に関する説明書を渡していない点。 最初の通院で、1番目の矯正具を渡し、次回の通院の度に次の矯正具を渡す。つまり一つの包装で渡すのではない。 FDA規制書(先行技術2) 医療装置に対する指示及び説明を記載している。 O社はTruax医師の公知の矯正方法とFDAの規制書とを組み合わせることにより、当業者がクレーム1に想到することは自明であると主張した。2つの先行技術を検討すると、複数の矯正具を一つの包装(single package)で渡す点は先行技術1及び2のいずれにも開示されていない。このように、全てのクレーム構成要件が先行技術に記載されていなくても、自明と判断されるか否かが問題となった。 また証言でTruax医師は、患者にこれら複数の矯正具を一度に渡すことはありえないと述べた。この証言が、当業者がクレーム発明へ想到する際の阻害要因となるか否かも問題となった。 (2)商業的成功は自明性の判断に考慮されるか? 従来のブレースを用いた矯正と異なりA社の矯正具は透明で目立ちにくいことから、多大な商業的成功を収めた。これが自明性の判断にどのような影響を及ぼすのかが問題となった。 4.CAFCの判断 (1)示唆、教示(teaching)または動機は、先行技術内に明示的に存在している必要はない。示唆、教示または動機が先行技術全体に黙示的に存在していればよい (a) 米国特許法第103条(a)は以下のように規定している*3。 発明が第102条に規定された如く全く同一のものとして開示又は記載されていない場合であっても,特許を得ようとする発明の主題と先行技術との相違が全体としてそれに属する技術分野において通常の技術を有する者にその発明のなされた時点において自明であったと考えられる場合は特許を受けることができない。 全てのクレーム構成要件が複数の先行技術に記載されていなくても、以下の条件を満たす場合、自明と判断される*4。 「当該先行技術内に、クレーム構成要件へ先行技術内の記載事項を変更(modify)するための示唆suggestionまたは動機 motivationが存在する場合」 そして、先行技術を組み合わせるための示唆、教示(teaching)または動機は、当該先行技術内に明示的に存在している必要はない。つまり、示唆、教示または動機は先行技術全体に黙示のものであっても良い。 つまり先行技術内に示唆、教示または動機が明示的に存在しない場合、これらが黙示的に存在しているか否かが問題となる。黙示的に存在するか否かは、組み合わされた先行技術の教示、当業者の知識、及び全体としての解決課題が、当業者に対し示唆しているかを総合的に判断する*5。 その一方で、先行技術の組み合わせを阻害する教示(Teach away)は、先行技術の記載事項を変更するための動機を否定することになる*6。つまり、A及びBの組み合わせ先行技術と構成要件A、B及びCの特許発明とが存在する場合に、先行技術A及びBにCを付加・変更(modify)することに関し、何らかの阻害原因が存在する場合、自明とはいえない。 本事件では、A社はTruax医師が一度に矯正具を渡すことはあり得ないと証言したことから、一つの包装で複数の矯正具を渡すことは先行技術には開示されておらず、そのような示唆、教示または動機も存在しないと主張した。またTruax医師の証言はそのような動機に対する阻害要因となるものであると主張した。 しかし、CAFCはA社の主張を退け自明であると判断した。従来のブレースを用いた矯正法では何度も通院してこれを微調整する必要がある。本発明は一度に複数の矯正具を渡すという点では相違する。しかし、本発明の明細書に記載されているように、一度に複数の矯正具を患者に渡したとしても、結局は従来と同じく、患者は定期的に通院する必要がある。 以上のことから、Truax医師の証言は何ら阻害要因となるものではなく、2度または3度に分けて矯正具を提供することに代えて、一つの包装で矯正具を提供することは、現在の治療行為からみて何ら新規で特許性のあるものではないと結論づけた。 なお、クレーム1に、一度に複数の矯正具が入った袋を渡すことにより患者自身が最後まで矯正できる、または、患者が通院することなく矯正が完了する等の限定があれば、判断は異なるであろうが・・・とCAFCは付言した。 (b)説明書(Instruction) FDA下での規制では、一般に医療装置に対し指示書及び説明書を付属させることを要求している。よって、矯正具に説明書を付加するということ自体は、クレーム1の発明に想到する十分な動機となるものである。 以上の理由から、CAFCはO社がクレーム1はTruax医師及びFDAに基づき自明であると一応の自明性(prima facie)を立証したと結論づけた。 (2)商業的成功はクレームの一部に起因するものでは認められない。 Graham最高裁判決においては、商業的成功により自明性に対する反論が可能であることが示されている*7。これは二次的考察(Secondary Consideration)と呼ばれ、自明性の判断要素の一つである。A社は製品の商業的成功を反論点として主張した。 商業的成功の原則は以下のとおりである。 クレーム発明と商業的成功との間に結びつきが強い場合、商業的成功の証拠をより強く主張できる*8。 その一方で、商業的成功がクレーム発明以外の特徴に起因するものである場合、商業的成功は自明性の反論要素とはならない*9。 CAFCは、A社製品が商業的成功を収めたことは認めた。しかし、この成功は、ブレースを用いないことによる透明矯正具の審美性及び快適性に起因するものであった。これはクレーム発明の一部(複数の矯正具)により生じるものである。矯正具、説明書及び一つの包装のクレーム発明全体で生じたものではない。複数の矯正具に関する事項は新規ではなく、すでにTruax医師により実現されていたものである。よってCAFCはA社の商業的成功の主張を退けた。 5.結論 CAFCは611特許のクレーム1を無効と判断し、有効と判断した地裁の判断を差し戻した。 6.コメント 現在最高裁判所において自明性の判断に適用される教示-示唆-動機テストが妥当であるか議論されている(KSR v. Teleflex*10)。KSRにおいては、複数の先行技術に全ての構成要件が開示されており、これら先行技術を組み合わせる教示-示唆-動機が先行技術中に存在するか否かが問題となった。 本事件では、一の構成要件が複数の先行技術に開示されていないが、クレーム発明に想到する動機が黙示的に先行技術文献中に存在するとして自明性が否定された。 先行技術調査を行い類似する先行技術を見つけたが、どうしても一の構成要件を記載した先行技術を発見できない場合、本事件における判事事項を有効に主張し得るものと考える。以下に特許権者及び被告の主張事項をまとめておく。 (1)複数の先行技術中に全ての構成要件が開示されている場合 原告:組み合わせる教示-示唆-動機が存在しない。 (2)複数の先行技術中に一の構成要件が開示されていない場合 被告:変更(modify)する教示-示唆-動機が黙示的に記載されている。 原告:阻害要因(Teach away)が存在する。 (3)商業的成功 原告:クレーム発明により商業的成功を収めた。 被告:その成功はクレーム発明以外またはクレーム発明の一部の構成要件によるものである。 |
判決 2006年8月30日 |
以 上 |
【関連事項】 |