自明性に関するKSR
最高裁判決を受けた今後の対応について


執筆者 弁理士 河野英仁
2007年5月7日
KSR Int’l Co.,
v.
Teleflex, Inc.,

最高裁はTSMテストを完全に否定せず。柔軟なTSMテストを採用した。

1.
概要

 米国特許法第103条(*1)の自明性に関する最高裁判決が2007年4月30日になされた(*2)。組み合わせが容易か否かを判断するにあたっては、教示(teaching)-示唆(suggestion)-動機(motivation)テスト(以下、TSMテスト)が長らく用いられており(*3)、最高裁ではこのTSMテストの妥当性が争われた。

 最高裁は、TSMテストを支持しつつも、CAFCが適用した厳格なTSMテストは誤りであると判示した。すなわち、CAFCは先行技術の記載に重きを置き、ここに当業者がこれらを組み合わせるための教示、示唆または動機が存在する場合に、自明であると厳格に判断していたところ、これらに拘泥することなくあらゆる必要性及び問題点等もTSMテストに採用することができると判示した。

 本稿では、事件の概要を説明すると共に、今後の対策に言及する。

2.背景

(1)地裁での判断
 Teleflexは、自動車に用いられるペダル位置可変部品に関するU.S. Patent No.6,237,565(以下、565特許)を所有している。原告は、KSRに対し565特許の侵害であるとして、ミシガン州東地区連邦地方裁判所に提訴した。

 被告は問題となったクレーム4(*4)が米国特許法103条(a)に規定する非自明性の要件を満たさず、特許は無効であると主張した。地裁は、565特許のクレーム4と先行技術とを比較し、クレーム4の構成要件は全て先行技術に開示されていると判断した。先行技術U.S. Patent No.5,010,782(以下、Asano特許)は、電子制御装置を除く全てのクレーム4の構成要件を開示している。一方、電子制御装置はU.S. Patent No.5,819,593(以下、Rixon特許)に開示されているように先行技術としてよく知られている。

 地裁は、Asano特許及びセンサーの知識を持つ当業者であれば、Rixon特許が持つ課題を解決するためにこれら先行技術を組み合わせることの動機になるであろうと判断し、特許は自明であるとして特許無効の判決をなした(*5)

(2)CAFCでの判断
 CAFCは地裁の自明性に関する判断は誤りであるとの判決をなした(*6)。CAFCは、教示-示唆-動機テストに関し、
解決すべき課題、先行技術中の開示、または当業者の知識に基づき、クレームされたとおりに、Asano特許を電子制御装置に組み合わせるための示唆または動機が存在しているかどうかに関し特別な判断が要求される(*7)
と述べた。そして、教示-示唆-動機の根拠として解決すべき課題が用いられ、先行技術文献のそれぞれに同様の問題点が正確に開示されている場合は、当業者がクレームされた発明を組み合わせることの動機になると判示した。

 KSRはこれを不服として最高裁判所に上告した。

3.争点

 TSMテストは維持すべきか?
 複数の先行技術にクレームの構成要件が全て開示されている場合に、当業者がこれらを組み合わせてクレームされた発明に想到するかを判断するにあたっては、TSMテストが用いられてきた。自明性の判断にあたりTSMテストが、妥当か否かが問題となった。

 厳格なTSMテストは問題か?
 TSMテストが妥当である場合に、これを厳格に適用すべきか、また柔軟に適用すべきとすれば、どのような範囲でTSMテストを適用すべきがが問題となった。

4.最高裁の判断

(1)最高裁はTSMテストを完全に否定していない。

 Graham最高裁判決(*8)は、米国特許法第103条を適用する際の客観的基準として以下の事項を判示した。
(a)「先行技術の範囲及び内容を決定する」
(b)「先行技術とクレーム発明との相違点を確定する」
(c)「当業者レベルを決定する」
(d)「2次的考察を評価する」(例:商業的成功、長期間未解決であった必要性、他人の失敗等)

 また、複数の先行技術にクレームの構成要件が開示されている場合、当業者にとってこれらを組み合わせてクレーム発明を想到することができるか否かを客観的に判断するために、CAFCはTSMテストを導入してきた。

 最高裁は、Graham最高裁判決は自明性の判断に関し、CAFCがなした厳格なTSMテストではなく、広くまた柔軟なアプローチを示していると述べた。

 最高裁自身も単に各先行技術に独立して各クレーム構成要件が記載されているというだけでは、自明とはいえず、組み合わせが容易か否かの判断にあたりTSMテスト自体は有用な見識であると判示した。その一方で、本件についてCAFCがなした厳格なTSMテストは誤りであると結論づけた。

(2)厳格なTSMテストは誤りである
 CAFCはTSMテストを適用する際に、特許権者が解決しようとする問題にだけ着目した。また、CAFCは問題を解決しようとする当業者が、同一の問題を解決するために考案・設計された先行技術要素に対してだけ着目した。このようにCAFCはTSMテストの判断に際し、先行技術中の解決課題に特に着目し、ここに組み合わせのための示唆または動機が存在するか否かを厳格に判断したのである。

 しかしながら最高裁は「技術分野において知られており、また先行特許において言及されているあらゆる必要性または問題は、クレーム発明を組み合わせるための根拠となる。」と判示した。また、公知の部品が主目的を超えて、自明な使用・用途に用いられる可能性がある場合等も一般常識として、TSMテストに用いられると判示した。

 さらにCAFCは、たとえ「組み合わせを試すことが自明である」と立証したとしても、特許クレームは自明と判断されないと判示したが、最高裁はこれをも否定した。
 最高裁は、
「問題を解決するためのデザインの必要性、または市場圧力があり、また有限の特定された予期できる解決法が存在する場合、当業者は、当業者の技術理解の範囲内で知られた選択肢を追求する良い理由となる。もしこれが予期された成功に導く場合、それはイノベーションではなく、通常の技量または一般常識である。」
と判示した。

5.結論

 最高裁は厳格なTSMテストを採用してなされたCAFCの判決を破棄し、本判決に従ったさらなる審理を行うよう命じた。

6.コメント

 自明性の判断に関しては権利取得及び権利の無効を主張する上で、重要な論点であるため、本判決、今後の下級審判決及びUSPTOの運用に注意する必要がある。

 USPTOは2007年5月3日最高裁判決を受けて、自明性に関する新たなガイドラインを作成すべく現在研究中であるとコメントした。USPTOのガイドラインが明らかになり次第、追ってレポートする予定である。

 第1のポイントとしては、従来どおりTSMテストは維持されるということである。基本は先行技術中に組み合わせのための教示、示唆または動機が存在しないことを主張する点が権利取得の際のポイントとなる。

 第2のポイントとしてはTSMテストが柔軟に適用されるため、一般常識を含め技術分野において公知の事項及び先行特許で言及されたあらゆる必要性または問題もが、組み合わせのための根拠となる点である。

 第2のポイントに関して最高裁は、拒絶の根拠はexplicit(明確)でなければならないと述べている。つまり公知要素を組み合わせるための明白な理由が存在するかを決定するためには以下の事項を分析する。
①複数の特許相互に関連する教示事項
②考案・設計業界(community)、または、市場に存在している公知の要求・需要の影響
③当業者の背景知識
 最高裁は、この分析は明確でなければならないと判示している。

 つまり依然として自明であると審査官が結論づけるためには、なぜ当業者が組み合わせることができたかの理由を明確に特定する必要があるといえる。

 権利取得においては、従来のように単に先行技術中に教示、示唆または動機が存在しないことを主張するだけでなく、この審査官がなすであろう明確な理由付けに対し反論する必要が出てくるものと思われる。

 自明性の判断の基本的枠組みは従来と同様であるといえ、先行技術中に組み合わせに反する事項が記載されていること(所謂teach away)も有効な反論ポイントであり、また組み合わせによる特別な効果の他、商業的成功等の2次的考察の主張も引き続き有効であると最高裁は示唆している。

判決 2007年4月30日
以 上

【注釈】
*1 米国特許法103条(a):「発明が第102条に規定された如く全く同一のものとして開示又は記載されていない場合であっても,特許を得ようとする発明の主題が全体としてそれに関する技術分野において通常の技術を有する者にその発明のなされた時点において自明であったであろう場合は特許を受けることができない。」
*2 http://www.supremecourtus.gov/opinions/06pdf/04-1350.pdf
*3 例えば、Al-Site Corp. v. VSI Int’l, Inc., 174 F. 3d 1308, 1323–1324 (CA Fed. 1999)
*4 565特許のクレーム4
A vehicle control pedal apparatus (12) comprising:
a support (18) adapted to be mounted to a vehicle structure (20);
an adjustable pedal assembly (22) having a pedal arm (14) moveable in force [sic] and aft directions with respect to said support (18);
a pivot (24) for pivotally supporting said adjustable pedal assembly (22) with respect to said support (18) and defining a pivot axis (26); and
an electronic control (28) attached to said support (18) for controlling a vehicle system;
said apparatus (12) characterized by said electronic control (28) being responsive to said pivot (24) for providing a signal (32) that corresponds to pedal arm position as said pedal arm (14) pivots about said pivot axis (26) between rest and applied positions wherein the position of said pivot (24) remains constant while said pedal arm (14) moves in fore and aft directions with respect to said pivot (24).
*5 Teleflex Inc. v. KSR Int'l Co., 298 F.Supp.2d 581 (E.D.Mich.2003).
*6 119 Fed. Appx. (CA Fed. 2005) 詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2005.03/2005.03.htm
参照。
*7 In re Kotzab, 217 F.3d 1365, 1371 (Fed.Cir.2000), In re Rouffet, 149 F.3d 1350, 1357 (Fed.Cir.1998)
*8 Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1(1966)


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