Microsoft Corporation, Petitioner v. AT&T Corp. 域外適用を規定する271条(f)のソフトウェア特許に対する抜け穴 |
執筆者 弁理士 河野英仁 2007年5月20日 |
1.概要 AT&Tは音声符号化装置に関する特許を所有しており、Microsoftが販売するWindowsが特許権を侵害するものとして、連邦地方裁判所に提訴したのが始まりである。米国国内の行為については特許権侵害が認められた。問題となったのは外国での行為である。 MicrosoftはWindowsが記録されたマスターディスクを外国のメーカへ配布、または、インターネットを通じて送信している。そして、外国のコンピュータメーカは、Windowsをインストールし、インストール後のコンピュータを販売する。 本事件では、外国のコンピュータメーカは、マスターディスクのコピーを作成し、作成した各コピーに記録されたソフトウェアを販売対象のコンピュータへインストールしていた。ここが争点の一つである。 Windowsのインストールにより、AT&Tの特許技術を当該コンピュータで使用することが可能となる。 米国特許法271条(f)(1)*1は特許権の域外適用を規定している。本事件では外国へのWindowsソフトウェアの配布行為が271条(f)の規定に該当するか否かが争点となった。 地裁及びCAFCの双方はAT&Tの主張を認め、271条(f)のもと、Microsoftの特許権侵害が成立すると判断した*2。 最高裁は、無形の抽象的なソフトウェア自体は、271条(f)に規定する構成部品(components)に該当せず、また外国メーカがコンピュータにインストールしたのは、輸出対象のマスターディスクではなく、コピーディスクであるので271条(f)に規定する供給(supplied)にも該当しないと判断した。 2.背景 (1) 米国特許法第271条(f)(1)は、次のとおり規定している。 「特許発明の構成部品(components)の全てまたは要部を、米国内もしくは米国外へ許可なく供給し(supplies)、または供給せしめた者は、そのような構成部品が、全体もしくは部分的に組み立てられていないが、米国内で組み立てられるような状態にあり、もし米国内で組み立てれば特許権を侵害するものであるとき、侵害の責任を負うものとする。ただし、積極的に組み立てを示唆している場合に限る。*3」 (2) 271条(f)の趣旨はその立法過程を通じて理解することができる。本法は議会がDeepsouth事件最高裁判決4)を受けて1984年に追加したものである。Deepsouth事件では、エビの背わた抜き装置に特許が付与されており、特許権者の許可を受けていない製造者が、米国内で組み立ててられていない完成前の構成部品を輸出する行為が侵害とならないと判示された。議会はこの特許法の抜け穴を防ぐべく、完成前のセット部品の輸入または輸出行為を侵害行為とする第271条(f)を立法した。 (3)Microsoftは国内外においてエンドユーザ及びコンピュータメーカへWindowsを販売している。コンピュータメーカはWindowsをコンピュータへインストールする。Microsoftは各コンピュータメーカにWindowsのマスターバージョン(ディスクor暗号化されたデータ通信)を配布した。コンピュータメーカはマスターバージョンのコピーを作成し、これをコンピュータへインストールする。 ポイントは米国から供給されたマスターディスクではなく、米国外でマスターディスクから複製されたコピーディスクを用いて、コンピュータへインストールしたことである。マスターディスクを外国メーカがコンピュータへ直接インストールした場合、状況は全く異なる。 (4)AT&TはU.S. Patent No.RE32,580(以下、580特許)を有している。これは録音された音声を符号化・圧縮する装置に関する。なお、クレームには、方法、装置及びプロセッサが記載されているが、所謂媒体クレームは記載されていない。 2001年、AT&TはMicrosoftが580特許を侵害するとして、連邦地方裁判所に提訴した。 (5)Windowsが580特許のクレームのプロセスをコンピュータに実行させるという点に関しては当事者間で争いがない。地裁及びCAFCは米国内において、MicrosoftがコンピュータへWindowsをインストールする行為が、米国特許法第271(a)に規定する直接侵害に該当し、国内のコンピュータメーカにWindowsをライセンスすることが、米国特許法第271(b)に規定する寄与侵害に該当すると判断した。 (6)AT&Tは国内の行為のみならず、米国外での行為も損害賠償として請求すべく米国特許法第271(f)を主張した。地裁及びCAFCは、Windowsを271(f)に規定する構成部品(components)と判断し、またマスターディスクのコピーも、マスターディスクと実質的に同一であることから、米国外へ供給したものとみなし、271(f)に基づく侵害行為をも認めた。 Microsoftはこれを不服として最高裁判所に上告した。 3.争点 争点1:ソフトウェアが、271(f)に規定する構成部品に該当するか? 抽象的・無形のソフトウェアが、271(f)に規定する構成部品といえるかが問題となった。ソフトウェアは、CD-ROM等の記録媒体に記録されたコピーと、これに記録される以前の抽象物との2つに概念化される。これらのいずれもが、271(f)に規定する構成部品といえるかが問題となった。 争点2:輸出されたマスターディスクのコピーのインストールが271(f)に規定する供給といえるか。 本事件では、確かにWindowsのマスターディスクが輸出された。しかし、米国外でコピーされ、外国のコンピュータメーカはこのコピーを用いて、Windowsをコンピュータへインストールしたのである。輸出されたマスターディスクを直接外国メーカがインストールした場合、271(f)に規定する供給に該当する。しかしながら、外国でマスターディスクのコピーを作成し、これをコンピュータへインストールする行為が、271(f)の抜け穴となるのか否かが問題となった。 4.最高裁の判断 争点1:ソフトウェアの有形のコピーは構成部品に該当するが、抽象的で無形のソフトウェアは構成部品に該当しない。 ソフトウェアは次の2つに概念化される。 ①抽象的なもの、つまり命令がメディアから分離しているもの ②ソフトウェアの有形のコピー、つまりCD-ROM等のメディアに記録された命令 最高裁は、Windowsのコピーは271(f)に規定する構成部品に該当するが、抽象的なWindowsは構成部品に該当しないと判断した。 最高裁は、271(f)の規定に注目した。271(f)は特許発明を形作るために組み立てられる「such components」にだけ適用される。従って抽象的なソフトウェアコードは物理的な実体を伴わない抽象物であり、それそのものは271(f)にいう組み合わせること(combination)のできる「構成部品」に該当しないと判示した。 そして、最高裁は例えとして、ソフトウェアは、青写真、回路図、テンプレート、及びプロトタイプと同様であると述べた。これらは米国で特許された発明の構成部品を外国で製造し、組み立てる際に必要とされる情報である。最高裁は、議会が271(f)の制定に際し、特許発明の組み合わせ可能な有形の部品のみならず、情報、命令またはツールまでをも、同法の範囲内に含むとは意図していないと述べた。 以上のとおり、Windowsのコピーは271(f)のもと構成部品に該当し、抽象的なWindowsは構成部品に該当しない。 争点2:Microsoftは米国から、構成部品を供給したとはいえない。 271(f)は、積極的に「そのような構成部品」の組み合わせを示唆して、米国から構成部品の供給を禁ずる規定である。当該規定によれば、米国から供給されるその構成部品のみが、外国で組み立てられた場合に271(f)の責を負う。 従って、最高裁は外国のコンピュータにインストールされるWindowsのコピー自身は、米国から供給されていないから、271(f)の規定は適用されないと判断した。 また、最高裁は米国外での行為は他国での権利取得及び権利行使により解決すべきであると述べた。またDeepsouth事件で制定された271(f)のソフトウェア特許に対する抜け穴を防ぐためには立法による解決を経るしかないと付言した。 5.結論 最高裁は271(f)による特許権侵害を認定したCAFCの判決を破棄し、本判決に従ったさらなる審理を行うよう命じた。 6.コメント 域外適用を規定する271(f)の抜け穴である。CD-ROMにソフトウェアを複製して輸出し、これを外国で他のCD-ROMに複製し、当該複製CD-ROMを用いてソフトウェアをインストールした場合、271(f)の適用はない。 以上をまとめると、ソフトウェア特許に対し271(f)が適用されるのは、Microsoftが、米国からソフトウェアが記録されたCD-ROMを輸出し、外国のコンピュータメーカが侵害の意図を持って、当該CD-ROMに記録されたソフトウェアをインストールした場合である。同様の事例がEolas事件(ブラウザ特許事件、Eolas Technologies Inc. v. Microsoft Corp., 399 F. 3d 1325 (Fed. Cir.2005))である*5。Eolas事件においては、Microsoftは、特許に係るソフトウェアが記録されたゴールデンマスターディスクを外国へ輸出し、外国メーカは当該ゴールデンマスターディスクを用いて、ソフトウェアをインストールした。CAFCは当該行為につき271(f)の侵害と認めたのである。 なお、Microsoftはマスターディスクを直接インストールした場合でも、インストール後すぐにCD-ROMを抜けば、特許の構成部品とならないと主張したが、当該主張は争点外であるため、最高裁はなんら判断していない。 最高裁判決においては、Stevens判事が反対意見を述べている。Stevens判事は、ソフトウェアが書き込まれたディスクが“構成部品”であるとすれば、なぜその構成部品の最も重要な構成要素(ソフトウェア)が“構成部品”といえないのかと述べている。 最高裁の多数意見は、ソフトウェアは青写真のようなものだと述べているが、Stevens判事は疑問を投げかけている。Stevens判事は、例として、 「ソフトウェアは、ピアニストにどのように弾くべきかを伝える譜面というよりも、音楽を自動演奏するピアノのローラのようなものである。」 と述べた。つまり、単にユーザにどのように行動すべきかを示す青写真と異なり、ソフトウェアは現実に、侵害行為を発生させるものであるから、これと同一視するのはおかしいと指摘している。 |
判決 2007年4月30日 判決文は最高裁HPからダウンロードすることができます。 http://www.supremecourtus.gov/opinions/06pdf/05-1056.pdf |
以 上 |
【注釈】 |