六 判決は、特許請求の範囲に「管理装置」はホストコンピュータと別体で ある旨記載されているにもかかわらず、そのようにしか解釈できない、とは即断 できない、とする理由を3点挙げている。そのうちの2点は、本件はコンピュー タを応用した方法特許であること、及びコンピュータは汎用性のある装置である ことである。判決には、なぜコンピュータを応用した方法特許であれば、あるい は、コンピュータは汎用性のある装置であるから、本件の場合において、「管理 装置」はホストコンピュータと別体であると即断してはいけないかについて何も 述べていない。コンピュータを応用した方法特許であること、あるいは、コンピ ュータが汎用性のある装置であることそれ自体が、「管理装置はホストコンピュ ータと別体である」と即断してはいけないことの直接的理由になり得るとは考え られない。

 残りの一点は特許請求の範囲において、管理装置は「前記読み取り手段によ って読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番号 を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によって記憶された受付番号をも とに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段とを備えた」とし か構成が限定されていないからというにあるが、この管理装置を定義する文章自 体に管理装置がホストコンピュータと別体でない可能性を窺わせる所があるとは 考え難い。

 つまり、上記3つの理由はいずれも合理性、説得性に欠けるものであると言 わざるを得ない。

 管理装置がホストコンピュータと別体であると即断してはならない、とする 理由としては、原告の「運用指針」に則った主張、即ち、コンピュータ装置の異 同の判断に際しては、見掛け上の装置の異同に捕らわれず、実現される機能に着 眼して対比判断すべきである、という主張に判決以上の合理性を見い出せる。し かしながらこのような理由によって管理装置とホストコンピュータとの同体/別 体を吟味することとする場合は、本件発明と被告装置とが機能的に均等であるか 、否かの比較的困難な技術的検討が不可避とならざるを得ないので、それを避け たのかもしれない。

 次に本件発明の「管理装置」が「ホストコンピュータ」と別体であると認定 した理由についてみる。

 理由1の明細書の実施例の記載の参照は全く問題のないところである。

 理由2に関しては「いかなる発明に対して特許権が与えられたかを勘案する に際しては、その当時の技術水準を考えざるを得ない」(最高裁判決昭和三六年 (オ)四六四号)との判旨が想起される。しかしこの最高裁判決で述べているの は「特許権が新規な工業的発明に対して与えられるものである以上、その当時( 出願時)において公知であった部分は新規な発明とはいえない」から「その当時 の技術水準を考えざるを得ない」としているのである。本件においては発明を構 成する要素が公知であるか否かを判別するために出願時の技術水準を参照したの ではない。つまり出願時、「管理装置」が「ホストコンピュータ」と別体又は同 体の物が存在したか否かを知るために出願時の技術水準を参照したのではないの である。判決は発明の属する技術分野における出願当時の技術動向(集中化処理 から分散化処理へ)を参照して、本件発明は「分散化処理」の技術動向に沿う物 であり、分散処理システムを構築することを主眼としたものと認められるから、 「管理装置はホストコンピュータの下位の、これと別体のサブコンピュータと位 置づけられる」と認定したのである。

 被告は出願時のコンピュータ一般の技術動向についての主張はしていないよ うである。判決においてこの技術動向を認定するための根拠として引用している 文献は裁判所が自主的に採択したものである。一方、本件発明の明細書において は「分散化処理」の文言は全く使用されていない。更に被告Yは「本件発明の管 理装置及び受付器はホストコンピュータに接続されなくともそれら自体で完結し て受付番号管理機能を果たすことが可能な装置である」旨主張しており、これは 管理装置が分散処理システムを構成するものとの位置づけとは対照的な主張であ る。以上を見ると、判決はきわめて恣意的に出願時の技術動向なるものを認定し 、本件発明をその時間軸に合うように解釈したという感は否めない。

 理由3は補助的なものであると考えられるが、発明の技術的範囲を実施品に よって定めるという考え方には大いに疑問がある。特許法70条は特許請求の範 囲の記載に基づいて定めることを規定している。その記載では明瞭でない場合に 明細書の発明の詳細な説明、図面等が参照され、さらにそれらの字句、述語、技 術内容の解釈に疑義が見られる場合に他の文献、証言などが参酌されるのが多く の判例の教えるところである。いずれにしても特許明細書が技術的範囲の解釈の 基本になるべきであり、それとは別の要素が多々存在する実施品により技術的範 囲を定めるとするのは正当な根拠を欠くものである。本件発明では基本的に、特 許請求の範囲の記載では技術的範囲は明瞭でない、とは言えないし、少なくとも 、明細書の発明の詳細な説明、図面を参照すれば「技術的範囲は明瞭でない」と は言えないと考えられるから、実施品にまでその確定の根拠を求めると言うのは 明らかに行き過ぎと思われる。

 以上のように本判決の結論は賛成できるが、判決理由の理論構成には疑問が 多い。


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