このページは、大江橋法律事務所発行「大江橋(中国)ニュース」第6号をもとに作成しました。


コンピューターソフトウェアの譲り受け後、
ソフトウェア登記管理機構(中華人民共和国)に対する
登記申請を怠ったために、
ソフトウェア著作権の侵害行為について、
損害賠償などの請求が棄却された事例
弁護士 村尾龍雄
[事実関係]Aコンピューターソフトウェア開発会社(以下「A社」という。)は全国的に有名なハイテク機器の開発会社で、1992年6月、董事長兼総経理であった甲の指導のもと、2年間の開発努力の末、コンピューターネットワークのデータ通信において広範な使用が可能で、通信速度を上げる要となるソフトウェアMP1000A(以下「MP1000A」という。)を開発した。このソフトウェアの研究開発の成功で、コンピューター通信上の重大間題が解決し、業界の絶賛を博したばかりでなく、中国国内市場にも多大な影響をもたらした。8月15日、A社はMP1000Aを中国ソフトウェア登記センターに登記した(*1)
 このソフトウェアの市場における将来性の高さから、多数のコンピューター会社がA社と譲渡契約の締結を希望した。こうした中、1992年11月10日、A社はBコンピューター会社(以下「B社」という。)と譲渡契約を締結した。その内容は、@A社はMP1000Aのソフトウェア著作権をB社に譲渡し、B社はその対価として10万元を支払う、AこれによりB社はMP1000Aの専用使用権および使用許諾権を有する、というものであった。契約締結後、B社はMP1000Aの応用を推進し、またその売り込みに多忙のあまり、MP1000Aのソフトウェア著作権を譲り受けたことを国家ソフトウェア登記センターに登記することを怠っていた(*3)
 ところが、1993年1月8日、A社の副経理であった乙は、C社からソフトウェアの開発業務を委託されていたところ、MP1000Aを委託業務の成果物としてC社に勝手に譲渡し、C社から10万元の報酬を得た.C社はMP1000Aを取得後、自社の設備にこれを込み込んで販売した(*2)
 B社は、C社がその設備にMP1000Aを使用していることを知り、これがA社とのソフトウェア譲渡契約により有償取得したものであって、B社が専用使用権および使用許諾権を有していることから、B社の同意を得ず、報酬も支払わないままMP1000 Aを使用しているC社の行為は、B社のソフトウェア著作権を侵害するものであると考えた。そこで、B社は、C社および乙に対し抗議文を送付し、@C社はB社のソフトウェア著作権の侵害行為を直ちに停止し、MP1000 Aおよびこれが使用された設備を廃棄すべきこと、A乙は、MP1000AがA社からB社に譲渡され、B社がMP1000Aの専用使用権および使用許諾権を有していることを知りながら、MP1000Aを勝手にC社に譲渡し、B社のソフトウェア著作権を侵害したのであるから、B社が被った経済損失を賠償すべきことを、それぞれ求めた。
 これに対し、抗議書を受け取ったC社は、@MP1000Aは乙がC社に対して交付した委託業務の成果物であって、C社は乙に対し既に報酬も支払っているし、受領当時はMP1000 AがB社のソフトウェア著作権を侵害する複製品であることを知らない善意の第3者であったのであるから、C社もMP1000Aの所有権、使用権を有する(*4)、A乙はA社の副経理であり、複製したMP1000AはB社が多大の迷惑を被ったことと密接な関係があるから、その職務上の行為について、A社は一定の民事責任を負わなければならない(*5)が、C社とは無関係である、と反論した。B社は多数回におよぶ交渉が決裂に終わると、人民法院に訴訟を提起し、C社に対しては侵害行為の即時停止、侵害製品の廃棄、経済損失の賠償を求め、また乙に対しては経済損失の賠償を求めた。
[判旨]人民法院は当事者に和解を勧試したが、合意に至らなかったため、合議庭での討論を経て、コンピューターソフトウェア保護条例27条、民事訴訟法112条の規定に基づいて、次のとおり判決した。
 乙の複製行為はB社のソフトウェア著作権を侵害するけれども、B社はソフトウェア譲渡契約の効力発生後3ヶ月以内にソフトウェア登記管理機構に登記申請をしていないのであるから、第3者の侵害行為に対抗することができず、B社のC社および乙に対する請求は棄却されるべきである。
[上訴の有無]本件について上訴はなく、判決は確定した。
(出典:ヤン・チンチィ主編「最新知識産権案例精粋与処理指南」法律出版社)
[解説]この事案は、ソフトウェア著作権の有償譲渡を受けたにもかかわらず、登記を怠っていたために、このコンピューターソフトウェアを譲り受けた第3者ばかりか、違法にコンピューターソフトウェアを譲渡した者にも、法的責任の追及が認められなかったというものです。
 ソフトウェア著作権の譲渡契約において、譲受人が登記を怠った場合にどうなるのか、また登記をしてさいえれば、善意の第3者に対しても法的責任を追及することが可能なのか、など基本的な問題を含む興味深い事例ですので、取り上げました。
[注釈]
*1 ソフトウェア著作権登記
 コンピューターソフトウェア保護条例(以下「条例」という。)23条は、条例公布(1991年6月4日)後に公表されるソフトウェアについて、ソフトウェア登記管理機構に対して登記申請をすることができること、登記後、ソフトウェア登記管理機構が登記証書を発行し、かつ、公告することを規定しています。
 A社が開発したソフトウェアを登記した中国ソフトウェア登記センターは、条例でいうソフトウェア登記管理機構であって、国務院から授権を得て全国のソフトウェア著作権登記管理業務を行う機械電子工業部から委託を受けて、コンピューターソフトウェアの登記業務を担当する部門です(コンピューターソフトウェア著作権登記弁法(1992年4月6日公布。以下「弁法」という。)6条)。
*2 ソフトウェア著作権の侵害行為の類型
 ソフトウェア著作権の侵害行為の類型について、条例30条1号ないし8号が規定するところです。本件において、乙の行為は同条8号、すなわち「ソフトウェア著作権・・の適法な譲受人の同意を得ないで、任意の第3者に当該ソフトウェア・・を譲渡したとき」に該当し、またC社の行為は同条の6号、すなわち「ソフトウェア著作権・・の適法な譲受人の同意を得ないで、当該ソフトウェア作品を複製し、または部分的に複製したとき」に該当します。
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