2.3.3 情報ファイルのテンポラリ性

 ソフトウエアとコンピュータとを組み合わせて特定の機能を達成しようとする場合には、種々の記憶手段に記憶した情報を利用する。通常、これらの情報は情報ファイルとして纏められることが多い。そして情報ファイルの多くは、その記憶情報がプログラムの進行とともに変化する。この情報ファイルに関しては次のような問題がある。
 最近のコンピュータ技術では、情報ファイルを必要に応じてリアルタイムに作成することが容易である。このため、プログラムの進行とともに変化する上記の所定の情報ファイルは、必要な時だけ存在していれば
良いわけだから、一時的に生成され用済み後は消滅することもある。
 そうすると、例えば、クレーム中に「所定の情報を格納する情報ファイルを更新」なる文言が構成要件として挙げられている場合において、イ号は、マスタファイルに全ての情報を格納するとともにその内容を適宜更新するようにして、上記情報ファイルが必要になった時だけマスタファイルに基づいてその情報ファイルを作成してその内容に変更を加えないで使用し、その使用後に直ちに消去してしまうことも考えられる。この場合、クレームの文言では情報ファイルを「更新する」としているのに対して、イ号では、マスタファイルを更新するものであり、テンポラリに作成される情報ファイルそれ自体はそれが存在している間に更新されていないので、クレームの文言から外れているとも言え、これを持ってイ号は技術的範囲に属しないと主張することが考えられる。
 明細書の作成にあたってはこのような情報ファイルの性格にも留意することが必要である。

2.3.4 プログラムによる迂回手段の容易化

 コンピュータ技術では各種機能がプログラムにより実現される。ある一つの機能を実現するにあたって、プログラムによる当該機能の実現の仕方は、旧来の純然な機械的機構による実現の仕方に比べて、はるかに多種多様にあると考えられる。このため、コンピュータ関連発明では、クレーム中の構成要件である手段と同じ機能を持つ代替手段(技術的範囲を迂回する手段)をプログラムの変更等により容易に実現できる場合が旧来に比べて多いであろう。
 例えば、当該発明が速度情報と加速度情報とを要する場合に、ハードウエアの速度計から速度信号(速度情報)を得てその速度情報をコンピュータ処理で加速度情報とすることも、加速度計から加速度情報を得てそれから速度情報とすることも、容易にできると言うように代替手段をプログラムにより容易に得られる場合が多々ある。
 また、入力情報に対して順次に処理を行うステップAとステップBとがあり、これらのステップA,Bによる処理結果をステップCで用いるものであるが、ステップAとステップBとの順序を入れ換えても同一の結果が得られるような場合も多々ある。
 実務においては、このような迂回手段を念頭において明細書の作成することが必要になるが、現実にはこのような迂回手段を予め全て想定することはなかなか容易なことではない。このため、コンピュータ関連発明については、例えば均等論の適用などにおいて、この分野の特殊事情を考慮した技術的範囲の解釈も検討されるべきではなかろうか。
(本稿は五十嵐高雄、井上誠一、加古進、加藤公延、河野登夫、小林隆夫、西山修、藤谷修、古谷栄男、山下智典、山田行一が担当した)

(1)参考判例:例えば、昭52.7.22東京地裁「貸ロッカー硬貨投入開閉装置事件」、昭53.12.20東京高判「ボールベアリング自動組立装置事件」。これらの事件では、機能的・抽象的表現のため不明な構成を実施例に基づき限定的解釈している。
(2)機能の異同に注目するとする審査基準に対して、受付票事件大阪地裁平3(ワ)405号、平5.11.30
判決では、特許請求の範囲が「管理装置」と「ホストコンピュータ」とを構成要件とする場合に、「管理装置」の機能をも「ホストコンピュータ」で行ったイ号製品は技術的範囲に属しないと判断された。
(3)「速度を検出する」と言っても、厳密には「速度」と「速度と相関関係のある光も含めた広義の電磁気的物理量」に変換して、電磁気的物理量により間接的に速度を検出しているとも言える。とすれば、電気的物理量へ変換する部分(センサ部分)が、位置又は加速度であって、電気的物理量の次元で速度に変換しても、「速度を検出する」の概念に当たるとも考えられる。
(4)「日米欧における均等判断とWIPOハーモ条約における均等判断(1)」、特許委員会クレーム解釈ワーキンググループ、特許管理Vol.43 No.3 1993, p.233)
(5)特許研究 PATENT STUDIES No.17 1994/3, pp. 41-42「コンピュータソフトウエアの特許侵害について」光主清範著参照、高裁昭51(ネ)1第783号
(6)特定技術分野の審査の運用指針2.3参照
(7)吉藤「特許法概説(11版)」 p.210〜 211(他の請求項との関係)
(8)吉藤「特許法概説(第11版)」 p.379および p.381注(3)
(9)吉藤「特許法概説(第11版)」 p.381
(10)参考判決:大東楽器事件(大阪地裁平3(ワ)405号、平5.11.30判決、判例時報1483号111頁、コンピュータシステムにおける「集中処理システム」から「分散処理システム」への移行が考慮されている。
(原稿受領 1997.7.7)

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