現行特許法によるビジネス関連発明に対する保護の問題点
2001年10月17日
河野英仁
1.概要
近年急増するビジネス関連発明を適切に審査・保護するために、2001年1月に審査基準が改訂されました。これは、特許法を改正することなく運用を適宜変更することで、ビジネス関連発明に対処しようとするものです。
しかし、Web技術を用いたビジネス関連発明については特許取得後に権利を主張する場合、現行特許法の枠組み内では以下の問題が生じます。
(1)複数業者の共同行為により特許発明の実施となる場合に、一の業者の行為を間接侵害として差し止め請求権・損害賠償請求権を主張することができるか否か
(2)複数業者の共同行為により特許発明の実施となる場合に、これら複数の業者の行為を共同不法行為として共同侵害の成立を認定するか否か、特に一の者が業者でなく業としての要件を満たさない個人である場合にどのように取り扱うべきか
(3)ビジネス関連発明の主要部分を権利の及ばない海外で実施した場合に間接侵害に該当するか否か
これらの問題点を解消するために、特許法の改正について産業構造審議会知的財産政策部会により審議が継続して行われています(http://www.jpo.go.jp/iken/1310-048.htm)。以下では、これらの問題点について詳述し、法改正の動向の他、今後の実務において注意すべき点などを説明いたします。
2.共同侵害行為と間接侵害
(1)具体例として下記の図に示す発明について特許が付与されている場合を想定します。具体例の発明はビジネス関連発明では典型的な例であり、商品の受発注(BtoB、BtoC)、オークション、金融商品の取り扱い等に関する発明において良く用いられます。
このような場合、特許請求の範囲は
@処理A,B,C,D,E,及びFを備える○○システム(方法)となります。
[図1] ビジネス関連発明の典型例
(2)このような場合、どのような問題点が生じるでしょうか?
特許権の侵害が成立するには、第3者が業として特許請求の範囲@に記載された全ての構成要素(A〜F)を具備したシステムを実施している必要があります。ここで、業者A〜Cが特許権者の顧客である場合等の事情があり、特許権者が差し止め請求等を行えない場合が多々あります。また、後述しますが消費者Dは個人であるため業としての要件を満たしません。
このような状況では、特許権の行使ができず、上述したビジネス関連発明を適切に保護できているとはいえません。
また、仲介業者に対し特許権を行使しようにも、仲介業者は構成要素B,C,Eしか具備していませんから、特許権の侵害には当たりません。
(3)現行の運用下ではどのように対処しているのでしょうか?
このような状況から、現在の実務では上述した請求項に加え、
AB,C及びEを備えるコンピュータ(またはプログラム)
BA及びFを備えるコンピュータ(またはプログラム)
を記載することにより、仲介業者または業者A〜Cに対して直接侵害として権利主張を行うようにしています。
(4)しかし、Aのクレーム、Bのクレームに記載の構成要素のみでは従来技術との差異がそれほど無く、進歩性欠如を理由に拒絶されてしまうことが多いという問題があります。また、ビジネス関連発明は上述した構成要素A〜Fの全てが有機的に結びついてひとつの技術的思想が実現されるところ、これらをバラバラにしたAの発明(構成要素B,C,Eのみ)、またはBの発明(構成要素A,Fのみ)では技術的思想が十分に実現できているとはいえません。
(5)さらに、間接侵害の考えを用いて、仲介業者または業者A〜Cの行為を差し止めるという考えもあります。特許法101条には
「次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸し渡しの申し出をする行為
ニ 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その発明の実施にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸し出しの申し出をする行為」
と規定されています。
この「のみ」の客観的要件は極めて厳格に判断されることが多く、上述の@請求項の構成要素B,C,Eが他の用途にも適用できる場合は、間接侵害と認められない等、数々の難しい問題があります(吉藤幸朔著・熊谷健一 「特許法概説」第12判466頁 有斐閣)。よって事実上間接侵害として差し止め請求権等を行使することは困難となっています。
(6)どのような法改正案が提案されているのでしょうか?
@現状を維持する案…これまでどおり、「のみ」の解釈についてはケース毎に裁判所の判断に委ねるというもの
A客観的要件(1号、2号)を残したまま主観的要件である以下の3号、4号を追加する。
三 特許が物の発明についてなされている場合において、当該特許権又は専用実施権を侵害することを知りながら、業として、その物の生産に使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸し渡しの申し出をする行為
四 特許が方法の発明についてなされている場合において、当該特許権又は専用実施権を侵害することを知りながら、業として、その発明の実施に使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸し渡しの申し出をする行為
個人的にはA案が妥当ではないかと考えています。悪意(〜を知りながら)のある仲介業者が中心となって、業者・消費者を巻き込んで特許権を侵害している以上、その中核をなす仲介業者の行為を間接侵害として認めるのが、ビジネス関連発明の保護上妥当なような気がします。従来の「のみ」の客観的要件を設けたのは、特許権者の保護が厚くなりすぎないようにという配慮によるものであり、@案のままでは結局裁判所での判断はこれまでと変わらない気がします。ただし、間接侵害の主張の濫用を防止するために、A案ではどのような場合に「〜知りながら」に該当するか慎重に検討する必要があると思います。
3.特許法上の共同侵害
(1)共同侵害が成立するか否か?
上述の@の請求項において、仲介業者、業者A〜C、消費者の行為を民法の共同不法行為として特許権の侵害として訴追することができるか否かも問題となります。
(2)この点については、特許法には共同行為についての規定は存在しませんが、刑法上の共犯理論又は民法上の共同不法行為の考え方と同様に、複数の主体が一体となって特許権を侵害していると評価し、各加害者が責任を負うと考えられています。民法719条第1項前段には
「複数の者が共同して不法行為を行い、何らかの損害を与えたときは、各加害者が連帯してその損害に対する賠償責任を負う」
と規定されています。従って、上述の仲介業者、業者A〜C、消費者、全ての主体及び行為について差し止めを請求することができると考えが有力です。
これに関連する判例を付記しておきます。
★スチロピーズ事件(大阪地判昭36年5月4日)
「他人の特許方法の一部分の実施行為が他の者の実施行為とあいまって全体として他人の特許方法を実施する場合に該当するとき例えば一部の工程を他に請負わせ、これに自ら他の工程を加えて全工程を実施する場合、または、数人が工程の分担を定め結局共同して全工程を実施する場合には、前者は注文者が自ら全工程を実施するのと異ならず後者は数人が工程の全部を共同して実施するのと異ならないのであるから、いずれも特許権の侵害行為を構成するといえるであろう」
(3)業としての要件
特許権の侵害といえるためには、特許発明を業として実施していることが必要となります。ここで、共同実施者の中に「業として」の要件を満たさない者が含まれる場合(上述の消費者が一部に含まれる場合)、どのように考えるかも問題となります。これに対して、
@「業として」の要件をはずす法改正をすべきという意見
A法改正は不要、消費者を含まないよう請求項を工夫して作るべきという意見
B無許諾で共同実施がなされた時点で共同不法行為が成立し、「業として」の要件を満たさない個人については違法性が阻却されるという意見
がなされています。@の業としての要件をはずすという法改正はまずないでしょうから、実務としてはAの消費者を除いたクレームをうまく作成しておく必要があるといえます。また、消費者をクレームに含む場合でも裁判所ではBの解釈を採用するものと思われます。
つまり、特許法において「業として」の要件を規定しているのは、個人的な実施にまで特許権の効力を及ぼすのは妥当ではないとの趣旨に基づくものです。そうすると、個人的な実施にも共同侵害行為が成立するけれども、業者・仲介業者を除く個人には権利行使はできないとする考えが妥当であると思われます。
ところが、Peer to Peerでファイルを交換するシステム、例えばグヌーテラ(http://japan.gnutellaworld.net/)のように、ソフトウェアの使用が消費者間でのみ行われるケースも増えてきています。このような場合、当該ソフトウェアを生産、譲渡(配信)する行為は業者に対し差し止め請求が可能ですが、このソフトウェアが大量に消費者に流通してしまった場合は、消費者の当該ソフトウェアの使用行為に対しては差し止め請求ができません。かといって「業として」の要件をはずすのは…難しい問題です。
4.発明の主要部分を権利の及ばない海外で実施した場合の取り扱い
[図2] ビジネス関連発明の典型例
(1)図2のように業者A〜C及び消費者の行為は日本国内で行われていますが、仲介サーバが権利の及ばない外国に設置されサービスを行っている場合、仲介業者の行為を間接侵害として差し止めることができるか否かも問題となります。
(2)現在の特許法ではこの点は明確ではありません。これに対し米国では、米国特許法271条(f)項(1)号に、
「特許された発明の構成部分の全て又は相当の部分を合衆国内で又は合衆国から許可なく供給する又は供給させる者は、その構成部分が全体又は一部が結合していないとしても、もし結合が合衆国内で起こったらとしたら特許を侵害するであろう方法で、合衆国の外部で構成部分の結合を積極的に引き起こすような場合は侵害者として責任を負うものとする。」
と想定しています。
これに対応する条文を新設することにより、サーバを外国に設けることにより特許権の侵害を回避するということは事実上困難になると考えられています(岡村久道 近藤剛史 「インターネットの法律実務」582頁 新日本法規)。この点をも加味した間接侵害の規定を設けることによりビジネス関連発明の保護は適切になされると考えます。
5.ビジネス関連発明と属地主義
(1)@の請求項に係る発明について米国で特許が成立している場合、日本の仲介業者が日本国内に仲介サーバを設置して○○システムを運営する行為は、米国特許法271条(f)項(1)号により米国特許権の侵害に該当するのでしょうか?
ケースバイケースですが、日本の消費者に限定してサービスを行った場合は、非侵害、米国をも含めて(世界的に)サービスを行った場合、侵害になると考えられています(井上雅夫「インターネットと属地主義」 http://www.venus.dti.ne.jp/~inoue-m/bm_patent_law.htm)。
(2)これに関連する判例として、「プレイボーイ対チェックルベリー」事件判決が参考になります。
「Playboy Enterprises, Inc. v. Chuckleberry
Publishing, Inc., 939 F. Supp.1032 (S.D.N.Y),
motion for reconsideration denied, 939 F
Supp.1041 (1996).」
裁判所:U. S. District Court for the Southern District
of New York
判決日付:1996年6月19日
経緯:まず初めに、イタリア人被告が「PLAYMEN」の名称を用いて男性雑誌、関連商品を販売、配布していたところ原告PLAYBOY社から商標権等の侵害であるとして差し止め請求がなされ、裁判所により商標権等の侵害であるとして差し止めの判決がなされました。
ところが、判決後、この被告はイタリア国内で「PLAYMEN」の名称を用いたWebサイトを立ち上げ画像を配信するサービスを開始しました。もちろんインターネットを通じて画像を配信するのですから、米国のユーザもこのサービスを受けることができます。このような場合に、判決の効力がイタリアまで及ぶのか否かが争われました。
裁判所の考え:被告は画像をイタリアに設置したサーバにアップロードしているだけであると主張しました。しかし裁判所は、米国においても画像の配信サービスを受けることができるということ、これに加えて被告が米国で積極的にこのWebサイトを閲覧するよう活動していること等から、被告の行為は配信(頒布)にあたると判断しました。
その上で、
@「とはいっても、被告がイタリアでWebサイトを維持することを当裁判所が禁じるわけではない」。とし、その理由として、「その製品の頒布を禁じる国が1つ存在するからといって、被告がそのWebサイトの運営を禁じられるわけではない。さもなければ、世界中の裁判所が、地球的なWWWにおける全ての情報提供者に対して裁判管轄権を主張してしまうことになる。」と述べました。
Aその一方で、「しかし、上述した保護は、当裁判所における差し止め判決を無視することにはならない。差し止め判決とその効力が及ばないことになれば、Webサイトを創ることによって知的財産権の保護が容易に回避されることになり、創作を奨励するという知的財産権の目的も達成されないことになる。よって、被告はWebサイトを引き続き運営することができるけれども、米国内に居住する顧客からの申し込みを受けてはならない。」としました。
(3)この判例を考慮しますと、上述の問題点も同様に
米国向けのサービスは停止し、日本国内に限定してサービスを行うことにより米国特許権の侵害を回避することができると考えられます。ただし、言語の問題はあるものの、インターネットを介せば世界中から誰でもアクセスすることができるため、日本国内にサービスを限定するというのもなかなか難しい問題です。実際には、日本国内にサービスを限定する旨を記載する、申し込みフォーム等に、プルダウンボックスを設けて住所を入力させ、入力された住所が米国であればサービスをリジェクトすればよいと考えられています。
6.まとめ
以上まとめましたように、現行特許法ではビジネス関連発明の保護において、十分でない点が点が明らかになったと思います。この他にも
・プログラムを配信する行為が実施行為(特許法第2条3項)に当たるのか、
・発明の定義(同法第2条1項)中「自然法則の利用」が必要か否か、
・プログラムを複数のモジュールに分けて設計し、各モジュールの開発を下請けに発注した場合、下請け業者によるモジュール開発が間接侵害にあたるか、
等、ビジネス関連発明・ソフトウェア関連発明の適切な保護に関しては問題が山積み状態です。今後も改正の動向を注意深く見守りたいと思っています。
実務の対応としては、
(1)様々なカテゴリーのクレームをできるだけ作成する。
(2)システム、方法のクレームではなるべく個人・消費者を含まないよう留意する。
(3)間接侵害の規定の新設により保護が厚くなることも想定されるが、やはりサーバ単体、プログラム単体でのクレームを作成しておくこと。特に他のコンピュータとの関係を完全に排除し、間接侵害ではなく直接侵害を主張することができるよう留意する、
必要があると思います。
以上
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