コンピュータ利用発明の技術的範囲
−−通信セキュリティ発明事件−−
大阪地法裁判所 平成13年2月1日 判決
平成12年(ワ)第1931号 特許権侵害差止等請求事件

河野登夫

◆抄録◆ 本発明の骨子は、データ通信網で結ばれた認証希望者側装置及び認証側装置間で送受する認証用データを、認証希望者側装値で時間変数データを利用して作成し、認証側装値へ送信し、認証側装値では受信した認証用データの適否を時間変数データを用いて判定することとし、認証希望者側装置のクロック手段の狂いにより時間変数データに誤差が生じた場合に自動修復をする、というものである。
 本件発明の認証側装置が使用する時間変数データについては明細書に明示的記載がないところ、判決は、特許請求の範囲の文言、従来技術の問題点を解決する原理及び実施例を参酌して、標準時刻を使用するものであると認定し、この認定に基づき特許請求の範囲を解釈して、イ号は本件発明の技術的範囲に属さないとした。

【目次】
1.事案の概要
 1.1 経緯
 1.2 本件特許発明
 1.3 被告らの行為/被告製品の説明
 1.4 争点
2.判決
 2.1 主文
 2.2 争点に対する判断
3.考察
 3.1 特許発明の技術的範囲
 3.2 コンピュータプログラムと間接侵害


1.事案の概要

1.1 経 緯

(1)原告は,特許第2835433号(特許権1):発明の名称「アクセス制御方法及び認証システム及び装置」及び特許第2884338号(特許権2):発明の名称「アクセス制御システム」の特許権者である。特許権1は特願昭59-213688号の平成8年の分割出願にかかり,特許権2は特許権1の分割にかかるものである。

(2)原告は,被告Xが譲渡等しているイ号物件等及び被告Xが使用しているイ号方法等は特許権1及び2を侵害する(直接侵害))か,または侵害するものとみなされる(間接侵害),とし,また,被告Yが使用するイ号物件及びイ号方法は特許権1を侵害するとして,その譲渡及び使用の差止等を求め,大阪地方裁判所に提訴した。

(3)裁判所はイ号物件及びイ号方法等は特許権1及び2を侵害しないとして,原告の請求を棄却した。

1.2 本件特許発明

 特許権1及び2は原出願を同じくしており,第1装置から第2装置へアクセスするに際して認証を取る必要があるようにし,第1装置での認証用データの生成と,第2装置での認証用データの適否判断とに,両者で共通に変化する共通変化データ…時間変数データ…を使用することを発明の要旨としている。原告が直接侵害または間接侵害あり,として取り上げた発明は以下の5発明である。

(1)発明1(特許権1の特許請求の範囲3項)

 @ アクセスを希望する被認証側と認証側とで共通に変化する共通変化データを利用して前記被認証側が動的に変化する認証用データを生成してデータ通信により前記認証側に伝送し,認証側が前記共通変化データを利用して前記伝送されてきた認証用データの適否を判定して認証を行なうアクセス制御用の認証システムであって,
 A クロック機能を有するクロック手段と,
 B 前記被認証側において,前記クロック手段が計時する時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて前記認証用データを生成するデータ生成手段と,
 C 該データ生成手段により生成された認証用データであってデータ通信により前記認証側に伝送されてきた認証用データを受信するデータ受信手段と,
 D 時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて前記データ受信手段で受信した認証用データの適否を判定して認証を行なう適否判定手段と,
 E 前記クロック手段の狂いに伴い前記時間変数データに誤差が生じた場合にそれを自動的に修復させて経時的に誤差が累積されることを防止可能とするための誤差自動修復手段とを含む
 F ことを特徴とする,認証システム。

(2)発明2(特許権1の特許請求の範囲1項)

 @ アクセス希望者側と認証側とで共通に変化する共通変化データを利用して前記アクセス希望者側が動的に変化する認証用データを生成してデータ通信により前記
認証側に伝送し,認証側が前記共通変化データを利用して前記伝送されてきた認証用データの適否を判定して認証を行ないアクセス制御を行なうアクセス制御方法であって,
 A 前記アクセス希望者側において,クロック機能を有する装置が計時する時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして利用して前記認証用データを生成するデータ生成ステップと,
 B 該データ生成ステップにより生成された認証用データであってデータ通信により伝送されてきた認証用データを前記認証側が受信する受信ステップと,
 C 前記認証側において,時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて前記受信ステップで受信した認証用データの適否を判定して認証を行なう適否判定ステップと,
 D 該適否判定ステップにより適正である旨の判定がなされた場合に前記アクセス希望者のアクセスを許容できる旨の判定を出力するアクセス許容ステップとを含み,
 E 前記クロック機能を有する装置の狂いに伴い前記時間変数データに誤差が生じた場合にそれを自動的に修復させて経時的に誤差が累積されることを防止可能とするための誤差自動修復処理を行なう
 F ことを特徴とする,アクセス制御方法。

(3)発明3(特許権2の特許請求の範囲1項)

 @ アクセス希望者側が生成したパスワードデータに基づいて認証を行ないアクセス制御を行なうためのアクセス制御システムであって,
 A 前記アクセス希望者がアクセスしようとする対象であって複数箇所に分散配置された複数のアクセス対象と,
 B 該複数のアクセス対象それぞれについてアクセス要求があった場合のアクセス制御のための認証を統括して行なって集中管理を行なう認証手段と,
 CDE 省略 
 F 前記認証手段は,時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて前記転送されてきた可変型パスワードデータの適否を判定して認証を行なう時間同期式認証手段を含み,
 GH省略 
 I ことを特徴とする,アクセス制御システム。

(4)発明4(特許権2の特許請求の範囲2項)

 @ アクセス希望者側が生成したパスワードデータに基づいて認証を行ないアクセス制御を行なうためのアクセス制御システムであって,
 A 前記アクセス希望者がアクセスしようとする対象であって複数箇所に分散配置された複数のアクセス対象と,
 B 該複数のアクセス対象それぞれについてアクセス要求があった場合のアクセス制御のための認証を統括して行なって集中管理を行なう認証手段と,
 CDE省略 
 F 前記認証手段は,時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして利用して前記転送されてきた可変型パスワードデータの適否を判定して認証を行なう時間同期式認証手段を含み,
 G 前記時間同期式認証手段は,
   ア 前記転送されてきた可変型パスワードデータが誤差を有する時間変数データにより生成されたものであっても,当該誤差が予め定められた誤差許容時間の範囲内のものである場合には当該誤差に起因したアクセス禁止の認証を行なわない所定誤差許容認証手段と,
   イ 前回のアクセス時から前記誤差許容時間の範囲内において,前回のアクセス時に用いられた可変型パスワードデータと同じ可変型パスワードデータによりアクセスをしてきた場合に,当該アクセスを許容しない旨の認定を行なうための誤差許容時間内不正アクセス禁止手段とを含む
 H ことを特徴とする,アクセス制御システム。

(5)発明5(特許権1の特許請求の範囲5項)

 @ アクセス希望者側と認証側とで共通に変化する共通変化データを利用して前記アクセス希望者側が動的に変化する認証用データを生成してデータ通信により前記認証側に伝送し,認証側が前記共通変化データを利用して前記伝送されてきた認証用データの適否を判定して認証を行ないアクセス制御を行なうアクセス制御方法に用いられ,前記アクセス希望者側に所有されるパーソナル演算装置であって,
 A クロック機能を有し,該クロック機能が計時した時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて前記認証用データを生成するデータ生成手段と,
 B 該データ生成手段が生成した認証用データを外部出力するデータ出力手段とを
含み,
 C 前記クロック機能の計時動作を利用して現在時刻を表示する時刻表示機能を有する
 D ことを特徴とする,パーソナル演算装置。

 以上を整理すると,
 発明1は時間変数データを共通変化データとして使用する認証を実行するシステム,
 発明2は前記認証を行ってアクセスを許容する方法,
 発明3は複数のアクセス対象があり,これらの認証を集中管理するアクセス制御システム,
 発明4はアクセス許容の条件をより詳細に規定したアクセス制御システム,
 発明5は第1装置(アクセス希望者側装置,つまり被認証側装置)
 と概括される。


1.3 被告らの行為/被告製品の説明

(1)被告らの行為

 被告Xはアクセス制御用認証システムを構成する認証側装置及び被認証側装置で各使用されるコンピュータプログラム(一般にCD-ROMなどの記録媒体に記録して販売される。プログラムをコンピュータにインストールすることでシステムを構成する装置となる)並びに被認証側装置で使用されるハードウエア(複数種類ある)の譲渡などの申出をしている。これらのプログラム及びハードウエアの組合せ(6通りある)がイ号物件である。被認証側装置用のコンピュータプログラムがハ号物件である。認証側装置用コンピュータプログラム及び被認証側装置用ハードウエアのそれぞれがニ号物件である。

 認証側装置は2台のコンピュータで構成され,各コンピュータ用のプログラムがある。

 被認証側装置用のハードウエアは方式及び形態が異なる複数種類があるが,いずれも自身を特定するコード,認証用データ作成のためのプログラム及びクロック手段などを有している。被認証側装置のコンピュータにインストールして使用されるプログラムは自身を特定するコード及び認証用データ作成のためプログラムを有している。このプログラムの場合は認証用データ作成のための時刻情報はインストールしたコンピュータのクロックから得る点で,ハードウエアを用いるものと相違する。

 その他,公開鍵方式を利用した電子証明書に基づく電子署名による認証を必要とするアプリケーションに対し,電子証明書の発行,暗号鍵の管理などの機能を提供するプログラムも前述のものに合わせて譲渡するなどの申し出がなされている。このプログラムとイ号物件とを組み合わせたものがロ号物件である。このプログラムはニ号物件の一つでもある。

 被告Yは認証側装置用のコンピュータプログラム及び被認証側装置用のハードウエアの組み合わせ(イ号物件の一つ)を使用している。
イ号物件及びロ号物件それぞれによるアクセス制御方法がイ号方法及びロ号方法である。

(2)被告製品の説明

 被認証側装置用の前記ハードウエアには,クロック手段が内蔵されている。このクロック手段は,製品に組み込まれる時点でUTC(Coordinated Universal Time/協定世界時間)に合わせられるが,それ以後は時刻の調節は不可能である。

 アクセス希望側,つまり被認証装置側での認証用データの作成方法は複数の方式があるが,いずれも被認証側装置のクロック手段が計時する時刻を使用する方法である。クロック手段による計時時刻が変化しても一定時間内は認証用データは同一である。

 認証側装置では装置が有するクロックが計時する時刻をUTCに変換し,これに基づいて比較用コードを生成し生成した比較用コードと,送信されてきた認証用データとを比較して認証の判定をする。この比較,判定は次のように行われる。

 被認証側装置からは認証用データに合わせて自身(利用者)を特定するコードが送信される。認証側装置では,受信した特定コードに基づいて利用者毎にそのオフセットが格納されているデータベースから当該利用者のオフセットを取得する。認証側装置では内蔵のクロックから得た時刻データに対してこのオフセットで加減算して修正時刻を得る。この修正時刻をもとに比較用コードを生成して受信した認証用データとの比較を行い,一致した場合などには認証を与える。

 次に修正時刻と認証用データに係る時刻との間に誤差があるか否かを調べ,誤差がある場合には,前記データベースの当該利用者のオフセットを修正する。

1.4 争 点

1.4.1 イ号物件などと発明との関係

(1)イ号及びロ号物件が
 ア 本件発明1の
 (ア) 構成要件@BDを充足するか。
 (イ) 構成要件Eを充足するか。
 イ 本件発明3の
 (ア) 構成要件Aを充足するか。
 (イ) 構成要件CEFを充足するか。
 (ウ) 構成要件Gを充足するか。
 ウ 本件発明4の
 (ア) 構成要件Aを充足するか。
 (イ) 構成要件CEFを充足するか。
 (ウ) 構成要件Gアを充足するか。
 (エ) 構成要件Gイを充足するか。

(2) イ号及びロ号方法が本件発明2の
 ア 構成要件@ACを充足するか。
 イ 構成要件Eを充足するか。

(3)ハ号物件が,本件発明5の
 ア 構成要件@Aを充足するか。
 イ 構成要件Cを充足するか。

(4) 二号物件は,本件発明1乃至4に係る物の生産又は方法の実施にのみ使用する物か。

1.4.2 被告らの主張 

(1)「共通変化データ」について
 本件発明1の構成要件BDでいうアクセス希望者側(被認証側)及び認証側の「時間変数データ」は,「アクセス希望者側と認証側とで共通に変化する共通変化データ」(構成要件@)として利用されるものであるから,当然に一致した数値でなければならず,標準時刻に合致する時刻のように一致して変化する数値であると解される。
 これに対して,イ号及びロ号物件は,被認証側と認証側とで標準時刻の如き全国共通の客観的なパラメータを共通に用いることは全く不要とするものであり,「被認証側と認証側とで共通に変化する共通変化データ」を利用していない。

(2) 「誤差」について
 「誤差」は,被認証側のクロック機能の狂いに伴って生じた,標準時刻との誤差に限られる。

1.4.3 原告の主張

(1)「共通変化データ」について
  本件発明1における「共通変化データ」とは,認証側と被認証側とで認証に必要となる共通因子として利用される変化データのことである。 
 イ号及びロ号物件は,被認証側と認証側の別個独立のクロックで計時される現在時刻を時間変数データとして利用して認証を行っている。現在時刻というのは,認証側と被認証側とで共に共通の因子として利用できる変化データであるから,イ号及びロ号物件が「共通変化データ」を利用していることは明らかである。

(2) 「誤差」について
   「誤差」とは,アクセス希望者側で認証用データの生成に使用された時間変数データと,認証側で適否判定用データの生成に使用された時間変数データとの差のことをいう。
 
2.判 決

2.1 主 文

  原告の請求をいずれも棄却する

2.2 争点に対する判断

2.2.1  争点(1)ア(ア)(イ)(イ号及びロ号が本件発明1の構成要件@BD及びEを充足するか)について

(1) 本件発明1における「共通変化データ」,「時間変数データ」,「誤差」及び「誤差自動修復手段」の意義について

 1) 本件発明1の特許請求の範囲には以下のように記載されている。
 A)
 a) 「共通変化データ」は,「アクセスを希望する被認証側と認証側とで共通に変化する」ものである(構成要件@)。
 b) 被認証側では,「動的に変化する認証用データを生成してデータ通信により前記認証側に伝送」するが(構成要件@),この認証用データは,「クロック手段が計時する時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて」生成するものであり(構成要件B),このクロック手段は,「クロック機能を有する」ものである(構成要件A)。
 c) 認証側では,「時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて」,「認証用データの適否を判定して認証を行なう」ものである(構成要件@D)。
 d) 「誤差自動修復手段」は,「前記クロック手段の狂いに伴い前記時間変数データに誤差が生じた場合に」,「それを自動的に修復させて経時的に誤差が累積されることを防止可能とする」ものである(構成要件E)。

 B) 上記b)及びc)を比較すると,被認証側も認証側も,同じく「時間変数データ」を「共通変化データ」として用いているが,被認証側が用いる「時間変数データ」は,「前記クロック手段が計時する時間に応じて変化する」ものとされているのに対し,認証側が用いる「時間変数データ」は,単に,「時間に応じて変化する」ものとされており,明らかに文言上の相違があること,また,上記d)では,「誤差自動修復手段」が修復対象とする「誤差」は,「前記クロック手段の狂いに伴い前記時間変数データに…生じた」ものであるとされていることが指摘できる。

 2) 本件明細書の他の部分の記載を参酌して検討する。
 A) 実施例の記載を検討すると,実施例では,被認証側の腕時計33は,クロック機能を有しているが,時刻標準電波等のコード/データ放送による信号に基づいて,逐一,標準時刻と表示時刻との誤差が修正されるようにされており,この修正された表示時刻から時間変数データを生成し,それを認証用データとしているものと認められる。

 他方,認証側のコンピュータ13又は14も,予め登録されているシークレット関数に現在時刻からなる入力信号を代入して,認証を行うこととされているが,認証側のコンピュータ13又は14の計時する現在時刻については,被認証側の腕時計33のように,標準時刻との誤差を修正する旨の記載は全くないから,そのような修正は行われないものと解される。そしてこの場合,認証側のコンピュータ13又は14の現在時刻も,被認証側の腕時計33と同じく,標準時刻との間で誤差を生じるとしたならば,単に被認証側の腕時計33の表示時刻と標準時刻の誤差を修正するだけでは,両者の計時時刻は一致したものとはならず,適正な認証が行われないこととなってしまうから,実施例における認証側のコンピュータ13又は14が計時する現在時刻は,常に標準時刻に一致していることが前提とされているものと解さざるを得ない。

 そうすると,実施例においては,認証側の現在時刻は標準時刻そのものであるのに対し,被認証側の現在時刻は標準時刻との間で誤差が生じ得るものであり,被認証側の腕時計33に生じる誤差を標準時刻に逐一修正することによって,被認証側の時間変数データと認証側の時間変数データを一致させて,適正な認証が行われるようにしている例のみが記載されているといえる。

 B) このような実施例の記載を,前記構成要件上の「時間変数データ」の相違と照らし合わせると,被認証側と認証側で用いる「時間変数データ」には,前者が「前記クロック手段が計時する時間に応じて変化する」ものであるのに対して,後者が「時間に応じて変化する」ものとされている趣旨は,被認証側の「時間」は,「クロック手段」(構成要件A)が計時するもので,標準時刻との間で誤差が生じる性質を有するものであるのに対し,認証側の「時間」は標準時刻そのものであり,両者の「時間変数データ」には,このような性質上の差異があることを意味するものと解するのが相当である。

 そして,このような理解からすれば,構成要件Dの「時間に応じて変化する時間変数データ」とは,「標準時刻に応じて変化する時間変数データ」という意味であると解される。

 C) 次に,「誤差自動修復手段」について検討すると,特許請求の範囲の記載上,「誤差」とは,「前記クロック手段の狂いに伴い前記時間変数データに…生じた」ものであるとされているが,先に検討したところからすれば,本件発明1では,ここにいう「クロック手段」は被認証側に設けられているものであり,他方,認証側の時間は標準時刻に一致しているから,「クロック手段の狂い」とは,被認証側の時間が標準時刻との間で生じた狂いのことを意味すると解される。したがって,ここにいう「誤差」とは,被認証側のクロック手段が標準時刻との間で狂いを生じたことに伴い,被認証側の時間変数データに生じた狂いを意味すると解するのが相当である。そして,「修復」とは,このように被認証側のクロック手段に生じた狂いを,標準時刻を基準に同期できるように修正することを意味すると解するのが相当である。

 3) 原告の主張について
 原告は,上記のように解するのは,特許発明の技術的範囲を実施例に限定して解釈するものであって不当であると主張する。
 特許発明の技術的範囲が明細書に記載された実施例に限定されるものでないことは,一般論としてはそのとおりである。
 しかし,本件では,先に見たように,@特許請求の範囲に記載された文言,A従来技術の問題点を解決する原理,Bそれらが具体化されたものとしての実施例の記載を総合的に検討した結果として,特許請求の範囲の文言を合理的に解すると,前記のような解釈に至るのであって,単に特許発明の技術的範囲を実施例に限定して解釈するものではない。

(2) イ号及びロ号物件について

 1) イ号物件の構成要件@BDEの充足性を検討すると,総体的にいえば,,本件発明1は,標準時刻という客観的な基準に基づいて被認証側と認証側の同期を図るシステムであるのに対し,イ号物件では,標準時刻を特に基準とすることなく,特定の被認証側と認証側との計時時間に着目して,両者間でその時間差を相対的に調整することによって同期を図るシステムであるという相違がある。これを,各構成要件について具体的にいえば,次のとおりである。

 イ号物件は,本件発明1の構成要件Dにいう「時間」すなわち標準時刻を用いない点で,構成要件Dと異なる。
 原告がイ号物件において認証側の時間変数データに当たると主張する「オフセット更新後時間変数データ」は,オフセット更新がなされた次のアクセス時に生成される比較用コードの一つと実質的に同一である,この比較用コードは,時間とオフセット値という2種類のデータを組み合わせたものを認証側の共通変化データとして利用しているといえる。

 しかし,これら2種類のデータのうち,オフセット値は,認証側と特定の被認証側との間でのみ通用するデータである点で,本件明細書での従来技術(ログイン回数同期方式)と同様の問題点を帯有している。

 したがって,イ号物件は,本件発明1の構成要件Dの「時間に応じて変化する時間変数データ」を充足しない。
 原告が構成要件Eの「誤差」に当たると主張する「オフセット更新後誤差」は,前回アクセス時のオフセット更新後に,被認証側と認証側との間に累積された時間の差を意味するものであるが,この差は,被認証側と認証側の間での相対的な差であるにとどまり,本件発明1の「誤差」のように,被認証側のクロック手段の狂いによって生じた,被認証側の時刻と標準時刻との差ではない。

 また,本件発明1における「誤差」の「修復」は,被認証側においてのみ行われるものと解されるところ,原告がイ号及びロ号物件において「修復」に当たると主張するオフセット処理は,専ら認証側において行われている。

 したがって,イ号及物件は,構成要件Eの「誤差自動修復手段」を具備しない。

 2) ロ号物件は,イ号物件に電子署名用のプログラムを付加したものとしてその侵害性が主張されているものであるから,イ号物件が本件発明1の構成要件D及びEを充足しない以上,ロ号物件も本件発明1の構成要件D及びEを充足しない。

(3) まとめ
 以上によれば,イ号及びロ号物件は,本件発明1の構成要件D及びEを充足しない。

2.2.2 争点(1)イ(イ)(ウ)(イ号及びロ号物件が本件発明3の構成要件CEF及びGを充足するか)について
 本件発明3についての特許請求の範囲の記載は,本件発明1とほぼ同じ(構成要件ABにより,アクセス対象が複数あり,そのための認証の集中管理を行う手段がある点のみが異なる)であって,実施例及び作用効果もほぼ同じであることなどから,,本件発明3の構成要件CEFGの「共通変化データ」,「時間変数データ」,「誤差」,「誤差自動修復手段」の意義は,本件発明1の構成要件@BDEにおけるものと同様に解するのが相当である。従って本件発明1について述べたのと同様に,イ号物件及びロ号物件は,本件発明3の構成要件F及びGを充足しない。

2.2.3 争点(1)ウ(イ)(イ号及びロ号物件が本件発明4の構成要件CEFを充足するか)について
 本件発明4の構成要件@ないしFの記載は,本件発明3の構成要件@ないしFの記載と同一である。したがって,本件発明4の構成要件Fは,本件発明3の構成要件Fと同じ意味に解するのが相当であり,先に述べたのと同様,イ号及びロ号物件は,本件発明4の構成要件Fとは「時間」及び「時間に応じて変化する時間変数データ」の点で異なり,構成要件Fを充足しない。

2.2.4 争点(2)ア,イ(イ号及びロ号方法が本件発明2の構成要件@ACEを充足するか)について
 本件発明2における「共通変化データ」,「時間変数データ」,「誤差」及び「誤差自動修復手段」の意義は,先に本件発明1について述べたところと同様に解されるから,イ号及びロ号方法は,本件発明2の構成要件Cとは「時間」及び「時間に応じて変化する時間変数データ」の点で異なり,また,構成要件Eの「誤差自動修復手段」を具備しないから,構成要件C及びEを充足しない。

2.2.5 争点(3)イ(ハ号物件が本件発明5の構成要件Cを充足するか)について

(1) 「システム説明書」によれば,ハ号物件は,コンピュータに内蔵されるソフトウェアであると認められるから,それ自体では,そもそも構成要件@の「パーソナル演算装置」とはいえないと考えられるが,当事者は,ハ号物件がコンピュータにインストールされた状態のものが本件発明5の技術的範囲に属するか否かを議論しているから,次にその点について検討する。

(2) 本件発明5の構成要件@の「認証側」が使用する時間変数データについては,特許請求の範囲の記載上は,本件発明1のような性質上の限定は特に記載されていない。
 しかし,本件明細書における本件発明5の効果の記載は,本件発明1の効果の記載とほぼ同一であることが認められる。 そしてまた,本件発明5の効果としては,上記に加え,構成要件Cの時刻表示機能の効果として,「万一クロック機能が狂ったとしても現在時刻の表示を見ることによりその狂いを容易に認識することができる。」との記載があるが,標準時刻との「狂い」を前提にしてよく理解できるところであり,構成要件Cの「時刻表示機能」は,標準時刻と表示時刻との差を認識することが,被認証側と認証側との標準時刻を基準とする同期を維持する上で寄与するものに限られると解すべきである。

(3) これに対し,ハ号物件をコンピュータにインストールしたものに,時刻を表示する機能が備わっているとしても,標準時刻と表示時刻との差を認識することが,被認証側と認証側との標準時刻を基準とする同期を維持する上で寄与するという効果を有するものとはいえない。
 したがって,ハ号物件は,本件発明5の構成要件Cの「時刻表示機能」を具備せず,構成要件Cを充足しない。

2.2.6 争点(4)二号物件は,本件発明1ないし4に係る物の生産又は方法の実施にのみ使用する物か)

(1) 二号物件(電子署名用のプログラムを除く)がイ号及びロ号物件の生産又は使用にのみ使用する物であることは弁論の全趣旨から明らかであるところ,イ号及びロ号物件,イ号及びロ号方法が本件発明1ないし4の技術的範囲に属しないことは,これまで述べたとおりである。
 したがって,二号物件は,本件発明1ないし4の生産又は実施にのみ使用する物とはいえない。

(2) また,二号物件の説明書によれば,「電子証明書の発行管理・暗号鍵の管理機能などを提供する」ものである。そして,甲19によれば,イ号及びロ号物件と組み合わせて使用することもできるが,組み合わせないで使用することも可能であると認められる。したがって,二号物件Hは,本件発明1ないし4の生産又は実施にのみ使用する物とはいえない。

3.考 察

 判決は概ね妥当であると考えられる。しかしながら発明の技術的範囲を解釈した手法に一部疑問が残る。また,一の請求項の解釈に他の請求項の解釈を持ち込んでの判断がなされているが,請求項の独立性の見地から問題があると考えられる。さらに本件発明及びイ号物件などはコンピュータプログラムを利用したものであるが,この種の装置又は方法の発明の間接侵害について安易な即断がなされている点がある。以下これらについて考察する。

3.1 特許発明の技術的範囲

3.1.1 用語の解釈
 特許法第70条(旧法)は「特許発明の技術的範囲は,願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定している。そしてこの記載のみによっては特許請求の範囲の意義を明確に理解することができない場合があり,このような場合に特許請求の範囲の意義を解釈するに当たって,発明の詳細な説明・図面を参酌することが行われている。<*1> これは所謂「詳細な説明参酌の原則」であるが,平成6年法では第70条2項に同趣旨を規定している。

 本件の発明1については「共通変化データ」「時間変数データ」「誤差」及び「誤差自動修復手段」の解釈が争点となり,発明の詳細な説明の記載を参酌することでこれらの解釈がなされ,その結果イ号物件などは本件発明1の技術的範囲に属さないとの判断がなされたのである。

 この点につき判決は,「@特許請求の範囲に記載された文言,A従来技術の問題点を解決する原理,Bそれらが具体化されたものとしての実施例の記載を総合的に検討した結果として,特許請求の範囲の文言を合理的に解すると,前記のような解釈に至るのであって,単に特許発明の技術的範囲を実施例に限定して解釈するものではない。」と述べている。

 本件の場合,上述の4つの用語を解釈するに当たっては,「発明の詳細な説明」にさえも直接的には一切説明されていない,認証側の「時間」が「標準時刻」である,と認定し,これに基づいた解釈を行った。
 このような認定にいたる考察の起点は「特許請求の範囲」に,被認証側では,「クロック手段が計時する時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて」とあるのに対し,認証側では,「時間に応じて変化する時間変数データを前記共通変化データとして用いて」と記載してあり,両者の文言が相違していることから,両者の「時間変数データ」は異なるものであるとした点にある。そして「誤差」,「誤差自動修復」及び従来技術を考慮して,認証側装置の「時間」が被認証側装置の時間とは異なる「標準時刻」である,と結論づけた。

 請求項において文言上の相違がある2つの概念は相異なる概念である,と解釈すべきであるが,本件の場合は「クロック手段が計時する」の形容詞句の有無が両者の相違なのである。従って,この形容詞句が無い認証側の「時間」は形容詞句がある「時間」も含む,と解釈するのが少なくとも修辞学上は正しい。発明1のクロック手段はその存在位置が規定されていないから認証側にも存在するとの解釈は可能であり,

 そうすると認証側の時間もクロック手段が計時する時間であるということ,換言すれば被認証側と同様であるということができる。勿論各クロック手段が計時する現在時刻はそれぞれに異なるから両者間に「誤差」が発生し,その「自動修復」も意味のあることである。そして発明1の請求項においては「誤差自動修復手段」が被認証側にあると限定している訳ではないから,「誤差」に関しての解釈上の矛盾は生じない。

 判決は,認証側が被認証側と異なる「時間」を用いているとの判断をし,その前提に立って記載がない認証側の仕組みを推測して認定した。しかし上述のような観点から認証側が被認証側と同じ「時間」を用いるとの判断がなされていれば,前提が異なり,逆の判決が得られた可能性を否定できない。

3.1.2 請求項の独立性

(1)コンピュータプログラムとこれをインストールした装置

 本論にはいる前にハ号物件の扱いについて述べる

 ハ号は1.3(1)に記載したようにコンピュータプログラムであり,CD-ROMなどの形態で販売がされ得るものであり,これをコンピュータインストールすることでイ号物件を構成する被認証側装置となる。

 これに対して本件発明5は特許請求の範囲の記載に明らかな如くパーソナル演算装置である。そして該装置は時刻表示機能を有し,該装置を構成するデータ生成手段はクロック機能を有している。

 ハ号物件はコンピュータプログラムであるから,装置ではなく,それ自体で時刻表示機能を有さず,また,クロック機能はこのプログラムには有しておらず,ハ号物件をインストールする装置(コンピュータ)自体に備えられているクロック機能を利用する。従ってハ号物件は発明5の技術的範囲に属さないことが明白である。

 判決においてはハ号物件は「それ自体では,そもそも構成要件@の「パーソナル演算装置」とは言えないと考えられる」とした上で,当事者双方の主張に従い,ハ号に係るコンピュータプログラムをインストールした装置がハ号物件であるとして検討している。

 ハ号のプログラムが発明5の装置の特許権を侵害する,と主張するためには,間接侵害について次項で述べるように,本来はハ号のプログラムが発明5の装置の「生産にのみ使用する物」である,と言う必要がある。しかし本件ではハ号がプログラムをインストールした装置であるとしての主張が認められており,原告にとってはそれ自体好都合であったと思われる。一方,被告はハ号をそのような物として受け入れたことは錯誤によると推測される。

(2)請求項の独立性

 特許法70条を再度引用するまでもなく発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められる。 発明5についての争点の判断においては,発明5の技術的範囲をその請求項の記載だけに頼らず,発明5の装置の前提が発明1のシステムと同様であると認定して行っている。

 発明5は被認証側装置に関する物である。ここには認証側装置は構成要素とはなっておらず,「誤差」及び「誤差自動修復手段」の文言は存在しない。そして発明1において被認証側(「クロック手段が計時する時間に応じて変化する時間変数データ」)と認証側(「時間に応じて変化する時間変数データ」)とで相違するとされた「時間変数データ」については後者の記載はない。

 然るところ,アクセス希望者側(被認証側)と認証側とで共通に変化する「共通変化データ」及び「共通変化データ」として用いられ,被認証側のクロック機能が計時した時間に応じて変化する「時間変数データ」の解釈に,認証側の「現在時間」が「標準時刻」であるとの発明1同様の認定を用い,ハ号物件は発明5の技術的範囲に属するものではないと判断している。

 発明1同様の認定をした理由は,発明5の効果の記載が発明1とほぼ同様であること,及び発明5に固有の「時刻表示機能」に依る効果を「標準時刻」との狂いを前提にしてよく理解できるものである,と認定したことにある。

 冒頭に引用掲記したように,特許法第70条1項は発明の技術的範囲を特許請求の範囲の記載に基づいて行わなければならない。発明1の用語の解釈の元となった,認証側の「現在時刻」は「標準時刻」であるとの認定は,
 ・被認証側でクロック手段の狂いを({標準時刻」に)自動修復していること,
 ・認証側で修復する旨の記載がないこと,
などによる。ところが発明5ではクロック機能の狂い,または自動修復の記載がないことから上述の如く認証側の「現在時刻」を認定して,「共通変化データ」が標準時刻に依存するものであるとの認定をする必要はない。認証側,被認証側の時刻に誤差があったとしても,ともに同様に経時的に変化していくのであり,実際若干の相違は許容されることが明細書の記載からも認められる。従って,「誤差」「誤差自動修復手段」とは無関係な発明5に「標準時刻」に基づく解釈をする必要性は認められない。そして,判決が拠り所とする効果の記載は,認証側,被認証側の時刻に誤差がある場合においても奏される効果として認められるものである。

 特許法施行規則の明細書の様式の備考欄には「用語は…明細書全体を通じて統一して使用する」と記載されている。これに従えば発明5においても認証側が「共通変化データ」を利用している旨の記載があるから,この「共通変化データ」を発明1と同様に解釈するとの考えもあり得る。しかしながら特許法70条の規定及び請求項の独立性(請求項の法的地位はそれぞれ別個・独立であること)に鑑みればハ号/発明5についての判断は疑問が残る物であるといわざるを得ない。

3.2 コンピュータプログラムと間接侵害

(1)特許法第101条1号は「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産にのみ使用する物を業として生産し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為」は特許権を侵害するものとみなす,と所謂,間接侵害を規定している。

 特許発明が「物」である場合,コンピュータにインストールすることで当該特許発明の「物」になるプログラムの生産または譲渡などが間接侵害に当たるか否かについては次のような議論がある。

 即ち,まず,プログラムをコンピュータにインストールすることが「特許発明の物の生産に使用すること」に該当するか否かである。プログラムをインストールすることでコンピュータが特許発明の「物」になることに鑑みればインストールを「物」の生産と見なすことは不可能ではないが,当該プログラムが生産に使用されるか,というと,インストールに係る部分は「生産に使用する」としても,「物」の機能を実現する部分は「生産に使用する」のではなく,「物」に内在して所要の働きをするものであり,この観点からは否定的であると言わざるを得ない。

 後者の部分を「物」の部品と見なす考えも可能である。しかし,部品として機能するのは当該プログラムの実行時であり,そのようなプログラムをハードディスクに用意しておくことが,「物」の生産に使用すること,に該当するか否かについては議論を煮詰める必要がある。

 プログラムは有体物ではないから,民法85条に言う「物」ではない。更にプログラムを記録した記録媒体(一般的にはプログラムはCD-ROMなどの記録媒体に記録した状態で販売される)は「物」ではあるが,特許発明の「物」に係るプログラムだけではなく,他のプログラムも混載記録してある場会(このような場合が多い)は,記録媒体が特許発明の「物」の生産にのみ使用する物である,とは直ちには言えない。

 特許法101条に2号は「方法」の発明についての間接侵害を「特許が方法の発明についてされている場合において,その発明の実施にのみ使用する物を業として生産し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為」と規定している。「方法」の発明の場合は「物」の発明の場合と異なり,「生産に使用する」に関する問題点はなく,プログラムが「実施に使用」される点については殆ど問題がないと考えられる。しかしながら,プログラムが「物」であるか否か,及びプログラムを記録した記録媒体が「のみ」の条件を満たしうるか否かについては同様の問題を有している。

 このようにコンピュータプログラムを利用した「物」又は「方法」の発明に係る特許権に基づいて競業者の同様のプログラムに対して権利行使するには乗り越えるべき問題があったのである。

 このような問題を払拭するために特許庁は1997年4月1日以降の出願については「コンピュータプログラムを記録した記録媒体」を物の発明として認めるという審査運用指針を発表した。<*2>「特定のコンピュータプログラムを記録した記録媒体」が請求項に記載された発明である場合は,同様のプログラムを記録した記録媒体の生産または譲渡などは直接侵害に当たるのである。

(2) さて,本件の発明1,3乃び4はシステム及び装置,即ち「物」の発明であり,発明2は方法の発明である。コンピュータで本件発明1,3及び4のシステム,装置を構成するに際しては当然にプログラムを必要とし,またコンピュータを利用して本件発明2の方法を実施するにもプログラムを必要とする。従って本件が97年4月1日以降の特許出願であれば対応プログラムを記録した記録媒体を請求項に記載していた筈と考えられる発明ではある。

 ニ号物件は既述のとおり認証側装置用のコンピュータプログラム及び被認証側装置用のハードウエア並びにイ号物件に組み合わせることでロ号物件を構成する電子署名用のプログラムのそれぞれである。

 判決では,ニ号物件(電子署名用のプログラムを除く)は「イ号及びロ号物件の生産又は使用(「方法の実施」の誤記である)にのみ使用する物であることは弁論の全趣旨から明らかである」と認定している。

 この認定は以下に指摘するような誤りがある。即ちニ号物件の組み合わせがイ号物件またはロ号物件である。たとえば認証側装置用の2種類のプログラム及び被認証側装置用のハードウエアの組み合わせがイ号物件の一つであり,これを構成する前記2種類のプログラム及びハードウエアのそれぞれがニ号物件なのである。 従ってニ号物件がイ号物件の「生産に使用する物」であったり「実施に使用する物」であるという認定または記載は誤りである。

 判決のこの部分は,争点(4)即ち, 二号物件は,本件発明1乃至4に係る物の生産又は方法の実施にのみ使用する物か,との間接侵害についての判断を示す部分であること,及び前述のようにニ号物件及びイ号またはロ号物件を目録通りに把握することとすれば,判決のこの部分は,「ニ号物件は,イ号またはロ号物件によって構成されるシステムまたは認証側若しくは被認証側装置の生産にのみ使用する物であることは弁論の全趣旨から明らかである」と記載すべきであった,と思われる。なお,ニ号物件とイ号またはロ号方法との関係には言及していないから「実施にのみ使用する物」の記述は特には必要としないと思われる。 

 しかして,ニ号物件のうち,ハードウエアは言うまでもなく,プログラムも記録媒体に記録して販売されることから,これらを「物」と認定する点に問題はない。しかしながら,ニ号物件のうち,認証側装置に係るプログラム(以下ニ号プログラムという)またはこれを記録した記録媒体がイ号(またはロ号)物件によって構成されるシステムまたは装置の「生産に使用する」物である,との点は,前述したような間接侵害についての問題点が存在する以上,何らの判断根拠の説明もないままに認定して良いことではない,と考える。

 本件ではニ号プログラムをインストールしたコンピュータなどによって構成されるシステムは発明1などの技術的範囲に含まれないのであるから,二号プログラムが発明1のシステムの「生産にのみ使用する物」であるとの認定をした訳ではないが,発明1のシステムと対比すべき,イ号物件によって構成されるシステムについての上述のごとき認定は, 「コンピュータプログラムをコンピュータにインストールすること」が,発明に係る「システム・装置・物の生産に使用すること」であると間接的に認定したのと同等であると見なされる。コンピュータプログラムを用いたシステム・装置の発明の特許権には前述のような問題点が存在するのであるから合理的な根拠の説明が望まれた。

(3) 前述の審査運用指針の発表の時点ではすでにコンピュータプログラムは通信ネット上で流通するところとなっていた。プログラムが記録された記録媒体という有体物が特許の対象になったことから,通信ネット上を流通するプログラムの権利化を狙って「特定のコンピュータプログラムが伝送されている伝送媒体」などの請求項が特許出願明細書に記載されることがあった。

 コンピュータプログラムを利用した発明の権利行使の便宜性などに配慮して特許庁は,2001年1月10日以降の出願についてはコンピュータプログラム自体を「物」の発明として請求項に記載できる,と審査基準を改めた。<*3>

 これによって生産,流通などの形態の進化に関わらずコンピュータ利用発明の特許権は,直接侵害としての権利行使を行いやすい状況を手に入れることになった。しかしながら「コンピュータプログラム」が「物」である,と認めることが法的に正しいか否かは不明なままであり,特許法の改正または司法上の判断が待たれる。


注記
*1 東京高判昭44.5.16 「ボールペン事件」無体集1巻108頁
   大阪地判昭61.3.14「電気かみそり事件」判例時報1200号142頁など
*2 平成9年2月 特許庁「特定技術分野の審査の運用指針」
*3 平成12年12月 特許庁「特定技術分野の審査基準」


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