電気工事は知的財産の宝の山だ −知っておきたい特許の話− |
弁理士 河野登夫 |
(電気と工事2006年12月号に掲載) |
1.知的財産って何だ 知的財産と言う言葉が関係者の間で多用されるようになってまだ10年ほどにしかならない。しかし、小泉前首相が2002年の施政方針演説で「知的財産立国」をぶちあげ、様々な施策が取られるようになるにつれて一般の人々の間でさえも使用頻度がぐ〜んと高くなった。 「知的財産立国」の狙いは、80年代にレーガン米大統領が取ったプロパテント(特許保護重視)政策と同様、不況脱出にあった。米国と同様に成功したかどうかの評価を下すのは未だ早い。いずれにせよ、「知的財産」は「知的」で「財産」があるイメージ故に、言葉として魅力的ではある。 さて、知的財産権(知的所有権と言うこともある)とは第1図にあるように、特許権及び著作権など、知的創造によって創作されたそれ自体は無形の財産である。知的財産権の内、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権の4つの権利は、特許庁が所管し、産業財産権と総称される(工業所有権とも言われる)。 第1図 知的財産権の種類(特許庁資料より) いずれの権利も法律で保護されるが、申請し、審査を経て登録されるもの(特許権など)と、申請不要のもの(著作権、営業秘密など)とがある。 知的創作物すべてが保護されるかというと、さにあらず。法律上の仕組みがないと保護されない。たとえば料理のレシピであるが、これ自体を直接的に保護する法律はない(厳密にいえば、特許法による保護の可能性が皆無という訳ではない)。 2.制度は変化していくもの こうした知的財産権の中で、読者に関係が深い特許権、実用新案権及び意匠権についてさっとおさらいしてみよう。端的に言えば特許法は大発明を保護するための法律、実用新案法は小発明(考案)を保護するための法律である。 特許制度では、申請された発明に対して審査が行われ、「新規である」など、特定の要件を満たすものが特許される。特許制度については次章以下で詳しく説明する。 実用新案制度も古くは特許同様の制度であったが、現行制度では、申請に際しての形式的な条件を満たせば、考案の内容の良否に関係無しに登録される(無審査登録制度)。 権利行使をする場合は、特許庁による技術評価書の取得が必要である。権利期間の短さ、使い勝手の悪さなどのために、現行制度に改定された1994年以降年々出願件数が減り続けてきた。制度の手直し(保護期間6年→10年など)で昨年には増加に転じた。とはいうものの旧制度のピーク時の1/20以下、と寂しい状態にある。 意匠制度は物品のデザイン(形状・模様・色彩)を保護する制度である。数年前の改正で物品全体のデザインのみならず、物品の部分についても保護されることになった。例えばドライバーの「握り部」、柱上安全帯の「フック」などである。 また、近々施行される改正法で登録後の保護期間が従来の15年から20年に延長される。またこれまで保護されなかった携帯電話の画面デザインなど、物品との関係が密接な画面デザインも保護対象となる。 海外製のデザイン盗用品は、著名ブランド品のみならず、日用品、工業用品でも結構多い。「あれっ。ウチの製品とソックリ。でも意匠登録してないから退治できないのか。安値で市場を食い荒らされるのは困りもんだ。」という経験はないだろうか。でもご安心。不正競争防止法はソックリ品を排除してくれる。ただし、自社製品発売後3年以内に限られる。 産業の保護に関係する法律は、産業構造の変化や時代の要請に応じて改正されていく。現行の特許制度は、1959年に公布された特許法に対して改正を何度も繰り返してできあがっている。一部のメーカーの設計/開発技術者は、特許制度に大きな改正がある都度、教育、研修をうける。 しかし電気工事に携わる技術者を含む大半の技術者は入社時に1〜2日の特許教育を受けるだけと言うのが普通であろう。そこで習った特許制度が不変のものとして頭に刷り込まれている筈であるが、特許制度はめまぐるしく替わって来たのである。 以下近時の改正をふまえて最新の特許制度を概説する。 3.特許制度のあらまし 第2図は特許取得のために必要とされる手続きの流れを示している。図中( )付きは場合によっては生じる手続き、( )なしは必ず起こる又は必要な手続きである。手続きは出願人本人が行うことができるが、@手続きが煩瑣であり、またA強い権利を得るための文章の作成が難しい、ので専門の代理人(弁理士)に任せるのがよい。特に、Aの理由から発明が属する技術に明るい弁理士を選択すべきである。 第2図 特許出願から登録まで 出願用の書類を整えて特許庁に出願すると、事案を特定する出願番号が付与される。手続きに形式的な不備がある場合は補正命令が発せられるので命令に対応する手直しをする(補正書提出)。出願書類は出願日から1年6ヶ月を経過すると「公開公報」に掲載され、誰もが発明の内容を知ることができる状態になる。 アメリカ合衆国のように出願すれば審査される制度とは異なり、日本など多くの国では、審査の請求を別手続きとしている。出願料に比べて高額な審査請求料の出費を遅らせるとか、開発して出願したものの事業化の見込みが立たない発明には審査請求せず経費節減を図る、などのメリットがある。 審査請求は出願日から3年以内に行う必要がある。 公開公報を見た第3者も審査請求することができる。この制度は他人の発明が自らの事業展開、開発計画にどのように影響するかを早期に知りたい場合に利用される。 公開公報で他人の発明を見て、その成立を妨げたい場合がある。これには「情報提供」という制度があり、特許出願日以前に発行された文献を提出し、特許すべきではない理由を申し述べる。以前存在した異議申立制度は廃止された。 技術分野によって異なるが、審査の結果は審査請求後平均2年程度待たないと得られない(1年まで短縮する努力がなされてはいるが・・・)。これでは遅い、という出願人のために急いで審査する、という早期審査請求の制度がある。3ヶ月程度で結果が知らされる。 審査の結果は「特許査定」か、または「拒絶理由通知」である。「拒絶理由通知」は特許することができない、という理由を示したものであるが、およそ95%はその案件の出願日以前の文献を引いて、発明がその文献と同一または類似するというものである。 こうした特許庁審査官の認定に対して、反論し(意見書)また、権利化しようとする発明の権利範囲を小さくするなどの手直しをして(補正書)、再度審査官に判断を委ねる。これによって特許査定が得られればめでたし、めでたしだが、反論・補正が認められなければ拒絶査定となる。 拒絶査定となった場合、特許庁内の上級審である拒絶査定不服の審判に持ち込むことができる。第2図には記載していないが、さらにその上級審として知的財産高等裁判所→最高裁が用意されている。 特許査定がなされたあとは特許料(3年分一括)を納付する。これにより特許権が登録され、権利が発生する。図示はしないが特許公報の発行、特許証の交付が行われる。4年目以降は1年ずつの特許料の納付が可能である。納付が期限内に行われないと特許が失効するので注意して管理することが必要である。 発生した権利に対して無効審判が請求されることがある。一般には特許侵害訴訟が起こされたときの対抗策として請求される。 4.費用はどれくらい? 費用は特許庁へ支払う分と、代理人へ支払う分とに分かれる。権利の数、発明自体及び図面の複雑さ、によって異なり、数が多く複雑になるほど高額になる。一概には言えないので、以下の数値は大凡の目安と考えてほしい。 出願の当初費用は20〜40万円程度。審査請求時には20万円程度が必要である。 拒絶理由通知(第2図には1回分しか記載していないが複数回の場合もある)に対する応答は1回10万円程度。 めでたく特許になった場合は、特許料1万円程度(3年分一括)の納付と、代理人への成功報酬10〜15万円などを必要とする。 出願書類の作成はマニュアル本によって自分で作成することもできる。また各地の発明協会での指導も受けることができる。しかし事業に関わる発明の出願は弁理士(それも関連技術に明るい)に任せるべきである。素人出願では大切なアイデアが公開されただけに終わったり、実効のない権利になったりすること必定である。 弁理士費用については必ず見積もりをもらうこと。費用に納得する上でも、価格交渉をする上でも重要である。見積もりを出してくれない場合は敬遠した方がよい。 特許庁へ支払う費用は一定の条件を満たせば高額な審査請求料及び特許料(これは低廉)の減免が受けられる。また早期審査の請求も中小企業には有利な制度になっている。出願人の状況に応じた支援制度については特許庁のホームページを参照すると良い。これとは別に、地方自治体も独自の制度で外国特許出願費用などの支援を行っている。 5.事前調査の重要性 アイデアが浮かんだらまずチェックするのがウェブ上の「特許電子図書館」である。他人が先に出願していないかどうかを調べる有力なツールである。他人の同一または類似の出願が有れば特許にならないから、調査の結果によっては無駄な出願を回避することが出来る。 また、自分のアイデアが特許になるかどうかの調査だけではなく、他人の特許権を侵害することがないかどうかも併せて調べることが出来る。 最も重要で簡単な方法を説明しよう。検索エンジンで「特許電子図書館」を探して、そのトップページを開き、「特許・実用新案検索へ」の「公報テキスト検索」をクリックすると第3図の検索画面が出る。画面から理解されるように3つの検索項目のAND条件の検索が行われるようになっている。 第3図 特許電子図書館からの公報検索画面 「検索項目選択」はプルダウンメニューになっている。そのなかから「要約+請求の範囲」を選ぶ。そして自分のアイデアの技術分野、製品名、工夫部分など、アイデアを特徴づける単語を「検査キーワード」に入力して「検索」してみると良い。 3つの「検索項目選択」のそれぞれに入力した単語間の検索条件はANDに固定されているが、同一の項目内に入力する単語は複数の入力が可能(キーワード間にスペース)であって、条件はORまたはANDに切り替えられる。 検索結果の数が多すぎた場合は、条件を変更する。 例えば「検索項目選択」のプルダウンメニューから「公開日」を選んで「2006?」のように年度ごとに検索をするなどの手法を取ればよい。「ヘルプ」メニューもわかりやすいし、電話で質問に答えてくれるヘルプデスクもある(トップページ参照)。 自分で「特許電子図書館」を使えると有る程度の判断ができる。しかし重要な案件については専門のサーチャーの手助けを借りる方が安心である。 中小企業の場合は特許出願に関する先行技術調査を無料で受けることができる制度が有る(特許庁ホームページ参照)。但し特許出願済みの案件に関しての制度なので、審査請求の適否判断用と言うことになる。 従来の事業の延長上にある開発技術については、それまでの経験則に照らして、特許権侵害のおそれがあるかどうかは、特に調査をする迄もないことが多い。しかし、新規分野に参入する場合には、特許調査は不可欠である。順調に売れ出した矢先、特許侵害を伝える警告状が舞い込み、製造、販売の停止に追い込まれ、開発費用、金型投資などをフイにすることがある。開発準備段階での特許調査が望まれる。 調査結果の分析のうち、他人の権利の侵害に関することは弁理士に依頼することが肝要である。素人判断では無用のリスクを抱え込みかねない。 6.電気工事分野のアイデア この分野の技術についてみると、工事方法、メンテ方法、電気設備、工具など様々な工夫が考えられる。特許制度は「物」の発明だけではなく、「方法」の発明も保護対象としているので基本的には電気工事分野の工夫は特許法でまとめて保護されると見て良い。 但し、デザインは良いが機能に新しさがない、と言った物は意匠法での保護を考える必要がある。 2003年からはコンピュータプログラムも物として保護する、と特許法が改正されたので、設備の監視などに関するプログラムも特許法で保護される。プログラムは著作権法でも保護される。 既述のように、著作権は申請不要であるが、プログラムについては登録の制度があるので利用した方がよい。 このように電気工事の分野は様々な工夫をして権利化できる知的財産の宝の山といえるのである。 一件の特許出願をすれば十分と言うことはない。改良技術を特許化して権利を増やしていくことが、他企業の参入意欲を削ぐ上で重要である。また一つのアイデアを多面的に保護する作戦が重要である。 事例を検証してみよう。第4図に示すのは特開2006-10365号公報に記載された発明であり、碍子の表面汚染による放電を撮像して設備の不良を検出する電気設備の点検装置を示している。 発明の骨子は、紫外線カメラで碍子を時系列的に撮像し、撮像した紫外線を積算して積算像を得、積算像の画面上で隣接する紫外線像をグループ化し、グループのサイズを天候に応じた閾値と比較して大きい場合には点検・洗浄をするというものである。 第4図 電気設備点検システム(特開2006-10365) 多面的な保護、というのは、このような装置だけを特許にするのではなく、この装置での点検方法、(用途を電気設備の点検に限らない)紫外線映像の処理方法、及びこの処理方法をコンピュータで行わせるためのプログラムを纏めて特許にしようとすることである。 特許された場合には電気設備の点検装置に限らず、他分野の画像処理装置も、最重要のソフトウエア部分も独占できるし、ライセンスする場合に、点検方法の実施回数に応じた料率を設定する、と言うことも可能になるのである。 最後にビジネスに関する特許出願を紹介しておく。 第5図に示すのは特開2005-352661号公報の発明「ビルメンテナンス契約維持支援方法」を実施するためのシステムを表す。 第5図 電気設備点検システム(特開2006-10365) この発明は、ビルオーナーが賃貸料の値下がり、空き室の増加といった事情から、自社が結んでいる保守契約を安価な料金の業者に切り替えようとするのを未然に防止して契約更改を得ることができる、という方法である。 エレベータ運行記録データベースにエレベータの動作時間、動作回数などを自動記録していく。そして、動作に関する指数が減少していること、空室率が所定値以上高いこと、及び過去の契約変更の有無の情報などでビルごとのランク分けをして、ランクに従って営業スタッフの巡回リストを作成するというものである。 このようなビジネス上の工夫も特許の保護範囲に含まれているのである。 日常的ではない仕事を見つけたら、また解決が困難な問題点を解決したら、そこには発明があるはずである。いつも、特許にできないか、というマインドを持っていてほしいのである。 |