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Webブラウザ技術と特許権侵害

〜GoogleのAutoLink及びAdSenseが侵害となるか〜

Hyperphrase Technologies, LLC et al.,
Plaintiffs-Appellants,
v.
Google, Inc.,
Defendant-Appellee.

執筆者 弁理士 河野英仁
2008年2月20日

1.概要
 Web技術に関する特許権侵害事件が近年増加している。昨年末はマイクロソフト社が「Office」及び「Windows」に搭載した「Product Activation(不正コピー防止技術)」が、特許権侵害であるとして提訴された。この事件では、約150億円もの損害賠償金の支払い命令がなされた*1。検索エンジンをベースに業績を急速に伸ばしているGoogleも例外ではない。

 GoogleはAutoLink及びAdSense*2に係るサービスを提供していたところ、4つの特許を侵害するとして提訴された。CAFCは、AdSenseに関しては非侵害と判断したが、AutoLinkに関しては、非侵害と判断した地裁の判決を取り消した。

2.背景
(1)AutoLink
 Googleが提供するAutoLinkは、Webブラウザに搭載されるアプリケーションの一つである。AutoLinkはWebページ内のコンテンツを自動的にスキャンし、所定のトークン(一定の文字列)を検索した場合、異なるWebサイトへのハイパーリンクへ置き換える技術である。

 例を挙げて説明する。図1はAutoLinkの仕組みを示す説明図である。オンラインショップにより書籍を購入した場合を想定する。

AutoLinkの仕組み

図1 AutoLinkの仕組み

 Webブラウザには配達される本に関する情報として、タイトル、ISBN(国際標準図書番号)、配達先住所、及び、配達荷物問い合わせ番号等の情報が表示される。AutoLinkは表示内容から、トークンとしてISBN(国際標準図書番号)、配達先住所、及び、配達荷物問い合わせ番号を抽出し、Googleサーバへ送信する。

 Googleサーバは、トークンを解析し、Redirect URLとよばれる関連するWebサイトへアクセスするためのURLをWebブラウザに返す。Webブラウザ上のトークンに対応する情報には、Redirect URLが埋め込まれたハイパーリンクが設定される。

 例えば、ISBNのハイパーリンクをクリックした場合、Amazon.comまたはその他のオンラインブックストアのWebサイトにアクセスされ、当該ISBNに対応するWebページが表示される。また、住所に対応するハイパーリンクをクリックした場合、Google Mapへジャンプし当該住所に対応する地図が表示される。さらに、荷物問い合わせ番号のハイパーリンクをクリックした場合、郵便局の荷物トラッキングシステムへアクセスされ、現在の配送ステータスが表示される。

(2)原告の特許
 Hyperphrase(以下、原告)は、U.S. Patent No. 5,903,889(以下、889特許), U.S. Patent No. 7,013,298(以下、298特許), U.S. Patent No. 6,434,567(以下、567特許)、及び、U.S. Patent No. 6,526,321(以下、321特許)を所有している。

 889特許等は相互に関連する特許であり、その概要は以下のとおりである。図2は889特許のFIG.14Cであり、テキスト文書を示している。また図3は889特許のFIG.14Eであり、ハイパーリンク生成後のHTML文書を示している。
889特許のFIG.14C

図2 889特許のFIG.14C

889特許のFIG.14E

 図3 889特許のFIG.14E

 原告の889特許等は、テキスト文書内のデータリファレンス、またはレコードリファレンスとよばれる文字を抽出する。図2の例では「Catheterization(カテーテル) Report for Charles F. Smith」及び「Catheterization Reports」が抽出される。そして、図3に示すようにこれらデータリファレンスに対応するハイパーリンク740、744が図3の如く設定される。医師はこのハイパーリンクをクリックすることにより、詳細な情報を容易に入手することができる。

 2006年4月13日原告はGoogleに対し訴訟を提起した。GoogleのAutoLink及びAdSenseが上記4つの特許の50個のクレームを侵害していると主張した。地裁は、原告の主張を退け、文言上及び均等論上も、GoogleのAutoLink及びAdSenseがこれらの特許を侵害していないと判断した*3。原告はこれを不服として控訴した。

3.CAFCでの争点
(1)データの参照先を単数に限定解釈することが妥当か?
 本事件では、「データリファレンス(data reference)*4」の文言解釈が問題となった。「データリファレンス」は、AutoLinkにおける「トークン」に該当し、他のデータを参照する情報である。地裁では、クレーム*5の文言「データリファレンス」が、他の唯一(one and only one)のデータのみを参照すると限定解釈した。また地裁は、GoogleのAutoLinkのトークンは複数のデータを参照することから、非侵害であると判断した。  例えば、AutoLinkでは、車両登録番号がトークンの場合、参照される情報は、一つではなく、車両所有者情報、保険データ、及び事故歴等が参照される。本事件では、参照先のデータを単数に限定解釈した点が、妥当か否かが争われた。

(2)共通のアドレスか、または、異なるアドレスか?
 567特許のクレーム35*6には、「データリファレンス」の文言は存在しないが、ユーザのコンピュータと各種情報を提供するデータベース(DB)との間において送受信される「アドレス形式」の文言解釈が問題となった。  地裁は、567特許のクレーム35は、ユーザのコンピュータとDBとの情報の送受信を共通のアドレス形式を用いることを要件としていることから、異なるアドレス形式を用いるAutoLinkは非侵害であると判断した。原告はこの文言解釈が妥当でない点、及び、均等論による侵害を主張した。

4.CAFCの判断
(1)comprisingに連動する”a”は単数及び複数を含む
 CAFCは、唯一のデータのみを参照すると限定解釈した地裁の判断を誤りと判断した。つまり、クレームのどこにも、「唯一の」と限定する文言もなく、明細書及び審査経過においてもデータリファレンスが、単一のデータのみを参照するとは記載されていないからである。

 またクレームでは”comprising・・・a second reference”と記載している。クレームの記載方法としてcomprising 節を用い、かつ”a”を用いた場合は、特に限定する記載がない限り、それは、単数及び複数を含むのである*7

 多くの実施例は、「トークン」に相当する「データリファレンス」が単一のデータを参照している点を記載している。しかし、図2下部の「Catheterization Reports(カテーテルレポート)」と記載されたデータリファレンスが、図3下部に示す2つのハイパーリンク744(Radiology Catheterization Reports 及びHemodvnamic Catheterization Reports)を通じて、2つのレコードを参照している実施例も一部記載されていたことから、CAFCは単数に限定解釈した地裁の判断を誤りとした。

 そして、非侵害とした地裁の判断を取り消し、「データリファレンス」を除く他の文言をも考慮して、889特許及び321特許に係る特許侵害の存否を判断するよう地裁に命じた。

(2)従来技術欄に記載の技術には権利は及ばない。均等論も適用されない。
 一方、567特許に関しては、CAFCは非侵害と判断した。567特許の「BACKGROUND OF THE INVENTION」の欄には、従来技術に対する問題点が記述されていた。複数のDBにおいて使用されるアドレス形式は相違することから、従来のシステムでは、ユーザのコンピュータとDBとの間に仲介コンピュータを設け、当該仲介コンピュータにユーザのコンピュータから送信されたアドレス形式を、各DBが規定するアドレス形式に変換する処理がなされていた。

 例えばAmazon.comのDBと、Google MapのDBで用いられるアドレス形式は異なることから、仲介コンピュータがアドレス形式を変換していた。567特許のクレーム35はこの問題を解決するために、変換が不要な共通アドレス形式を採用したものである。

 一方、AutoLinkで利用されるGoogleサーバはまさにこの「BACKGROUND OF THE INVENTION」に記載の仲介サーバと同じ構成を採用しており、クレーム35に記載の共通アドレスを利用しない。このことから、CAFCは、AutoLinkは文言上567特許のクレーム35を侵害しないと結論づけた。

 さらに、CAFCは均等論上においても、AutoLinkは567特許のクレーム35を侵害しないと判断した。均等論はクレームの文言を超えて侵害の有無を判断するものであるが、Perkin-Elmer Corp.事件*8において判示された如く、イ号装置が公共領域、即ち従来技術領域に属するのであれば均等論は適用されない。以上のことから、CAFCは、AutoLinkは567特許のクレーム35を文言上及び均等論上侵害しないと結論づけた。

5.結論
 CAFCは889特許及び321特許について、特許非侵害とした地裁の判決を取り消し、再度審理を行うよう事件を地裁に差し戻した。一方、CAFCは、567特許を侵害しないと判断した地裁の判断を支持した。

6.コメント
 AdSenseについては紙面の都合上、説明を省略したが、CAFCは文言上及び均等論上も特許を侵害しないとした地裁の判断を支持した。一方、AutoLinkについては、CAFCは単数に限定解釈した地裁の判決を取り消した。

 本事件において確認すべき点は以下の2点である。

(1)クレームにおける名詞の数に特徴がない限り、open-endedの”comprising+a+名詞”を用いる。
 つまりcomprising節で始まるクレームの権利範囲は、記載された構成要件全てを具備するイ号のみならず、当該構成要件及びこれ以外の事項を有するロ号までをも含む。従って、a+名詞をcomprising節により記載している限り、単数名詞及び複数名詞の全てを権利範囲に含むことになる。

(2)従来技術の欄で必要以上に従来の技術を説明しない。
 従来技術の欄に記載した事項は、出願人自身が先行技術であると自認したことになる。本事件の如く、自身の記載により文言上の侵害及び均等論上の侵害の主張が不可能となる。

 AutoLinkと同様の技術である889特許等は、Googleが設立されるよりも前の1997年に出願され、1999年には特許が成立している。ソフトウェア会社である特許権者のHyperPharaseが大手ソフトウェア会社を相手取って侵害訴訟を提起するのは、今回が初めてではない。

 2003年にはマイクロソフト社のOffice XPが特許権を侵害するとして、20億ドルの損害賠償請求訴訟を提起している。

判決 2007年12月26日
以 上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1125.pdf

【注釈】
*1 Z4 Technologies, Inc v. Microsoft Corp. Docket No. 2006-1638 (Fed. Cir. 2007) 詳細は、
http://www.knpt.com/contents/cafc/2008.01/2008.01.html
*2 AdSense:クリック保証型(PPC: Pay Per Click)のインターネット広告サービス。HP内のコンテンツを自動的にクロールし、そのコンテンツと関連のある広告をHPに表示する。ユーザがHP内で広告をクリックする度に、報酬が支払われる。
参考:Google 社AdSenseの紹介ページ
https://www.google.com/adsense/login/ja/?hl=ja
*3 Hyperphrase Techs. LLC v. Google, Inc., No. 06-C-199-S (W.D. Wis. Dec. 20, 2006)
*4 889特許ではデータリファレンス、298特許ではレコードリファレンスの文言が用いられているが、同じ態様で用いられていることから、「データリファレンス」の文言で代表して説明している。
*5 298特許のクレーム26は以下のとおり
A method for linking first record references to a first record wherein the references are in a second record, the method used with a database (DB) including at least one address format specifying an address format of the first record address, the method comprising the steps of: (i) receiving the second record; (ii) analyzing the second record to identify references to the first record; and (iii) when a first record reference is identified, using information from the second record to form the address of the first record as specified by the address format.
*6 567特許のクレーム35は以下のとおり
35. A method for use with at least one processing device (PD) and a database (DB), the DB for storing information records at DB addresses, each address characterized by an address format including at least one fixed field and at least one variable field, fixed fields requiring information which is common among all addresses having the address format and variable fields requiring information which may vary from record to record, the DB also storing a list of possible field types (FTs), the PD for receiving at least one initial record, identifying information required to form an address according to the address format, searching the segment to locate the required information, when the required information is located, using the required information to form a DB address having the address format and using the address to perform a DB function, the method for defining at least one address format for use by both the PD and the DB and comprising the steps of: specifying required address format fields; for each field, selecting a FT from the FT list; and providing the address format to the PD.
*7 Scanner Techs. Corp. v. ICOS Vision Sys. Corp., 365 F.3d 1299, 1304 (Fed. Cir. 2004); Elkay Mfg. Co. v. Ebco Mfg. Co., 192 F.3d 973, 977 (Fed. Cir. 1999)
*8 Perkin-Elmer Corp. v. Computervision Corp., 732 F.2d 888, 900 (Fed. Cir. 1984)

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