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執筆者 弁理士 河野英仁
2008年11月6日
1.概要 ビジネスモデル特許は、1998年におけるステート・ストリート・バンク事件*1(以下、SSB事件)を契機に一大ブームとなった。SSB事件においては、ビジネスの方法であるとしても、特許法による保護対象外であるとして排除することはできないと判示された。 SSB事件で問題となったU.S. Patent No. 5,193,056特許のクレーム*2は、構成要件中にハードウェアが記載され、各ソフトウェア処理が、ハードウェアを用いて具体的に実現できるよう記載されている。これは、ビジネスモデルであっても、IT技術を適用することにより権利を取得できることを意味する。 では一歩進んで、純粋なビジネス方法、つまりハードウェア資源を全く用いない金融商品の取引方法等のビジネス方法は特許を取得することができるであろうか? 本事件では、ヘッジ取引*3に関するビジネス方法が、米国特許法第101条のもと、特許可能か否かが問題となった。そして、どのような判断基準で米国特許法101条を適用すべきか大きな議論となった。CAFCは事件の重要性に鑑み、広く第3者の意見(amicus brief:法定助言書)を求めると共に、大法廷*4による審理を行った。 3判事による反対意見が示される程、熱い議論がなされたが、結局CAFCは最高裁が過去に示した「機械または変換」テストが唯一適用すべきテストであると判示した。そして、この「機械または変換」テストのもとでは、出願人のクレームは特許法第101条のもと特許性がないと判示した。 2.背景 (1)発明者Bilskiらはヘッジ取引に関する特許出願(出願番号08/833,892、以下892出願)を行った。本発明は、定価にて販売される商品の消費リスクを管理するアイデアである。 892出願のクレーム1*5は以下のとおりである。 定価にて商品提供者により販売される商品の消費リスクコストを管理する方法であって以下のステップを含む (a)前記商品提供者と前記商品の消費者との間の一連の取引を開始するステップであり、前記消費者は、過去の平均に基づき定率で前記商品を購入し、前記定率は前記消費者のリスクポジション(risk position)に関連し、; (b)前記消費者に対し対抗リスクポジションを有する前記商品のために市場参加者を特定するステップ;and (c)前記市場参加者による一連の取引が前記消費者の一連の取引に係るリスクポジションの平衡を保たせるように、第2定率で前記商品提供者と前記市場参加者との間の一連の取引を開始するステップ. (2)本願は商品のヘッジ取引に関する方法をクレームしている。図1は発明の概要を示す説明図である。 図1 発明の概要を示す説明図 石炭発電所(消費者)は、発電のため石炭を購入する。石炭発電所は、石炭の急激な需要増加を望まない。急激な需要増加は、石炭価格の高騰を招くからである。反対に石炭採掘業者(市場参加者)は石炭需要の急落を望まない。需要急落は石炭の販売及び価格の低下を招くからである。 クレームされた方法は、新たに仲介業者となる商品提供者を作り出し、この商品提供者が、定価にて石炭を石炭発電所に販売する。商品提供者は、定価を超える石炭価格の上昇の引き金となる需要急上昇の可能性を排除する。 また、商品提供者は、石炭採掘業者から石炭を第2定価で購入する。これにより、第2定価以下の低額となる需要急落の可能性を排除する。このように、商品提供者は、これらのリスクをヘッジし、需要及び価格が急上昇した場合、不利な価格で石炭を販売する一方で、有利な価格で石炭を購入することができる。反対に、価格及び需要が急落した場合、不利な価格で石炭を購入するが、有利な価格で石炭を販売することができる。 (3)審査官は、「Technological Art」テストのもと、単なる抽象的なアイデアに過ぎず、101条に規定する法定主題ではないと判断した。出願人はこれを不服として審判請求を行った。 (4)審判部は、審査官がなした「Technological Art」テストは妥当でないものの、当該クレームは、「物理的でない金融リスク及び商品提供者、消費者及び市場参加者の法的責任」の変換に過ぎず、いかなる物理的な変換をも含んでいないことから、特許法第101条に規定する法定主題ではないと判断した。さらに審判部は、SSB事件で示された「有用、具体的かつ有形の結果(Useful, Concrete and Tangible Result)」テストをも満たさないことから、特許法第101条に規定する法定主題に該当しないと判示*6した。 (5)出願人は審判部の判断を不服として控訴した。 3.CAFCでの争点 米国特許法第101条はいかなる基準により判断すべきか? 米国特許法第101条*7は以下のとおり規定している。 新規かつ有用な方法,機械,製造物若しくは組成物,又はそれについての新規かつ有用な改良を発明又は発見した者は,本法の定める条件及び要件に従って,それについての特許を取得することができる。 米国特許法第101条に規定する「方法」であるか否かを判断するには、どのようなテストにより判断すべきか、またそのテストを適用した場合に、本願のヘッジ取引に係る純粋なビジネス方法が特許になるか否かが問題となった。 4.CAFCの判断 「機械または変換」テスト 「方法」の一般的な意味は、 「自発的または非自発的であろうとなかろうと、明確に結果を導く手続き、一連の行為、運動または操作*8」 である。 しかし、最高裁は1850年代から、米国特許法第101条で使用されている「方法」の意味はその一般的意味より狭いと判示している。特に最高裁は、 「自然法則、自然現象または抽象的なアイデアをクレームしている場合、当該クレームは特許性ある方法とは言えない」 と判示している*9。 このような「基本的法則(自然法則、自然現象または抽象的なアイデア)」は、「誰もが自由に使用でき、だれにも占有権のない、全人類の知識の宝庫の一部」であり、特許を受けることはできない。「単なる発見に過ぎない自然現象、精神的プロセス、及び、抽象的な知的概念は、科学及び技術研究の基本的ツールであり、特許を付与すべきではない」からである。 基本的法則(自然法則、自然現象または抽象的なアイデア)と法上の発明との臨界を、いかなるテストで明確にすべきか? CAFCは最高裁におけるBenson事件*10で判示された「機械または変換」テストを用いるべしと判示した。 この「機械または変換」テストは以下のいずれかの条件を満たす場合、特許法第101上に規定する「方法」、すなわち法定主題たり得る。 (I)クレームされた方法が特別な機械または装置に関係している場合、 または (II)特別な物(article)を異なる状態(state)または物体(things)へ変換している場合 (1)Benson事件 Benson事件では、クレームされた方法の特許性が否定された。Benson事件においては、出願人は、コンピュータ上でプログラムされたアルゴリズムを通じて、2進化10進数(BCD)形式にあるデータを、純粋なバイナリ形式へ変換する方法をクレームしている。 Benson事件ではコンピュータを用いているものの、当該アルゴリズムはコンピュータ上でしか意味をなさない。すなわち、特別な機械・装置ではないコンピュータ上で、BCD形式にあるデータをバイナリデータに変換するアルゴリズムを実行させているにすぎない。特別な機械または装置を用いない当該方法に特許を付与した場合、アルゴリズムそのものを先取り(pre-empt)させてしまうことになる。ここで最高裁は、特別な「機械・装置」テストを導入した。 さらに最高裁は、特別な機械・装置を含まない方法クレームにおいては、特別な物を異なる状態または物体へ変換しているか否かがキーになると判示した。Benson事件におけるクレームは単にBCD形式にあるデータをバイナリデータに変換しているにすぎず、ここに何ら物に対する異なる状態・物体への変換は存在しない。最高裁はここで「変換」テストを導入したのである。 「機械または変換」テストが用いられた最近のDiehr事件を紹介する。 (2)Diehr事件*11 Diehr事件においてクレームされた方法は、「機械または変換」テストを満たすとして特許された。クレームには、硬化合成ゴム製品を製造するための方法が記載されていた。この方法は、硬化の際の温度を取得し、硬化が完了する際の時間を算出するために、数学的アルゴリズム(アレニウスの方程式)を使用するものである。 数学的アルゴリズムは上述した自然法則に類するものであるため、本来特許性はない。しかし最高裁は、クレームされた方法は特許性ある法定主題であると判示した。 発明者は数学的アルゴリズムに自体に特許を求めているのではない。逆に、数学的アルゴリズムを用いて、合成ゴムを硬化するプロセスに保護を求めているのである。当該方法に特許を付与したとしても、数学的アルゴリズム自体を特許権者に先取りさせるものではない。先取りされるものは、逆に当該アルゴリズムを効果的に組み込んだゴムを硬化するための方法である。 Diehr事件においてクレームされた方法は、明らかに「機械」テスト及び「変換」テスト双方の条件を満たす。当該方法はコンピュータ化されたゴム硬化装置上で動作し、硬化されていないゴムを、硬化ゴム製品へ変換するからである。 (3)本事件のクレーム 本事件におけるクレームはハードウェアを全く記載していないため「機械」テストは明らかに満たさない。 CAFCは「変換」テストにおいても要件を満たさないと判示した。その理由は以下のとおりである。 CAFCは、当該ヘッジ取引に係る方法は、物の異なる状態または物体へのいかなる変換も存在しないと判断した。公衆または個人の単なる法的責任、関係、ビジネスリスク等の変換または操作だけでは、当該テストの要件を満たさない。これらは、なんら物理的物体または物質ではなく、かつ、これらは物理的物体または物質を表現するものでもないからである。 Abele事件*12では、物理的対象を示すデータ、例えば骨及び体の組織を示すデータを、ディスプレイ上に視覚的に描写変換する方法クレームは、「変換」テストを満たし特許性があると判示された。 これに対し本事件におけるクレームは、「リスクポジションに関連する固定価格で」これらの法的権利の交換を含む「取引」をただ言及しているに過ぎない。いかなる物理的な物体または物質の変換を含むものでなく、また、物理的な物体または物質の電子的な表現をも含むものでないことから、「変換」テストを満たさないと判示した。 5.結論 CAFCは、特許法第101条の判断に際しては「機械または変換」テストを用いるべきであり、当該テストにより特許性を否定した審判部の判断を支持した。 6.コメント 本事件が最高裁に上告されるか否かは不明であるが、現段階では特許法第101条の判断にあたっては「機械または変換」テストが採用されることが明らかとなった。 ただし、CAFCは近年の急速なコンピュータ及びインターネットの普及に伴い、この「機械または変換テスト」がいつまでも適切であるとは考えていないようである。最高裁が将来的に、このテストを変更する可能性があり、またCAFCにおいても適宜修正を行う可能性があることを示唆している。 また、判決文においては、過去SSB事件において判示された「有用、具体的かつ有形の結果」テスト、「Freeman-Walter-Abele」テスト、及び、「Technological Art」テストは全て適切でないと判示した。今後、米国特許法第101条の拒絶理由を受けた場合は、これらのテストではなく「機械または変換」テストを用いて反論すべきである。 また本判決はビジネス方法について特許を一切認めないというものではなく、「機械または変換」テストさえ満たせば、SSB事件の如く、ビジネス方法であっても当然に特許を得ることができる旨判示している。つまりビジネス方法が特許されるか否かは弁護士・弁理士のクレームの書き方次第なのである。 判決日 2008年10月30日 |
以上 |
【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1130.pdf 【注釈】 *1 State Street Bank & Trust Co. v. Signature Financial Group, Inc., 149 F.3d 1368 (Fed. Cir. 1998) *2 U.S. Patent No. 5,193,056特許のクレーム1は以下のとおり。 1. A data processing system for managing a financial services configuration of a portfolio established as a partnership, each partner being one of a plurality of funds, comprising: (a) computer processor means for processing data; (b) storage means for storing data on a storage medium; (c) first means for initializing the storage medium; (d) second means for processing data regarding assets in the portfolio and each of the funds from a previous day and data regarding increases or decreases in each of the funds, assets and for allocating the percentage share that each fund holds in the portfolio; (e) third means for processing data regarding daily incremental income, expenses, and net realized gain or loss for the portfolio and for allocating such data among each fund; (f) fourth means for processing data regarding daily net unrealized gain or loss for the portfolio and for allocating such data among each fund; and (g) fifth means for processing data regarding aggregate year-end income, expenses, and capital gain or loss for the portfolio and each of the funds. *3 ヘッジ取引:「先物価格が現物価格と連動した動きをする性質を利用して、現物市場と反対の取引を先物市場で行うことによって、価格変動によるリスクを抑制または排除することができます。このような目的の取引を「ヘッジ取引」といいます。」 東京工業品取引所HPより。詳細は下記URL参照。 http://www.tocom.or.jp/jp/nyumon/tougyou/hedge01.html *4 en banc:大法廷(オンバンク)。事件の重要性に鑑み、裁判官全員によるヒアリングが行われる。 *5 892出願のクレーム1は以下のとおり。 1. A method for managing the consumption risk costs of a commodity sold by a commodity provider at a fixed price comprising the steps of: (a) initiating a series of transactions between said commodity provider and consumers of said commodity wherein said consumers purchase said commodity at a fixed rate based upon historical averages, said fixed rate corresponding to a risk position of said consumer; (b) identifying market participants for said commodity having a counter-risk position to said consumers; and (c) initiating a series of transactions between said commodity provider and said market participants at a second fixed rate such that said series of market participant transactions balances the risk position of said series of consumer transactions. *6 Ex parte Bernard L. Bilski and Rand A. Warsaw, Appeal No. 2002-2257 Application 08/833,8921 (Bd. Pat. App. & Int. 2006) *7 米国特許法第101条は以下のとおり規定している。 Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title. *8 WEBSTER'S NEW INTERNATIONAL DICTIONARY OF THE ENGLISH LANGUAGE 1972 (2d ed. 1952). *9 Le Roy v. Tatham, 55 U.S. (14 How.) 156, 175 (1852)、Funk Bros. Seed Co. v. Kalo Inoculant Co., 333 U.S. 127, 130 (1948) *10 Gottschalk v. Benson, 409 U.S. 63, 67 (1972) *11 Diamond v. Diehr, 450 U.S. 175, 185 (1981) *12 In re Abele, 684 F.2d 902 (CCPA 1982) |
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