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審査段階におけるcomprisingの解釈

~新規性判断とcomprisingの関係~

In Re Robert Skvorecz

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年11月10日

1.概要
 米国におけるクレームは一般に、(1)前文(preamble)+(2)移行部+(3)各構成要件の列挙という形で記載される。(2)の移行部にはcomprising(を含む)が多用される。移行部にcomprisingを記載した場合、イ号製品がクレームの構成要件に加えて他の構成要件を含んでいても特許権侵害が成立する*1。例えば、クレームの構成要件がA,B及びCであり、イ号製品がA,B,C及びDである場合、特許権侵害が成立する。

 一方、移行部にconsisting of(だけからなる)を用いた場合、権利範囲は列挙された構成要件(A,B,及びC)のみに限定される。上述したイ号製品は構成要件Dを更に備えるため特許権侵害とならない。

 本事件において審判部はcomprisingの上述した解釈を新規性(米国特許法第102条)の判断に適用した。クレームは各ワイヤ脚にオフセットが設けられている点を特徴とするところ、先行技術は一つのワイヤ脚にはオフセットがなく、他のワイヤ脚にオフセットが設けられているというものであった。

 審判部は、クレームはcomprising形式で記載されており、オフセットのないワイヤ脚も含む可能性が有り、そうとすれば先行技術からクレームに係る発明は予期できると判断した。CAFCは審判部がなした当該comprisingの解釈には誤りがあると判断した。


2.背景
 Skvorecz(以下、原告という)は加温された食器を保持するワイヤスタンドに関する発明をなし、1999年12月5,996,948(以下、948特許という)を成立させた。参考図1は2つのワイヤスタンド10を積み上げた状態を示す斜視図である。

参考図1
参考図1

 ワイヤスタンド10を積み重ねた場合、一のワイヤスタンド10が他のワイヤスタンド10に食い込み、取り外しが困難になるという問題がある。本発明は斯かる問題を解消すべく、ワイヤ脚16の直立部19にオフセットを設けたものである。参考図2はワイヤ脚16の要部を示す説明図である。

参考図2
参考図2

 参考図2に示す如く、直立部19の上側には外向きに突出するオフセット30が設けられている。一のワイヤスタンド10のオフセット30により他のワイヤスタンド10のワイヤ脚16が横方向へ動かされることから、ワイヤスタンド10同士のくい込みが防止される。

 審査において原告は1998年1月12日にCIP(一部継続)出願*2を行った。審査官は特許許可の通知を行った。原告は1999年10月14日、図12及び13を補正するために規則1.312(許可後の補正)*3に基づく補正書を提出した。参考図3は出願時の図12及び図13である。

参考図3 出願時の図12及び図13
参考図3 出願時の図12及び図13

 原告は、図12及び図13において上部リム(第1リム)12に内向きに突設されたオフセット42の向きが逆であるため、これを外向きとする補正を試みた。審査官は、当該補正は新規事項の追加となるため、これを認めず結局出願時の図12に及び図13のまま、1999年12月7日に948特許が成立した。

 2001年3月15日、原告はクレームを修正すべく、米国特許法第251条*4に基づき、948特許の再発行特許出願09/772,278を行った。再発行特許出願に関する米国特許法第251条の規定は以下のとおりである。

第251 条 瑕疵がある特許の再発行 詐欺的意図のない錯誤があったために,明細書若しくは図面の瑕疵を理由として,又は特許権者が特許においてクレームする権利を有していたものより多く又は少なくクレームしていることを理由として,特許がその全部若しくは一部において効力を生じない若しくは無効とみなされた場合においては,特許商標庁長官は,当該特許が放棄され,法律によって要求される手数料が納付されたときは,原特許に開示されている発明について,かつ,補正された新たな出願に従い,原特許存続期間の残存部分を対象として特許を再発行しなければならない。再発行を求める出願に新規事項を導入することはできない。

 再発行出願のクレーム1*5は以下のとおりである。なお、下線は追加された文言、括弧書きは元のクレーム1から削除された文言である。なお符号は筆者において付した。

1.料理保温器用ワイヤスタンド(10)であり以下を含む、
 第1表面領域を囲み閉じた幾何学的図形を形成するワイヤスチールの第1[上部]リム(12)と、
 [第1表面領域より小さい第2表面領域を囲み閉じた幾何学的図形を形成するワイヤスチールの底部リム(14)と]を備え、
 さらに少なくとも2つの[複数の]ワイヤ脚(16)を有し、該各ワイヤ脚(16)は、[前記底部リム(14)より下にて]水平面に対して90度以上の角度を形成すべく上に伸びる各直立部(19)と共にスタンド(10)用の基部(20)を形成するよう相互に連結される2つの直立部(19)を有し、
 前記ワイヤ脚(16)はその一端に隣接して前記第1[上部]リム(12)に固定され、[前記ワイヤ脚(16)は相対的に等間隔で前記上部リム(12)の取り付け位置よりも下で前記底部リム(14)に固定され、]
 さらに、複数のスタンド(10)を他のスタンドへ顕著に食い込ませることなくぴったり収めることを促進すべく、前記第1[上部]リムに対して各ワイヤ脚(16)を横方向に動かすために、前記ワイヤ脚(16)の前記直立部(19)または前記第1[上部]リム(12)のいずれかにおいて設けられる複数のオフセット(30)を備える。


 審査官は再発行出願のクレーム1は先行技術U.S. Patent No. 5,503,062(以下、Buff特許という)の図2に基づき、予期できる(新規性欠如)としてクレーム1を拒絶した(米国特許法第102条*6)。また図12、図13及び明細書の記載が不明確であるとして米国特許法第121条パラグラフ1*7に基づく拒絶をなした。原告は審判部に審判を請求したが、審判部も審査官がなした新規性欠如及び記載不備の判断を維持した。原告はこれを不服としてCAFCへ提訴した。


3.CAFCでの争点
審査においてcomprisingは如何に解釈すべきか
 問題となったのはクレームの以下の構成要件である。

複数のスタンド(10)を他のスタンドへ顕著に食い込ませることなくぴったり収めることを促進すべく、前記第1リムに対して各ワイヤ脚(16)を横方向に動かすために、前記ワイヤ脚(16)の前記直立部(19)または前記第1リム(12)のいずれかにおいて設けられる複数のオフセット(30)を備える。

 参考図4は先行技術であるBuff特許の鍋部品の構成を示す説明図である。

図4  Buff特許の鍋部品の構成を示す説明図
図4  Buff特許の鍋部品の構成を示す説明図

 Buff特許は鍋30を支持する外部支持フレーム20を開示している。外部支持フレーム20は楕円形状の上部支持ワイヤ40、楕円の長軸方向に伸びる2本の縦方向ワイヤ49,49及び短軸方向に伸びる横断ワイヤ48を含む。縦断ワイヤ49,49は端部から上方向に伸びハンドル38,38を形成する。縦断ワイヤ49とハンドル38との接合部にはオフセット52が設けられる。なお、横断ワイヤ48にはオフセットは設けられない。

 審判部は、縦断ワイヤ49にはオフセット52が設けられており、クレームに係る発明はBuff特許から予期できると判断した。

 原告はクレーム1に係るオフセットは各ワイヤ脚16を横方向に動かすためにオフセットが全てのワイヤ脚に設けられている点で、横断ワイヤ48にオフセットが設けられておらず、かつ、縦断ワイヤ49にしかオフセットが設けられていないBuff特許とは相違すると反論した。

 審判部は、クレーム1は移行部にcomprisingを使用しており、「最も広い合理的な解釈(BRI: Broadest Reasonable Interpretation)」(MPEP2111*8)に基づけば、クレーム1は各脚にオフセットを設ける構成を採用するところ、さらに当該構成に加えてオフセットのない脚を具備する解釈ができると主張した。かかる解釈からすれば、クレーム1はBuff特許から予期できる。このような審判部のcomprisingに対する判断か妥当か否かが争われた。

 その他、記載不備が問題となった。図12及び図13は他の形態として第1リム12上に設けたオフセット42を開示している。クレームに記載された如く、全てのワイヤ脚を横方向に動かすためには各第1リム12にオフセット42が設けられる必要がある。ところが図12及び図13は一部の第1リム12に対するオフセット42しか開示していなかった。審判部はこれを理由に記載不備(米国特許法第121条パラグラフ1)による拒絶をなしたが、当該拒絶が妥当か否かについても争われた。


4.CAFCの判断
ComprisingのプロトコルとBRIプロトコルとは相違する。
 CAFCは、comprisingの記載を根拠に、クレームがオフセットの設けられていないワイヤ脚を更に備え、その結果Buff特許から予期できるとした審判部の判断を無効とした。

 CAFCは、審判部が最も広い合理的な解釈(BRI)を誤って適用したと判示した。BRIは、審査過程においてクレームを明確化するために審査の便宜上利用されるものであり、comprisingの如くクレームの権利範囲解釈に用いられるものではない。

 クレームは各ワイヤ脚を横方向に動かすために、全てのワイヤ脚にオフセットを設ける点を特徴とする。これに対し、Buff特許は縦断ワイヤ49にはオフセット52が設けられているものの、横断ワイヤ48にはオフセットが存在しない。CAFCは、新規性の判断において、移行部にcomprisingが記載されていようが、BRIを用いようが、審査対象となるクレームに他の要素を追加してはならないと述べた。

 「anticipation(予期性(新規性))」の拒絶は、発明が新しくないことを意味し、当該新規性の判断は、クレームの全ての構成要件が単一の先行技術に開示されていることが必要とされる*9。そうするとBuff特許には、クレーム1の如く、「各ワイヤ脚を横方向に動かすために、全てのワイヤ脚に設けられたオフセット」が開示されていないこととなる。以上のことから、CAFCはBuff特許からクレームに係る発明を予期できるとした審判部の決定を無効とした。

 また審判部は図12及び図13は一部の構造しか開示しておらず、全ての第1リム上にオフセットが記載されているかどうかは不明確であるとして、記載不備を指摘した。CAFCは、「出願人の開示義務は、発明が関連する技術分野によって変わるものである。」と過去の判例*10を挙げ、記載不備に関し柔軟な判断を行い審判部の厳格な判断を無効とした。

 つまり、他の図面(図1、7、10及び11等)には他の形態として、完全な全体図が記載されている。CAFCは、このような状況からすれば、当業者が、図12及び図13の一部構造に係る記載を見れば、全体図面が存在しなくとも、全ての第1リム上にオフセットが設けられていると理解できると判断した。以上のことから、記載不備を理由に拒絶と判断した審判部の決定を無効とした。


5.結論
 CAFCは、新規性及び記載不備を理由に拒絶と判断した審判部の決定を無効とし、再度審査を行うよう命じた。


6.コメント
 本事件では審査官及び審判部が権利範囲解釈に用いるcomprisingを誤って適用した。そのため、審査対象となるクレームの範囲が広がった状態で、新規性の判断が行われ、先行技術から予期できると判断された。

 クレームのポイントは全てのワイヤ脚を横方向に移動させるために、各ワイヤ脚にオフセットを設けた点にあり、CAFCはこの点が先行技術には開示されておらず、予期できないと判断した。

 ただし、当該CAFCにおける原告の主張により、クレームにcomprisingが存在していようが、権利範囲は全てのワイヤ脚にオフセットが設けられているワイヤスタンドに限定解釈される可能性が高いと思われる。オフセットが存在しないワイヤ脚を更に備えるワイヤスタンドに対しては、禁反言が推定されるからである。

判決 2009年9月3日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます
[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/08-1221.pdf

【注釈】
*1 CIAS, Inc. v. Alliance Gaming Corp., 504 F.3d 1356, 1360 (Fed. Cir. 2007)
*2 CIP出願とは親出願の内容に新規事項を追加した出願をいう。CIP出願において新規に追加した事項に対する有効出願日は繰り下がり、CIP出願日となる。なお、親出願に記載していた事項に対する有効出願日は遡及し親出願の出願日となる(米国特許法第120条)。
*3 規則1.312の規定は以下のとおり。
§1.312 許可後の補正
許可通知の郵送後は,出願に関する補正は権利事項としては行うことができない。本条により提出される補正書は,発行手数料の納付前又は納付と同時に提出されなければならず,また,その補正は,主任審査官の勧告に基づき,特許商標庁長官の承認を得て,その出願を特許発行から取り下げることなく,記録することができる。
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm 参照。
*4 米国特許法第251条の規定は以下のとおり
35 U.S.C. 251 Reissue of defective patents.
Whenever any patent is, through error without any deceptive intention, deemed wholly or partly inoperative or invalid, by reason of a defective specification or drawing, or by reason of the patentee claiming more or less than he had a right to claim in the patent, the Director shall, on the surrender of such patent and the payment of the fee required by law, reissue the patent for the invention disclosed in the original patent, and in accordance with a new and amended application, for the unexpired part of the term of the original patent. No new matter shall be introduced into the application for reissue.
前掲特許庁HP
*5 再発行出願のクレーム1は以下のとおり。
1. A wire chafing stand comprising a first [an upper] rim of wire steel which forms a closed geometrical configuration circumscribing a first surface area, [a lower rim of wire steel forming a closed geometrical configuration circumscribing a second surface area with said first surface area being larger than said second surface area] and having at least two [a plurality of] wire legs with each wire leg having two upright sections interconnected to one another [at a location below the lower rim] in a configuration forming a base support for the stand to rest upon with each upright section extending upwardly from said base support to from an angle equal to or greater than 90° with respect to a horizontal plane through said base support and being affixed to the first [upper] rim adjacent one end thereof [and to said lower rim at a relatively equal distance below the point of attachment to said upper rim] and further comprising a plurality of offsets located either in said upright sections of said wire legs or in said first [upper] rim for laterally displacing each wire leg relative to said first [upper] rim to facilitate the nesting of a multiplicity of stands into one another without significant wedging
*6 第102条 特許要件;新規性及び特許を受ける権利の喪失
次に該当する場合を除き,何人も特許を受ける権原を有する。
(a) その発明が,当該特許出願人による発明の前に,合衆国において他人に知られ若しくは使用されたか,又は合衆国若しくは外国において特許を受け若しくは印刷刊行物に記載された場合,又は
(b) その発明が,合衆国における特許出願日前1年より前に,合衆国若しくは外国において特許を受け若しくは刊行物に記載されたか,又は合衆国において公然実施され若しくは販売された場合・・・
前掲特許庁HP
*7 明細書は,その発明の属する技術分野又はその発明と極めて近い関係にある技術分野において知識を有する者がその発明を製造し,使用することができるような完全,明瞭,簡潔かつ正確な用語によって,発明並びにその発明を製造,使用する手法及び方法の説明を含まなければならず,また,発明者が考える発明実施のベストモードを記載していなければならない。
前掲特許庁HP
*8 MPEP2111は最も広い合理的な解釈について規定している。
2111 Claim Interpretation; Broadest Reasonable Interpretation [R-1] CLAIMS MUST BE GIVEN THEIR BROADEST REASONABLE INTERPRETATION
During patent examination, the pending claims must be “given *>their< broadest reasonable interpretation consistent with the specification.” >In re Hyatt, 211 F.3d 1367, 1372, 54 USPQ2d 1664, 1667 (Fed. Cir. 2000).< Applicant always has the opportunity to amend the claims during prosecution, and broad interpretation by the examiner reduces the possibility that the claim, once issued, will be interpreted more broadly than is justified. In re Prater, 415 F.2d 1393, 1404-05, 162 USPQ 541, 550-51 (CCPA 1969) (Claim 9 was directed to a process of analyzing data generated by mass spectrographic analysis of a gas.
*9 Richardson v. Suzuki Motor Co., 868 F.2d 1226, 1236 (Fed. Cir. 1989)
*10 In re Hayes Microcomputer Products, Inc. Patent Litig., 982 F.2d 1527, 1534 (Fed. Cir. 1992).

◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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「中国における改正専利法経過規定のお知らせ及び法改正後の注意点」
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  ・損害賠償、差止請求、司法解釈の適用について

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