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プロダクト・バイ・プロセスクレームの権利範囲解釈

~限定解釈へ統一指針(大法廷判決)~

Abbott Labs., et al.,
Plaintiff-Appellant,
v.
Sandoz, Inc., et al.,
Defendant-Appellee.

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年6月2日

1.概要
 プロダクト・バイ・プロセスクレームとは、製法を特定した物のクレームをいう。具体的な構造が完全に知られていない場合または分析が複雑である場合等は製造方法により特定される物をクレームに記載することができる*1

 例えば「Yプロセスにより得られる(obtainable by)化合物X」の如く物の発明としてクレームする。ここで、イ号製品が「Zプロセスにより得られる化合物X」の場合、権利侵害となるであろうか。

 従来は、クレームに記載したYプロセスに限定され権利侵害とならないとする判決*2と、クレームに記載したYプロセスに限定されず権利侵害となるとする判決*3とが存在し、解釈が分かれていた。

 本事件では、この争いに終止符を打つべく大法廷*4による審理が行われた。CAFCは過去の最高裁判決等に基づき、プロダクト・バイ・プロセスクレームは、クレームに記載したプロセスに権利範囲が限定されると判示した。


2.背景
 AbbottはU.S. Patent No. 4,935,507(以下、507特許)の専用実施権者である。507特許は結晶セフジニルに関する特許である。507特許のクレーム2~5はプロダクト・バイ・プロセス形式で記載されていた。クレーム3及び4はクレーム2の従属クレームである。代表的なクレーム2及び5*5は以下のとおりである。

クレーム2. 7-[2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-2-ヒドロキシイミノアセトアミド]-3-ビニル-3-セフェム-4-カルボン酸(シン異性体)を含む溶液を室温ないし加温下で酸性となすことにより得ることができる7-[2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-2-ヒドロキシイミノアセトアミド]-3-ビニル-3-セフェム-4-カルボン酸(シン異性体)の結晶。

クレーム5. 7-[2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-2-ヒドロキシイミノアセトアミド]-3-ビニル-3-セフェム-4-カルボン酸(シン異性体)をアルコールに溶解させ、加温下でゆっくりと撹拌を続け、次いで、これを室温にまで冷却した後放置することにより得ることができる7-[2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-2-ヒドロキシイミノアセトアミド]-3-ビニル-3-セフェム-4-カルボン酸(シン異性体)の結晶。


 いずれも、「~することにより得られる(・・is obtainable by ~ing)」と、プロダクト・バイ・プロセス形式により記載されている。Abbottは507特許に係る結晶セフジニルをOmnicefの名称で販売している。原告製品Ominicefは、結晶セフジニルのA型結晶である。

 Lupin等はOmnicefの後発薬品を販売すべくFDA(Food and Drug Administration)の認可を受けていた。Lupinの後発薬品は結晶セフジニルのB型結晶である。当該Lupinの後発薬品(以下、イ号製品という)は507特許に記載されたプロセスとは異なるプロセスにより製造される。Lupinはイ号製品が、507特許の非侵害であることの判決を得るべく、バージニア州連邦地方裁判所に対しAbottを提訴した。Abottはイ号製品が507特許の侵害であるとして反訴した。バージニア州連邦地方裁判所は、プロダクト・バイ・プロセスクレームは、クレーム中に記載されたプロセスにより得られた物に限定解釈されると判断し、文言上も、均等論上もクレーム2乃至5を侵害しないと判断した*6

 バージニア州における訴訟と並行し、AbottはSandoz等を、507特許の侵害であるとしてイリノイ州連邦地方裁判所へ提訴した。Sandozも同じく、後発薬品(以下、同様にイ号製品という)を販売すべくFDAに申請を行っていた。イリノイ州連邦地方裁判所は、バージニア州連邦地方裁判所がなしたクレーム解釈を採用し、特許非侵害との判決をなした*7

 Abottはこれらの判決を不服としてCAFCへ控訴した。なお、以下では専用実施権者であるAbottを原告、イ号製品を販売するLupin及びSandozを被告という。


3.CAFCでの争点
プロダクト・バイ・プロセスクレームは、記載されたプロセスに権利範囲が限定されるか?
 プロダクト・バイ・プロセスクレームの権利範囲解釈にあたっては2つの代表的な判例が存在する。Atlantic事件*2では、プロダクト・バイ・プロセスクレームの権利範囲は、その記載したプロセスに限定解釈されると判示された。
Atlantic事件における、クレーム26は以下のとおりである。
 「クレーム1の方法により製造された成形インナーソール」
 イ号インナーソールは異なるプロセスにより製造されているが、特許に係る物に対して外見上は見分けがつかない。特許権者は異なるプロセスにより製造されたイ号インナーソールはクレーム26を侵害すると主張した。CAFCは当該原告の主張を退け、プロダクト・バイ・プロセスクレームはクレームに記載されたプロセスにより製造された物に限定解釈されると判示した。

 一方、Scripps事件*3においては、プロダクト・バイ・プロセスクレームの権利範囲は、記載されたプロセス以外のプロセスにより得られた物にも及ぶと判示した。

 CAFCはプロダクト・バイ・プロセスクレームの権利範囲解釈が鋭く対立していることから、自発的に当該争点についてのみ大法廷審理を行った。プロダクト・バイ・プロセスクレームに記載されたプロセスとは異なるプロセスで製造されたイ号製品が特許権の侵害となるか否かが争点となった。


4.CAFCの判断
プロダクト・バイ・プロセスクレームの権利範囲は、記載したプロセスに限定解釈される。
 CAFCは過去の最高裁判決及び開示の代償として独占権を付与する法趣旨を総合的に勘案し、権利範囲はクレームに記載したプロセスに限定され、他のプロセスにより製造したイ号製品は特許権侵害とならないと判示した。

 Smith事件*9(最高裁判決)においては、
 「詳述されたプロセスは、製品が組み立てられる材料のように、それによって発明の一部となる。」と判示された。

 また、Goodyear事件*10(最高裁判決)においては、
 「特許の侵害といえるためには、歯科用プレートが作られる原料と、プレートを作るためのプロセスとの両方を備えなければならない。」と判示された。

 つまり、これら最高裁判決は、クレーム内の製品を定義するプロセスが発明の一部であり、権利範囲の解釈においても構成要件の一つとして参酌されるべきであることを示している。

 またCAFCの前身であるCCPA(The United States Court of Customs and Patent Appeals)は、In re Hughes事件*11において、
 「”製品クレーム”は、”プロダクト・バイ・プロセスクレーム”よりも権利範囲が広い」と同様の解釈を判示した。

 CAFCはプロダクト・バイ・プロセスクレームが限定解釈されるべき理由を、以下に示す具体例を挙げて説明している。

 方法により特定される化合物を想定する。発明者はこの化合物のいかなる構造または特徴をも記載することを拒み、プロダクト・バイ・プロセスクレーム、
「Yプロセスにより得られる化合物X」を作成した。

 プロダクト・バイ・プロセスクレームが、そのプロセスによって限定されないとすれば、
「Zプロセスによる得られる化合物X」を製造する被告は依然として侵害の責を負う。


 CAFCはかかる解釈は妥当でないと述べた。発明者は単一のプロセスしか開示しておらず、具体的な構造・特性は開示していない。当該開示したプロセスの共通性は侵害の判断要素とせず、開示のない構造・特性の共通性により侵害を追及することは到底認められないと述べた。特に、「Zプロセスによる化合物X」が「Yプロセスにより得られる化合物X」よりも優れた方法で製造できる可能性がある場合に、第三者の製法Zの実施を否定する根拠を見出せないと判示した。

 米国特許法第112条パラグラフ2*12は以下のとおり規定している。
明細書は, 出願人が自己の発明とみなす主題を特定し,明白にクレームする1 又は2 以上のクレームで終わらなければならない。

 CAFCは、プロダクト・バイ・プロセスクレームが、記載したプロセス以外のプロセスにより製造した物にも権利範囲が及ぶとすれば、米国特許法第112条パラグラフ2*13の「特定し,明白にクレームする」法定主題を超えて特許の保護範囲を拡張することになると判示した。

 以上のとおり、CAFCは、プロダクト・バイ・プロセスクレームは、記載したプロセスに権利範囲が限定されると結論づけた。これにより、Scripps事件は覆された(Overrule*14)。


5.結論
 CAFCは、異なるプロセスにより製造されたイ号製品は、507特許のクレーム2~5を侵害しないとしたバージニア州連邦地方裁判所及びイリノイ州連邦地方裁判所の判断を支持した。


6.コメント
(1)2つの対立する解釈が本事件により統一された。今後は、プロダクト・バイ・プロセスクレームは、クレームに記載したプロセスに限定解釈される点に留意したい。ここで、新規性(米国特許法第102条)・非自明性(米国特許法第103条)の判断、及び、均等論について今後どのように解釈されるか述べておく。

(2)新規性・非自明性の判断について
 本判決後においても、従来と同じく、権利範囲がクレームに記載されたプロセスに限定されるとしても、特許性の判断は「物」そのものに基づき判断される。すなわち、プロダクト・バイ・プロセスクレームにより特定される「物」が、先行技術に記載された物に対し同一または自明である場合、特許性は否定される*15

 審査官がクレームされた物が先行技術に記載された物と同一または近似すると判断した場合、クレームされた物が他のプロセスにより製造されていようが、自明でないことを立証する義務は審査官側から出願人側にシフトすることになる*16。このように、特許性判断の際には最終的な物自体が新規・非自明であることが要求され、しかも権利範囲はその製造方法により得られた物に限定解釈されることになる。

(3)均等論の適用について
 本事件において、プロダクト・バイ・プロセスクレームが、当該プロセスに限定解釈されようとも、最終的な物に関して均等論を主張することは可能である。

 均等論について簡単におさらいをしておく。特許権侵害の判断にあたってはクレームに記載された文言どおりに解釈するのが原則である。しかしながら、文言解釈を厳格に適用した場合、文言に合致しない迂回技術を採用することで第3者が容易に特許の網をすり抜けることができてしまう。

 このような不合理を回避するために、クレームの文言に加え、これと均等な範囲にまで権利範囲を拡張する均等論が存在する*17。米国における均等の判断は、均等物との相違が非本質的か否かにより判断する非本質性テスト*18と、均等物が実質的に同一の機能(Function)を果たし、同一の方法(Way)で、同一の効果(Result)をもたらす場合に均等と判断するFWRテスト*19と、の2つが存在する。裁判所はこれら2つのテストを状況に応じて使い分け均等か否かを判断する。

 本事件においては、507特許はA型結晶であり、イ号製品はB型結晶である。CAFCはA型結晶と、B型結晶とが均等であるか否かを判断した。

 507特許の出願人は、日本の特許出願S62-206199号に基づく優先権主張を行い、米国で507特許を取得した。この日本の特許出願の当初明細書にはA型結晶とB型結晶との2つが記載されていた。ところが、507特許に係る米国出願時にはA型結晶のみが記載され、B型結晶に関する記載は削除されていた。

 CAFCは出願人がB型結晶の存在を知りながら、審査の過程においてこれを削除したことは、B型結晶を放棄したものと判断し、均等論の主張を認めなかった。

 本事件では他国の出願に基づく優先権を主張して米国に出願する際の過程に対し、禁反言が考慮されている点に注意する必要がある。ただし本事件においてプロダクト・バイ・プロセスクレームが限定解釈されると判示された後においても、当該方法により得られる物自体には均等論の主張が依然として可能であることが示された。

(4)日本における取り扱い
 日本においては、CAFCと同じくクレームに記載した範囲に限定解釈する限定説と、クレームに記載した範囲に限定されない同一性説とが対立する。日本においては同一性説が有力であると述べた上で、南条*20は日本の過去の判例を挙げ、これら2つの説を対比分析している。佐藤*21は過去の判例及び学説を審査及び権利範囲解釈の両面で詳細に対比分析し、またドイツにおけるプロダクト・バイ・プロセスクレームの取り扱いを論じており非常に興味深い。

(5)中国における取り扱い
 中国におけるプロダクト・バイ・プロセスクレームに関する権利範囲解釈については筆者の知る限り、司法解釈*22で統一的な見解は示されていない。出願に際しては審査指南第二部分第二章3.1.1においてプロダクト・バイ・プロセスクレームの記載が認められている。

 例えば、物の請求項中の一つ或いは複数の技術特徴が構造及びパラメータを用いることができず、明確に表現できない場合、方法的な記載をすることができる。

 またプロダクト・バイ・プロセスクレームにおける新規性(中国専利法第22条第2項)及び創造性(中国専利法第22条第3項、日本における所謂進歩性)の判断に関しては、審査指南第二部分第二章3.2.5に記載されている。中国においてもプロダクト・バイ・プロセスクレームに記載された方法が、引用文献に記載された方法と異なろうが、物の構造・構成が同じである限り新規性は否定される

 ただし、出願人が明細書の記載または出願時の技術水準に基づき、引用文献に記載された物と比較して、クレームされた方法により物の構造・構成が異なる物に変化したことを証明した場合、または、クレームされた方法が引用文献に記載された物と比較して異なる性能をもたらし、クレームに係る物の構造・構成が変化したことを証明した場合新規性が肯定される。

 審査指南にはわかりやすい例が挙げられている。クレームには「X方法により得られるガラスコップ」と記載されており、引用文献には「Y方法により得られるガラスコップ」が開示されていたとする。ここで、2つの方法により得られるガラスコップの構造、形状及び構成材料が同じである場合、新規性は否定される。

 その一方で、クレームに記載されたX方法が、引用文献に記載されていない特定温度での焼き戻しステップを含んでおり、これによって引用文献に記載されたガラスコップに対し、耐久性が明確に向上し、クレームされた方法により微視的な構造変化が生じ、先行技術に記載された物の内部構造とは異なる構造を備える場合、新規性は肯定される。なお、創造性の判断も当該基準に則って行われる。


判決 2009年5月18日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1400.pdf

【注釈】
*1 In re Luck, 476 F.2d 650 (CCPA 1973)、MPEP 2173.05(p)
*2 Atlantic Thermoplastics Co. v. Faytex Corp., 970 F.2d 834 (Fed. Cir. 1992)
*3 Scripps Clinic & Research Foundation v. Genentech, Inc., 927 F.2d 1565, 1583 (Fed. Cir. 1991)
*4 en banc:大法廷(オンバンク)。事件の重要性に鑑み、裁判官全員によるヒアリングが行われる。
*5 507特許のクレーム2及び5は以下のとおりである。
2. Crystalline 7-[2-(2-aminothiazol-4-yl)-2-hydroxyiminoacetamido]-3-vinyl-3-cephem-4-car boxylic acid (syn isomer) which is obtainable by acidifying a solution containing 7-[2-(2-aminothiazol-4-yl)-2-hydroxyiminoacetamido]-3-vinyl-3-cephem-4-car boxylic acid (syn isomer) at room temperature or under warming.
5. Crystalline 7-[2-(2-aminothiazol-4-yl)-2-hydroxyiminoacetamido]-3-vinyl-3-cephem-4-car boxylic acid (syn isomer) which is obtainable by dissolving 7-[2-(2-aminothiazol-4-yl)-2-hydroxyiminoacetamido]-3-vinyl-3-cephem-4-car boxylic acid (syn isomer) in an alcohol, continuing to stir the solution slowly under warming, then cooling the solution to room temperature and allowing the solution to stand.
*6 Lupin Ltd. v. Abbott Laboratories, 484 F. Supp. 2d 448 (E.D. Va. 2007)
*7 Abbott Labs. v. Sandoz, Inc., 486 F. Supp. 2d 767 (N.D. Ill. 2007)
*8 Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. Co., 520 U.S. 17, 39–40 (1997)
*9 Smith v. Goodyear Dental Vulcanite Co., 93 U.S. 486, 493 (1877)
*10 Goodyear Dental Vulcanite Co. v. Davis, 102 U.S. 222, 224 (1880)
*11 In re Hughes, 496 F.2d 1216, 1219 (CCPA 1974)
*12 米国特許法第112条パラグラフ2は以下のとおり
The specification shall conclude with one or more claims particularly pointing out and distinctly claiming the subject matter which the applicant regards as his invention.
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
参照。
*13 判決文では米国特許法第112条パラグラフ6と記載されているが同条パラグラフ2の誤記と思われる。
*14 Scripps事件はCAFC及びその下級裁判所の判断をBinding(拘束)する判例であったが、本事件におけるOverruleに伴い拘束力を失う。
*15 In re Thorpe, 777 F.2d 695, 697 (Fed. Cir. 1985)、MPEP 2113
*16 In re Marosi, 710 F.2d 798, 802 (Fed. Cir. 1983)、MPEP 2113
*17 Warner-Jenkinson Co., Inc. v. Hilton Davis Chem. Co., 520 U.S. 17, 21 (1997)
*18 Honeywell Int’l Inc. v. Hamilton Sundstrand Corp., 370 F.3d 1131, 1139 (Fed. Cir 2004)
*19 Schoell v. Regal Marine Indus., Inc., 247 F.3d 1202, 1209-10 (Fed. Cir. 2001)
*20 南条雅裕「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利解釈」パテント2002 Vol.55
No,5 日本弁理士会
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200205/jpaapatent200205_021-028.pdf
*21 佐藤安紘「プロダクト・バイ・プロセスクレームの解釈」東京大学法科大学院ローレビュー2008.9 Vol.3
http://www.j.u-tokyo.ac.jp/sl-lr/03/papers/v03part06.pdf
*22 司法解釈とは,中国の最高司法機関が法律により付与された職権に基づいて,法律を実施する過程において具体的にどのように法律を運用するかについて発行した普遍の司法効力のある解釈である。周道著「中華人民共和国司法解釈全集」,人民法院出版社,1994年版,p1

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