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均等論陥れ防御とKSR最高裁判決後の自明性判断

~KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか?(5)~

Depuy Spine, Inc., et al.,
Plaintiff-Cross Appellant,
v.
Medtronic Sofamor Danek, Inc., et al.,
Defendants-Appellants.

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年8月7日

1.概要
 イ号製品が文言上侵害とならない場合、特許権者は均等論による侵害を主張する。米国においては、クレームされた発明とイ号製品との相違が非本質的である場合に均等と判断される*1

 特許権者が均等論侵害の主張に成功したとしても、被告による陥れ防御(Ensnarement Defense)に注意しなければならない。陥れ防御とは、被告側が、均等と判断されたイ号製品を規定する仮想クレームが、先行技術に陥ると主張することにより、特許権の非侵害を主張することをいう*2

 図1は陥れ防御の概念を示す説明図である。クレームの文言範囲を実線で、均等の範囲を点線で示す。


陥れ防御の概念を示す説明図
 図1 陥れ防御の概念を示す説明図


 例えば、図1Aで示す如く、イ号製品(図1A参照)が、点線で示す均等論上の侵害であると裁判所が判断したとする。図1Bで示す如く均等物は同じく点線で示す仮想クレームにより規定される。ここで、仮想クレームに特許性がないと判断された場合、具体的には先行技術1及び先行技術2の組み合わせにより自明(米国特許法第103条*3)と判断される場合、もはや特許権侵害は成立しない。

 本事件においては、均等侵害と判断された被告が、均等物であるイ号製品は複数の先行技術の組み合わせにより自明であり、特許権侵害は成立しないと主張した。CAFCはKSR最高裁判決*4にて示された基準に従い、クレームされた発明は自明でないと判断し、被告の陥れ防御を退けた。


2.背景
 DePuy(以下、原告)はU.S. Patent No. 5,207,678(以下、678特許)の特許権者である。678特許は背骨手術に用いるスクリュー及びスクリュー受け部に関する。このスクリューは手術中に椎骨に埋め込まれるものである。

 従来は、スクリューを椎骨に正確かつ強固に固定することは困難であった。この問題を解決すべく、678特許では、球形のスクリューヘッドを採用し、球形の穴をもつ受け部を採用した。これにより、受け部の回転運動は、ボールーソケットジョイントの如くなめらかなものとなる。図2は678特許に係る背骨部安定装置を示す説明図である。678特許のクレーム1*5は以下のとおりである。

背骨部を安定させるための装置であり以下を含む、ねじ山を切ったシャフト部(3)及び該シャフト部の先端に設けられる球形ヘッド(4)をもつ小花柄スクリュー(1)と、前記ヘッド(4)に対してフレキシブルに接続される受け部(5)と、該受け部(5)は、ロッド(16)を受けるための2つの穴を有し、前記受け部内に設けられる受け室(7)と、該受け室は、その一端に、前記シャフト部を貫通させるボア(8)、及び、前記スクリュー(1)のヘッド(4)を受けるための内部窪み球形部(9)を有し、前記ボア(8)に対向して設けられ、前記スクリュー(1)を導く開口(10)と、前記ヘッド(4)が前記窪み球形部(9)に対して押圧されるよう前記ヘッド(4)に力を働かせる圧縮部材(18)。


678特許に係る背骨部安定装置を示す説明図
図2 678特許に係る背骨部安定装置を示す説明図


 2001年1月26日原告はMedtronic(以下、被告)を特許権侵害であるとして訴えた。被告はVertax(登録商標、以下イ号製品)なる製品を販売している。イ号製品のスクリューヘッドに隣接する受け部の内部は、球形ではなく略円錐形である。イ号製品及び678特許のクレーム1ともに、受け部における上部開口からスクリューを入れ込み、固定するものである。図3はイ号製品と678特許との対比図面である。


イ号製品と678特許との対比図面
図3 イ号製品と678特許との対比図面


 図3中左がイ号製品、右側が678特許である。678特許では球形のスクリューヘッドを受ける受け部(内部窪み球形部)が、右図の”Spherical wall”で示す如く球形”spherically-shaped”であるのに対し、イ号製品の受け部は左図の”Conical wall”で示す如く、円錐形である点で相違する。

 原審では、円錐形のイ号製品が、”球形”の678特許を侵害するか否かが争点となった。地裁は文言上及び均等論上も非侵害との判決をなしたが*6。原告はこれを不服として控訴し、CAFCは均等論上の侵害を認めた*7

 差し戻し審において、地裁は均等物であるイ号製品により規定される仮想クレームが自明であるとする被告の陥れ防御を否定し、特許権侵害を認めた。そして損害賠償として約2億2千万ドルの支払いを命じた。被告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
仮想クレームに係る発明は自明か?
 均等と判断されたイ号製品を規定する仮想クレームは以下のとおりである。

背骨部を安定させるための装置であり以下を含む、 ねじ山を切ったシャフト部(3)及び該シャフト部の先端に設けられる球形ヘッド(4)をもつスクリュー(1)と、 前記ヘッド(4)に対してフレキシブルに接続される受け部(5)と、 該受け部(5)は、ロッド(16)を受けるための2つの穴を有し、 前記受け部内に設けられる受け室(7)と、 該受け室は、その一端に、前記シャフト部を貫通させるボア(8)、及び、前記スクリュー(1)のヘッド(4)を受けるための内部窪み円錐形部(9)を有し、 前記ボア(8)に対向して設けられ、前記スクリュー(1)を導く開口(10)と、 前記ヘッド(4)が前記窪み円錐部(9)に対して押圧されるよう前記ヘッド(4)に力を働かせる圧縮部材(18)。

 クレーム1中の「球形部」と、仮想クレーム中の「円錐形部」とが相違するのみで、仮想クレームの他の構成要件はクレーム1と同一であり、仮想クレームの特定に関し当事者間での争いはない。

 被告はU.S. Patent No. 5,474,555(以下、Puno)とU.S. Patent No. 2,346,346(以下、Anderson)との組み合わせにより、仮想クレームに係る発明は自明であると主張した。Punoには圧縮部材(18)以外の全てが開示されており、Andersonには圧縮部材(18)が開示されている。CAFCでは仮想クレームに係る発明が、単なる組み合わせにより自明といえるか否かが争点となった。ここで自明であれば特許権非侵害となり、非自明であれば均等論侵害が成立する。


4.CAFCの判断
組み合わせの阻害要因(Teach Away)があり自明でない
陥れ防御に対する判断は、以下の2つのステップにより行われる。
第1:仮想クレームが、イ号製品を文言上侵害するか否か
第2:仮想クレームが特許性(米国特許法第102条及び103条)を有するか否か。

 仮想クレームがイ号製品を文言上侵害している点については当事者間に争いはない。

 被告が挙げたPunoは図4に示す如く多軸スクリューの組み立て部品を開示している。図4はPunoの多軸スクリューを示す断面図、図5はロッド18及びスクリュー21の取り付け状態を示す説明図である。


Punoの多軸スクリューを示す断面図
図4 Punoの多軸スクリューを示す断面図


ロッド18及びスクリュー21の取り付け状態を示す説明図 ロッド18及びスクリュー21の取り付け状態を示す説明図
図5 ロッド18及びスクリュー21の取り付け状態を示す説明図


 ロッド18に連結される複数のスクリュー21は図5に示す如く骨に埋め込まれる。スクリュー21を骨に埋め込んだ後ナット25,27で固定台座23を締め付ける。ここで、注目すべきは、図4に示す如く、Punoはスクリュー21を押し込む圧縮部材を備えず、またスクリューヘッド30と固定台座23とが離れるよう設計されている。

 このような構成により、骨が器具に融合する前の段階において「衝撃吸収効果」を生じさせ、骨への負荷がかかることを防止するものである。

 これに対し、Andersonは圧縮部材を開示している。図6はAndersonに開示された固定用留め具の断面を示す断面図である。


Andersonに開示された固定用留め具の断面を示す断面図
図6 Andersonに開示された固定用留め具の断面を示す断面図


 Andersonが開示する固定用留め具は、腕または脚等の長い骨を固定する為の装置である。スクリュー19の締め付けにより、ブロック20及びロッド8が下方向に移動する。ロッド8は圧縮部材15,15’を介してボール14及びボルトシャンク13を下側へ押し込む。スクリュー19の締め付けにより、ボール14は圧縮部材15,15’により強固に固定される。

 被告はAndersonに開示された圧縮部材15,15’をPunoのスクリューヘッド30上に組み合わせるのは自明であると主張した。

 CAFCは、PunoはAndersonの圧縮部材を組み込むことをTeach Awayしており、自明でないと判断した。KSR最高裁判決においては、
公知の方法に係るありふれた構成要件の組み合わせは、予見できない効果を奏さない限り、自明である。
と判示された。その上でCAFCは、
先行技術が組み合わせのための阻害要因となる場合、自明でない。*8
と述べた。


 複数の先行技術を組み合わせてクレームに係る発明に想到するためには、当業者が、これら先行技術を組み合わせるための理由付けが必要となる。この理由付けが弱い場合、Teach Away、つまり阻害要因が発生しているといえ自明と結論づけることはできない。

 本件において、Andersonの圧縮部材をPunoの器具へ追加することは、Punoの器具が目的とする「衝撃吸収効果」を低減または除去することになる。つまり、圧縮部材を仮に採用した場合、器具を介して骨へ直接衝撃が加わり、器具と骨との融合に失敗する可能性がある。以上のことからCAFCは組み合わせのための阻害要因が存在することから、自明でないと判断した。

 続いて、CAFCはGraham最高裁判決*9において判示された2次的考察について検討した。2次的考察とは、自明性の判断において副次的に用いられるものであり、以下の事項を検討する。
商業的成功
長期間未解決であった必要性
他人の失敗
模倣等


 CAFCは本事件において、「被告の失敗」及び「模倣」を認定し、本件特許の非自明性をより確固たるものとした。被告は678特許の出願前にスクリューを設計していた。被告はスクリューヘッドに対する圧力を付与するために、圧縮部材ではなくロッドを用いていた。ロッドでは強固にスクリューヘッドを保持することができないため、被告の開発チームは他の解決方法を模索していた。

 そして678特許が登録された後、被告の開発チームは突如方向性を変え、ロッドとスクリューヘッドとの間に圧縮部材を挿入する設計を採用した。そしてこの製品がイ号製品である「Vertex(登録商標)」となったのである。CAFCは以上のことから、自明性の判断にあたり、他人の失敗及び模倣が存在したと認定した。

 CAFCは以上述べたとおり、先行技術の組み合わせに関する阻害要因、他人の失敗及び模倣行為等を総合的に勘案し、仮想クレームは自明でないと判断した。そして陥れ防御を否定し、均等論上の侵害を認めた。


5.結論
 CAFCは、仮想クレームが自明でないことから陥れ防御を否定した地裁の判断を支持する判決をなした。


6.コメント
 本件は均等論主張に対する防御の一手法と、KSR最高裁判決後の自明性の判断手法との2つを示す興味深い判決である。機械、電気及び情報の分野においては、”Teach Away”が有効な反論要素となってきたことが近年の傾向といえる。化学及びバイオの分野と異なり、予期せぬ効果を主張することが一般に困難であることから、特許権者はTeach Away及び2次的考察を主に主張する。

 KSR最高裁判決後、Teach Awayが争点となった事件として、ICON事件*10、Agrizap事件*11及びAndersen事件*12がある。本事件を含め、各事件とも一の先行技術には全ての構成要件は開示されていないが、他の先行技術に残りの構成要件が開示されている事例である。

 いかなる場合にTeach Awayしているといえるかは、各事件で提示された先行技術中の目的、課題、及び効果等を分析することで理解できる。ICON事件及びAgrizap事件は共にTeach Awayしているとはいえず、自明と判断された。Andersen事件及び本事件は、Teach Awayしていることから共に自明でないと判断された。

判決 2009年7月1日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/08-1240.pdf

【注釈】
*1 Graver Tank & Mfg. Co. v. Linde Air Prods. Co., 339 U.S. 605, 608 (1950)
*2 Wilson Sporting Goods Co. v. David Geoffrey & Assoc., 904 F.2d 677, 683 (Fed. Cir. 1990), overruled in part on other grounds, Cardinal Chem. Co. v. Morton Int’l, Inc., 508 U.S. 83, 92 n.12 (1993).
*3 米国特許法第103条(a)は以下のとおり規定している。
発明が, 第102 条に規定するのと同様に開示又は記載がされていない場合であっても,特許を受けようとするその主題と先行技術との間の差異が,発明が行われた時点で,その主題が全体として,当該主題が属する技術の分野において通常の知識を有する者にとって自明であるようなものであるときは,特許を受けることができない。特許性は,発明の行われ方によっては否定されない。
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
参照。
*4 KSR Int’l Co. v. Teleflex Inc., 127 S. Ct. 1727, 1739-40 (2007)
*5 678特許のクレーム1は以下のとおりである。
1. Device for stabilizing spinal column segments, comprising a pedicle screw (1) having a threaded shaft portion (3) and a spherically-shaped head (4) at the end of said threaded shaft portion, a receiver member (5) flexibly connected to said head (4), said receiver member being provided with two holes for receiving a rod 916) [sic:(16)], a receiver chamber (7) being provided within said receiver member (5), the receiver chamber (7) having at one end thereof a bore (8) for passing the threaded shaft portion (3) therethrough and an inner hollow spherically-shaped portion (9) for receiving the head (4) of said screw (1), an opening (10) being provided opposite said bore (8) for inserting said screw (1), said device further comprising a compression member (18) for exerting a force onto said head (4) such that said head is pressed against the hollow spherically-shaped portion (9).
*6 DePuy Acromed, Inc. v. Medtronic Sofamor Danek, Inc., No. 01-CV-10165 (D. Mass. Feb. 24, 2004), aff’d in part, rev’d in part sub nom.
*7 DePuy Spine, Inc. v. Medtronic Sofamor Danek, Inc., 469 F.3d 1005, 1026 (Fed. Cir. 2006) (“DePuy Spine I”).
*8 In re ICON Health & Fitness, Inc., 496 F.3d 1374, 1382 (Fed. Cir. 2007)
*9 Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1(1966)
*10 In re ICON Health & Fitness, Inc., 496 F.3d 1374, 1382 (Fed. Cir. 2007)、詳細は拙稿「米国特許判例紹介(第5回) KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか(2)」No.62,2007年11月号(http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.1019/2007.1019.html)
*11 Agrizap, Inc. v. Woodstream Corp., No. 2007-1415, -1421 (Fed. Cir. 2008) 詳細は拙稿「米国特許判例紹介(第11回) KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか? ~組み合わせ自明に関する教科書的事例」No.69,2008年6月号(http://www.knpt.com/contents/cafc/2008.05/2008.05.html)
*12 Andersen Corp. v. Pella Corp., et al., 300 Fed.Appx. 893 (Fed. Cir. 2008) 詳細は拙稿「米国特許判例紹介(第19回) KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか?(4) ~阻害要因(Teach Away)があれば自明でない~」No.77,2009年2月号(http://www.knpt.com/contents/cafc/2009.1/2009.1.html)

◆ ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

◆『米国特許判例紹介』のバックナンバーは河野特許事務所ホームページよりご覧頂けます。 http://www.knpt.com/contents/cafc/cafc_index.html

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全文は下記URLからダウンロードできます[PDFファイル]。
http://knpt.com/contents/thesis/00021/ronbun21.pdf

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