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模造ミシン外観設計特許権侵害事件

~人民法院の類似判断~

重機株式会社
                    原告
v.
標準ミシン機械有限公司等
                    被告

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年11月11日

1.概要
 外観設計(意匠)は中国において発明創造の一つとして出願でき、(専利法第2条*1)、実質審査を経ることなく、外観設計特許が成立する(専利法第35条)。本事件においては工業用ミシンに外観設計特許権が付与された。

 原告は特許取得後、原告外観設計特許を模倣した工業用ミシン(以下、イ号ミシンという)を被告が製造及び販売していることを発見した。原告は証拠収集を行い北京市第二中級人民法院へ提訴した。

 被告のイ号ミシンと特許に係る外観設計とはよく似ているものの、完全に同一ではなく、多くの部品の形状、配置位置が相違しており、被告は特許に係る外観設計とは類似しないと主張した。人民法院はこれらの相違は微細に過ぎず類似すると判断し、原告の請求どおりイ号製品の製造・販売の即時停止、及び、損害賠償を認めた。


2.背景
 重機株式会社(以下、原告という)は2004年4月21日に中国知識産権局に工業用ミシンに関する外観設計特許出願CN00305905.7を行った。2001年1月3日に外観設計特許権CN3171669(以下、669特許という)が成立した。669特許の内容は以下の参考図1に示すとおりである。

参考図1 669特許の図面

参考図1 669特許の図面

 標準ミシン有限公司(以下被告という)はミシンの製造及び販売を行う江蘇州の企業である。被告は標準牌TW1-1541(以下、イ号ミシン)と称するミシンを製造し、北京の販売店を通じてこれを販売していた。参考図2はイ号ミシンの外観を示す図である。

参考図2 イ号ミシン

参考図2*2 イ号ミシン

 2007年原告は被告がイ号ミシンを販売していることを発見し、被告販売店を通じて、イ号ミシン及びカタログを購入した。なおこれらは北京市の公証所にて公証を得ている。

 原告は、2008年12月29日北京市第二中級人民法院に、外観設計特許権侵害を理由に被告を提訴した。原告はイ号ミシンの製造及び販売の即時停止、イ号ミシン及び製造・加工設備の廃棄、損害賠償請求として50万元、並びに、侵害の影響を除去すべく知識産権新聞*3へ侵害行為があったことの掲載を求めた。


3.人民法院での争点
両意匠は類似するか否か
 人民法院は、イ号ミシンと669特許とを対比し、相違点を以下のとおり認定した。
(1)正面図:ミシンヘッド下部付近の押さえ装置の形状が同一でなく、押さえ装置の配置位置も相違する。ミシン横アームヘッド近くにて表れる矩形状の突出部分の外縁輪郭形状が相違する。取っ手の形状が相違する。調節ダイヤルの表面に印刷された数字が相違する。
(2)左側面図:下側縁の形状が相違する。五角形の企業名プレートを嵌め込む凹部の縮尺が相違する、
(3)背面図:後ろ蓋全体の外殻体が相違する。横アーム上の金属軸の存否が相違する。
(4)右側面図:円形ベルトホイールの表面形状が相違する。ベルトホイールを保護するカバーのねじ穴の設置が相違する。
(5)平面図:ねじ穴の個数及び分布位置が相違する。表面半円形突起形状が相違する。オイル穴の設置位置が相違する。
(6)その他:操作面上に設けられたミシン針下方の金属板の形状が相違する。操作面下面の構造が相違する。

 その他、損害額の認定が問題となった。侵害と認定された場合、損害額を立証する必要があるが、どのようにして損害額を算出するのかが問題となる。


4.人民法院の判断
全体的な視覚効果により類比を判断する
 人民法院は、部品の形状、配置位置に相違はあるものの、微細な相違にすぎず、全体的な視覚効果に影響を与えるものではなく、類似すると判断した。

 人民法院は以下のとおり判示した。

「イ号製品の立柱、横アームの矩形状突起部、左側ミシンヘッド、右側ベルトホイール、ベルトホイール保護カバー、ミシン上半円形突起部分等の如く、主要部位の全体形状と、669特許に係る外観設計とは基本的に同一である。部品形状及び配置もまた基本的に同一である。

 確かに正面の押さえ装置、押さえ装置の位置、矩形突出部の上縁形状、左側面下部の外殻形状等の差異が存在するが、これらの差異は一部分における微細な相違にすぎない。全体に対する視覚効果は決して顕著な影響を奏するものではない。」


 次に問題となるのが、損害額である。損害賠償額の算出は専利法第65条*4の規定に基づき判断される。専利法第65条の規定は以下のとおりである。

第65条
 特許権侵害の賠償金額は、特許権者が侵害により受けた実際の損失に基づき判定する。実際の損失の確定が困難なときは、侵害者が侵害により得た利益に基づいて判定できる。特許権者の損害又は侵害者が得た利益の算定が困難なときは、当該特許の実施許諾料の倍数を参照して合理的に判定する。特許権侵害の賠償金額には、特許権者が侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出が含まれるべきである。 特許権者の損害、侵害者が得た利益及び特許の実施許諾料の算定がともに困難な場合は、裁判所は特許権の種類、侵害行為の性質と経緯などの要素に基づいて、1万元以上100万元以下の賠償金額を判定することができる。


 つまり、第1に原告の損失額、第2に被告の利益額、第3に実施許諾料に基づく額、第4に1~100万元という順序で損害額を認定する。

 原告はイ号ミシンの販売開始時期及び地域を立証したほか、ミシン製造業の平均利潤率が20%以上であることを証明すべく、上海証券交易所Webページの“西安標準ミシン工業株式有限公司”の2007年度報告ページを印刷し、証拠として提出した。その上で、原告は上限一杯の50万元を請求した。これは訴訟提起時における第3次法改正前司法解釈*5においては50万元が最大額であったからである。

 人民法院は、被告がイ号ミシンを製造、販売した時間、販売範囲、価格、一般市場の利潤率等の要素を総合的に判断し、損害額を94,772元(約130万円)とした。なお、この損害額には、イ号ミシン購入費、公証費、調査費等の合理的訴訟費用が含まれる。


5.結論
 人民法院は、外観設計特許権の侵害を認め、被告に対し、イ号ミシンの即時製造・販売停止、約9万元の損害賠償の支払いを命じた*6


6.コメント
 模造品に対しては本件の如く外観設計特許権が非常に有効であることが理解できる。その一方で、侵害行為が中国で行われることから、被告のイ号製品の販売数量、利益額等の情報を入手することが困難な場合が多い。模造品の製造及び販売の即時停止が訴訟の主たる目的であれば、負担は少ない。しかし、多くの損害賠償金を望むのであれば、調査会社を通じた被告に対する徹底した調査が必要となるであろう。

 また、訴訟前は公証所による公証手続きが重要となる。本事件においても北京の販売店でイ号製品を購入する場合は、公証付きでの購入を実施している。公証付きで証拠を提出しないと、被告は必ず「それは第3者が製造したものである」との抗弁を行う。そうするとその段階で敗訴となる。イ号製品の他、領収書、カタログ、Webページを印刷したもの等、人民法院に証拠として提出するものは、全て公証を得るように心がけたい。

 その他、原告が請求したイ号製品及び加工設備の廃棄処理請求に関しては、人民法院はこれを認めなかった。人民法院は、その理由として、被告に対しイ号製品の製造・販売を即時停止する以上、これ以降の侵害行為の発生を防止することができるからであるとした。

 さらに、謝罪広告請求に対しても、人民法院は、被告の侵害行為によって原告の商業上の名声に損害が生じているとはいえないことを理由に、当該請求を棄却した。

判決 2009年9月3日
以上
【注釈】
*1 専利法第2条は以下のとおり規定する。
本法でいう発明創造とは、発明、実用新案及び意匠をいう。
・・
意匠とは、製品の形状、模様またはそれらの組合せ、及び色彩と形状、模様の組合せについて出された、美感に富み、工業的応用に適した新しいデザインをいう。

特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
参照
*2 JUKI工業HPより(http://www.juki.co.jp/topics_c/pdf/n090617c.pdf)2009年6月17日
*3 知識産権新聞http://www.cipnews.com.cn/
*4 第3次改正前は専利法第60条に規定されていた。
*5 法釈(2001)第20号第21条
*6 (2009)二中民初字第923号

◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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