〔判決理由〕
1「管理装置」の意義
本件発明の構成要件の管理装置は、「前記読み取り手段に依って読み込まれ た患者情報を記憶する記憶手段と、・・・とを備えた一台の管理装置」というも のであるが、「一台の管理装置」という場合の「台」とは、「車または機械など を数えるのにいう語」であり、助数詞として用いられる語であるから、右「管理 装置」は、用語の普通の意味からすれば、目視によって数量を表すことが可能な 、ホストコンピュータとは別体の、ハードウェアとしてのひとまとまりの機械装 置を指称しているものと解される。しかし、本件特許は、コンピュータの応用技 術を発明の対象とする、方法特許であり、ハードウェアとしてのコンピュータは 、そこに各種のプログラムを載せて実行させることにより多様な機能を実現し得 る汎用性のある機械装置であって、しかも、本件特許請求の範囲には「前記読み 取り手段に依って読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、・・・とを備え た」という以上に、「一台の管理装置」の構成を限定する記載がないことに照ら すと、本件特許請求の範囲の記載だけでは、右「管理装置」が、前示のホストコ ンピュータと別体のハードウェアとしてのひとまとまりの機械装置の意味のみを 有するものとは必ずしも即断できず、ハードウェアとしてのホストコンピュータ の機能と同時に、ホストコンピュータに組み込まれたソフトウェア(プログラム )の機能をも包含した、「本件発明の所期する機能を奏せしめ得るひとまとまり の装置」というように、いわゆる機能的クレームを実現するものとして、より広 義に解釈する余地が皆無とは直ちに言い切れない。したがって、本件特許請求の 範囲だけでは、右管理装置の具体的内容を確定し難いところがないとはいえない から、更に本件明細書の他の記載等を参酌してその具体的内容を明らかにするこ とにする。
そこで、本件明細書を見ると、本件発明の唯一の実施例の説明では、この「 管理装置」の語句自体は使用されておらず、用語上、右語句ときわめて近似する 「管理コンピュータ」の語句を用いて統一的に説明しており、実施例の記載全体 を通覧すると、それらは、いずれも実質的には本件特許請求の範囲にいう「管理 装置」の同義語として用いられ、しかも、ホストコンピュータとは概念的に区別 される、別体のハードウェアとしてのコンピュータ装置を指す意味で使用されて いることが明らかである。この点を更に詳細に敷延すれば、第4図(図1参照) には、管理コンピュータ41は、それ自体でハードウェアとしてのコンピュータ 装置の基本構成を全て具備した、ひとまとまりの機械装置を表す状態で図示され ており、その点は診療受付器1についても同様である。即ち実施例の説明には、 「診療受付器のCPU21は、管理コンピュータ41が接続されていない場合に は、該管理コンピュータ41のCPU42と同様の制御や演算を行なう。」との 記載がある。したがって、これらの本件発明の唯一の実施例の説明の記載に即し て考えると、本件特許請求の範囲にいう受付器と管理装置は、いずれも単体でコ ンピュータ装置として独立の構成を備え、且つ、個別にその機能を実現し得る、 ホストコンピュータとは別体のひとまとまりの機械装置として発明の内容が開示 されているものといえる。
次に、本件発明の解決すべき技術的課題(目的)について考えるに、本件明 細書の発明の詳細な説明には、「初診患者であっても再診患者と共にその受付番 号を設定することができるとともに会計を終えないで帰宅した患者をその診療科 で容易に把握できるようにし、加えて病院の規模に応じて一又は複数の受付器を 任意に選択することのできる受付票の発行方法を提供するものである。」との記 載がある。右記載に照らすと、本件発明において、管理装置を設けることを要件 としたのは、コンピュータによって初診・再診を問わずに受診患者に受付番号を 設定し、その設定された受付番号によって受診患者の情報を一元的に管理し、特 に受付番号情報と会計情報を有機的に連繋させ、会計を終えないで帰宅する不良 患者を排除することにあることは明らかである。したがって受付番号情報と会計 情報を有機的に連繋させ得るコンピュータシステムを構築した点にこそ、本件発 明の技術的意義の最も重要なポイントがあるものとみなければならない。そして 、その処理形態を具体的にどのように構成するかが本件発明において、解決され るべき最大の技術的課題といわねばならず、それは単に管理装置をホストコンピ ュータと別体の機械装置として構成するか否かという、物理的な機械配置の問題 のみに止まらず、ハードウェアとソフトウェアを統合して成るコンピュータシス テムの設計思想にも大きく依存する問題である。
そこで、進んで本件特許出願当時のコンピュータシステムの技術水準につい て検討するに、コンピュータによる情報(データ)処理形態の発展は、コンピュ ータハードウェア技術の進歩に伴って、@ 各部門に配置されたコンピュータが それぞれが全く独立した単体であり、相互の間での連絡や連繋は全く保たれてい なかった「非集中処理システム」の時代から、A 各所に配置されていたコンピ ュータを一か所に集中し、一台ないし少数台のコンピュータで業務を処理する「 集中処理システム」の時代を経過し、お互いが相互に連繋しシステム資源の共用 を行いながら、情報処理を実行する「分散処理システム」の時代になりつつあり 、特に最近ではオンライン処理を利用したコンピュータネットワークによる分散 処理システム化の傾向が顕著というべきである。証拠(乙1〜4号証)によれば 、医療の分野においても、右の傾向は顕著であり、本件特許の出願日である昭和 六〇年一〇月十五日以前の段階で、既にホストコンピュータによって受付番号を 設定するコンピュータプログラムや患者情報を記憶するコンピュータプログラム が開発され、一部の病院のホストコンピュータに組み込まれ、端末装置から人手 によって受付情報を入力することによって利用されていたこと、また、ごく僅か ではあるが、ホストコンピュータに接続される再来患者受付機も開発され、一部 の病院に導入されていたこと、昭和六〇年代に入り、それまで人手に頼っていた 受付情報の入力部分を自動化する機器が続々開発され、それらをホストコンピュ ータに接続して病院の受付事務を自動化する再来患者受付機が急速に普及するよ うになったことが認められる。以上を総合考慮すると、本件発明も、上述したコ ンピュータ・システムのオンライン処理化及び分散処理システム化の技術動向に 沿うものであり、ホストコンピュータと小形コンピュータである管理装置及び診 療受付器を階層的に組み合わせて、単一のオンライン処理システム若しくは分散 処理システムを構築することを主眼としたものと認められ、そのような本件発明 の依って立つ設計思想に照らして考えれば、本件発明の管理装置は、全体のシス テム構成上、ホストコンピュータの下位にあって、それとは別体の装置として分 散配置されたサブコンピュータとして位置づけられるべきものと解される。
そして、更に、抽象理論的に右のようにいえるのみならず、甲第16号証及 び弁論の全趣旨によれば、原告が実際に納入した本件発明の実施品であるとする コンピュータシステムでは、「管理装置」は、ハードウェアとして、本体、モニ ター、キーボード、プリンターから成るホストコンピュータとは別体の装置とし て構成されていた。右本体内に受付器の患者の投入したカードの記録情報を読み 込む読み取り手段によって読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療 科語との現在の受付番号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によって 記憶された受付番号をもとに各診療科事の新たな受付番号を設定する受付番号設 定手段の機能を実現するコンピュータプログラムが組み込まれ、右管理装置本体 は通信回線(電線路)によってホストコンピュータに接続されていることが認め られる。
以上の諸事実を総合して考えると、本件発明の構成要件の「管理装置」は、 ホストコンピュータと別体のものに限られると解すべきである。
2 被告装置の構成及び作動態様
原告は、被告装置が本件発明の構成要件のホストコンピュータとは別体の機 械装置である「管理装置」を具備していないことを自認している。
本件発明の構成要件の「管理装置」と被告装置とを対比すると、被告装置に はホストコンピュータと別体の管理装置は設けられておらず、仮に被告装置によ って右管理装置と同一の機能を実現することが可能であるとしても、それはホス トコンピュータに内蔵されたコンピュータプログラムによって実現される機能に ほかならない。したがって、被告装置は、本件発明の構成要件Aの「管理装置」 の構成を具備していないといわざるを得ない。
(原告の主張について)
原告は、ハードウェアとしてホストコンピュータ内に一体に組み込まれては いても、コンピュータプログラムにより独立して本件発明の構成要件の「管理装 置」と同一の機能を果たしているものは、右「管理装置」に該当する旨主張する 。しかしながら、コンピュータプログラムに関する発明については、その発明の 成立性をめぐって、プログラムされる前のコンピュータは、部品のウェアハウス (倉庫)にすぎないが、プログラムは、コンピュータに読み込まれたときにその 物理的な構造の一部となって、これらの部品を有機的・一体的に結合することに よって、特定目的に適合した具体的な装置を作りあげる配線又は接続手段と同一 視することができるとする、いわゆるウェアハウス説があることはよく知られて おり、原告の右主張は実質的にみれば、このウェアハウス説を言葉を代えて本件 発明についても援用しようというところにあるものとみられるが、前記1に詳記 した理由により原告の右主張は到底採用できない。
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