批 評

 結論に賛成・ただし、判決の理由には疑問が多い。

 一 批評の本論に先立ち、判決文における用語及び本件特許の「特許請求の 範囲」の表現について解説を加えたい。

 特許請求の範囲の末尾の「方法」の語から明らかなようにこの発明は方法の カテゴリに属する。特許請求の範囲の前半部分には

「・・・1又は複数の受付器と、・・・1台の管理装置と、・・・ホストコン ピュータと、からなり」とあり、これらのハードウエアを備える「物」の発明で あるかの如き記述になっているが、この前半部分は

 「・・・1又は複数の受付器と、・・・1台の管理装置と、・・・ホストコ ンピュータとを設け(または、用い)、」のように、方法の発明の前提条件また は方法の発明の準備の段階を述べていると理解するのが適切である。

 この「・・・1又は複数の受付器と、・・・1台の管理装置と、・・・ホス トコンピュータと」からなる「もの」(ハードウエア、ソフトウエアを含む)は 一般的には診療受付「システム」と呼ぶのが適切であろう。「SYSTEM」の 訳語には「方式」が当てられることがあり、まれに「方法」が当てられるが、上 述のように、「もの」と捉えるのがより一般的である。

 本件の特許請求の範囲は、このような診療受付「システム」での情報の流れ 、受付番号の設定および受付票の印字・排出の仕方等の運用を記述して「方法」 の発明としている。

 判決文では、被告の再来患者受付機と病院のホストコンピュータとを接続し て再来患者の受付を可能とした仕組みを再来患者受付システムと捉え、これを「 被告方法」と指称し、再来患者受付機とホストコンピュータとの組合せからなる 機器全体(ソフトウエアを含む)を「被告装置」と呼んでいる。つまり一般的に は「システム」と呼ぶほうが適切なものを「被告装置」と称し、同じく一般的に は「方法」と呼ぶほうが適切なものを「システム」と称したうえで、「被告方法 」と言い替えているのである。

 なお、判決文では一般的な意味での「システム」の語も随意的に使用されて いる。

 二 さて、この裁判は、コンピュータ関連発明、特に機能実現手段で構成を 特定した特許請求の範囲を有する特許発明の技術的範囲を争った初の侵害訴訟と して位置づけられるものである。 その意味から争点1の(一)が重要であり、 争点1の(二)の判断自体には格別の重要性はない。争点1の(二)は、争点1 の(一)において原告の主張通り、被告装置が「管理装置」を備えると認定され た場合においてのみ、その議論に意味を見出せるものである。さらに争点1の( 二)についての判決での判断には、技術的、法律的に見るべきものはなく、むし ろ疑問を感じる判断がある。即ち、「情報を送る」ことが「ファイル作成を含む 」などとする解釈はこの技術分野の常識に照らして奇妙であると言わざるを得な い。従って以下では争点1の(一)についてのみ言及する。

 コンピュータプログラムを利用した発明のうち、「物」又は「装置」の発明 では「・・・をする○○手段、・・・をする◎◎手段、及び・・・をする□□手 段を備えることを特徴とする△△装置。」のように特許請求の範囲を記載すると いう実務慣行が日本のみならず、欧米でも定着している。同じく「方法」の発明 では「・・・○○をするステップ、・・・◎◎をするステップ、 及び・・・□ □をするステップを備えることを特徴とする△△方法。」のように特許請求の範 囲を記載する。

 このような特許請求の範囲の表現は、もちろん強制されるものではないし、 実際他の表現の例はいくらでも存在する。ただ、発明の構成要件(コンピュータ プログラムが関連する要件)を表し易いこと、判決(原告の主張)にある「マイ クロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」において、「 物」の発明の成立性(特許法第2条に定義されている「発明」であること)が上 述のような表現によった場合には認められるとしていたこと、欧米への特許出願 でもそのような表現が一般的であることなどを理由として、そのような表現が実 務慣行として定着していったのである。

 本件はコンピュータプログラムを利用した方法の発明であるが、その「特許 請求の範囲」では上述のような「ステップ」による表現を採らず、古典的な作用 の順序的記載によっている。そして、本件の「特許請求の範囲」の記載において 最も重要な点は、権利範囲の解釈に影響を及ぼした前半部分、つまり前述した「 前提条件、又は準備段階」の部分にある。「方法」の発明は基本的には作用、操 作又は行為(いずれも上述のステップとして表現又は認識されるもの)等の順序 又は時系列的組合せとして概念されるものであるが、そのような作用等を可能と する前提としての「物」の存在を記載する必要を生じることがある。(なお、欧 米では方法の発明は、行為,操作等の順序であるとの認識が強いから,「○○を 準備するステップと,」のように,「物である○○」の必要性を準備の段階とし て表現することが多い。)

 本件発明の「受付器」「管理装置」及び「ホストコンピュータ」はこのよう な「物」に該当し、しかも実施例における「受付器」「管理装置」及び「ホスト コンピュータ」のいずれもがコンピュータプログラムを利用した「物」であった 。そして「受付器」及び「管理装置」を定義する部分では上述の「・・・する○ ○手段」の表現を採っている。このような「・・・する○○手段」と表される構 成要件(またはその表現形式)は「機能実現手段」と称される。

  「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」 (以下、「運用指針」という)は一九八二年(昭和五七年)一二月に、急増する マイクロコンピュータ利用発明の審査の指針とすべく特許庁が発表したものであ る。その骨子を端的に述べると、マイクロコンピュータがプログラムの実行によ って果たす複数の機能のそれぞれを「○○手段」「□□手段」のように記載する こととすれば、装置の発明についてはその成立性を認めるという点にある。

 これに先立つ一九七六年(昭和五一年)には主として方法の発明を対象とす る「コンピュータプログラムに関する発明についての審査基準(その1)」(以 下、「その1」という)が発表されている。

 「その1」は適用するコンピュータの種類を特定しなかったのに対し,「運 用指針」はその名称どおりマイクロコンピュータを適用対象としていた。しかし ,実際には審査実務においても、出願実務においても、単に「マイクロコンピュ ータ」を利用したものだけに限らず、広義のコンピュータを利用した装置、シス テム一般に広く適用された。

 この分野における審査基準またはこれに類するものとして前述の「その1」 及び「運用指針」と、一九八八年(昭和六三年)三月に非公式な形で発表された 「コンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査上の取り扱い(案)」とが暫くの 間併存した。一九九三年(平成五年)六月に発表の「審査基準」の策定にあたり 、これら三つを統合する形で、その第VIII部第1章にコンピュータソフトウエア 関連発明の審査基準が定められた。

 本件の出願日は、「その1」及び「運用指針」の発表後である。そして、前 述のとおりこの発明は方法の発明であるが、複数の「物」の存在を前提としてお り、この「物」、つまり、「受付器」及び「管理装置」の定義または修飾句の記 述を「運用指針」に則っていると見ることができる。けだし、これら「受付器」 及び「管理装置」はともにCPUを備えており、「受付器」の受付票プリンター を除き、「○○手段」の記述によっているからである。なお、「ホストコンピュ ータ」は作用的記述によって定義されている。


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