三「運用指針」において「機能実現手段」で表現することによって発明の成 立性を認める、とした考え方の基本には、マイクロコンピュータを応用した「物 」を構成する要素としてのコンピュータプログラムを、その構成部品のように見 なせばその発明の成立性を否定する根拠が無くなる、とする点にあると考えられ る。
マイクロコンピュターによるのと同様の機能を果たす個別回路においては発 明の成立性が問題となる余地はない。そこでコンピュータプログラムを個別回路 の構成部品と見なせるような表現、つまりコンピュータプログラムを構成部品に 擬制した表現を採らせることにしたものと考えられる。なお、ハードウエアとし てのマイクロコンピュータはプログラムと協働して「機能実現手段」を構成して いるから、「マイクロコンピュータと、・・・する○○手段と、・・・」のよう な特許請求の範囲の記載は構成要件間に重なり合う部分が存在することになって 不合理であるから、「マイクロコンピュータ」そのものは特許請求の範囲には構 成要件として記載しないのが一般的である。
「運用指針」が原則的に規定したところは、一つのマイクロコンピュータが 果たす複数の機能をそれぞれ「機能実現手段」として表現せよ、というにある。 しかし、実務では、複数のコンピュータ(マイクロコンピュータ、CPU、汎用 コンピュータなどコンピュータプログラムで動作するものを総称する。以下同じ )を備える装置の特許請求の範囲は、複数のコンピュータごとに機能実現手段を 分けて記載する場合もあれば、単一のコンピュータがすべての機能実現手段を備 えている場合と同様にコンピュータごとに区別をしないで記載する場合もある。 後者のような記載をするのは、同じ機能を単一、またはより少数のコンピュータ でも実現できる場合が多いからであり、前者のようにコンピュータごとに区別し て記載することが発明の技術的範囲を狭くすることに繋がるおそれがあるからで ある。後者のような表現をとることは「運用指針」に直接記載されているところ には合わないが、前述したような発明の成立性を認める考え方から外れるもので はない。
上述したような特許請求の範囲の実務的な記載方法の観点にたてば、複数の コンピュータの存在が特許請求の範囲に記載されている場合は、その存在が技術 的必然性を有するか(例えば並行処理が不可欠な場合)、または、それが記載さ れていない場合の技術的範囲よりも狭い技術的範囲でよしとしている、と解する ことが適切である。
四 さて本件発明を見ると、その実施例の記載から、受付器(診療受付器) 、管理装置(管理コンピュータ)およびホストコンピュータ(ホストCPU)は 各別にCPUを備えている(またはコンピュータプログラムで動作するものであ る)ことは明らかである。そして特許請求の範囲にはこれら受付器、管理装置及 びホストコンピュータが各別に記載され、それぞれCPUを有するものとして( 前2者は機能実現手段で記載されることで間接的に、後者はホストコンピュータ の名称で直接的に)記載されているのである。 本件の特許請求の範囲はこれを 普通に解釈すると、字義通り、管理装置とホストコンピュータとは別体のものと 理解される。また上述のような「運用指針」に則った実務のあり方からみても、 管理装置とホストコンピュータとは別個のもの、少なくとも別のCPUを備える ものと理解するのが適切であると言わざるをえない。
五 そこでこのような考え方を覆すべく原告が主張したのは、コンピュータ 装置の異同の判断に際しては、見掛け上の装置の異同に捕らわれず、実現される 機能に着眼して対比判断すべきである、という点である。その根拠として「運用 指針」における「対比判断は機能に着目して行うべし」という趣旨の記述を挙げ 、本件の管理装置はホストコンピュータと別体のものに限らないと主張した。そ して被告装置のホストコンピュータの機能が、本件の管理装置及びホストコンピ ュータの機能と同一であり、従って、被告装置は本件の管理装置を備えている、 と結論づけたのである。
この原告主張について注意しておくべきことは「運用指針」における「対比判 断は機能に着目して行うべし」という記述は、審査における同一性(新規性)、 進歩性に関しての先行技術との対比判断に関する記述である、ということである 。
一方、被告は特許請求の範囲の記載、実施例の説明に照らして管理装置がホ ストコンピュータと別体であるとの解釈しかできない、と主張した。そして、審 査の経過を踏まえて、管理装置をホストコンピュータと別体にすることなどの限 定をすることで本件は特許査定されているから、その点からも管理装置はホスト コンピュータと別体であるべきである、とも主張した。
争点1の(一)についての判決での判断は次のように要約される。
まず、特許請求の範囲に「1台の管理装置」という記載があるとしても、管 理装置はホストコンピュータと別体のものの意味のみを有するとは即断できず、 ホストコンピュータ(ハードウエア及びソフトウエア)を含み、所期の機能を奏 するひとまとまりの装置と解釈する余地が皆無とは直ちには言い切れない、とし た。その理由として、本件特許はコンピュータを応用した方法特許であること、 コンピュータは汎用性のある装置であること、管理装置は「前記読み取り手段に よって読み込まれた患者情報を記憶する記憶手段と、各診療科毎の現在の受付番 号を記憶する記憶手段と、その受付番号記憶手段によって記憶された受付番号を もとに各診療科毎の新たな受付番号を設定する受付番号設定手段とを備えた」と しか構成が限定されていないこと、の3点を挙げている。
しかるところ、
1 明細書の実施例には管理装置はホストコンピュータと別体のものとして 記載されている
2 本件特許出願当時のコンピュータシステムの技術水準は、「非集中処理 システム」から「集中処理システム」を経て、「分散処理システム」「オンライ ンシステム」になりつつあった。従って本件発明もこの技術動向に沿うものであ り、本件発明の管理装置はホストコンピュータの下位にあって別体の装置として 分散配置されたサブコンピュータと解される
3 原告が納入した本件発明の実施品では「管理装置」はホストコンピュー タと別体である。ことを理由に本件発明の「管理装置」は「ホストコンピュータ 」と別体であると認定した。その結果、「管理装置」を別体として備えない被告 方法は、本件発明の「管理装置」の構成を具備しない、とされた。
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