1.概要
KSR最高裁判決
*1においては、自明性の判断において、いわゆる厳格なTSM(教示、示唆、動機)テストの緩和が求められた。すなわち先行技術中に、複数の先行技術を組み合わせるための教示、示唆及び動機付けが存在しない場合でも、当業者の一般常識等をも考慮して、自明か否かの判断を行うことができる、とされた。本事件はKSR最高裁判決を受けてCAFCにて自明性に関して争われた事件である。CAFCは複数の先行技術及び一般技術を組み合わせることに困難性はなく、また特有の効果も存在しないことから自明であると判断した。
2.背景
(1)Leapfrog(以下、原告)は、子供の発音学習用の玩具に関するU.S. Patent No.5,813,861(以下、861特許)の所有者である。原告は、2003年10月、Fisher(以下、被告)を861特許のクレーム25の侵害として、デラウェア連邦地方裁判所に提訴した。争点となったのはクレーム25
*2の有効性である。
(2)861特許の概要を図1に示す。
図1 861特許
861特許に係る電子学習玩具はプロセッサ、リーダ、スイッチ及びスピーカ等を備える。アルファベットの文字からなるスイッチを操作することにより、プロセッサの制御に従い、その文字に応じた音声がスピーカから出力される。
スロットには単語が記述されたカードが挿入される。リーダは挿入されたカードの種類を認識する。本発明のポイントは、このカードの単語に応じた、文字に係る音声を出力することである。例えば図のごとく「BALL」の単語カードが挿入され、Aのスイッチを子供が操作した場合、Aは「ア」ではなく、BALL中の「オー」が音声として出力される。
また例えば、「BAT」の単語カードが挿入された場合、「オー」ではなく「アッ」が音声出力される。これにより、子供は正しい発音を、単語カードを見ながら学習できるのである。
(3)被告は、2つの先行技術、U.S. Patent No. 3,748,748(以下、Bevan) 及びTexas Instruments社のSuper
Speak & Read (以下、SSR) の組み合わせにより、クレーム25は無効であると主張した。地裁は、被告の主張を認めクレーム25は無効であるとの判決をなした
*3。原告はこれを不服として控訴した。
3.CAFCでの争点
自明か否かの判断プロセスは如何にあるべきか?
本事件における自明性の判断要素を図2に示す。
クレーム25に係る発明は、電子部品を用いた発音学習用電子玩具である。これに対し第1引例であるBevanはメカニカルな手段により同様の発音学習をさせる玩具であり、第2引例であるSSRは、技術内容は異なるがエレクトロニクスを用いた発音学習玩具である。
争点1→メカニカルな手段を用いる装置を、より現代的な電子部品を用いる装置へアップグレードすることは容易か?
第1引例及び第2引例のいずれにも一の構成要件であるリーダ(挿入された本の種類を判断し、プロセッサに通知するもの)が開示されていない。ただし、挿入されたカードの種別を認識する技術は一般技術である。
争点2→一般技術を自明性の判断でどのように用いるか?
クレーム25が、特有の効果を有する場合、自明とはいえない。
争点3→発明特有の効果はどのように評価されるか?
自明性の判断にあっては、Graham最高裁判決
*4にて判示された、2次的考察(商業的成功、長期間未解決であった必要性、他人の失敗、マーケットの評価等)が検討される。
争点4→2次的考察はどのように評価されるか?
図2 本事件における自明性の判断要素
4.CAFCの判断
予期できる効果以上の効果を奏するものでない限り、公知の方法に関連するありふれた要素の組み合わせは、自明である。
CAFCは、先行技術の組み合わせにより自明であると判断した地裁の判決を支持した。
(1)Bevanの装置の構造を図3に示す。
図3 Bevan装置
Bevan装置は、ハウジング内に、音声記憶手段としてのレコード、音声記憶手段からの音声を再生するスピーカ、及び、レコードを回転させるためのモータを備える。固有の形状を持つパズルピースは、ハウジング上面の対応する形状の開口に収容される。
開口内のパズルピースを押すことにより、レコードを回転させるべくモータが回転する。レコード針が、レコードの当該パズルピースに関連する音が記憶されている部分へおとされることにより、音声がスピーカから出力される。例えば、「MARY」の文字が描写されたパズルピースを、この形状に対応する開口に当てはめて、操作することにより、レコードが再生され音声が出力される。
Bevan装置の一実施例には、図4に示すごとく、単語内の一文字に対応する音声をも出力する形態が記載されていた。
図4 Bevan装置の一実施例
これによれば、単語「CAT」中の「A」を操作することにより、これに対応する音声が出力されることになる。
(2)TIのSSR
SSRはメカニカルなBevan装置と異なり、電子部品を備えるより現代的な先行技術である。玩具に使用される本はハウジングの凹部に収容される。ハウジングは、子供が本のページの異なるエリアを押したことを検知することができるスイッチを備える。またハウジングは、音声を生成するためのプロセッサ、メモリ、及びスピーカを備える。ある操作モードにおいては、SSRは単語の第1文字を押すことを許容し、当該文字の音声を子供に聞かせる。
当該単語の文字の残りは、グループ化され、併せて再生される。例えば、子供はtの文字を押し、これによりt(タ)の発音を聞くことができる。続いてugを押すことにより単語tug(タグ)中のすべての音声を聞くことができる。同様に子供がbのボタンを操作し、それからugのボタンを操作し、bug(バグ)中の音声を聞くことができる。
(3)一致点・相違点
Bevan装置はメカニカルな手段により、単語中の一文字の音声を出力する点では共通するが、クレーム25の構成要件のプロセッサ、メモリ等を備えない。
SSRは、電子部品を用いて単語の音声を出力するが、単語の一文字目からしか音声出力ができない。
そして両者とも、構成要件リーダ(a reader configured to communicate the identity of the depiction to the processor)に対応する事項は開示されていない。
(4)自明と判断したプロセス
CAFCは、まず本発明の最終目標に注目した。クレーム25の最終目標は、子供に単語中のある文字に係るスイッチを押させ、当該文字の単語中の正しい音声を出力することにある。この目標はクレーム25とメカニカルな手段を用いるBevan装置と同一である。
CAFCは、同一目標を有するメカニカルな装置(Bevan)を、近代的なエレクトロニクス装置(SSR)に適用することは、子供用学習装置の設計において、当業者からすれば自明であると判断した。
KSR最高裁においては、「予期できる効果以上のものでない限り、公知の方法に関連するありふれた要素の組み合わせは、自明である。」と判示された。子供学習装置の当業者であれば、組み合わせによる
一般的なメリット、例えば小型化、信頼性の増加、簡易操作、及びコスト低減、を得るために、近代的な電子部品を用いてアップデートすること、すなわちBevan装置にSSRを組み合わせることは自明であると判断した。
一方、Bevan装置及びSSRに開示されていないreaderに関しては、発明時にすでに良く知られている技術であるとして、自明と判断した地裁の判断を支持した。すなわち、readerをBevan及びSSRの組み合わせに適用する理由は、市場での販売増加を目的として、さらなる追加の利点及び玩具の単純化を図ることである。readerをこれらの先行技術に適用することの、
特別な困難性、チャレンジ性がない限り、自明であると判断された。
2次的考察に関しては商業的成功、マーケット評価、及びlong-felt need(長年にわたる期待)を検討したが、自明との判断を覆す程の証拠ではなかった。
5.結論
以上の理由により、CAFCは、861特許のクレーム25が自明であると判断した地裁の判断を支持した。
6.コメント
KSR最高裁判決を受けた自明性の判断がなされた。先行技術1及び2の組み合わせだけでは、クレームの構成要件全てを満たしていない。構成要件readerがこれらには開示されていない。しかし、構成要件readerは公知の技術である。本事件においてはこれら3つの組み合わせにより自明と判断された。図1に示すように、子供が絵と共に単語が描写されたカードを自由に挿入し、readerが単語を認識し、これに合わせて任意の文字を押した場合に、正しい音声が出力される。このような組み合わせによる音声の出力は先行技術1及び2のいずれにも開示されていない。最高裁判決直後だけに厳しい方に振った判断がなされた印象を受ける。
判示事項でのもう一つのポイントは原告が主張した効果についての判断であろう。日本の実務においては、進歩性の存在を言うために、先行技術を組み合わせただけでは奏し得ない特有の効果を主張する。原告は、小型化、信頼性の増加、簡易操作、及びコスト低減を効果として主張したが、CAFCは一般的なメリットにすぎないと判断した。
電気、情報処理の分野においては小型化、信頼性、処理速度向上等が効果となることが多く、これらが否定されるということになると、有益な反論に窮することも想定される。その一方で、明細書及びRemarksにおいて、あまりに特有の効果を主張しすぎると、侵害時において相手方から、そのような効果を奏さないとの反論を許すおそれもある。しばらくは本事件をも含め様々な事例を分析する必要があるといえよう。
判決 2007年5月9日
以 上
【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.fedcir.gov/opinions/06-1402.pdf
【注釈】
*1 KSR Int’l Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. __, 2007 WL 1237837, at *12 (2007) 詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.05/2007.05.htm
を参照されたい。
*2 861特許のクレーム25原文は以下のとおり。
An interactive learning device, comprising:
a housing including a plurality of switches;
a sound production device in communication with the switches and including
a processor and a memory;
at least one depiction of a sequence of letters, each letter being associable
with a switch; and
a reader configured to communicate the identity of the depiction to the processor,
wherein selection of a depicted letter activates an associated switch
to communicate with the processor, causing the sound production device
to generate a signal corresponding to a sound associated with the selected
letter, the sound being determined by a position of the letter in the sequence
of letters.
インタラクティブ学習装置comprising:
複数のスイッチを有するハウジング;
プロセッサ及びメモリを有し、スイッチと通信する音声生成装置; 少なくとも一つの文字群列の描写を含み、各文字はスイッチに対応づけられており、;and
プロセッサに対し前記描写のidentity(身元、識別)に通信するよう構成されるリーダを備え、
描写された文字の選択は、プロセッサと通信するために関連するスイッチを起動し、選択された文字に関連する音声に関する信号を生成させ、当該音声は、文字群列における当該文字の位置により決定される。
*3 Leapfrog Enters., Inc. v. Fisher-Price, Inc., No. 03-927 (D. Del. Apr. 7, 2005)
*4 Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1(1966)
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