1.概要
1988年に連邦地方裁判所で第1回目の審理が始まってから、19年が経過した。その間、2度の最高裁判決を経て再び事件はCAFCで審理されることになった。
2001年の第2回最高裁判決(FestoVIII)
*1においては、均等論及び禁反言の法理の関係に関しフレキシブルバー(Flexible Bar)が判示された。このフレキシブルバーは禁反言の推定を反駁するための3要件を規定しており、本事件ではこのうち第1要件「均等物が補正時に予見可能でないこと」について争われた。
Festo(以下、原告)はクレームの文言「スリーブ」を「磁化可能なスリーブ」と補正した。一方、Shoketsu(以下、被告)のスリーブは磁化できないアルミニウムスリーブであった。CAFCは、
補正時ではなく出願時のクレーム範囲において、均等物が公知の場合、それは予見可能であると判示し、非侵害と判断した地裁の判決を支持した。
2.背景
原告はコンベアーに用いられる装置に関するU.S. Patent No. 4,354,125(以下、125特許)を所有しており、被告が125特許のクレーム1
*2を侵害するとして1988年8月に被告を提訴したのが始まりである。以下に均等論及び禁反言の基本的な説明、並びに、本事件の経緯を示す。
(1)均等論及び禁反言
権利範囲の解釈にあたってはクレームを文言どおりに解釈する文言解釈が原則である。しかしながら、文言解釈を厳格に適用した場合、文言に合致しない迂回技術を採用することで第3者が容易に特許の網をすり抜けることができてしまう。このような不合理を回避するために、クレームの文言に加え、これと均等な範囲にまで権利範囲を拡張する均等論が存在する。
均等論は権利範囲を拡張するものであるが、いきおい権利範囲が必要以上に拡張する虞もある。均等論における権利範囲の拡張を制限する法理として禁反言の法理(意識的除外論)が存在する。均等論と禁反言とは相対立する概念であり、特許権者は均等論を主張し、被告は禁反言を抗弁として主張する。
米国における均等の判断は、判断の対象物が実質的に同一の機能(Function)を果たし、同一の方法(Way)で、同一の効果(Result)をもたらす場合に均等と判断する
FWRテストと、均等物との相違が非本質的か否かにより判断する
非本質性テストの2つが存在する。裁判所はこれら2つのテストを状況に応じて使い分け均等か否かを判断する
*3。
(2)本事件の経緯と均等論に対する禁反言法理の生成過程
第2回目のFesto最高裁判決以前においては、均等論とこれに相対立する概念である禁反言との関係が明確ではなかった。ところが、前審のCAFC大法廷(en
banc)は、審査過程において特許性に関する補正を行った場合、禁反言により均等論の主張は一切認められないと判示した
*4。これはコンプリートバー(Complete Bar)と呼ばれ、補正を行った場合は、均等論の主張が一切認められなくなるものである。
審査過程において補正を行うことは特許実務においてごく当たり前のことであり、この補正をもって均等論の主張を一切排除するのは妥当ではない。このようなことから、議論は再び最高裁に持ち込まれ、最高裁は、特許性に関する補正があった場合でも、一定条件下で、均等論の主張を認めるフレキシブルバーを判示したのである。
審査過程において特許性に関する補正を行った場合、禁反言が推定され原則として、均等論は主張できない。しかし、以下の3要件のいずれかを特許権者が立証した場合、禁反言の推定を反駁でき、均等論を主張することができる。
●反駁第1要件
均等物が補正時に予測不可能であること
●反駁第2要件
減縮補正の根本的理由が、均等物に対してほとんど関係がないこと
●反駁第3要件
均等物を記載できなかった合理的理由があること
本事件における出願時のクレームの文言「スリーブ」は、先行技術を回避するために、審査過程において「
磁化可能な部材からなる円筒状スリーブ」と補正され、125特許が認められた。図1は125特許のFIG.1である。筒状のシリンダ10内部には磁石20が、シリンダ10の外周には環状磁石32がそれぞれ挿入される。符号30で示す部材が争点となった「磁化可能な部材からなる円筒状スリーブ」である。
図1 125特許のFIG.1
一方、被告イ号のスリーブは、磁化できない部材であるアルミニウムにより構成されている。文言上技術的範囲に属しないとする点については両者の間で争いはない。原告は被告イ号のスリーブは均等であると主張し、被告は審査過程において磁化可能と補正したから、禁反言により均等論を主張できないと反論した。
3.CAFCでの争点
予見可能性の判断においてFWRテストを用いることができるか?
均等物たるアルミニウムが補正時に予見可能でない場合は、反駁第1要件を満たし、原告の均等の主張が認められる。原告は発明の本質に照らし、当該第1要件を判断する必要があると主張し、被告のアルミニウムスリーブが、クレームの磁化可能なスリーブに対し、補正時においてFWRテストを満たす場合、予見可能であると主張した。
本事件においては、
予見可能性の判断においてFWRテストを採用することが妥当であるか否かが争われた。
出願時のクレーム範囲で判断するのか、補正時のクレーム範囲で判断するのか
また、原告は磁気漏れを防止すべく磁化可能なスリーブと補正したが、実際の製品においては、案外磁気漏れは少なく、磁化可能である必要性は低かった。そのため原告は、イ号のアルミニウムスリーブも同様の効果を奏すると主張した。アルミニウム自体は公知であるが、磁気シールド効果に供する当該方法は知られておらず、また当該目的のためのアルミニウムスリーブの使用は補正時に予見できなかったと主張した。
本事件においては、代替物が
出願時のクレーム範囲において公知の場合でも、
補正時のクレーム範囲により定義される発明の目的に沿う代替物の使用が公知でない場合、予見不可能と判断できるのか否かが問題となった。
4.CAFCの判断
FWRテストは予見可能性の判断に用いることはできない。
CAFCは反駁第1要件である予見可能性の判断に関し、FWRテストを用いるべきとの原告の主張を退けた。FWRテストまたは非本質性テストは、代替物がクレームされた特徴に近似するかどうかを、判断するために用いるものである。これらは、補正の結果として
禁反言が適用されるか否かを判断するために用いるものではない。
出願時のクレーム範囲に照らして予見可能性を判断しなければならない。
またCAFCは、
「たとえ、補正後のクレーム範囲により定義される特別な目的のための代替物の適合性が知られていないとしても、代替物が元のクレームの範囲により定義される技術分野にて存在すると当業者が知っている場合、当該代替物は予見可能であるといえる。」
と判示した。つまり、補正後のクレーム範囲に係る代替物の適合性は予見可能性の判断においては重視されず、あくまで、出願時のクレーム範囲に照らして予見可能性を判断すべきと判示したのである。
上記判示事項は下記の具体例に当てはめると良く理解できる。図2は補正の経緯を示す説明図である。例えば、出願当初のクレームが電球用の「金属フィラメント」と広く記載されていたところ、審査過程において、先行技術を回避すべく補正により長寿命性を理由として「金属Aフィラメント」に限定したとする。ここで、均等物である金属Bは金属フィラメントとしての機能を有することが出願時に知られている。
この場合、たとえ金属Bの長寿命性が補正時に知られていないとしても、金属Bは予見不可能とはいえない。つまり金属Bは出願当初の広いクレームに照らしてみれば、引き続き予見可能である。従ってこの場合、禁反言の推定を覆すことはできない。
図2 補正の経緯を示す説明図
そして、本事件においてはアルミニウムスリーブを含む磁化できないスリーブは先行技術中に示されていることから、
補正時のクレームの目的にかかわらず、出願当初の広いクレーム「スリーブ」に基づけば、イ号の均等物アルミニウムスリーブは予見可能である。
5.結論
CAFCは、禁反言の推定により特許非侵害との判決をなした地裁の判断を支持した。
6.コメント
禁反言の推定を覆すための第1要件の具体的適用基準がより明確になった。補正後のクレームの範囲及び目的の如何に関わらず、出願当初のクレーム範囲に基づき、代替物が予見できるものであるか否かが判断される。
なお、上述した反駁3要件のうち反駁に成功したのは現在のところ第2要件「減縮補正の根本的理由が、均等物に対してほとんど関係がないこと」のみである。第1要件及び第3要件「均等物を記載できなかった合理的理由があること」はことごとく反論に失敗している
*5。
判決 2007年7月5日
以 上
【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.fedcir.gov/opinions/05-1492.pdf
【注釈】
1 Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co., 535 U.S. 722, 740 (2001) (“Festo VIII”)
2 125特許のクレーム1は以下のとおり。
In an arrangement having a hollow cylindrical tube and driving and driven members movable thereon for conveying articles, the improvement comprising wherein said tube is made of a nonmagnetic material, wherein said driving member is a piston movably mounted on the inside of said tube, said piston having a piston body and plural axially spaced, first permanent annular magnets encircling said piston body, said piston further including first means spacing said first permanent magnets in said axial spaced relation, the radially peripheral surface of said magnets being oriented close to the internal wall surface of said tube, said piston further including plural guide ring means encircling said piston body and slidingly engaging said internal wall and first sealing rings located axially outside said guide rings for wiping said internal wall as said piston moves along said tube to thereby cause any impurities that may be present in said tube to be pushed along said tube so that said first annular magnets will be free of interference from said impurities, wherein said driven member includes a cylindrical sleeve made of a magnetizable material and encircles said tube, said sleeve having plural axially spaced second permanent annular magnets affixed thereto and in magnetically attracting relation to said first permanent annular magnets and second means spacing said second permanent annular magnets in said axially spaced relation, the radially inner surface of said magnets being oriented close to the external surface of said tube, said sleeve having end face means with second sealing rings located axially outside said second permanent annular magnets for wiping the external wall surface of said tube as said driven member is moved along said tube in response to a driving movement of said piston to thereby cause any impurities that may be present on said tube to be pushed along said tube so that said second permanent annular magnets will be free of interference from said impurities.
3 Graver Tank & Manufacturing Co. v. Linde Air Products Co., 339 U.S. 605 (1950)、Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chemical Co., 520 U.S. 17 (1997)
4 Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co., 187 F.3d 1381 (Fed. Cir. 1999) 5 詳細は、「日米中における均等論と禁反言の解釈 〜日米中の主要判決をふまえて〜」
河野英仁・加藤真司 知財管理2007年7月号Vol.57 No.7 p1079〜1093、日本知的財産協会
http://www.knpt.com/contents/thesis/00018/ronbun18.html
を参照されたい。
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