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執筆者 弁理士 河野英仁
2007年10月19日
1.概要 |
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KSR最高裁判決*1においては、TSMテスト*2を前提とする厳格ルールから、一般常識を含め技術分野において公知の事項及び先行特許で言及されたあらゆる必要性または問題もが、組み合わせのための根拠となるフレキシブルアプローチへと自明性の判断が変更された。 本事件においては、クレームの構成要件A〜Eのうち、構成要件A〜Dは第1先行技術文献に開示されており、構成要件Eが技術分野の相違する第2文献に記載されていた。第1引用文献と第2引用文献とを組み合わせることが、自明か否かが争点となった。 特定の構成要件のみが、技術分野の異なる文献に開示されており、これをもって自明と認定されることは実務上多い。CAFCは、原告が主張した技術分野の相違及びTeach away(第2引用文献の阻害要因)の反論を否定し、自明と判断した審判部の結論*3を支持した。 |
2.背景 |
(1)事件の経緯 Icon(以下、原告)は折り畳み式踏み台を備えるトレッドミルに関するU.S. Patent No. 5,676,642(642特許)を所有している。642特許は1997年10月に成立したが、Board of Patent Appeals and Interferences(以下、審判部)による再審査が行われた。 問題となったのはクレーム1*4の最後の構成要件、 「踏み台と直立構造体との間に接続され、前記第2の位置にて前記踏み台を安定して保持すべくアシストするガスバネ」 (a gas spring connected between the tread base and the upright structure to assist in stably retaining said tread base in said second position) である。 再審査において、審判部は、Damark International Incの広告及びU.S. Patent No, 4,370,766(Teague)を根拠に自明であると判断した。Damarkは折りたたみ式トレッドミルの広告である。Damarkは最後の構成要件ガスバネ以外を開示している。一方、Teagueはガスバネを開示している。これにより審判部はDamarkとTeagueとの組み合わせにより自明であると判断した。原告はこれを不服としてCAFCに控訴した。 (2)642特許の内容 642特許は図1及び図2に示す如く、踏み台12を直立構造体14方向へ回転させることにより、図2に示す第2の位置まで折りたたむことができるトレッドミルである。 |
図1 642特許のFIG.1 |
図2 第2の位置を示す図 |
図3 642特許のFIG.12 |
クレームに示すガスバネは図3に示す符号505である。争点となる構成要件に符号を付すと、 「踏み台12と直立構造体14との間に接続され、前記第2の位置(FIG.2)にて前記踏み台12を安定して保持すべくアシストするガスバネ505」となる。 (3)先行技術Teagueの内容 一方、Teagueは折りたたみ式ベッドの構造に関する技術を開示している。概要は図4に示すとおりである。符号56が先行技術としてあげられた2重作用バネである。 |
図4 TeagueのFIG.1及びFIG.2 |
Teagueは、公知の単一作用バネではなく、新規の2重作用バネを用いる点を特徴としている。2重作用バネはベッドを持ち上げて収納位置に移行する際、それとは逆の方向へ力を発生させるものである。ただし、完全にベッドを収納した場合は、ベッドの重みにより、ベッドが自動で開くことはない。この2重作用バネの作用により、収納位置からベッドを開く際の力を低減できる。 |
3.CAFCでの争点 |
技術分野の相違はどのように評価されるか? 本願の技術分野はトレッドミルであり、Teagueの技術分野は折り畳み式ベッドである。技術分野が相違する場合に、Teagueの2重作用バネを本願に係るトレッドミルのガスバネに代えて、当業者が採用することができるか否かが問題となった。 |
Teach away(組み合わせに対する阻害要因) 本願のガスバネは、踏み台を収納位置に対して押す方向に作用するものである。その一方で、Teagueの2重作用バネは、ベッド収納の際に逆に開こうとする力が作用する。このように、2つのバネは作用する方向が正反対となる。 原告は、Teagueのバネは本願にとって阻害要因となるものであり、当業者であれば、これを採用しないと主張した。 |
4.CAFCの判断 |
公知の部品は、当該部品の主たる目的以外にも、明白な用途が存在する場合がある CAFCは、本願の技術分野がトレッドミルであり、Teagueの技術分野が折り畳み式ベッドであることから、技術分野が相違することは認めた。しかしながら、KSR最高裁の判示事項、 「公知の部品は、当該部品の主たる目的以外にも、明白な用途が存在する場合がある*5」 を挙げ、Teagueの2重作用バネと、本願のガスバネとは類似の技術にすぎないと述べた。 例えば、発明者がPCのヒンジ機構及びラッチ機構を開発する場合、他のハウジング、ヒンジ、ラッチ、バネ等を採用するピアノのふた、キッチンのキャビネット、皿洗い機のキャビネット、木製家具のキャビネット、またはオーディオカセット等の技術分野における文献を参照すると考えられる。 そうすると本件においても同様に、トレッドミルを開発する当業者は、公知の2重作用バネを開示する折り畳み式ベッドの文献を参考にするものと考えられる。以上のことからCAFCは、技術分野は相違するものの、類似の技術にすぎないと判断したのである。なお、本願のガスバネが、トレッドミル特有の機能を果たすのであれば、この判断が相違する点を、CAFCは示唆している。 Teach away(組み合わせを阻害する要因)の判断手法 自明か否かの判断において、多用されるTeach awayについて簡単に説明する。 先行技術は、以下の場合に組み合わせを阻害する要因があるといえ*6、この場合非自明と判断される可能性が高い。 (i)当業者がある先行技術を検討した場合に、先行技術により規定されるルートに従うことを思いとどませる場合、または、出願人が採用したルートとは別の方向へ導かれた場合。 (ii)先行技術を使用する結果、動作不可能な結果をもたらす場合。 本願のガスバネは、踏み台を折り畳む場合に折り畳み方向へ力を作用させるものである。これに対し、Teagueの2重作用バネは逆方向に作用する。かかる作用的な観点からは、阻害要因が存在すると判断できる。しかしながら、クレームは、 「収納位置にて踏み台を安定して保持すべくアシストするガスバネ」 と広く記載されており、Teagueの2重作用バネも確かに収納位置にてベッドを安定して保持するのである。 クレームは最も広く解釈されるのが原則であるから*7、このような広いクレームの文言に対しては、Teagueは組み合わせのための阻害要因が存在するとはいえない。なお、CAFCは原告が、当該ガスバネの力が作用する方向等に関し限定する補正を行っていれば状況は変わっていたであろうと述べている。以上のとおり、CAFCは(i)のケースに該当せずTeagueは組み合わせを阻害するものではないと結論づけた。 原告は(ii)に関し、Teagueのベッド用に係る負荷の高い2重作用バネを、トレッドミルである本願に採用した場合、過度に力が作用し、本願が目的とする結果を達成し得ないと反論した。しかし、当業者であれば、先行技術の部品を、本願発明に適用させるべく改良・改変すると考えられる。以上のことから(ii)に関してもCAFCは、Teagueは組み合わせを阻害するものではないと結論づけた。 |
5.結論 |
CAFCは、クレーム1−3,10−12がDamark及びTeagueから自明であると判断した審判部の判断を支持した。 |
6.コメント |
7月に紹介した電気分野における自明性の判断に引き続き、機械分野における自明性の判断を紹介した。本事件は、一の構成要件は第1先行技術に開示されていないが、技術分野の異なる第2先行技術に当該構成要件が開示されている事例である。このような事例は実務上多く、また本事件が技術的にも理解しやすいことから取り上げさせていただいた。本件においては自明性の反論要素の一つであるTeach awayについて、CAFCは丁寧に判断しており非常に参考となる判例である。 自明か否かの判断基準は一本の線で明確に定義できるものではない。しかし、KSR最高裁判決後の判例の確立及び10月10日にUSPTOからリリースされたガイドライン*9を参照することにより、ある程度、具体的な判断基準は見出せる。KSR最高裁判決以前に反論手段として多用されていたTSMテストの主張は、本事件も含めその影を潜めた。自明性の判断は新たなフレキシブルアプローチへと、その流れは完全に移行している。 判決 2007年8月1日 |
以 上 |
【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.fedcir.gov/opinions/06-1573.pdf |
【注釈】 *1 KSR Int’l Co. v. Teleflex, Inc., 127 S. Ct. 1727, 1742 (2007) *2 TSMテスト:教示(teaching)-示唆(suggestion)-動機(motivation)テストの略である。先行技術の記載に重きを置き、ここに当業者がこれらを組み合わせるための教示、示唆または動機が存在する場合に、自明であると判断する手法である。Al-Site Corp. v. VSI Intl, Inc., 174 F. 3d 1308, 1323?1324 (CA Fed. 1999)。なお、TSMテスト自体は依然として有効である。 *3 Ex parte ICON Health & Fitness, Reexam. No. 90/005,117, Appeal No. 2006-0790 (B.P.A.I. May 16, 2006) *4 642特許のクレーム1は以下のとおりである。 1. A treadmill comprising: support structure having a base for stably positioning on a support surface to be free standing and having upright structure extending upwardly from said base; a tread base having a frame that includes a front, a rear, a left side, a right side and an endless belt positioned between said left side and said right side, said frame being connected to said support structure to be moveable about an axis of rotation spaced from said front toward said rear between a first position in which said endless belt is position[ed] for operation by a user positioned thereon and a second position in which said rear of said frame is positioned toward said support structure; handle means associated with said support structure positioned for grasping by a user for moving said support structure with said tread base in said second position between a use position in which said support structure has said base positioned on said support surface for stably positioning said support structure on a support surface and a moving position in which said support structure is rotatably displaced from said use position; roller means adapted to said base for engagement with said support surface when said support structure is reoriented to said moving position for movement of said support structure by the user on said support surface; and a gas spring connected between the tread base and the upright structure to assist in stably retaining said tread base in said second position relative to said upright structure with said tread base in said second position. *5 KSR Int’l Co. v. Teleflex, Inc., 127 S. Ct. 1727, 1742 (2007). *6 In re Gurley, 27 F.3d 551, 553 (Fed. Cir. 1994), KSR, 127 S. Ct. at 1739?40, McGinley v. Franklin Sports, Inc., 262 F.3d 1339, 1354 (Fed. Cir. 2001) *7 In re Am. Acad. of Sci. Tech Ctr., 367 F.3d 1359, 1364 (Fed. Cir. 2004) *8 詳細はhttp://www.knpt.com/contents/cafc/2007.07/2007.07.html *9 http://www.uspto.gov/web/offices/com/sol/notices/72fr57526.pdf |
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