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FTPサーバへのアップロードにより新規性を失うか?

〜米国特許法第102条(b)の解釈〜

SRI International, Inc., et al.,
v.
Internet Security Systems, Inc., et al.,

執筆者 弁理士 河野英仁
2008年3月20日

1.概要
 米国特許法第102条(b)は次のとおり規定している*1
「次の各項の1 に該当するときを除き,人は特許を受ける権利を有するものとする。
(b) その発明が,合衆国における特許出願日前1 年より前に,合衆国若しくは外国において特許を受けた若しくは刊行物に記載されたか,又は合衆国において公然実施若しくは販売された場合」

 つまり特許出願の1年前に公知または公用となった技術については特許を受けることができないとする規定である。これは米国特有の制度であり、1年の期間はグレースピリオドとよばれる。論文発表等を先に済ませ、1年以内に特許出願を行うことで特許を取得することができる。

 本事件では技術資料をWebサイトに掲載してから1年以内に特許出願を行った。この点問題はない。しかし、発明者は学会の論文査読のため、特許出願の1年3ヶ月前にFTP*2サーバへ技術資料をアップロードし、電子メールにて査読者にこのFTPアドレスを通知していた。

 この場合、FTPサーバへアップロードされた技術資料は102条(b)にいう刊行物に該当し、新規性を喪失するか否かが問題となった。

2.背景
 SRI(以下、原告)はU.S. Patent Nos. 6,484,203 (以下、203特許)を含む4つの特許を所有している。これらは、コンピュータネットワーク上のセキュリティ及び侵入検出に関する技術である。4つの特許はいずれも1998年11月9日に出願された。

 図1に出願前後の行為を時系列に示す。


図1 出願前の行為を示す説明図

 原告は、ネットワーク上の不正侵入検出に関する研究を行っていた。この研究はEMERALD(Event Monitoring Enabling Responses To Anomalous Live Disturbances)と称され、業界内では多くの注目を浴びていた。

 発明者らはEMERALDプロジェクトに基づき技術資料(Live Traffic Paper)を作成し、1997年11月10日にWebサイトに掲載した。これにより、技術資料は公知となったことから、米国特許法第102条(b)の適用を避けるべく、基準日(Critical Date)である98年11月10日の一日前である98年11月9日に発明者は特許出願を行った。

 1998年にはネットワークセキュリティに関するシンポジウムの開催が予定されていた。発明者はシンポジウムに当該技術を展示することを予定していた。このシンポジウムの発表募集要項には、97年8月1日までに発表内容及びそのバックアップを電子メールにて送信すべしと記載されていた。なお、募集要項には、提出された書類の守秘に関する情報は何ら記載されていなかった。

 1997年8月1日、発明者は、募集要項に従いシンポジウムの代表に電子メールを送信した。発明者は電子メールに技術資料を添付した。さらに発明者は、バックアップとして原告のFTPサーバ上にて、技術資料のコピーが利用可能であること、及び、FTPアドレスを電子メール中に記載した。
そのアドレスは、
「ftp://ftp.csl.sri.com/pub/emerald/ndss98.ps」
である。

 図2及び図3に原告のFTPサーバのインデックスを示す。

FTPサーバのインデックスを示す説明図

図2 FTPサーバのインデックスを示す説明図

FTPサーバのインデックスを示す説明図

図3 FTPサーバのインデックスを示す説明図

 原告はInternet Security(以下、被告)が販売するソフトウェアが、原告の4つの特許を侵害するとして提訴した。被告は、4つの特許が米国特許法第102条(b)の規定により、無効であるとの略式判決を求めた。

 地裁は、被告の主張を認め、原告の4つの特許は新規性を有さず、無効であると判断した*3。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。

3.CAFCでの争点
FTPサーバへのアップロードにより新規性を喪失するか?
 Web上のFTPサーバへアップロードした技術資料は米国特許法第102条(b)に規定する刊行物に該当するか否かが問題となった。刊行物に該当する場合は、出願日はアップロードの日から約1年3ヶ月経過しているため、米国特許法第102条(b)が適用され特許は無効となる。

4.CAFCの判断
FTPサーバにアップロードされた技術資料は米国特許法第102条(b)に規定する刊行物に該当しない。

 米国特許法第102条(b)における刊行物に関する要件は”Printed Publication Bar”と呼ばれている。その趣旨は「一度発明が公衆の領域に属した場合、もはや何人も特許を取得できない」とするものである*4。CAFCはFTPサーバにアップロードされた技術資料の公衆に対するアクセス可能性(public accessibility)を分析した。

 公衆に対するアクセス可能性を否定した事件としてはBayer事件*4がある。

 Bayer事件においては、大学図書館内に保存された卒業論文が問題となった。図書館はその論文をカタログに入れておらず、また書架にその論文をおいていなかった。3人の教職員のみがその論文の存在を知っていた。CAFCの前身であるCCPAは、当該文献は刊行物に該当しないと判断した。当該論文の存在を知らされたとしても、通常の検索では当該論文に合理的にアクセスできないからである。

 一方、公衆に対するアクセス可能性を肯定した事件としてはKlopfenstein事件*5がある。

 Klopfenstein事件においては、2つの科学者会議において、発明内容を記したポスターが3日間展示された。このポスターは索引付けされておらず、またカタログに記載されていなかったが、会議参加者はこのポスターについて自由にノートをとることができ、またコピーすることができた。このことからCAFCは公衆に対するアクセス可能性を肯定し、当該ポスターは刊行物に該当すると判断した。

 CAFCは、本事件は、Bayer事件とKlopfenstein事件との中間に位置すると述べながらも、FTPサーバにアップロードされた技術資料に対する公衆のアクセス可能性を否定した。

 図書館に保存されたカタログに記載されていないBayer事件における論文と同じく、技術資料は一般ユーザが検索できる状態でFTPサーバにアップロードされてはいなかった。FTPサーバにおけるディレクトリ構造及びREADMEファイルにも技術資料の記憶箇所を特定する旨の記載はない。

 Klopfenstein事件においては会議にて参加者にポスターが示されていたが、本事件における技術資料は本技術に関心のある公衆の面前に提示されていない。また、FTPサーバには7日間技術資料がアップロードされていたが、第3者がこの技術資料に現実にアクセスした証拠も存在しなかった。

 以上のことからCAFCはFTPサーバにアップロードされた技術資料の公衆に対するアクセス可能性を否定した。

5.結論
 CAFCは技術資料が刊行物に該当すると判断した地裁の判断を取り消した。

6.コメント
 米国特許法第102条(b)は実務上極めて重要であることから、関連する米国特許法第102条(a)と共に説明しておく。

 米国特許法第102条(a)は次のとおり規定している*1
「次の各項の1 に該当するときを除き,人は特許を受ける権利を有するものとする。
(a) その発明が,当該特許出願人による発明の前に,合衆国において他人に知られ若しくは使用されたか,又は合衆国若しくは外国において特許を受けたか若しくは刊行物に記載された場合」

 (a)の規定は(b)の規定に類似するが、「他人」の行為により公知・公用となった場合に適用される。「自身」の行為により公知・公用となった場合は適用されない。一方、(b)の規定は上述した如く「他人」・「自身」の要件は存在せず、何人かにより公知・公用となった場合は、1年間のグレースピリオドを経て新規性が否定される。この相違点を十分理解することがポイントとなる。

 さらに、102条(b)の拒絶理由を受けた際は、審査官の1年間の起算日に誤りがないかを確認することも大事である。日本から米国に出願する場合は、優先権を伴うことから審査官が起算日を優先日より後の日(国内移行日)と認定することがあるからである。特に国際特許出願からの米国国内移行出願については注意が必要である。

 本事件においては幸いにもFTPサーバへアップロードされた技術資料が刊行物に該当しないと判断され、特許は有効とされた。出願前における学会への発表、予稿集の発行及びWebサイトへの掲載等により新規性を喪失することが多い。米国においては1年ものグレースピリオドが存在するにもかかわらず、新規性の喪失に関する事件は多数存在する。

 Bayer事件及びKlopfenstein事件以外の判例を表1にまとめておく。

Printed Publication Barに関する判例一覧表

表1 Printed Publication Barに関する判例一覧表

 筆者自身、何度となく出願前の発表により特許取得の機会を失った事例に遭遇している。特許を管理する立場にある者は、日本の新規性喪失の例外(日本国特許法第30条)、米国特許法第102条(b)の規定、及び、具体的事例を把握すると共に、これらの規定はあくまで例外規定であることを発明者に十分に知らしめておく必要があるといえる。

判決 2008年1月8日
以 上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1065.pdf

【注釈】
*1 特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
*2 FTP(File Transfer Protocol): インターネットの標準プロトコルであるTCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)ネットワークで、ファイル転送時に使われるプロトコルのひとつ。

アスキーデジタル用語辞典参照
http://yougo.ascii24.com/gh/85/008575.html
*3 SRI Int'l, Inc. v. Internet Sec. Sys., Inc., 456 F. Supp. 2d 623 (D. Del. 2006)
*4 In re Bayer, 568 F.2d 1357 (C.C.P.A. 1978)
*5 In re Klopfenstein, 380 F.3d 1345, 1350 (Fed. Cir. 2004)
*6 Bruckelmyer v. Ground Heaters, Inc., 445 F.3d 1374, 1378 (Fed. Cir. 2006) 詳細は、
http://www.knpt.com/contents/cafc/2006.06/2006.06.htm
を参照。

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