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ビジネス方法は特許されるか?

〜非ハードウェア型ビジネスモデル 大法廷で審理される〜
米国特許判例紹介(番外編)

In re Bernard L. Bilski
and Rand A. Warsaw

執筆者 弁理士 河野英仁
2008年4月18日

1.概要
 ビジネスモデル特許は、1998年におけるステートストリート事件*1(以下、SS事件)を契機に一大ブームとなった。SS事件においては、ビジネスの方法であるとしても、保護対象外であるとして排除することはできないと判示された。

 そして法定の主題として保護を受けるためには、発明が「実用的な応用(Practical Application)」、すなわち「有用、具体的かつ有形の結果(Useful, Concrete and Tangible Result)」を備えていることが必要であると判示された。

 ここで問題となるのは純粋なビジネス方法、つまりコンピュータ等のハードウェアが関与しないヘッジ取引*2または株取引等のビジネス方法について特許が認められるか否かである。

 本事件では、ハードウェアにより実行されないヘッジ取引に関するビジネス方法が問題となった。ハードウェアにより実行されないビジネス方法の特許性について明確な規定及び判例は存在しない。

 CAFCは、ビジネス方法の特許性に関し、以下に述べる5つの観点からen banc(大法廷)*3にて審理を行うべく、当事者に追補準備書面を提出するよう命令した。第1回の口頭審理は5月8日の予定である。

 本事件は、まだ判決が下されていないが、事件の重要性に鑑み、何が問題となっているかを紹介する。

2.背景
 発明者Bilskiらはヘッジ取引に関する特許出願(出願番号08/833,892、以下892出願)を行った。本発明は、定価にて販売される商品の消費リスクを管理するアイデアである。

 892出願のクレーム1*4は以下のとおりである。
定価にて商品提供者により販売される商品の消費リスクコストを管理する方法であって以下のステップを含む
(a)前記商品提供者と前記商品の消費者との間の一連の取引を開始するステップであり、前記消費者は、過去の平均に基づき定率で前記商品を購入し、前記定率は前記消費者のリスクポジション(risk position)に関連し、;
(b)前記消費者に対し対抗リスクポジションを有する前記商品のために市場参加者を特定するステップ;and
(c)前記市場参加者による一連の取引が前記消費者の一連の取引に係るリスクポジションの平衡を保たせるように、第2定率で前記商品提供者と前記市場参加者との間の一連の取引を開始するステップ.

 審査官は、892出願のクレーム1は、抽象的なアイデアにすぎず、米国特許法第101条のもと特許を受けることはできないと判断した。

 出願人は審判請求を行ったが審判部は拒絶を維持する判断*5をなした。出願人はこれを不服としてCAFCに控訴した。

3.CAFCでの争点
ハードウェアにより実行されないビジネス方法は特許されるか?
 米国特許法第101条*6は以下のとおり規定している。
新規かつ有用な方法,機械,製造物若しくは組成物,又はそれについての新規かつ有用な改良を発明又は発見した者は,本法の定める条件及び要件に従って,それについての特許を取得することができる。

 上記クレーム1には全くコンピュータ等のハードウェアは記載されていない。純粋な商品取引の方法をクレームしており、これ自体は有用なアイデアである。この場合に、米国特許法第101条をどのように適用すべきか?なおSS事件におけるU.S. Patent No. 5,193,056のクレーム*7はハードウェアにより実行される方法であり、本事件におけるクレーム1とは同一視できない。

(1)出願人の審判段階における主張
 出願人は、Cochrane事件及びLundgren事件*8での判示事項を挙げ、そもそも方法のクレームに、各ステップを実行するための手段(構造)は要求されていないと主張した。

 また出願人は、本発明においてコンピュータハードウェア及びソフトウェアは発明の一部にすぎず、必ずしもコンピュータにより実行される必要はないと主張した。しかも、いくつかのステップには、コンピュータは不要であるとも主張した。つまりクレーム1はハードウェアにより実行される場合と、ハードウェアにより実行されない場合との2つを包含するのである。この点も一つの争点である。

(2)審判部の判断
 審判部は変換テスト(Transformation Test)、「抽象的アイデア排除」理論、及びSS事件の判示事項の3点による論理付けにより、クレーム1は特許性がないと判断した。

(A)変換テスト
 審判部は、クレーム1の各ステップは、対象を物理的に一の状態から他の状態へ「変換」するものではなく、米国特許法第101条における法定の主題ではないと判断した。

 つまり、コンピュータが実行する処理の如く、電気信号またはデータの変換を伴うものではないことから、クレーム1は法定の主題ではないと判断した。
クレーム1は、
「前記市場参加者による一連の取引が前記消費者の一連の取引に係るリスクポジションの平衡を保たせるように」
と記載している。これは、変換されるものが物理的でない金融上のリスク、及び商品提供者、消費者、及び、市場参加者であることを意味する。

(B) 「抽象的アイデア排除」理論
 審判部は、「抽象的アイデア排除」理論によりクレーム1は法定の主題ではないと判断した。

 クレーム1は消費リスクコストを管理するアイデアであり、当該アイデアを実現するための物理的手段が存在しない限り、実態のない抽象的なアイデアであると判断した。

 審判部はクレーム1が単に抽象的なアイデアであるからという理由だけで、排除したのではない。クレーム1はハードウェアにより実行されない抽象的なアイデアである一方で、その具体的な手段は何ら記載していないことから、ハードウェアにより実行される場合をも含む。換言すれば、クレーム1は、法定主題でない「抽象的なアイデア」、及び、法定主題である物理的に実行可能なアイデアの両方を含むのである。

 このように、審判部はクレーム1の一部に法定の主題でないものを含むことから、クレーム1は米国特許法第101条における保護対象ではないと判断した。

(C)SS事件の判示事項
 SS事件は、発明が「有用、具体的かつ有形の結果」を具備することが必要であると判示した。

 審判部は、当該ヘッジ取引計画が、社会に対する潜在的有用性を持つという意味での「有用性」を持つかもしれないが、他の2要件「具体的かつ有形の結果」を有さないとして、クレーム1は米国特許法第101条における法定主題ではないと判断した。

4.CAFCの判断
大法廷による審理を行う。
 CAFCは、ビジネスモデル特許に関する5つの論点を以下のとおり挙げ、当事者にさらなる追補準備書面を求めた。論点は以下のとおりである。

(1)08/833,892特許出願のクレーム1が、米国特許法第101条のもと特許可能な法定主題たり得るか?

(2)プロセスが米国特許法第101条のもと特許可能な法定主題であるか否かを決定するに際し用いる基準としてどのようなものが挙げられるか?

(3)抽象的なアイデアである、または、精神的プロセスであることを理由に、クレームが特許性無しといえるか否か。また、クレームが精神的ステップ及び物理的ステップの双方を含んでいる場合に、特許性ある法定主題といえるか?

(4)特許法第101条のもと特許可能な法定主題であるというためには、方法またはプロセスがarticle(対象)の物理的変換をもたらす必要があるか否か、または機械に関係がある必要があるか否か?

(5)SS事件及びAT&T事件*9を再考するのが適切か否か?もしそうであるならば、どのような観点からこれらの判例を覆すべきか?

5.結論
 CAFCは当事者に追補準備書面の提出を求める命令をなした。また広く第3者に法定助言書の提出機会を与えた。2008年5月8日に口頭審理が行われる。

6.コメント
 本事件は、どの範囲までビジネス方法について特許が認められるかについて議論する非常に重要な案件である。出願人は、クレーム1はハードウェアを含んでいても良いし、含んでいなくても良いと自認している。

 現在の米国特許法及び判例では、このようなビジネス方法を拒絶するための明確な根拠は無い。クレーム1に係るヘッジ取引は、審判部が認めているように確かに有用なものである。その一方で、このようなビジネス方法について特許を認める判決をなした場合、その影響は極めて大きい。

 日本では法上の発明について、日本国特許法第2条第1項に定義している。 「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」

 「自然法則を利用した」の要件がある以上、クレーム1は日本国特許法第29条第1項柱書により拒絶されるであろう。拒絶理由には、審査基準に従い、ソフトウェアによる情報処理がコンピュータのハードウェア資源と協働しているとはいえないと記載される。

 あるいは、各ステップの処理が、「人間が実行すること」、及び、「コンピュータが実行すること」の双方を含むので不明確、すなわち日本国特許法第36条第6項第2号の拒絶理由を受けることになる。

 本事件においてCAFCは、ビジネス方法の特許性について具体的な指針を示すことになるであろう。この判決において仮にクレーム1の特許性を認めるということになれば、米国においては日本と比較してよりダイナミックな権利を取得することができることから、米国特許実務の大幅な見直しが必要とされる。

 判決については、追ってレポートする予定である。

命令日 2008年2月15日
以 上
【関連事項】
本命令の内容は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1130%20order.pdf

【注釈】
*1 State Street Bank & Trust Co. v. Signature Financial Group, Inc., 149 F.3d 1368 (Fed. Cir. 1998)
*2 ヘッジ取引:「先物価格が現物価格と連動した動きをする性質を利用して、現物市場と反対の取引を先物市場で行うことによって、価格変動によるリスクを抑制または排除することができます。このような目的の取引を「ヘッジ取引」といいます。」
東京工業品取引所HPより。詳細は下記URL参照。
http://www.tocom.or.jp/jp/nyumon/tougyou/hedge01.html
*3 en banc:大法廷(オンバンク)。事件の重要性に鑑み、裁判官全員によるヒアリングが行われる。
*4 892出願のクレーム1は以下のとおり。なお、全部でクレーム1からクレーム11まで存在するが、本稿ではクレーム1のみを取り上げて説明する。
1. A method for managing the consumption risk costs of a commodity sold by a commodity provider at a fixed price comprising the steps of:
(a) initiating a series of transactions between said commodity provider and consumers of said commodity wherein said consumers purchase said commodity at a fixed rate based upon historical averages, said fixed rate corresponding to a risk position of said consumer;
(b) identifying market participants for said commodity having a counter-risk position to said consumers; and
(c) initiating a series of transactions between said commodity provider and said market participants at a second fixed rate such that said series of market participant transactions balances the risk position of said series of consumer transactions.
*5 Ex parte Bernard L. Bilski and Rand A. Warsaw, Appeal No. 2002-2257 Application 08/833,8921 (Bd. Pat. App. & Int. 2006)
*6 特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
米国特許法第101条
35 U.S.C. 101 Inventions patentable.
Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.
*7 U.S. Patent No. 5,193,056特許のクレーム1は以下のとおり。
1. A data processing system for managing a financial services configuration of a portfolio established as a partnership, each partner being one of a plurality of funds, comprising:
(a) computer processor means for processing data;
(b) storage means for storing data on a storage medium;
(c) first means for initializing the storage medium;
(d) second means for processing data regarding assets in the portfolio and each of the funds from a previous day and data regarding increases or decreases in each of the funds, assets and for allocating the percentage share that each fund holds in the portfolio;
(e) third means for processing data regarding daily incremental income, expenses, and net realized gain or loss for the portfolio and for allocating such data among each fund;
(f) fourth means for processing data regarding daily net unrealized gain or loss for the portfolio and for allocating such data among each fund; and
(g) fifth means for processing data regarding aggregate year-end income, expenses, and capital gain or loss for the portfolio and each of the funds.
*8 Cochrane v. Deener, 94 U.S. 780, 787 (1877)及びEx parte Lundgren, 76 USPQ2d 1385, 1393-1429 (Bd. Pat. App. & Int. 2005)
*9 AT&T Corp. v. Excel Communications, Inc., 172 F.3d 1352 (Fed. Cir. 1999)

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