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執筆者 弁理士 河野英仁
2008年8月20日
1.概要 特許製品を適法に購入した場合、特許権はその段階で消尽し、購入者は当該購入した特許製品を自由に使用及び販売等することが可能となる。これは消尽論(Doctrine of Patent Exhaustion)または用尽論と呼ばれ、19世紀半ばに判例として確立した*1。 特許権者から実施許諾を受けた実施権者が製造した特許製品を、第3者が購入した場合も、同様に特許は消尽する。本事件では、実施権者が製造した特許部品を第3者が購入し、当該第3者は購入した特許部品と他の部品とを組み合わせて同一の特許に係る完成品を製造した。この第3者が特許に係る完成品を製造・販売する行為が特許権侵害となるか否かが問題となった。なお、クレームには物のクレーム及び方法クレームの双方が記載されていており、方法のクレームについて特許が消尽するか否かも問題となった。 地裁は、特許部品の販売により実質的に特許権は消尽すると判断した。その一方で、方法クレームについては、特許権は消尽しないと判断した*2。 控訴審であるCAFCは、地裁と同様に方法クレームに関し、特許権は消尽しないと判断し、地裁の判決を支持した。しかしながら、CAFCは、上述した製造・販売は実施許諾契約内に含まれていないことから、特許部品の販売によっては、特許権は消尽しないと判断した*3。 最高裁は、方法のクレームについても物のクレームと同じく消尽論が適用されると判示した。また、本事件における特許部品は特許の中核をなす物であり、当該部品の販売により特許権は消尽すると判断した。 2.背景 (1)特許の内容 韓国のLG Electronics(以下、LGE)は、3つのコンピュータ関連特許を所有している。U.S. Patent No. 4,939,641 (以下、641特許)、U.S. Patent No. 5,379,379 (以下、379特許)、及び、U.S. Patent No. 5,077,733 (以下、733特許)である。 以下これら3件の特許の概要を説明する。図1はコンピュータのハードウェア構成を示すブロック図である。 図1 コンピュータのハードウェア構成を示すブロック図 コンピュータ内のマイクロプロセッサ(MPU)は、プログラム命令を解釈し、情報処理を実行すると共に、バスに接続されたモニタ、ハードディスク(HDD)及びキーボード等のハードウェアを制御する。 MPUが処理するデータは、基本的にメインメモリ(Random Access Memory)に記憶される。ただし、頻繁にアクセスされるデータは、高速でのアクセスが可能なMPU内に内蔵されるキャッシュメモリに記憶される。 (i)641特許 データのコピーがキャッシュメモリ及びメインメモリの双方に記憶された場合、問題が発生する。つまり、一のメモリ内のデータが変更された場合でも、他のメモリ内に記憶されたデータは変更されないこととなる。641特許はこの問題を解消すべく、データの読み出し要求を監視し、また、メインメモリを適宜更新することにより、最新のデータをメインメモリから読み出す技術を開示している。なお、641特許はシステムをクレームに記載している。 (ii)379特許 379特許はメインメモリに対する読み出し要求と書き込み要求との調整を行う技術に関する。なお、379特許はシステムをクレームに記載している。 (iii)733特許 733特許は複数のハードウェアがバスを占有することがないよう、バス上のデータトラフィックを管理する技術である。なお、733特許は装置及び方法をクレームに記載している。 (2)Intelへの実施許諾 LGEはこれらの特許群をIntelに実施許諾した。Intelは、LGE特許を使用するMPU及びチップセットの製造、販売、販売の申し出及び輸入等が可能である。ただし、実施許諾契約書には、以下の制限があった。 「第3者により、当事者の実施許諾製品と、当事者以外の出所から得られる製品または部品等とを組み合わせること、並びに、その組み合わせの使用、輸入、販売の申し立てまたは販売のための第3者への契約は、何れの当事者も結ぶことができない。」 さらに、別の契約書(以下、主契約書)には、Intelが書面による通知をIntelの顧客に付与する点が記載されている。具体的には、以下の事項が記されていた。 通知 「広範な許諾契約を受けているが、貴社が購入したIntel製品はLGEから許諾を得たものであり、LGEが所有する特許を侵害しないこと。またこの実施許諾は、明示的または黙示的に、貴社がIntel製品に非Intel製品を組み合わせて製造した製品にまで拡張するものではない。」 (3)Quanta Computerの行為 Quanta Computer(以下、Q社)はノートPCの受託製造を行う台湾の会社である。Q社はIntelから、MPU及びチップセットを購入しており、また上述した主契約書に記載された「通知」も受け取っていた。それにもかかわらず、Q社は購入したIntel社製MPUに、Intel社製でないメモリ及びバスを組み合わせたコンピュータを製造及び販売した。 図2 Q社製品 図3 純正品 図2はQ社製品構成を示すブロック図であり、図3はLGEが意図した純正品を示すブロック図である。LGEはIntelへの実施許諾契約に際し、図3に示すIntel製MPUと、Intel製メモリとの組み合わせからなるチップセット(純正品)の製造及び販売を認めた。 しかしながら、Q社はIntelからIntel製MPUを購入し、図2の如く非Intel製メモリを組み合わせた製品を製造・販売したのである。 LGEはQ社を特許権侵害として連邦地方裁判所に提起した。LGEは、Q社がIntel製のMPUと、非Intel製のメモリ及びバスとを組み合わせて販売する行為は、特許権の侵害に該当すると主張した。 (4)地裁及びCAFCでの判断 地裁は、特許部品、すなわちIntel製MPUを、Q社へ販売することにより、完成品である特許権は実質的に消尽すると判断した。 その一方で、方法クレームについては、特許権は消尽しないと判断した。 しかし、CAFCは特許部品の販売により実質的に特許権が消尽すると判断した地裁の判断を無効とした。Intel製のMPUに非Intel製のメモリ等を組み合わせた販売は、上述した実施許諾契約には含まれていないことから、特許権は消尽しないと判断した。 一方、方法クレームについて特許権が消尽しないと判断した地裁の判決を支持した。 Q社はこれを不服として最高裁へ上告した。 3.CAFCでの争点 方法クレームは消尽しないのか? クレームにはシステムクレーム及び装置クレーム以外に、方法クレームが含まれていた。方法特許は常に消尽しないと判断して良いのか否かが問題となった。 特許部品の販売により特許権は消尽するか? 特許製品を適法に購入した場合、特許権は消尽する。では、特許製品の一部品を適法に購入した場合、特許権は消尽するのか?この点が争点となった。 4.CAFCの判断 (1)方法特許は消尽する 最高裁は方法を具体化する物品の販売を条件に、方法特許は消尽すると判示した。 最高裁は、方法を具体化する物品の販売により方法特許が消尽すると判示した過去の判例*4を挙げると共に、方法特許が全く消尽しないとすれば、消尽による法的な抜け穴が生じると述べた。つまり、方法クレームと装置クレームとは密接な関係を有しており、機能及び作用的には実質的に同一である。消尽を希望しない権利者は、装置クレームに加えて、当該装置の機能を発揮する方法クレームを記載しておくだけで、効果的に消尽論の適用を排除できることになる。 本事件においても方法特許が消尽しないとするならば、不合理な結果を招くことになる。つまり、IntelはLGE特許に係る完成したコンピュータシステムを販売することを許可されている。しかし、Intelから製品を購入した下流のシステム購入者は、依然として方法特許の侵害の責を追うことになる。 これでは、 「特許された物品が一度適法に製造・販売された場合、特許権者の利益のために黙示されるその使用に関し、何らの制限もない」 *5 とする長年続いた消尽に関する基本的原則に反することになる。以上のとおり、最高裁は、特許に係る方法を具体化するIntel製MPUの販売があったことから、方法クレームに係る特許は消尽すると判断した。 (2)特許部品の販売により特許権が消尽する 最高裁は、特許発明の基本的特徴を具体化する特許部品の販売により、特許権は消尽すると判示した。 最高裁は、Univis事件*6を挙げた。以下にUnivis事件の概要を説明する。Univisレンズ社(以下、U社)はメガネに関する特許を所有している。 この特許は、異なる複数のレンズブランクを融合して、2焦点または3焦点レンズを製造する技術である。レンズブランクとは、サイズ、デザイン、及び、配合が適した未加工の不透明なガラスの塊をいい、これは研磨された後、メガネの多焦点レンズに利用される。 U社はレンズブランクを融合して製造されるメガネに関する特許について、複数の業者に実施許諾を行った。U社は卸売業者に対し、特許部品であるレンズブランクを融合して2焦点または3焦点レンズを製造し、販売する権利を実施許諾した。メガネは個人により微調整が必要である。下流の小売業者には、このレンズブランクを最終研磨させ、微調整させた上で、最終ユーザに販売する権利を実施許諾した。 以上をまとめると、特許権は最終部品であるメガネに付与されているところ、レンズブランクを融合してメガネのレンズ、すなわち特許部品を卸売業者に実施許諾している。さらに最終の小売業者にこの特許部品であるレンズを研磨及び微調整させ、最終製品であるメガネを販売させている。 特許権者であるU社は、メガネの特許について、卸売業者及び小売業者の双方に実施許諾しているが、妥当であろうか?この点が争点となった。すなわち、小売業者はほぼ製品としてできあがった特許に係るレンズを、ユーザの視力に合わせて研磨・微調整しているに過ぎないのである。 最高裁は、レンズブランクを融合しメガネの半完成品を得ることは、特許発明の基本的特徴を具体化していると述べ、また、この半完成品を研磨して小売業者が最終品であるメガネを完成させることは何ら、固有のものではないと述べた。そして、特許を実施するためにのみ使用することが可能な特許部品の適法な販売により、当該部品の販売に関する特許は消尽すると判示したのである。 最高裁は上記判例を本事件へ適用した。Univis事件におけるレンズブランクと同様に、Intel製MPUは、発明を完全に実施する物ではないが、特許発明の主要部分を構成する。 Intel製MPUは、メインメモリ及びキャッシュメモリに対するアクセスを制御する。そして、メインメモリに対して、キャッシュメモリをチェックし、また、読み取り要求及び書き込み要求を比較することにより、641特許及び379特許を実施する。Intel製MPUは、また733特許において他の様々なコンピュータ部品によるバスアクセスの優先度を決定する。 当然ながら、Intel製MPUをメモリ及びバス等の付属品に接続しない限り、これらの機能を実行することができない。しかしながら、特許発明の主要な処理はMPUにて実行され、これらの付属物はシステムにおける標準的な部品であり、なんら独創的・創造的な処理を行っていない。Q社は発明の中枢をなすIntel製MPUに、独創的・創造的でないメモリ及びバス等の付属品を接続しているに過ぎない。 以上の理由により、最高裁は、発明の基本的特徴を具体化する特許部品「Intel製MPU」を、Q社が購入した時点で、特許は消尽すると判断した。 5.結論 最高裁は、LGE特許は消尽したことから、もはやQ社に対し特許権を主張することができないと判示し、CAFCの判決を差し戻した。 6.コメント 特許に係る完成品を適法に購入した場合に特許は消尽する。これに対して、特許部品を適法に購入したとしても原則として特許は消尽しない。しかしながら、本事件の如く特許部品が発明の中核をなし、これによって発明を実質的に具現化する場合は、特許は消尽すると判示された。 また、本事件では、装置クレームの機能を発揮する方法クレームは消尽すると判示された。日本の特許法に関しても同様の取り扱いになるものと解されている。吉藤*7は、方法について消尽論が適用されるか否かにつき、一般的には消尽しないと述べ、その例外の一つとして以下の形態を挙げている。 「特許権者が方法の特許権とともにこの方法を実施するための装置についても特許権を有し、かつ、その方法はその装置によってのみ使用され、その装置はその方法にのみ使用される場合は、装置についてのみ特許が存在する場合と異なるところがないので、特許装置を販売したことによって方法の特許権は用い尽くされたことになる。」 判決 2008年6月9日 |
以 上 |
【関連事項】 判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.supremecourtus.gov/opinions/07pdf/06-937.pdf 【注釈】 *1 Bloomer v. McQuewan,14 How. 539, 549 (1853) *2 LG Electronics, Inc. v. Asustek Computer, Inc., 65 USPQ 2d 1589, 1593, 1600 (ND Cal.2002). *3 LG Electronics, Inc. v. Bizcom Electronics, Inc., 453 F. 3d 1364, 1377 (CA Fed. 2006) *4 Ethyl Gasoline Corp. v. United States, 309U.S. 436, 446, 457 *5 Adams v. Burke, 17 Wall. 453 (1873) *6 United States v. Univis Lens Co., 316 U. S. 241 (1942) *7 吉藤幸朔著 熊谷健一補訂「特許法概説 第12版」 有斐閣 p446 |
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