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均等侵害と故意侵害

~心臓用カテーテルの均等判断~

Jan K. Voda, M.D.,
Plaintiff-Cross Appellant,
v.
Cordis Corp.,
Defendant-Appellant.

執筆者 弁理士 河野英仁
2008年10月21日

1.概要
 権利範囲の解釈にあたってはクレームを文言どおりに解釈する文言解釈が原則である。しかしながら、文言解釈を厳格に適用した場合、文言に合致しない迂回技術を採用することで第3者が容易に特許の網をすり抜けることができてしまう。

 このような不合理を回避するために、クレームの文言に加え、これと均等な範囲にまで権利範囲を拡張する均等論が存在する*1。イ号製品がクレームと均等か否かを判断する場合、非本質的テスト、または、Function-Way-Result(以下、FWRテスト)が採用される。本事件においては、地裁及びCAFC共に、いずれのテストにおいても均等と判断した。

 また、故意に特許権を侵害した場合、損害賠償額が3倍にまで引き上げられる*2。故意か否かの判断基準は、近年Seagate事件*3により明らかにされた*4。Seagate事件においては、従来は故意侵害を回避するために必要と考えられていた弁護士の鑑定が、必ずしも必要とはならない等、故意を認定する際の要件が厳格化された。

 本事件では、地裁において故意侵害と認定され、その後Seagate判決がなされた。控訴審では、Seagate事件で判示された故意侵害の要件に照らし、原判決が、妥当か否かが争われた。CAFCはSeagate事件における要件を適用した場合、地裁の結論が覆る可能性があることから、地裁の判決を取り消し、再度Seagate事件における要件に合致するか否かを判断するよう命じた。


2.背景
 Voda(以下、原告)はU.S. Patent No. 5,445,625(以下、625特許)、6,083,213(以下、213特許)及び6,475,195(以下、195特許)を所有している。これらは心臓に挿入されるカテーテルに係る特許である。

625特許のカテーテルを示す説明図

図1 625特許のカテーテルを示す説明図

 図1は625特許のカテーテルを示す説明図である。カテーテル36は直線部38、第2直線部40、曲線部42、直線部44及び先端部46により構成される。カテーテル36は、プラスチック等が用いられ、図1のFig.2Aに示す如く、先端の一部が側面視において円を描くよう形成されている。

 カテーテル36内部にはワイヤが挿入される。ワイヤを挿入した状態でカテーテル36をシステム22内部へ突入させる。

 カテーテル36は大動脈24を通過し、最終的にカテーテル36の先端部46は左心臓動脈30の心門前に達する。カテーテル36をシステム22内に挿入した後、ワイヤは引き抜かれる。
先行技術のカテーテル36を示す説明図


図2 先行技術のカテーテル36を示す説明図

 図2は先行技術のカテーテルを示す説明図である。先行技術のカテーテルは直線部14と曲線部16とが鋭角に接続される。このため、カテーテルの先端を左主心臓動脈30の心門に正しく位置決めすることができないという問題があった。

 これに対し625特許のカテーテル36は図1に示す如く、第2直線部40が設けられており、この第2直線部40の大部分が動脈内壁に接することになる。これにより、直線部44の先端に設けられる先端部46を左主心臓動脈30の心門に正しく位置決めすることができる。

 Cordis(以下、被告)は同様のカテーテルを製造及び販売している。被告は、原告の特許が成立する前に、特許侵害を回避すべく一部を改変した上で、XB(extra backup)カテーテルを製造及び販売した。

 原告は、被告のXBカテーテルが625特許等を侵害するとして、オクラホマ州連邦地方裁判所に提訴した。地裁は均等論を適用して625特許の故意侵害を認めた*5。被告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
曲線部が直線部に対し均等と言えるか
 問題となったクレームの文言は625特許クレーム1*6等の「直線部」または「実質的な直線部」である。図1に示す第2直線部40はワイヤを抜いた場合、約1.5cm~2.5cmの長さを有する直線形状となり、大動脈内壁に接する。この第2直線部40が直線であることで、カテーテル36の先端部46が左主心臓動脈30の心門に正しく位置することになる。

 被告は当初直線部を有するカテーテルを販売していたが、特許成立前に、「直線部」を「曲線部」に再設計したXBカテーテルを販売した。この、再設計された曲線部がクレームの「直線部」に対し均等か否かが問題となった。

故意侵害が成立するか
 地裁では、被告の行為は故意侵害であると認定された。しかしながら、その後に判示されたSeagate事件の故意侵害の要件に基づき判断した場合、地裁の判決を支持することが、妥当か否かが問題となった。

4.CAFCの判断
非本質的テストとFWRテスト
 CAFCは非本質的テスト及びFWRテストのいずれにおいても、被告のXBカテーテルの曲線部はクレームの直線部と均等であると判断した。

 米国における均等の判断は、均等物との相違が非本質的か否かにより判断する非本質性テスト*7と、均等物が実質的に同一の機能(Function)を果たし、同一の方法(Way)で、同一の効果(Result)をもたらす場合に均等と判断するFWRテスト*8と、の2つが存在する。裁判所はこれら2つのテストを状況に応じて使い分け均等か否かを判断する*9

(1)非本質的テスト
 原告側の証人は、再設計されたXBカテーテルの曲線部と、クレームに係る直線部との間の形状の相違は非本質的であり、心臓を専門とする医者であっても、使用の際、これら2つを区別することが困難であると証言した。以上のことからCAFCは非本質的テストに基づいて、被告のXBカテーテルは、均等論上侵害に該当すると判断した。

(2)FWRテスト
 被告は文言侵害に該当する直線形状のカテーテルを曲線形状に変えたが、この再設計された曲線部は、原告の直線部と同一の方法(Way)で機能(Function)する。この曲線部は使用に際し、所定長が心臓心門の反対側で大動脈壁に係合するからである。すなわち、図1に示すクレーム1に係る発明と同一の方法で同一の機能を有する。

 また、XBカテーテルの曲線部が大動脈内壁に接する長さと、クレーム1に係る発明の直線部が大動脈内壁に接する長さ(約1.5cm~2.5cm)は、実質的に同一であり、心臓手術を専門とする医者でさえ識別することが困難であった。

 さらに、XBカテーテルはその先端が左主心臓動脈の心門正面に位置することから、クレーム1に係る発明と同一の効果(Result)をも奏する。以上のとおり、XBカテーテルは実質的に方法、機能及び効果がクレーム1と同一であることから、CAFCは均等論上侵害に該当すると判断した。

地裁の判断はSeagate事件に照らし妥当か否か
 CAFCは、地裁が故意侵害であるとした判断は、Seagate事件の要件に照らせば、結論が覆る可能性があることから、地裁の判決を取り消し、再度Seagate事件に従い審理するよう命じた

 本事件においては地裁の判決後に、Seagate判決がなされた。CAFCは、地裁の判断が、Seagate事件の適用要件に照らし、結論が覆る可能性がある場合、故意侵害に関し事件を差し戻す必要がある*10と最初に述べた。

 Seagate事件においては、被告の行為が、
「客観的に見て無謀(reckless)であったか否か」
特許権者が、立証すべしと判示された。具体的には、
「特許権者は実施行為が有効特許の侵害を構成する蓋然性が客観的に高いにもかかわらず、侵害者が実施したことを示す明確かつ確信のある証拠を示さなければならない。」
と判示した。

 さらに、Seagate事件は、故意侵害の責任を逃れるために、弁護士の鑑定を得なければならないという積極的な義務はないことを明確にしている。

 本事件において、被告は当初原告特許をコピーしたカテーテルを製造及び販売したが、特許成立前に直線部を曲線部に設計変更していた。この設計変更は上述のとおり結局均等論上侵害と判断されるほど微細なものであったが、被告はさらに非侵害とする弁護士による複数の鑑定書も取得していた。以上の事実及びSeagate事件における故意侵害の要件に照らせば、被告の行為が故意であったか否かの結論は変更される可能性が高いことから、CAFCは地裁に再度審理を行うよう事件を差し戻した。


5.結論
 CAFCは、均等論上侵害に該当すると判断した地裁の判決を支持した。その一方で、CAFCは故意侵害と判断した地裁の判断を無効とし、Seagate事件の判示事項に従い、再度故意か否かを判断するよう命じた。


6.コメント
 Seagate事件においては、客観的に無謀でない限り故意侵害と判断されず、また弁護士の鑑定書も必ずしも必要ではないと判示された。本事件においては、被告は特許侵害を回避するために、均等論上の侵害が成立するか否かが問題となる程度まで設計変更を行った。

 その上、複数の弁護士による鑑定書をも取得している。従って、Seagate事件における適用基準を考慮した場合、地裁は故意ではないと判断する可能性が高いものと思われる。鑑定書は必ずしも必要ではないとのことであるが、本事件にて差し戻し判決を得ることができた一因は、鑑定書の取得にある。Seagate事件の判示事項にかかわらず、弁護士の鑑定書を得ておくことは非常に重要と言えよう。

 また、本事件においては2つのテスト、非本質的テスト及びFWRテストのいずれにおいても、均等と判断された。日本ではどのように判断されるであろうか。恐らくボールスプライン最高裁判決*11で判示された均等の第1要件により、非侵害と判断されるであろう。625特許における「直線部」は上述したように、発明の本質的な部分であり、日本では当該相違する部分が発明の本質的部分でないことが均等の要件とされているからである。

 図3は米国、日本及び中国の均等の成立要件をまとめた対比表である。米国、日本及び中国間でどのように判断が異なるか分析を行う。

米国 差異が非本質的である場合(非本質的テスト)、または、
実質的に同一の機能(Function)を果たし、同一の方法(Way)で、
同一の効果(Result)をもたらす場合(FWRテスト)

日本 第1要件:本質的部分でないこと
第2要件:置換可能であること
第3要件:侵害時に置換容易であること
第4要件:出願時に公知技術でないこと 、及び、
第5要件:特許出願手続において意識的に除外したものでないこと

中国 基本的に同一の手段をもって、基本的に同一の機能を実現し、
基本的に同一の効果を奏し、かつ当該分野の通常の技術者が
創造的な労働を経ることなく想到できる場合*12


図3 米国、日本及び中国の均等論適用要件

 なお、図3では割愛したが、米国及び中国においても、日本の第5要件と同様に禁反言の法理が適用されないことが条件とされる*13

 中国における均等論の適用要件は米国におけるFWRテストに日本の第3要件を組み合わせたものとなっている。米国は、非本質的テストまたはFWRテストのいずれかを満たせばよいことから、3国内でもっとも適用基準が低いと言える。

 筆者は日本の適用基準が最も高いと考える。ボールスプライン最高裁判決では、
「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,①上記部分が特許発明の本質的部分では」ないこと
が第1関門として要求されている。本事件においては図1に示す第2直線部40は本発明のキーとなる本質的部分であるから、日本では第1要件により非均等となるであろう。

 中国においては上述したようにFWRテストに加え、曲線から直線とすることが容易に想到できる場合に、均等とされる。FWRテストは米国と同じくクリアするであろう。後は曲線を直線とすることが当業者にとって容易であることを特許権者側が立証すれば均等と判断される。中国では日本の如く「第1要件:本質的部分でないこと」は要求していない。  米国ではWarner Jenkinson判決後、本事件を含め数多くの事件で均等侵害が成立している*14。一方、日本では均等の第1要件が大きな壁となり、均等論上の侵害が成立しにくいという問題がある*15。この第1要件の必要性について今後議論が必要となるかもしれない。

判決 2008年8月18日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1297.pdf

【注釈】
*1 Warner-Jenkinson Co., Inc. v. Hilton Davis Chem. Co., 520 U.S. 17, 21 (1997)
*2 米国特許法第284条「・・裁判所は損害賠償額を評決又は査定された額の3 倍まで増額することができる。・・」
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
*3 In re Seagate Technology, LLC, 497 F.3d 1360 (Fed. Cir. 2007) (en banc)
*4 概要はDavid G. Posz, 吉田 哲「米国CAFC, Seagate判決,被告保護の視点で特許の故意侵害基準を厳格化」日経BP知財Awareness, 2007年9月
http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/etc/20070914.html
を参照されたい。
*5 Voda v. Cordis Corp., No. 03-CV-1512 (W.D. Okla. Sept. 15, 2005)
*6 625特許のクレーム1は以下のとおり
1. A femoral approach angioplasty guide catheter adapted for selective catheterization of a left main coronary artery within a cardiovascular system comprising:
an elongate flexible tubular member in a relaxed state prior to insertion in the cardiovascular system further comprising in consecutive arrangement:
a first straight proximal portion extending distally from a proximal end of the tubular member;
a second straight portion joined to the first straight portion and having a length of about 1.5 to 2.5 centimeters;
a tertiary curved portion defining a junction of the first straight portion and the second straight portion and defining a vertex of an obtuse angle of 130° to 150° between the first and second straight portions;
a secondary curved portion joined to the second straight portion and having an arcuate curvature of about 150° to 180° and a radius of curvature of about 1 centimeter;
a third straight portion joined to the secondary curved portion;
a fourth straight portion joined to the third straight portion and having a distal end defining a terminal distal tip of the tubular member; and
a primary curved portion a junction of the third straight portion and the fourth straight portion and defining a vertex of an obtuse angle of 140° to 160° between the third and fourth straight portions,
wherein the interiors of the tertiary curved portion and every curve portion distal thereof, including the secondary curved portion and the primary curved portion, all generally face each other,
wherein the first straight portion, second straight portion, third straight portion, and fourth straight portion all lie in generally the same plane, the third straight portion and the fourth straight portion extending slightly out of plane to the extent that the fourth straight portion overlaps the first straight portion, and
wherein the length of the fourth straight portion is approximately equal to the sum of the length of the third straight portion and the radius of curvature of the secondary curved portion.

*7 Honeywell Int’l Inc. v. Hamilton Sundstrand Corp., 370 F.3d 1131, 1139 (Fed. Cir 2004)
*8 Schoell v. Regal Marine Indus., Inc., 247 F.3d 1202, 1209-10 (Fed. Cir. 2001)
*9 Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co. (Fed. Cir. 2007) 詳細は、 http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.09/2007.09.html を参照されたい。
*10 World Wide Ass’n of Specialty Programs v. Pure, Inc., 450 F.3d 1132, 1139 (10th Cir. 2006)
*11 無限摺動用ボールスプライン軸受事件(最判平成10年2月24日 最高裁判所民事判例集52巻1号113頁)
*12 最高人民法院「特許紛争事件の審理に適用する法律問題に関する若干の規定」(法釈(2001)第20号第17条)
*13 均等論及び禁反言を含む権利範囲解釈については河野英仁,加藤真司著「日米中における均等論と禁反言の解釈~日米中の主要判決をふまえて~」知財管理2007年7月号Vol.57 No.7 p1079~1093,日本知的財産協会を参照されたい。
http://www.knpt.com/contents/thesis/00018/ronbun18.html
なお、213特許は審査段階における補正により禁反言が推定され、均等論上の侵害は否定された。
*14 均等侵害が成立した事件として、Primos, Inc., v. Hunter’s Specialties, Inc., 451 F.3d 841 (Fed. Cir. 2006)、Insituform(Insituform Technologies, Inc. v. CAT Contracting, Inc., 385 F.3d 1360 (Fed. Cir. 2004)、Ericsson, Inc. v. Harris Corp., 352 F.3d 1369, 1373 (Fed. Cir. 2003)等が挙げられる。
*15 均等論上の侵害が認められた最近の事件としては、椅子式マッサージ機事件(知的財産高等裁判所、平成17(ネ)10047 特許権侵害差止等請求控訴事件 平成18年09月25日)、及び、ペン型注射器事件(大阪高判平成13年4月19日(平成11(ネ)2198))がある。

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