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違法な特許出願の回復が無効理由となるか

~特許無効の抗弁事由~

Aristocrat Tec. et al.,
Plaintiffs-Appellants,
v.
International Game Tech. et al.,
Defendants-Appellees.

執筆者 弁理士 河野英仁
2008年12月12日

1.概要
 日本の特許権侵害訴訟における被告は対抗手段として特許無効の審判を特許庁に対し請求することができるほか、裁判所においても特許の無効を抗弁として主張することができる。平成16年改正法により新設された日本国特許法第104条の3は以下のとおり規定している。
日本国特許法第104条の3
特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。

 そして、無効理由は日本国特許法第123条各号において限定的に列挙されている。これは特許法第123条各号に掲げる理由以外は無効であるとして主張できないことを意味する。例えば、出願の単一性(日本国特許法第37条)違反等は形式的瑕疵にすぎないことから特許の無効理由とならない。

 米国においては日本と同じく裁判所において特許の無効を抗弁として主張することができる。日本国特許法第123条に類する規定として米国には米国特許法282条が存在する。後述するように米国特許法第282条は、日本国特許法第123条各号の如く、米国特許法の内どの条項が無効理由の根拠となり得るか明確に規定していない。

 本事件においては、PCT国内移行の際、国内移行費の未払いにより特許出願はいったん放棄された。出願人は、当該未払いは、「故意でない遅延」に該当するとの嘆願書を提出し、出願を回復させ審査を経て特許を取得した。この回復の際、未払いが不可避であったことを示す証拠を出願人は提出しなかった。

 本特許に基づく特許権侵害を主張された被告は、不適切な回復があったとして特許無効の抗弁を主張した。地裁はこの不適切な回復は、米国特許法282条(2)または(4)に規定する無効の抗弁事由に該当すると判断した 1。控訴審においては、この不適切な回復が無効の抗弁事由となるか否かが争われ、CAFCは無効の抗弁事由とならないと判断した。


2.背景
 Aristocrat(以下、原告)とInternational Game Technology(以下、被告)とはスロットマシン等の電子ゲーム機器の分野において競合関係にある。原告は、U.S. Patent No. 7,056,215(以下215特許)を所有している。215特許はスロットマシンに関する技術である。

 原告は1997年7月8日米国に2つの仮特許出願 2を行った。その1年以内に原告はこれら2つの仮出願に基づく優先権を主張し、オーストラリアにPCT出願を行った。PCT出願はその後公開された。図1は出願経過を示す説明図である。

出願経過を示す説明図
図1 出願経過を示す説明図

 原告は移行期限である2000年1月10日が迫っているにもかかわらず米国特許庁に対し国内移行費を支払っていなかった。仮出願の日から30ヶ月以内に国内移行費を支払わない場合、米国特許法第371条及び規則1.495 3に基づき、特許出願は放棄されるため、USPTOは原告に対し米国国内移行費を支払うよう要求した。

 USPTOは期限を超えても移行費を受け取らなかったことから、原告に対し出願の放棄に関する通知を行った。なお、当該通知には、出願の回復を主張するための、規則1.137(a)(不可避の遅延)、または、1.137(b)(故意によらない遅延) 4に基づく嘆願書を提出することができる旨が記載されていた。

 原告は規則1.137(b)に基づく嘆願書を提出した。原告は嘆願書に、国内移行費の支払いの遅れは故意でない理由を記載した。2002年9月3日USPTOは規則1.137(b)の要件を満たすとして出願を回復させた。出願回復後、審査が進み、2006年6月6日に215特許が成立した。

 原告は2006年6月被告を特許権侵害であるとしてカリフォルニア州連邦地方裁判所に訴えた。被告は原告の215特許は無効であると反論した。

 被告は、215特許に係る特許出願は、手続き期間を徒過しており、米国特許法第133条 5の規定により出願放棄が擬制され、しかも、原告が嘆願書において手続きの徒過が不可避であったことを十分に説明していなと主張した。従って215特許は米国特許法第133条の規定に反して違法に回復された出願に基づく特許であり、無効理由を有すると主張した。

 地裁は、出願が違法に回復されたものであり特許は無効であるとの判決をなした。原告はこれを不服として控訴した。


3.CAFCでの争点
出願が違法に回復された場合、無効理由となるか?
特許侵害訴訟における防御手段は米国特許法第282条 6に規定されている。4つの防御手段は以下のとおりである。

米国特許法第282条
(1)非侵害、侵害に対する責任の不存在、または、権利行使不能
(2)特許要件として第II部に規定されている理由をもとにする訴訟において、特許またはいずれかのクレームの無効
(3)本法第112条または251条の要件に合致しないことを理由とする訴訟において、特許またはいずれかのクレームの無効
(4)本法によって抗弁とされる他の事実または行為

 特許無効の抗弁については、(2)及び(3)に規定されている。しかしながら、(2)は「特許要件として第II部に規定されている理由」と規定しており、(3)の如く具体的な条文を記載していない。また、(4)は「本法によって抗弁とされる他の事実または行為」と広く記載されており、具体的にどのような事実または行為が抗弁事由となるか不明確である。

 争点は以下の2つである。
争点1:特許法第133条違反に係る違法に回復された出願に基づく特許は282条(2)に掲げる無効理由に該当するか否か?
争点2:違法に回復したことは282条(4)に掲げる抗弁事由となるか否か?


4.CAFCの判断
争点1:特許法第133条違反は282条(2)に掲げる無効理由に該当しない。
CAFCは、特許法133条は特許法の第II部に規定されているものの、第282条(2)の無効理由とはならないと結論づけた。

 282条(2)は「特許要件として第II部に規定されている理由」に限定しており、特許法第133条は「特許要件」とは認められないからである。CAFCは、特許要件とは第101条(有用性及び法定主題)、第102条(新規性)、及び第103条(自明性)の3要件であると判示した。これは第101条~第103条を総括する章のタイトルがPatentabilityと規定していることからも明らかである。

 また、CAFCは、第112条(記載要件)は間接的な要件であって特許要件ではないと判示した。同法違反は特許法第282条(3)に無効理由の一つとして明確に規定されている。以上の理由により、特許法第133条違反は、282条(2)に規定する「特許要件」に該当しないことから無効理由とはならないと判示した。

争点2:違法回復は282条(4)に規定する抗弁事由とはならない。
 CAFCは、議会が立法時に違法な回復が抗弁事由となることを意図しておらず、また、手続き上の瑕疵に過ぎないとして抗弁事由とはならないと判示した。

 282条(4)は「本法によって抗弁とされる」と規定しており、議会は抗弁とされる事項を明確に立法化している。例えば特許法273条(先発明に基づく抗弁)等である。違法(133条及び371条)回復に基づく特許が無効であるとの抗弁事由は、特許法の規定から議会によって全く意図されていないことは明らかである。さらに、CAFCは、手続き上の瑕疵に過ぎず、このような抗弁を認めた場合、特許の不安定化を招くほか裁判所の機能を損なうことになると述べた。

 以上の理由により違法に回復されたことは特許法第282条(4)に規定する抗弁事由とはならないと結論づけた。


5.結論
 CAFCは、215特許が無効であると判断した地裁の判断を取り消し、本事件における判示事項に従い、再度審理を行うよう命じた。


6.コメント
(1)本事件では、2つの教訓が得られた。一つは違法な出願回復は無効理由及び抗弁事由とならないことである。もう一つは手続き瑕疵があったとしてもあきらめないことである。手数料未納による出願放棄擬制を招いたのは原告のミスである。しかし、嘆願書を提出し権利化までこぎ着け、特許訴訟を提起している。もちろんミスがないよう十分注意する必要があることはもちろんであるが、万が一ミスがあったとしてもあらゆる手立てを尽くしてリカバリーを図ることも大切である。

(2)本判決文では、防御手段である無効理由及び抗弁事由が多数例示され、参考となる判決である。以下に、防御手段である無効理由及び抗弁事由を筆者において調査しチェックリストとしてまとめた。米国特許権侵害を主張された場合に、ご参照頂ければ幸いである。

米国特許法第282条
(1)非侵害、侵害に対する責任の不存在、または、権利行使不能
□特許権の存続期間は満了している。
□ライセンス契約が存在する。
□特許権は消尽した。
□文言上侵害とならない。
□審査経過に禁反言が存在する。
□均等論上侵害とならない。
□均等論上侵害であっても、審査段階で補正されており、かつ、反駁3要件 7を満たさない。
□不公正行為、USPTOへの開示義務違反がある(規則1.56、Inequitable Conduct)。
□means plus functionクレーム(112条パラグラフ6)であり、かつ、実施例に開示された構造等または構造等と均等ではない

(2)特許要件として第II部に規定されている理由をもとにする訴訟において、特許またはいずれかのクレームの無効
□有用性の欠如及び法定主題以外の出願(101条違反)
□新規性がない(102条)
□自明である(103条)

(3) 本法第112条または251条の要件に合致しないことを理由とする訴訟において、特許またはいずれかのクレームの無効
□記載不備がある(112条違反)
□登録から2年経過後の再発行特許においてクレーム範囲を拡大している(251条違反)

(4)本法によって抗弁とされる他の事実または行為
□新規事項(New Matter)追加がある(132条)
□正しい発明者により出願されていない(116条)
□273条に基づく抗弁(有効出願日の1年前からのビジネスモデル特許の善意実施)
□185条違反(米国でなした発明を米国に第1国出願していない)
□272条に基づく抗弁(船舶または飛行機等の使用に不可欠の場合)
□再審査手続きにおいてクレームを不当に拡大している 8(305条違反)
□特許表示がなされていない、時効が成立(286条、287条、損害賠償のみ)


判決 2008年9月22日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/08-1016.pdf

【注釈】
1 Aristocrat Techs. Austl. Pty, Ltd. v. Int’l Game Tech., 491 F. Supp. 2d 916, 924-29 (N.D. Cal. 2008)
2 米国特許法第111条(b)に規定する仮特許出願は米国特有の制度であり、明細書にクレームを記載することなく特許出願を行うことができる。出願日の早期確保を希望する場合に利用される。ただし1年以内に非仮特許出願を行うことが必要である(米国特許法第111条(b)(5))。
3 米国特許法第371条は以下のとおり規定している。
第371条 国内段階;手続の開始 ・・・
(c) 出願人は特許商標庁に次のものを提出しなければならない。
(1) 第41条(a)により定められた国内手数料・・・
 また規則1.495は以下のとおり規定している。 §1. 495 合衆国における国内段階への移行
( a) 国際出願の出願人は,合衆国についての国際出願が放棄されることを避けるためには,( b) 又は( c) で規定する期間内に35 U. S. C. 第371 条の要件を満たさなければならない。
( b) ,( c) ,( d) ,( e) 及び( h) に規定する30 月の期間は延長することができない。これらの要件を所定の期間内に満たした国際出願は,合衆国において国内段階に移行し,発明の特許性について審査を受けることができる。・・・
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
4 規則1.137(a)及び(b)は以下のとおり規定している。
§1.137 放棄出願の回復,終了した再審査手続,又は失効した特許
(a) 止むを得ない事情 出願人又は特許権者による応答の遅延が止むを得ない事情によるものであった場合,放棄された出願,§1.550(d)又は§1.957(b)若しくは(c)に基づき終了された再審査手続,若しくは失効した特許を回復するための申請を本項に基づいて提出することができる。本項に基づく申請が認められるためには次のすべてを添付することを要する。
(1) 未決の庁指令又は通知について要求される応答(過去に提出済の場合を除く。)
(2) §1.17(l)に規定する申請手数料
(3) 要求される応答がその提出期限から本項に基づく申請の提出日まで遅延したことが止むを得ない事情によるものであったことを長官が満足する程度まで証明する文書,及び
(4) (d)に基づいて要求されるターミナルディスクレーマー(及び§1.20(d)に規定される手数料)
(b) 故意でなかったこと
出願人又は特許権者による応答の遅延が故意でなかった場合,放棄された出願,§1.550(d)又は§1.957(b)若しくは(c)に基づき終了された再審査手続,若しくは失効した特許を回復するための申請を本項に基づいて提出することができる。本項に基づく申請が認められるためには次のすべてを添付することを要する。
(1) 未決の庁指令又は通知について要求される応答(過去に提出済の場合を除く。)
(2) §1.17(m)に規定する申請手数料
(3) 要求される応答がその提出期限から本項に基づく申請の提出日まで遅延したことが故意でなかったことを述べた陳述書。長官は,かかる遅延が故意でなかったことにつき問題がある場合は追加情報の提供を求めることができる。及び(4) (d)に基づいて要求されるターミナルディスクレーマー(及び§1.20(d)に規定される手数料)
前掲特許庁HP
5 米国特許法第133条は以下のとおり規定している。
第133条 出願手続をする期間 出願人に対して何れかの処置が通知され,若しくは郵送された後6月以内に,又はその処置に対して長官により定められる30日以上の短期の期間内に,出願人が出願手続を遂行することを怠った場合は,その出願は当事者により放棄されたとみなす。ただし,その遅滞が避けることができないものとして,長官により十分に認められた場合はこの限りでない。
前掲特許庁HP
6 米国特許法第282条に列挙された防御手段は以下のとおり
The following shall be defenses in any action involving the validity or infringement of a patent and shall be pleaded:
(1)Noninfringement, absence of liability for infringement, or unenforceability,
(2)Invalidity of the patent or any claim in suit on any ground specified in part II of this title as a condition for patentability,
(3)Invalidity of the patent or any claim in suit for failure to comply with any requirement of sections 112 or 251 of this title,
(4)Any other fact or act made a defense by this title.
7 均等論と禁反言との関係は、河野英仁,加藤真司著「日米中における均等論と禁反言の解釈~日米中の主要判決をふまえて~」知財管理2007年7月号Vol.57 No.7 p1079~1093,日本知的財産協会を参照されたい。
http://www.knpt.com/contents/thesis/00018/ronbun18.html
8 Quantum Corp. v. Rodime, PLC, 65 F.3d 1577, 1584 (Fed. Cir. 1995)

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