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KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか?(4)

~阻害要因(Teach Away)があれば自明でない~

Andersen Corp.,
Plaintiff-Appellant,
v.
Pella Corp. et al.,
Defendant-Appellee.

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年1月20日

1.概要
 KSR最高裁判決*1においては、TSMテスト*2を前提とする厳格ルールから、一般常識を含め技術分野において公知の事項及び先行特許で言及されたあらゆる必要性または問題もが、組み合わせのための根拠となるフレキシブルアプローチへと自明性の判断が変更された。

 最高裁は、二つの構成要件の組み合わせに関し、一方の構成要件が「設計の動機または他の市場圧力を受けて、努力傾注分野における公知の作業により派生したものにすぎない場合」は、自明であると判示した。

 その一方で、最高裁は二つの構成要件を組み合わせることに技術的な阻害要因(Teach Away)がある場合、自明でないと判示している。

 本事件は、KSR最高裁判決後、阻害要因が存在するか否かを議論した重要な判決である。地裁は一般常識に過ぎず、また、単なる組み合わせに過ぎないと判断した*3。CAFCは、原告が主張した技術分野の相違、阻害要因及び2次的考察に基づき、組み合わせは自明でないと結論づけた。


2.背景
 Andersen(以下、原告という)はU.S Patent No. 6,880,612(以下、612特許という)を所有している。612特許は視認性を低減した防虫網(網戸)に関する技術である。窓に取り付けられる防虫網は、虫の室内への侵入を防ぐものの、室外から眺めた場合、どうしても住居の美観を損なうことになる。住宅販売業者は住居を販売する場合、見栄えを良くするために防虫網を取り外し、住居の販売に成功した後に、再び防虫網を取り付ける。図1は612特許のFIG.5である。

612特許のFIG.5

図1 612特許のFIG.5

 612特許は、細いワイヤをしっかりと織った防虫網512用の材料をクレームしている。これにより、防虫機能を維持しつつ透過性を向上させ、室内の人物506及び室外の人物508からの防虫網512の目に見える程度を低減せんとするものである。

 617特許のクレーム76*4は以下のとおりである。なお、下線部は審査段階で補正により追加された箇所を示す。
窓ユニットに対し取り外し可能であり、通気できまた目に見える程度を低減する枠内の防虫網用材料であって、
直径0.007インチ以下、引っ張り強さが5500psiより大きい複数の網要素を含み、該網は透過率が少なくとも0.75であり反射率が0.04以下である。

 Pellaにより製造・販売されている防虫網は、VividView(登録商標)である。原告はPella及びその供給業者であるGore(以下、被告という)を特許権侵害であるとしてミネソタ州連邦地方裁判所に訴えた。

 地裁は、自明性の審理において、図2に示す如く、612特許のクレームは、訴外TWPにより製造された電磁遮蔽メッシュ(以下、TWPメッシュという)と、特開平09-195646号公報*5(以下、646公報という)との組み合わせにより自明であると判断した。646公報は、反射を防止するために、黒色に帯色した網戸を開示している。TWPメッシュ及び646公報は双方ともUSPTOにおける審査において引用されたものであるが、出願人は、窓ユニット用の通気できる防虫網であることを限定する補正により、当該拒絶理由を解消し特許を取得した。

組み合わせを示す説明図
646公報の窓枠用防虫網 + TWPメッシュ

図2 組み合わせを示す説明図

 地裁は、KSR判決のもと、厳格なアプローチを拒絶し、「一般常識」を用いる広範で柔軟なアプローチに基づき自明性を判断した。地裁は、出願前にインターネットで利用可能であった「TWPメッシュ」を、「窓枠」に単純に取り付けたに過ぎず、自明であると判断した。さらに2次的考察を考慮してもこの一応の自明性(prima facie of obviousness)を覆すことはできないと結論づけた。

 原告はこれを不服としてCAFCに控訴した。


3.CAFCでの争点
組み合わせに阻害要因があるか否か?
 612特許は窓枠にインターネットで入手可能なTWPメッシュを組み合わせて防虫網としたものである。  防虫網を設計する当事者が、視認性を低減する防虫網を製造する場合に、最適な材料としてTWPメッシュを採用するか否かが争点となった。


4.CAFCの判断
はじめに自明性の判断手法について簡単に説明する。
 米国特許法103条(a)は、
「発明が第102条に規定された如く全く同一のものとして開示又は記載されていない場合であっても,特許を得ようとする発明の主題が全体としてそれに関する技術分野において通常の技術を有する者にその発明のなされた時点において自明であったであろう場合は特許を受けることができない。」 と規定している。

 自明か否かの判断においては、Graham最高裁判決*6において判示された下記事項を検討する。
(a)「先行技術の範囲及び内容を決定する」
(b)「先行技術とクレーム発明との相違点を確定する」
(c)「当業者レベルを決定する」
(d)「2次的考察を評価する(商業的成功等)」
 これらを総合的に考慮して当業者にとって自明か否かを判断する。

(1)先行技術の範囲に属しない
 CAFCは、TWPメッシュは先行技術の範囲に属さないと判断した。TWPのWebサイトには「防虫網」及び「高透過スクリーン」に関する技術情報が掲載されていた。612特許に用いたTWPメッシュは「防虫網」のページ内に存在せず、電磁遮蔽用の「高透過スクリーン」のページに存在していた。

 CAFCはTWPメッシュが主に電磁遮蔽用に用いられるものであり、防虫網に使用されたことがないという事実に鑑みれば、防虫網を設計する当業者が係るTWPメッシュを防虫網に適用するとは考えないと述べた。

(2)阻害要因(Teach Away)が存在する
 CAFCは、耐久性、透過性及び価格の3つに基づき、窓枠用の防虫用網にTWPメッシュを適用することには阻害要因が存在すると判断した(図3参照)。

阻害要因を示す説明図

図3 阻害要因を示す説明図

 防虫網は風雨及び日光にさらされ、また人間及びペットによる損傷にさらされるため、十分な耐久性が必要とされる。一方、TWPメッシュはTWPのWebサイト内で「世界で最もデリケートな金属繊維」、また「取り扱いには特別な注意を要する」と記載されていた。このように脆弱でありまた取り扱いに注意を要するTWPメッシュは、防虫網設計者が網の材料として使用することの妨げとなるものである。

 また本発明では、審美性のため透過性が要求されるところ、TWPメッシュのワイヤ格子は非常に微細であり光学的干渉を生じる虞がある。従って透過性が要求される防虫網にTWPメッシュを適用することは当業者にとって妨げとなるものである。

 さらに、TWPメッシュは一般的な防虫網に対し極めて高価であり、防虫網を設計する当事者がTWPメッシュを採用することの妨げとなるものである。

 CAFCは以上の理由により、防虫網にTWPメッシュを採用するに際し、阻害要因が存在すると判示した。

(3)2次的考察
 CAFCは2次的考察を行ったとしても、自明でないと判断した。2次的考察とは、商業的成功、長期間未解決であった必要性、他人の失敗、予期せぬ効果、被告による模倣、及び、他人による称賛等である。本事件においてCAFCは、長期間未解決であった必要性、他人の失敗、及び、予期せぬ効果に関し、評価を行い自明でないと判断した。

 被告は数十年間防虫網の視認性を低減することに失敗しており、また地裁の判決後、視認性を向上させた防虫網に関し米国に特許出願していた。以上のことからCAFCは、「長期間未解決であった必要性」の存在を認め、また、「他人の失敗」が認められると判断した。さらに、被告自身も当該特許出願にて驚くべき発明の視認性「効果」を認めている。

 以上のとおり、先行技術の範囲、阻害要因及び2次的考察を総合的に考慮すれば、防虫網の設計当事者が防虫網にTWPメッシュを採用することは自明でないと判断した。


5.結論
 CAFCは、612特許が無効であると判断した地裁の判断を取り消し、本事件における判示事項に従い、再度審理を行うよう命じた。


6.コメント
 KSR判決後、自明性(米国特許法第103条)による拒絶を受ける割合が増加している、または、特許取得が困難になってきていると感じている読者が多いのではないだろうか。筆者は2007年9月に開催されたAIPPIボストン会議でUSPTOのDudas長官の講演を聞く機会を得た。その中で、USPTO長官は近年の特許登録率の遷移を示した。それによると、2000年以降70%以上であった登録率は、年々低下し、KSR最高裁判決後の2007年度末には、ついに約40%近くまで低下した。さらに、審判部が審査官の拒絶を支持する率は45%から56%にまで上昇した。

 これはKSR最高裁判決において厳格なTSMテストが否定されたことに起因するものであると考えられる。自明か否かは、先行技術に記載された教示・示唆・動機付けだけに拘泥すべきではなく、一般常識及び解決すべき問題の性質等をも考慮して総合的に判断される。

 しかしながら、多くの発明は既存技術の組み合わせであり、組み合わせのもととなる既存技術が全て存在するだけで自明と安易に判断される虞がある。本事件は組み合わせに際し阻害要因が存在する場合、自明でないと判断され、具体的にどのような場合に阻害要因となるかが判示された。

 KSR最高裁判決後、同じく阻害要因(Teach Away)の適用が争点となった事件として、In re Icon Health and Fitness, Inc.事件*7(Icon事件)がある。Icon事件では、トレッドミルに関する発明の自明性が争われた。Icon事件における発明のトレッドミルは折り畳みできるようガスバネを採用している。図4はIcon事件におけるトレッドミルを示す説明図である。また図5は先行技術となった折り畳み式ベッドを示す説明図である。
Icon事件におけるトレッドミルを示す説明図

図4 Icon事件におけるトレッドミルを示す説明図

先行技術となった折り畳み式ベッドを示す説明図

図5 先行技術となった折り畳み式ベッドを示す説明図

 トレッドミルのガスバネは折り畳む方向に力が作用する点で、逆方向(ベッドを開く方向)に力が作用する先行技術とは相違する。CAFCはこの点、阻害要因を認めたものの、クレームは広く記載されており、当該力の作用に関する特徴が明記されていなかったため自明と判断された。

 自明性の判断は、クレーム、明細書、補正及び先行技術の内容により事件毎に相違するものであるが、阻害要因による反論の際に参照頂ければ幸いである。

判決 2008年11月19日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/07-1536.pdf

【注釈】
*1 KSR Int’l Co. v. Teleflex, Inc., 127 S. Ct. 1727, 1742 (2007)、550 U.S. _, 82 USPQ2d 1385 (2007)
詳細は
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.05/2007.05.htm
参照。
*2 TSMテスト:教示(teaching)-示唆(suggestion)-動機(motivation)テストの略である。先行技術の記載に重きを置き、ここに当業者がこれらを組み合わせるための教示、示唆または動機が存在する場合に、自明であると判断する手法である。Al-Site Corp. v. VSI Int’l, Inc., 174 F. 3d 1308, 1323 (CA Fed. 1999)。なお、TSMテスト自体は依然として有効である。
*3 Andersen Corp. v. Pella Corp., 500 F. Supp. 2d 1192 (D. Minn. 2007)
*4 617特許のクレーム76 An insect screening material in a frame removably attached to a fenestration unit that permits ventilation therethrough and having reduced visibility, comprising a plurality of screen elements having a diameter of 0.007 inch or less, the screen elements having a tensile strength greater than 5500 psi, wherein the screening has a transmittance of light of at least 0.75 and a reflectance of light of 0.04 or less.
*5 判決文には”Japanese Patent No. 195646”としか記載されていない。筆者が調査したところ、特開平09-195646号が対応する公報であるものと思われる。
*6 Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1(1966)
*7 In re Icon Health and Fitness Inc., No. 06-1573 (Fed. Cir. Aug. 1, 2007) 拙稿「米国特許判例紹介(第5回) KSR最高裁判決後自明性の判断は変わったか(2)」
知財ぷりずむ、平成19年11月号、財団法人経済産業調査会
詳細は下記参照
http://www.knpt.com/contents/cafc/2007.1019/2007.1019.html

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