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永久差し止めの要件

~eBay最高裁判決 4 Factorsの適用基準~

Acumed LLC,
Plaintiff-Appellee,
v.
Stryker Corp. et al.,
Defendants-Appellants.

執筆者:弁理士 河野英仁
2009年2月16日

1.概要  
 米国特許法第283条は永久差し止め(Permanent Injunction)に関し、以下のとおり規定している。
「本法に基づく訴訟についての管轄権を有する個々の裁判所は,特許によって保障されている権利についての侵害を防止するため,衡平の原則に従って,その裁判所が合理的であると認める条件に基づいて差止命令を出すことができる。*1

 従って裁判所が特許権侵害を認めた場合、被告に対し米国特許法第283条に基づき、製造及び販売の停止等の永久差し止めを認めるのが原則である。しかしながら、永久差し止めを認めるか否かは、裁判所の裁量に委ねられており、侵害があったからといって直ちに永久差し止めが認められるわけではない。

 どのような場合に、永久差し止めが認められるかは、2006年のeBay最高裁判決*2により明らかとなった。最高裁は永久差し止めが認められるためには原告が以下の4要件を立証しなければならないと判示した。

(1)回復不可能な損害の存在
(2)損害賠償等の法による救済が不十分であること
(3)両当事者に生ずる不利益のバランス
(4)公共の利益が害されないこと

 本事件では、4要件を満たすか否かについて争われ、地裁は4要件を満たし、被告に対する永久差し止めを認めた。またCAFCも地裁の裁量に乱用がないことから、被告に対する永久差し止めを認める判決をなした。

2.背景
 Acumed(以下、原告という)はU.S. Patent No. 5,472,444(以下、444特許という)の特許権者である。444特許は、整形外科用のPHN(Proximal Humeral Nail)と称される釘に関するアイデアを権利化している。

 PHNは上腕骨を骨折した際に用いられる。図1は444特許の図3及び図4を示す説明図である。
444特許の図3及び図4を示す説明図 444特許の図3及び図4を示す説明図

図1 444特許の図3及び図4を示す説明図

 整形外科用のPHN10は上腕骨68の穴80に挿入されスクリュー84により固定される。原告はPHNをPolarusという名称で販売していた。

 原告は444特許の使用を希望する大手2社(Zimmer社及びSynthes社)に対し、ライセンスを付与した。その後原告は、被告が製造及び販売するT2 PHN(以下、イ号製品という)を発見した。

 原告は、イ号製品が444特許を侵害するものとして、永久差し止め及び損害賠償を求めて、オレゴン州連邦地方裁判所に提訴した。地裁は被告が444特許を故意に侵害したと判断し、原告の逸失利益及び合理的ロイヤリティを損害として認め、また永久差し止めを認めた*3

 被告は、eBay最高裁判決にて判示された4要件の認定に関し、地裁の裁量に乱用があったことを理由としてCAFCへ控訴した。

3.CAFCでの争点
(1)過去他社にライセンスを付与していることが、第1要件(回復不可能な損害の存在)及び第2要件(法による救済が不十分である)に影響を与えるか?
 原告は他の大手2社に対し、既に444特許に対するライセンスを付与している。この場合に、原告に回復不可能な損害が存在していると言えるか、救済が不十分と言えるか否かが争点となった。

(2)第3要件(両当事者に生じる不利益のバランス)を判断する際の基準
 両当事者に生じる不利益のバランスを考慮する際に、どの範囲まで不利益を考慮すべきかが問題となった。

(3)イ号製品が、原告特許よりも優れている場合に、第4要件(公衆の利益が害されないこと)をどのように判断すべきか?
 本事件においては原告の444特許に係る製品はスクリューが外れやすいという問題があった。イ号製品にはこのような問題が生じない。イ号製品が、原告444特許に係る製品よりも優れている場合、第4要件の判断にどのような影響を与えるかが問題となった。

4.CAFCの判断
(1)既に他社にライセンスを付与していても、第1要件及び第2要件を満たす。
 被告は、原告が大手2社に対し444特許に基づく特許権侵害訴訟を提起し、大手2社にライセンスを快諾したということは、十分なライセンス費を得ていることを意味するので、そこに回復不能な損害があったとは言えず、また法による救済が不十分であるとは言えないと主張した。

 CAFCは被告の当該主張を認めなかった。CAFCは大手2社から受け取った合理的ロイヤリティにより十分な補償を得たとも考えられるが、逸失利益など合理的ロイヤリティでは補償しきれない回復不能な損害を生じさせる可能性があると述べた。

 また、過去に他社にライセンスを付与していたとしても、新たな競合他社の市場参入により、それまで存在しなかった回復不能な損害を生じる可能性がある。以上のことから、CAFCはeBay最高裁判決の第1要件及び第2要件を満たすとした地裁の判断を支持した。

(2)第3要件における当事者の範囲は原告及び被告間に限る。
 被告はイ号製品が永久差し止めされた場合、被告、被告の顧客及び患者の全てが苦難に直面すると主張した。

 これに対し、CAFCは第3要件「両当事者に生じる不利益のバランス」における「両当事者」は「原告」及び「被告」を意味し、被告の顧客及び患者の不利益は考慮されないと判示した。

 またCAFCは、被告企業は多彩な商品を扱う世界最大規模の整形外科用インプラント企業であり、その一方で、原告企業は444特許に係る製品を主力製品とし、総売上は被告企業に比べて十分少ない点をも考慮した。

 以上の事実に基づき、CAFCは、原告及び被告間の不利益を考慮した場合、原告の不利益が大きく、第3要件を満たすと判断した地裁の判断に何ら誤りは存在しないと判断した。

(3)イ号製品が原告特許よりも優れていることは理由とならない
 被告は444特許に係る原告製品にはスクリューが外れやすいという問題がある点を指摘した。これに対しイ号製品は当該問題を解消することができ、原告特許に係る製品よりも優れている点を主張した。そして、スクリューが外れることのない優れたイ号製品の差し止めを認めることは、公共の利益を害することになると主張した。

 しかしながらCAFCは原告の444特許に係る製品はスクリューキャップを取り付けることにより、当該問題を解消しており、さらに、他の大手2社から代替製品が販売されていることから、何ら公共の利益を害するものではないと判示した。

5.結論
 CAFCは、被告に対する永久差し止めを認めた地裁の判断を支持した。

6.コメント
 本事件では、既にライセンスを他社に認めていた場合でも、被告に対する永久差し止めが認められる点が明らかとなった。また、裁判所は第4の要件である公共の利益を重視する旨述べているが、イ号製品が原告特許に係る製品よりも優れていることは何ら考慮されない判示された。

 eBay最高裁判決後においても、本事件と同じく永久差し止めを認める判決が数多くなされている*4

 CAFCは米国特許法第154条を示した。
「全ての特許証は,発明の簡単な名称,並びに特許権者,その相続人又は譲受人に対して,詳細は明細書を参照して,他人がその発明を合衆国において製造,使用,販売の申出若しくは販売すること,又は当該発明を合衆国に輸入することを排除する権利,及び,発明が方法である場合は,他人が当該方法によって製造される製品を合衆国において使用,販売の申出若しくは販売すること,又は合衆国に輸入することを排除する権利の付与を含むものとする。」

 そして、CAFCは
「特許を付与することの本質的な考え方は、特許権侵害から競合他社を排除することにある」
と述べ、特許の基本的原則を明らかにした。

判決 2008年12月30日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/08-1124.pdf

【注釈】
*1 特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
米国特許法第283条
「35 U.S.C. 283 Injunction. The several courts having jurisdiction of cases under this title may grant injunctions in accordance with the principles of equity to prevent the violation of any right secured by patent, on such terms as the court deems reasonable.」
*2 eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388, 394 (2006)
*3 Acumed LLC v. Stryker Corp., No. 04-CV-513-BR, 2007 U.S. Dist. LEXIS 86866 (D. Or. Nov. 20, 2007)
*4 Tivo Inc. v. Echostar Communications Corp., 446 F. Supp. 2d 664 (E.D. Tex. 2006), Smith & Nephew, Inc. v. Synthes, 466 F. Supp. 2d 978 (W.D. Tenn. 2006), and Visto Corp. v. Seven Networks, Inc., No. 2:03-CV-333-TJW, 2006 WL 3741891 (E.D. Tex. Dec. 19, 2006)

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