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カーナビゲーション特許の文言解釈

~携帯カーナビの特許権侵害事件~

Vehicle IP, LLC,
Plaintiff-Appellant,
v.
General Motors Corp. et al.,
Defendants-Appellees

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年3月17日

1.概要
 本事件は、携帯カーナビゲーションシステムに関する特許権侵害事件である。特許の権利範囲はクレームの文言に基づき判断されることはいうまでもない。その際クレームの文言は、普通の意味(ordinary meaning)に解釈される。また、当該クレームの文言解釈にあっては、明細書の記載、及び、審査過程において出願人が米国特許商標庁(USPTO)に対して主張した事項が参酌される*1

 本事件においてはクレームの「Coordinate(座標)」の文言解釈が問題となった。特許権者は、携帯カーナビを販売する自動車メーカ、カーナビ機器メーカ及び通信会社を特許権侵害として訴えた。

 「Coordinate(座標)」をどのように解釈するかにより、侵害の有無が決定される。地裁はCoordinateを絶対的な位置である座標に限定解釈し、距離等のスカラー量は技術的範囲に属さず、非侵害であると判断した*2。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。CAFCは、クレームの文言及び審査経過を考慮し、地裁の限定的解釈を支持する判決をなした。


2.背景
 Vehicle IP(以下、原告)はU.S. Patent No. 6,535,743(以下、743特許という)を所有している。743特許は、様々な機能を有する携帯型ナビゲーションシステムを権利化している。図1は743特許の概要を示す説明図である。

743特許の概要を示す説明図
 図1 743特許の概要を示す説明図


 図1に示す通信システム10はネットワークスイッチングセンタ(NSC)14及びサービスセンタ16、並びに、データネットワーク20に接続される複数のモバイルユニット12,12,12,・・・を含む。モバイルユニット12は車両またはトラック等の移動体25に取り付けられる。

 各モバイルユニット12は、ディスプレイ34及び各種ボタン36を備えるユーザインターフェース22、並びに、プラットフォーム24を含む。図2はインターフェース22の外観を示す説明図である。インターフェース22及びプラットフォーム24は、モバイルユニット12内で数々の処理を実行する。

インターフェース22の外観を示す説明図
図2 インターフェース22の外観を示す説明図


 さらに、インターフェース22及びプラットフォーム24は、NSC14を介してサービスセンタ16が提供する通信サービスを要求することができる。NSC14は、モバイルユニット12により通知されたメッセージに基づき、記憶したテーブルへアクセスし、適切なサービスセンタ16を選択する。選択されたサービスセンタ16は、通信サービスをモバイルユニット12へ提供する。

 通信サービスはディスプレイ34またはスピーカ202を通じて提供される。サービスセンタ16はユーザからのリクエストに応じて、道案内及び緊急時のサービスを含む各種通信サービスを提供する。

 General Motors、OnStar、Cellco(通信会社Verison Wireless)及びNetworks In Motion(以下、まとめて被告という)は、743特許と同様のサービスを自動車または携帯電話機向けに提供している。

 原告は、被告が743特許を侵害するとして、ウィスコンシン州連邦地方裁判所へ提訴した。地裁は被告製品が743特許を文言上侵害しないと判断した。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
 Coordinateの意味を如何に解釈するか?
 争点は、クレーム1の「Coordinate」の文言解釈である。「Coordinate」は通常「座標」を意味するところ、これが長さ等のScalar(スカラー量)*3をも含むか否かが問題となった。

 クレーム1*4は以下のとおりである。
道案内提供システムで以下を含む:
通信網に接続されるサーバと;
前記通信網に前記サーバから遠隔で接続された携帯ユニットとを含み、
  前記サーバは、元の位置から目的地までの道案内を決定し、また、前記通信網を用いて道案内を通知するために動作し、前記道案内は、複数の区分を含み、各区分は隣接した区分から分離信号により分離されており、前記区分は命令及び複数の通知座標により定義される通知領域(a notification region defined by a plurality of notification coordinates)を含み、
  前記携帯ユニットは通信された道案内を受信し、さらに、携帯ユニットの位置が前記区分に関連する通知領域を定義する通知座標(notification coordinate)に実質的に合致する場合、自動的に特定の道案内の区分をユーザに提示するよう動作する。

 クレーム1の概要は以下のとおりである。図3はクレーム1の概要を示す説明図である。

クレーム1の概要を示す説明図

 サーバは三角で示す車両に搭載された携帯ユニットへ各種情報を送信する。例えば車両走行中、丸印で示す方向転換位置で「右折」すべき道案内がサーバから提供される。サーバは道案内に加えて、星印で示す通知座標(notification coordinate)を携帯ユニットへ送信する。車両に搭載される携帯ユニットは、GPSから得た座標と、サーバから送信された通知座標とが実質的に合致した場合に、右折指示に係る道案内を行う。一般に方向転換位置の700m前、及び、100m前にある通知座標にて、「○○m先、右折です。」等の案内がなされる。

 これに対し被告Cellco及びNetworks In Motionが提供するイ号システムは、サーバが携帯電話機へ、「方向転換位置の座標」、「最大指示距離」及び「移動速度」を送信する。またGMのOnStarシステム(以下、ロ号システム)は、サーバが携帯ユニットへ「方向転換位置の座標」、及び、オフセット「距離」またはオフセット「時間」を送信する。すなわち、イ号システム及びロ号システムはスカラー量である距離を送信している点で、座標を送信する743特許と相違する。

イ号システムの概要を示す説明図

 図4はイ号システムの概要を示す説明図である。イ号システム及びロ号システム共にスカラー量を送信するため、イ号システムを代表して説明する。イ号システムにおいてはサーバから丸印で示す方向転換位置の座標及び距離(例えば500m)の情報が、携帯電話機へ送信される。

 星印で示す通知位置は、座標でなくても、方向転換位置からの距離(下向き矢印で示す)に基づき特定することができる。被告は、イ号システムにおいて送信するのは座標ではなく、あくまでスカラー量である距離に過ぎず、特許権侵害には該当しないと主張した。


4.CAFCの判断
 クレームの文言が持つ通常の意味及び審査経過を考慮して解釈する。
 CAFCは、coordinateが持つ通常の意味は、絶対的な位置である座標(緯度、経度)を意味し、スカラー量は含まないと判示した。これに対し、原告は、方向転換位置とスカラー量とを統合すれば、通知位置を特定することができ、座標に変換することができると主張した。

CAFCの解釈を示す説明図

 図5はCAFCの解釈を示す説明図である。CAFCは方向転換位置とスカラー量とを統合したとしても、方向転換位置を中心とし、半径をスカラー量とする円(図5の点線)が定義できるに過ぎず、通知座標を特定することができないと述べた。そして、通知座標を特定するには、別途他の情報が必要になると述べた。

 さらに、CAFCは審査段階で出願人が述べた意見に注目した。審査段階において出願人はU.S. Patent No.5,126,941(以下、Gurmu特許)を根拠とする米国特許法第102条の拒絶を回避すべく、以下の主張を行った。

「本発明はGurmu特許とは基本的に相違する。本発明は車両位置と通知座標とを比較することをクレームするものである。車両の位置と通知座標とを比較するために、車両の位置は、通知座標とは無関係に決定されるということは明らかである。この基本的相違はGurmu特許には教示、開示及び提案されていない。」

 つまり出願人は、GPSにより特定される自車位置と、緯度及び経度で特定される座標とが比較される点を審査段階にて主張したのである。

 以上のことから、CAFCは、coordinateは座標を意味し、スカラー量を含まず、被告のイ号システム及びロ号システムは、743特許を侵害しないと判断した。


5.結論
 CAFCは、非侵害と判断した地裁の判決を支持した。


6.コメント
 カーナビゲーションに係る特許は、自動車メーカ、電機メーカ及び自動車部品メーカ等、様々な企業が数多く参入している分野であり、また、微妙な文言解釈が議論された事件であったため、筆者において図を用いて丁寧に説明した。

 本事件においては、CAFCはPhilips大法廷判決1で判示した一般的原則に従い、クレームが持つ通常の意味及び審査経過を考慮して文言解釈を行った。これに対しMayer判事は反対意見を述べている。数学においては数多くの座標系が存在し、例えば曲線座標系においては、coordinateは、特定の位置及びスカラー量により定義される場合があると述べた。このようにMayer判事はcoordinateの普通の意味は極めて広いことから、座標に限定解釈すべきとした多数派に反対する意見を示している。

 座標だけに限定されないよう、”coordinate”ではなく位置データ”position data”または位置情報”position information”等、クレームに広い文言を用いていた場合、文言侵害となっていたかもしれない。クレーム作成の上で参考となる判例である。

判決 2009年1月6日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/08-1259.pdf

【注釈】
*1 Phillips v. AWH Corp., 415 F.3d 1303, 1312 (Fed. Cir. 2005) (en banc)
*2 Vehicle IP, LLC v. Gen. Motors Corp., 578 F. Supp. 2d 1107, 1120–21 (W.D. Wis. 2008)
*3 Coordinateは名詞において「座標、変数、または同格の人」を意味する。またScalarはスカラー量(長さ・面積・質量など、大きさだけで定まる数量)を意味する。「ジーニアス英和大辞典」大修館書店
*4 743特許のクレーム1は以下のとおりである。
Claim1
A system for providing directions, comprising:
a server coupled to a communication network, the server operable to determine directions from an origination location to a destination location and to communicate the directions using the communication network, wherein the directions comprise a plurality of segments, each segment separated from an adjacent segment by a separator signal and comprising a command and a notification region defined by a plurality of notification coordinates; and
a mobile unit coupled to the communication network remote from the server, the mobile unit operable to receive the communicated directions, the mobile unit further operable to present automatically a particular segment of the directions to a user if the location of the mobile unit substantially corresponds to a notification coordinate defining the notification region associated with that segment.

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