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クレームの文言解釈判断時はイ号製品の製造時か、
販売時か

~販売済イ号製品がクレーム文言に合致しない場合の判断~

Gemtron Corp.,
Plaintiff- Appellee,
v.
Saint-Gobain Corp.,
Defendant-Appellant.

執筆者 弁理士 河野英仁
2009年9月10日

1.概要
 特許権侵害か否かを判断する場合、市場に販売されているイ号製品を購入し、侵害の有無を判断する。具体的には、購入したイ号製品とクレームの文言とを比較し、イ号製品がクレームの文言に合致するか否かを判断する。

 購入したイ号製品がクレームに記載した文言に合致しない場合、原則として特許権侵害は成立しない。購入時のイ号製品はクレームの文言に合致しないが、工場にて製造した直後のイ号製品がクレームの文言に合致する場合、特許権侵害といえるであろうか。すなわち製造時のイ号製品はクレームの文言に合致するが、販売時のイ号製品はもはやクレームの文言に合致しない場合に、特許権侵害といえるか否かが問題となる。

 本事件では冷蔵庫の棚に特許が付与されており、クレームには「比較的弾性のある終端部」と記載されていた。被告は、棚(以下、イ号棚)の製造時にイ号棚の枠を加熱し、弾性を持たせた上でガラスを枠内にパチンと嵌め込む。イ号棚の販売時には、枠内にガラスが嵌め込まれており、もはや弾性はない。問題はいつの時点でイ号棚の枠が「比較的弾性のある」の文言を充足するかである。

 また、枠へのガラスの取り付けが米国以外の国で行われていた場合、特許権侵害が成立するか否かも問題となる。地裁及びCAFCは共に、製造時における文言充足を理由に特許権侵害を認める判決をなした。


2.背景
 Gemtron(以下、原告という)は、冷蔵庫内の棚に関するU.S. Patent No. 6,679,573(以下、573特許)を所有している。図1は枠の上面及び下面を示す斜視図である。

枠の上面及び下面を示す斜視図 枠の上面及び下面を示す斜視図
図1 枠の上面及び下面を示す斜視図

 573特許における枠30は、プラスチック製のワンピース開口枠31と、ガラスパネル35とを含む。

 従来の冷蔵庫棚はガラスパネルを枠に取り付けるために接着剤を用いていた。ガラスパネルの端に、接着剤を塗布し、枠に固着する。このため、従来の冷蔵庫棚は接着剤を塗布する工程が必要となるほか、接着剤によるコストの増加が問題となっていた。また、取り付けの際にガラスパネルにはみ出た接着剤を清掃する必要もあった。

 かかる問題を解消すべく、573特許は「比較的弾性のある」指部を有する枠31を用い、当該枠31内にガラスパネル35をパチンと嵌めることにより、接着工程を不要としたものである。図2は枠31の要部を示す断面図である。

枠31の要部を示す断面図
図2 枠31の要部を示す断面図

 取り付け手順は以下のとおりである。比較的弾性のある指部90の先端に設けられる指端部91をスライドさせ、ガラスパネル35をパチンとはめ込む。ガラスパネル35は、上側壁71と端部受け溝100と指部90とにより固定される。枠31の指部90はガラスパネル35がはめ込まれる際、いったん上に曲がる。その後、ガラスパネル35を固定するために元の位置に戻る。

 2004年原告はSaint-Gobain(以下、被告という)の販売する冷蔵庫棚(イ号棚)が573特許のクレーム23を侵害するとしてミシガン州連邦地方裁判所に提訴した。地裁は、イ号棚はクレーム23を侵害するとの判決をなし、イ号棚の永久差し止めを認めた*1。被告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
争点1:クレームの文言解釈時はイ号棚の製造時か、販売時か?
 クレーム23*2の問題となったのは以下の下線部分である。

23.「冷蔵庫の棚であり以下を含む、 ・・・ 一時的に屈折し、その後ガラスの前端・後端の一つを、ガラス端部受け溝にパチンと嵌め込むために跳ね返る比較的弾性のある終端部・・」

 被告はイ号棚が、クレームされた「比較的弾性のある終端部」を有するという点を除いてクレームの全ての構成要件を満たすという点については争っていない。

 被告側鑑定人は、常温にてガラスパネルをイ号棚の枠に挿入しようと試みたが、当該枠はガラスパネルの挿入を可能とするほど弾性を有するものではないと証言した。被告はこの証言に基づき、イ号棚は「比較的弾性のある終端部」の文言を充足しないと主張した。

 これに対し、原告の専門家は、イ号棚の枠を加熱することにより、ガラスパネルを枠の受け溝にパチンと嵌め込むことができると述べた。また、原告は被告のイ号棚の製造工程を撮影したビデオを提出した。これには、被告メキシコ工場において枠を加熱することによりガラスパネルを嵌め込むイ号棚の製造工程が録画されている。

 イ号棚がクレーム23の文言を充足するタイミングが製造時か、または、販売時かが問題となった。

争点2:製造工程の一部が外国である場合、特許権侵害が成立するか?
 被告は、イ号棚の製造はメキシコで行われており、イ号棚が米国へ輸入される際には、枠は冷却され弾性を有さず、「比較的弾性のある」の文言を充足しないことから、イ号枠は573特許を侵害しないと主張した。

 このように争点となる「比較的弾性のある終端部」を利用した取り付け工程が外国で行われており、輸入時にはすでに「比較的弾性のある」の文言を充足しない場合に、特許権侵害が成立するか否かが問題となった。

クレーム23 イ号棚
製造時 販売時
比較的弾性のある終端部 弾性有り 弾性無し
メキシコ 米国


4.CAFCの判断
争点1:文言解釈の判断時は製造時である
 CAFCはクレーム及び明細書の記載を総合的に勘案し、クレームの文言解釈の判断時は製造時であると判断し、製造時に「比較的弾性のある」枠を有するイ号棚の特許権侵害を認定した。

 CAFCはPhillips最高裁判決*3で判示されたとおり、クレーム及び明細書の記載を総合的に勘案して文言解釈を行った。クレーム23は、「終端部」が「いつでも」、「いかなる温度においても」、または「冷蔵庫内で使用する際に」比較的弾性を有しなければならないとは要求しておらず、温度条件も限定していない。

 クレームは、
 「一時的に屈折し、その後ガラスの前端・後端の一つを、ガラス端部受け溝にパチンと嵌め込むために跳ね返る比較的弾性のある終端部・・」
と記載している。CAFCはこの文言中、
 「一時的に屈折し、その後パチンと嵌め込むために跳ね返る
 との記載は、枠の弾性が組み立て中にのみ存在すればよいことを示すものであると判断した。

 また明細書の先行技術欄及びSummary欄には先行技術における製造過程における問題点及び当該問題点を解決するために、「比較的弾性のある終端部」を設けたことが記載されている。すなわち、従来はガラスパネルを枠に取り付ける工程において接着剤を使用しており、接着剤の使用に伴う工程増加及びコスト低減を目的として、573特許は「比較的弾性のある終端部」を採用したのである。これは、製造時において枠の終端部が比較的弾性を有していればよいことを示すものである。また、明細書のいかなる部分にも「比較的弾性のある終端部」が他の機能を発揮するとは記載されていない。

 以上のことから、CAFCは文言解釈の判断時をイ号棚の製造時とし、製造時に弾性のある枠を有するイ号棚の特許権侵害を認めた。

争点2:物の発明の場合、製造工程の一部が外国で行われていることは考慮されない
 被告はガラスパネルの枠への取り付け工程がメキシコで行われており、米国へ輸入する際にはもはや枠が弾性を有さないため特許権侵害が成立しないと主張した。CAFCはクレーム23が方法のクレームではなく、装置のクレームであるため、被告の当該主張は成立しないと述べた。

 米国特許法第271条(a)*4は以下のとおり規定している。
第271 条 特許侵害
(a) 本法に別段の定めがある場合を除き,特許の存続期間中に,権限を有することなく,特許発明を合衆国において生産,使用,販売の申出若しくは販売する者,又は特許発明を合衆国に輸入する者は特許を侵害する。


 イ号棚の製造が外国で行われていようが、製造時に「一時的に屈折し、その後パチンと嵌め込むために跳ね返る」という構造的特性を有するイ号棚を米国内で使用、販売の申し出、販売または輸入する場合、特許権侵害が成立する。以上のことからCAFCは被告の主張を退けた。


5.結論
 CAFCは、製造時にクレーム23の文言に合致することから特許権の侵害であるとした地裁の判断を支持する判決をなした。


6.コメント
 販売されたイ号製品はクレームの文言に合致しないものの、明細書の従来技術及びSummary等の記載から、イ号製品の製造時に一時的に文言に合致すれば良いとの合理的な判断がなされた。

 また一部の工程が外国で行われていても、完成品が米国内へ輸入されて販売される以上、特許権侵害が成立する。ただし、方法のクレームにおいて、一部工程が外国で行われている場合、米国特許法第271条(a)に規定する直接侵害は成立しない*5。様々な侵害形態を考慮し、方法クレーム及び物クレームの双方を十分吟味してクレームを作成することが必要とされる。

判決 2009年7月20日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。 http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/09-1001.pdf

【注釈】
*1 Gemtron Corp. v. Saint-Gobain Corp., No. 1:04-387 (W.D. Mich. Sept. 22, 2008)
*2 クレーム23は以下のとおり。なお下線は筆者において付した。
23. A refrigerator shelf comprising a one-piece open frame made of substantially homogeneous polymeric/copolymeric molded synthetic material and a piece of glass closing an opening defined by said frame; said open frame having opposite substantially parallel side frame portions and opposite substantially parallel front and rear frame portions; said glass piece having opposite substantially parallel side edges and opposite substantially parallel front and rear edges; said side, front and rear frame portions being substantially contiguous to said respective side, front and rear edges; each of said side frame portions being defined by an upper wall, a side wall depending from each upper wall and a lower wall projecting from its side wall toward an opposite side wall with the opposing lower walls being spaced from each other and each defining with an associated upper wall a glass piece side edge-receiving channel, each upper wall and lower wall having a terminal free edge, said glass piece side edges being spaced a predetermined distance from each other, said upper wall terminal free edges being spaced a predetermined distance from each other, said lower wall terminal free edges being spaced a predetermined distance from each other, the predetermined distance of the glass piece side edges being appreciably greater than the predetermined distance of said upper wall edges and only slightly greater than the predetermined distance between said lower wall terminal free edges whereby said glass piece side edges are captively retained in said glass piece side edge-receiving channels, and at least one lower wall of at least one of said front and rear frame portions including a relatively resilient end edge portion which temporarily deflects and subsequently rebounds to snap-secure one of said glass piece front and rear edges in the glass piece edge-receiving channel of said at least one front and rear frame portion.
*3 Phillips v. AWH Corp., 415 F.3d 1303, 1312-19 (Fed. Cir. 2005)
*4 米国特許法第271条(a)は以下のとおり規定している。
35 U.S.C. 271 Infringement of patent.
(a)Except as otherwise provided in this title, whoever without authority makes, uses, offers to sell, or sells any patented invention, within the United States, or imports into the United States any patented invention during the term of the patent therefor, infringes the patent.
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
参照。
*5 方法クレームの一部工程を第三者が行っていたため、特許権侵害が成立しなかった事件としてMuniauction事件(Muniauction, Inc. v. Thompson Corp., 532 F.3d 1318 (Fed. Cir. 2008)が存在する。詳細は拙稿「米国特許判例紹介(第15回) 複数人が特許を侵害した場合、誰が責任を負うか?」No.62,2008年10月号
http://www.knpt.com/contents/cafc/2008.09/2008.09.html

◆ ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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