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プリアンブルの記載と特許性

~プリアンブルに使用目的を記載しても新規性は主張できない~

Jeffrey Griffin., et al.,
Plaintiffs Appellants,
v.
Heidi Marrin., et al.,
Defendants-Appellees.

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年5月10日

1.概要
 米国式のクレームは一般に、プリアンブル、移行部及びボディの3要素により構成される。プリアンブルには発明の前提となる事項及びカテゴリーを記載し、ボディには、発明を特徴付ける構成要件を列記する。移行部は、例えばcomprising, includingまたはconsisting of等が用いられ、プリアンブルとボディとを接続する機能を果たす。

 代表的なクレーム形式は以下のとおりである。



 クレームされた発明が特許性を有するか否かは、プリアンブルの記載を含めクレーム全体の記載に基づき判断されるのが大原則である。本事件ではクレームのプリアンブルに発明の使用目的が記載されていた。先行技術には、ボディ部分と同一の技術が開示されており、相違点はプリアンブルに記載された発明の使用目的だけであった。

 特許権者は使用目的が相違し、クレーム発明は先行技術から予期できるものではないと主張した。CAFCは、プリアンブルにおける目的、使用目的は発明の構成要件ではないと判断し、ボディに先行技術に対応する事項が全て開示されているとして特許を無効とする判決をした。


2.背景
(1)特許の内容
 Griffin(以下、特許権者という)は、飲み物の容器またはコップにスクラッチオフラベル(Scratch-off Label)を用いるアイデアを発明した。立食パーティーでは、料理を取りに行ってテーブルに戻った際、テーブルにおいた自分のコップがどれか分からなくなることが多い。本発明はこのような問題を解消すべく、容器またはコップにスクラッチオフラベルを貼り付けることとしたものである。

 特許権者は、1991年4月に特許出願を行い1992年に「スクラッチオフマーキングラベル」とするU.S. Patent No. 5,154,448(以下、448特許という)を成立させた。

 参考図1は448特許のFIG.1である。参考図2はスクラッチオフラベル20を示す斜視図及び断面図である。


448特許のFIG.1

参考図1 448特許のFIG.1


スクラッチオフラベル20を示す斜視図及び断面図

参考図2 スクラッチオフラベル20を示す斜視図及び断面図


 スクラッチオフラベル20は容器10の外面に貼り付けられる。スクラッチオフラベル20は、スクラッチオフコーティング60、スクラッチライン30、着色基層40、接着剤コーティング50、及び裏貼り70を含む。

 パーティーに参加するユーザは、コインまたは爪を用いてスクラッチオフコーティング60を削り、自身の名前を刻む。これにより、着色基層40により、着色されたスクラッチライン30が形成される。ユーザは裏貼り70を剥がし、自身の容器10に接着剤コーティング50を介してスクラッチオフラベル70を容器に貼り付ける。これにより、筆記具を用いずとも、ラベル上に名前を記入し、自身の容器を特定することができるのである。

 449特許のクレーム1は以下のとおりである*1
1. 筆記具の使用なしにユーザにラベル上に記入することを可能とするスクラッチオフラベルにおいて、
ユーザに視認可能に着色された手前側、及び、奥側を有する常設の基部と、 前記基部の手前側の色と対比して目立つ色を有するスクラッチオフ非透過部材コーティングを備え、前記コーティングは、前記基部の手前側上に、前記基部の色を目立たなくするために十分な厚みをもって直接塗布され、スクラッチされた場合に、前記基部の手前側の色が現れる。

(2)訴訟の経緯
 Marrin(以下、被告という)はラベル及び当該ラベルを貼り付けた容器を、特許権者から448特許のライセンスを受けて販売していた。ライセンス交渉のもつれから、2006年4月11日特許権者は被告に対するライセンスを終了した。被告は特許無効を求めてカリフォルニア州連邦地方裁判所へ提訴した。一方、特許権者は逆に特許権侵害であるとして被告を訴えた。両審理は併合された。

 地裁は、8つの先行技術から予期できる(以下、新規性がない)として、米国特許法第102条(b)*2の規定に基づき、特許無効との判決をなした。ボディ部分は全て先行技術に開示されており、相違点はプリアンブルだけである。特許権者側はこれを不服として控訴した。


3.CAFCでの争点
プリアンブルに発明の目的を記載することで新規性を主張できるか否か?
 米国特許法第102条(b)は以下のとおり規定している。
第102 条 特許要件;新規性及び特許を受ける権利の喪失
次の各項の1 に該当するときを除き,人は特許を受ける権利を有するものとする。
(b) その発明が,合衆国における特許出願日前1 年より前に,合衆国若しくは外国において特許を受けた若しくは刊行物に記載されたか,又は合衆国において公然実施若しくは販売された場合


 最も近い先行技術は、Malinovtz特許(U.S. Patent No. 4,241,943)である。以下にMalinovtz特許の概要を説明する。参考図3はMalinovtz特許のFIG.1である。


Malinovtz特許のFIG.1

参考図3 Malinovtz特許のFIG.1


 Malinovtz特許はスクラッチオフ技術を用いた駐車券を開示している。道路脇には1時間を限度に駐車を認めるパーキングメータが設置されている。Malinovtz特許の駐車券はこのパーキングメータに利用するものである。

 ドライバーは駐車券の年月日をスクラッチオフすると共に、現在時間をスクラッチオフする。例えば午前9時5分に駐車した場合、「9:00-9:15」の部分13をスクラッチオフする。スクラッチオフにより、1時間後の10:15分が表れる。ドライバーは10時15分まで自動車を駐車することができると認識することができる。

 参考図3の例では、ドライバーは「11:30-11:45」の間に駐車したことから、駐車可能時間として着色された1時間後の「12:45」が表示されている。

 クレーム1に係る発明の構成要件と、Malinovtz特許とを比較した場合、Malinovtz特許には、クレーム1に係る発明のボディは全て開示されている。唯一の相違点は、プリアンブルの
筆記具の使用なしにユーザにラベル上に記入することを可能(for permitting)とする」の部分のみである。プリアンブルには、「発明の目的または使用目的」が記載されており、このプリアンブルの「発明の目的または使用目的」が、先行技術と相違する場合に、新規性を有するか否かが問題となった。


4.CAFCの判断
プリアンブルにおける発明の目的または使用目的の相違は新規性主張の根拠とならない
 CAFCは、プリアンブルにおける使用目的の記載はクレームの構成要件として扱われず、新規性を有さないと判示した。CAFCは、プリアンブルにおける目的の記載は、構成要件から排除されるという判例に基づき当該判断をなした。

 例えば、Catalina事件*3では、「システム」と「システムのタイプ」がプリアンブルに記載されており、CAFCは、「システム」は構成要件に該当するが、「タイプ」は構成要件に該当しないと判示した。

 Intirtool事件*4では、プリアンブルに「ハンドヘルドパンチペンチ」と、当該ペンチの使用目的が記載されていた。CAFCは、「ハンドヘルドパンチペンチ」の部分については構成要件と認めたものの、ペンチの使用目的は構成要件の部分ではないと判示した。

 CAFCはこれらの判例に基づき、プリアンブルにおける「筆記具の使用なしにユーザにラベル上に記入することを可能(for permitting)とする」の目的の記載は、クレームの構成要件ではないことから、ボディが同一のMalinovtz特許からみて新規性がないとの判断を維持した。


5.結論
 CAFCは、ボディに同一の技術が開示されたMalinovtz特許を理由に、新規性がないとした地裁の判断を維持する判決をなした。


6.コメント
 この判決に対し、Newman判事は反対意見を表明している。Newman判事は、クレームに記載された構成要件を削除してクレーム解釈を行うことは適切でなく、これはクレームのプリアンブルについても同様であり、プリアンブルの記載を排除した発明について、新規性の有無を判断した判決は妥当でないと述べた。

 一般的に、「プリアンブルの文言がクレームに意味合いを与え、かつ、発明を適切に定義する場合、当該プリアンブルに現れる文言は、クレームの限定と見なされる。*5

 Applied事件*6においては、以下のとおり判示されている。
発明の目的及び発明の背景に言及するプリアンブルが、クレームされた発明の構成要件となるか否かは、クレームの形態全体、明細書に記述された発明、及び審査過程で示された記述に基づき、各事件の事実により決定される。

 またNewman判事は以下のように述べている。以上の判例における判示事項に基づけば、プリアンブルの文言を切り捨ててクレームの解釈を行い、特許無効とした本判決は、これらの判例に矛盾するといえる。クレーム作成者は、クレームされた発明の主題を定義するためにプリアンブルとボディとの双方を選択的に用いて、クレームを作成する。新規性の判断も、プリアンブルとボディとの双方により定義された発明について行われるべきである。448特許明細書に基づけば、当該発明は、公知のスクラッチオフ技術そのものではなく、筆記具なしにユーザが表面を刻むことができるスクラッチオフラベルであるということを明らかにしている。そして、このプリアンブルの使用目的のフレーズは、当該観点を明確にするクレームの一部分といえる。従って、本事件においてプリアンブルにおける使用目的の記載を構成要件から排除して、新規性の判断を行った判決は妥当でないと結論づけている。

 本事件ではプリアンブルにおける発明の目的または使用目的の記載は、構成要件から排除され、新規性及び非自明性(米国特許法第103条) *7を主張する上での根拠とならない点が判示された。新規性または非自明性を主張する場合、ボディに発明の目的ではなく、具体的な構成上の差異を追加し特許取得を試みるのが大原則である。しかしながら、先行技術との相違点がもはや明細書に存在しない場合、何とか特許を取得すべく発明の目的または使用目的をクレームに追加することがある。この場合、本事件で判示された如く、プリアンブルに追記しても意味はなく、少なくともボディに追加することが必要であるといえよう。

判決 2010年3月22日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/09-1031.pdf

【注釈】
*1 449特許のクレーム1は以下のとおり。
1. A scratch-off label for permitting a user to write thereon without the use of a marking implement, comprising:
a permanent base having a colored near side which is normally visible to the user and having a far side; and
a coating of scratch-off non-transparent material having a color which contrasts with the color of the near side of the permanent base, which coating is applied directly onto the near side of the permanent base with sufficient thickness so as to obscure the color of the permanent base, and which when scratched off reveals the color of the near side of the permanent base.
*2  特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
 米国特許法第112条(b)の規定は以下のとおり。
35 U.S.C. 102 Conditions for patentability; novelty and loss of right to patent. A person shall be entitled to a patent unless —
(b)the invention was patented or described in a printed publication in this or a foreign country or in public use or on sale in this country, more than one year prior to the date of the application for patent in the United States,
*3 Catalina Marketing Int’l v. Coolsavings.com, Inc., 289 F.3d 801, 809 (Fed. Cir. 2002)
*4 Intirtool, Ltd. v. Texar Corp., 369 F.3d 1289, 1296 (Fed. Cir. 2004)
*5 In re Paulsen, 30 F.3d 1475, 1479 (Fed. Cir. 1994); Loctite Corp. v. Ultraseal Ltd., 781 F.2d 861, 866 (Fed. Cir. 1985)
*6 Applied Materials, Inc. v. Advanced Semiconductor Materials America, Inc. 98 F.3d 1563, 1572-73 (Fed. Cir. 1996)
*7 米国特許法第103条の規定は以下のとおり。
第103条 特許要件;自明でない主題
(a) 発明が,第102条に規定するのと同様に開示又は記載がされていない場合であっても,特許を受けようとするその主題と先行技術との間の差異が,発明が行われた時点で,その主題が全体として,当該主題が属する技術の分野において通常の知識を有する者にとって自明であるようなものであるときは,特許を受けることができない。特許性は,発明の行われ方によっては否定されない。
前掲特許庁HP


◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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