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情報開示義務は発明者でない上司にまで及ぶ

~代表者の開示義務違反により権利行使不能とされた案件~

Avid Identification Systems, Inc.,
Plaintiff Appellant,
v.
The Crystal Import Corp.,
et al., Defendants.

執筆者 弁理士 河野英仁
2010年6月10日

1.概要
 米国特許出願手続においては米国特許商標庁(以下、PTOという)に対する誠実義務が求められており、発明者等が特許性に影響を与える先行技術を知っている場合は、これを隠すことなく、PTOに提示しなければならない(規則1.56)。

 そしてこの誠実義務に違反した場合、特許権の権利行使が不可能となる*1。先行技術の提出義務は、発明者及び代理人に課せられる他、特許出願及び審査に実質的に関与した(substantively involved)者にも課せられる。

 この「実質的に関与」について、具体的にどのような場合に関与に該当し、誠実義務が課せられるのか法律上、判例上明らかにされていなかった。本事件では、発明者でない代表者が出願前に特許関連製品を見本市にてデモし、この事実をPTOに開示していなかった。訴訟では、当該行為を行った代表者が「実質的に関与」した者か否かが問題となった。

 CAFCは、代表者としての位置づけ、発明者の雇用状況等の証拠に鑑み、代表者を「実質的に関与」した者と推定し、特許権行使不能と判断した地裁の判決を維持した。


2.背景
(1)特許の内容
 Avid(以下、原告という)は動物に埋め込む生体適合性高周波識別チップを設計・販売する小企業であり、「マルチモード暗号化チップ及び読み取りシステム」と称するU.S. Patent No. 5,235,326(以下、326特許という)を所有している。

 原告の創設者兼代表者であるStoddard博士(以下、代表者という)は、自身のペットが行方不明となった際、返還を求めるべく動物シェルター(保護施設)を訪問した。その際、数多くの行方不明となったペットが収容されているのを知った。これら多くのペットは帰るすべが無い。

 そこで代表者は、行方不明のペットを特定することが可能なより良いシステムを開発する決心をなした。何人かが彼のミッションに参加した。会社設立当初、原告は非暗号化チップをサプライヤーから購入し、このチップに商標を付し、販売していた。代表者は自社技術の搭載を希望していたため、このビジネスを1985年頃終了させた。

 特に代表者は非暗号化と暗号化との双方を選択して利用することが可能なチップ及び読み取り機の開発を希望していた。この技術を実現すべく、Polish博士,Malm博士及びBeigei氏を採用した。1990年3人の技術者は暗号化が可能な生体埋め込み型チップ及び読み取り機を開発し、当該暗号化技術に加え、従来の非暗号化技術も併せて利用することが可能な製品を開発した。参考図1は生体埋め込み型チップの断面を示す断面図である。


生体埋め込み型チップの断面を示す断面図

参考図1 生体埋め込み型チップの断面を示す断面図


 タグ200内にはコンデンサ基板220、コイル210及び暗号化処理を含む各種処理を実行する集積回路280が設けられる。断面視楕円形のカプセル290内に、不活性液体295を注入し、上述したコンデンサ基板220、コイル210及び集積回路280を封入する。

(2)特許取得のプロセス
 1990年4月頃、代表者は見本市にて関連製品のデモを行った。1991年8月原告は326特許に係る出願を行った。本出願に係る読み取り機は、原告の暗号化チップと、非暗号化チップの双方を読み取ることができる。

 発明者はPolish博士,Malm博士及びBeigei氏の3名であり、Malm博士はまた特許弁護士として本事件を担当した。なお、代表者は発明者ではない。本願は欧州特許庁へも出願されている。326特許は1993年8月に成立した。

(3)訴訟の開始
 原告は、競合会社であるDatamars(以下、被告という)が326特許を侵害するとしてテキサス州連邦地方裁判所へ提訴した。地裁は特許の有効性を認め、また特許権侵害を認めたが、不正行為があったとして特許権行使を認めなかった*2

 代表者の見本市での製品デモは米国特許法第102条(b)*3における重要な先行技術であり、そのような情報がUSPTOに対し欺く意図を持って伏せられていた。地裁は、代表者もPTOに対する誠実義務を有しており、当該行為を情報として開示しなかったことは不正行為に該当すると判断した。原告はこれを不服としてCAFCへ控訴した。


3.CAFCでの争点
争点1:見本市における関連製品のデモが「重要な先行技術(material prior art)」に該当するか否か
 代表者は出願日から1年以上前に見本市において、326特許の関連製品についてデモを行った。しかしながら、この関連製品は326特許のクレームの構成要件を全て開示するものではなく、訴訟においても陪審員は関連製品によっては、新規性が否定されることは無いと認定した。このように、米国特許法第102条(b)の拒絶の対象とならない行為についても、「重要な先行技術」として、PTOに対して開示する義務があるのか否かが問題となった。

争点2:発明者でない代表者も出願・審査手続きの遂行に「実質的に関与」する者といえるか否か
 PTOに対し誠実義務を負う者が誰かを特定するために、規則1.56(c)*4が規定されている。

(c) 本条の意味においては,特許出願の提出又は手続の遂行に関与する個人とは,次に掲げる者のことである。
(1) 出願に名称が記載されている全ての発明者
(2) 出願の作成又は手続を遂行する全ての弁護士又は代理人,及び
(3) 上記以外の,出願の作成又は手続の遂行に実質的に関与(substantively involved)している,及び発明者,譲受人,若しくは出願譲渡義務の対象である者に関係している他の全ての者


 規則1.56(c)に規定する「実質的に関与」については、具体的にどのような行為を行った場合に、「実質的に関与」に該当するか判例上明確化されていなかった。代表者の見本市におけるデモが出願・審査手続きの遂行に実質的に関与したといえるか否かが問題となった。


4.CAFCの判断
(1)不正行為の原則
 規則1.56は、特許出願及び審査に関わる全ての者に、出願の審査においてPTOに対し、率直及び誠実義務を課すものである。

規則1.56(a)*5は以下のとおり規定している。
「・・・特許出願の提出又は手続の遂行に関与する各個人は,特許商標庁に対する折衝において率直及び誠実の義務を負い,その義務は,当該人に知られている,本条において定義される特許性にとって重要な全ての情報を開示する義務を含む。・・・ 出願に関連して,特許商標庁に対する詐欺行為が実行された若しくは企てられた,又は悪意若しくは故意の違法行為によって開示義務違反が行われた場合は,その出願には特許は付与されないものとする。」

 不正行為があったことを主張する当事者は明確かつ説得力ある以下の3証拠を提出しなければならない*6

第1:重要な先行技術
第2:先行技術に係る特許出願及びその重要性に対し責任を負うべき認識
第3:欺く意図を持ってPTOに対し先行技術を開示することの出願人の失敗


 本事件において、原告は、見本市は重要であった点(第1(争点1))と、代表者はこの情報を開示する誠実義務があった点(第2(争点2))とが争われた。原告は、代表者がPTOを欺く意図を持って特許を取得すべく当該情報を伏せていた点については争っていない(第3)。以下、争点1及び争点2について説明する。

(2)争点1:代表者の見本市におけるデモ行為は「重要」と位置づけられる。
 CAFCは、代表者の見本市におけるデモは、重要な先行技術であるとして原告の主張を退けた。審査官が特許として出願を登録するか否かを決定するにあたり、先行技術を重要であると考える実質的見込みがある場合、その情報は重要とされる*7

 原告は、代表者が見本市にて開示した関連製品は、326特許の全ての構成要件を開示していないため、重要でないと主張した。この見本市の情報は陪審員にも提示され、陪審員はこの情報を考慮した上で特許は有効と判断していた。以上の理由により原告はこの情報は、102条(b)に規定する先行技術に該当しないと主張している。

 しかしながら、CAFCはたとえ開示した情報が、特許を無効に導くものでないとしても、審査官が当該情報を、特許性を判断する上で重要と判断した場合、当該情報は「重要な先行技術(material prior art)」に該当*8すると述べた。

 見本市において開示した関連製品は、特許法第102条(b)の規定により326特許を無効とするものではないものの、審査における先行技術中で最も326特許に近い技術であり、特許性に大きな影響を与える。以上の理由により、CAFCは見本市における関連製品のデモは重要な先行技術であると判断した。

(3)争点2:代表者も実質的に関与した者として誠実義務を負う。
 CAFCは、代表者としての位置づけ、発明者の雇用状況等の証拠に鑑み、代表者を「実質的に関与」した者と推定し、誠実義務を負うとの判断をなした。

 規則1.56(c)に規定するとおり、代表者が、出願・審査手続きに実質的に関与(substantively involved )している場合に、PTOに対し誠実義務を負う。

 CAFCは、「実質的に関与」したとは、関与が、出願の内容に関連し、または、出願・手続を遂行する際の意思決定に関連し、その関与が全体として管理上・事務的なものではないことを意味すると判示した。

 本事件においては、「社長・創業者としての彼のポジションの性質」、「代表者が、暗号化チップのコンセプト実現を達成すべく発明者を雇用したこと」等が重視された。代表者はマーケティング・販売・研究開発など会社の全ての業務に関与していた。この研究開発を含む代表者の関与は、代表者が研究に関連する特許出願の準備に関与していたことを推定するものである。

 326特許は、行方不明のペットを容易に特定するという代表者の個人的ミッションと、会社を創業する目的との双方を満たすシステムに関するものであるから、この推定は合理的といえよう。

 その他、326特許の対応欧州出願がなされていたところ、発明者から欧州弁理士への対応欧州特許出願に関する通信を、代表者も受信していた。欧州特許出願も326特許の審査と同時期に進行していたことからも、代表者が出願手続きに関与していたことの推定を肯定することになる。以上の証拠に基づき、CAFCは代表者が326特許の出願・審査手続きに実質的に関与していたと判断した。


5.結論
 CAFCは、代表者にも誠実義務があり、不正行為により特許権の行使を不能とした地裁の判断を維持する判決をなした。


6.コメント
 PTOに対し誠実義務が課せられる「実質的に関与した」者について初めて争われた事件であり、また、情報開示陳述書(Information Disclosure Statement)の提出は米国特許出願・審査実務において極めて重要であるため、本事件を紹介した。

 本事件においては、発明者ではないが、特許に係る製品の研究・開発・マーケティング・出願管理を統括して行うグループリーダ的なポジションにある従業者に対しても、情報開示義務が及ぶことが判示された。

 本判決について、Linn判事は反対意見を述べている。代表者は本システムのコンセプトのみを3人の発明者に伝えただけであり、具体的は暗号化処理についての技術内容については把握していなかった。また代表者は、特許弁護士との発明打ち合わせにも参加しておらず、明細書原稿もチェックしていない。さらには審査段階において通知されたオフィスアクションに関する書類も見ていない。Linn判事はこのような場合にまで、代表者が実質的に関与していたとするのは妥当でないと述べている。

 なお、本判決は、補佐的な地位にある者、例えば、秘書*9、発明者に連絡を取ったにすぎない者、小規模団体(Small Entity)陳述書*10にサインしたにすぎない者、販売部門側のスタッフにまで「実質的に関与した者」の範囲を広げるものではないと判示している。

 特許が有効と判断され、また特許権侵害が認定されたとしても、本事件の如く情報開示義務違反があった場合、一瞬にして役に立たない権利となってしまう。権利化の際には、特許出願に密接に関連する上司の行為にも注意を支払うべきであろう。逆に、特許権侵害として訴えられた場合、代表者・グループリーダ等の実質的に関与した者に情報開示義務違反が存在したと主張することも、今後有効な抗弁になるものと思われる。

判決 2010年4月27日
以上
【関連事項】
判決の全文は連邦巡回控訴裁判所のホームページから閲覧することができます[PDFファイル]。
http://www.cafc.uscourts.gov/opinions/09-1216.pdf

【注釈】
*1 Molins PLC v. Textron, Inc. 48 F.3d 1172, 1179-80 (Fed. Cir. 1995), FMC Corp. v. Manitowoc Co., 835 F.2d 1411, 1415 (Fed. Cir. 1987)
*2 Avid Identification Sys. Inc. v. Crystal Import Corp., No. 2:04-CV-183, slip op. at 8 (E.D. Tex. Sept. 28, 2007)
*3 米国特許法第102条(b)は新規性について規定している。米国特許法第102条(b)の規定内容は以下のとおり。
102条(b)  次に該当する場合を除き,何人も特許を受ける権原を有する。
(b) その発明が,合衆国における特許出願日前1年より前に,合衆国若しくは外国において特許を受け若しくは刊行物に記載されたか,又は合衆国において公然実施され若しくは販売された場合
特許庁HP
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/s_sonota/fips/mokuji.htm
*4 規則1.56(c)の規定は以下のとおり。
(c) Individuals associated with the filing or prosecution of a patent application within the meaning of this section are:
(1) Each inventor named in the application;
(2) Each attorney or agent who prepares or prosecutes the application; and
(3) Every other person who is substantively involved in the preparation or prosecution of the application and who is associated with the inventor, with the assignee or with anyone to whom there is an obligation to assign the application.
前掲特許庁HP
*5 規則1.56(a)の規定は以下のとおり
「・・・Each individual associated with the filing and prosecution of a patent application has a duty of candor and good faith in dealing with the Office, which includes a duty to disclose to the Office all information known to that individual to be material to patentability as defined in this section.・・・However, no patent will be granted on an application in connection with which fraud on the Office was practiced or attempted or the duty of disclosure was violated through bad faith or intentional misconduct.」
前掲特許庁HP
*6 FMC Corp. v. Manitowoc Co., 835 F.2d 1411, 1415 (Fed. Cir. 1987)
*7 J.P. Stevens & Co. v. Lex Tex Ltd., 747 F.2d 1553, 1559 (Fed. Cir. 1984)
*8 Praxair, Inc. v. ATMI, Inc., 543 F.3d 1306, 1314-15 (Fed. Cir. 2008)
*9 Manual of Patent Examining Procedure (“MPEP”) § 2001.01(8th ed., rev.2, May 2004)
*10 小規模団体の場合、特許庁手数料が半額となる(規則1.27(a))。なお本事件において代表者は小規模団体陳述書にサインしていた。

◆ここに示す判決要約は筆者の私見を示したものであり、情報的なものにすぎず、法律上の助言または意見を含んでいません。ここで述べられている見解は、必ずしもいずれかの法律事務所、特許事務所、代理人または依頼人の意見または意図を示すものではありません。

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~中国企業に狙われる外国企業~
http://www.knpt.com/contents/thesis/00023/ronbun23.pdf
概要:中国において事業展開する外国企業は数多く中国に特許出願を行い,権利化を図っている。そして模造品を製造・販売する中国企業に対しては毅然とした態度で特許権侵害訴訟を提起し,これを排除している。ところが,近年の中国企業の急速な事業拡大に伴い,中国企業も日・米・欧・韓に引けをとらない多数の有力特許を取得するに至っている。ついには中国企業が日本企業及び韓国企業を特許権侵害で訴え,日本企業及び韓国企業に億単位の損害賠償金の支払いを命じる事件が発生した。本稿では中国における最新の出願及び訴訟統計を示すと共に,訴訟事件を具体的に分析することで,中国に事業展開する日本企業が注意すべき点について解説する。

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